レガシーシステムの更新とクラウドへの移行は、多くの企業にとって避けて通れない課題です。特に、基幹システムを含むレガシーシステムは、その再構築のニーズが少なく、長期間アーキテクチャが変わらないため、クラウド移行が進んでいないのが現状です。

しかし、パブリッククラウド市場の急速な拡大と共に、クラウド移行の動向も日々進化しています。クラウド移行は単に旧来のシステムを最新の環境に移すだけではなく、ビジネスの「攻め」と「守り」の両面から戦略的にアプローチする必要があります。

レガシーシステムとは何か?

レガシーシステムとは、長年にわたり企業で使用されてきた古い情報システムやソフトウェアのことを指します。これらのシステムは、企業の基幹業務を支える重要な役割を担っていますが、古い技術やアーキテクチャに基づいて構築されているため、現代のビジネス環境や技術進化に対応するのが難しくなっています。

レガシーシステムは、しばしばカスタマイズが多く、維持・管理が困難であり、新しい技術やシステムとの互換性が低いことが問題となります。このため、企業は運用コストの増加、セキュリティリスクの高まり、ビジネスの機動性低下などの課題に直面しています。

クラウド移行の必要性

クラウド移行の必要性は、ビジネス環境の急速な変化と技術進化に対応するためにますます高まっています。クラウドコンピューティングは、柔軟性、スケーラビリティ、コスト効率の向上を提供し、企業がデジタルトランスフォーメーションを加速させる上で重要な役割を果たします。

レガシーシステムをクラウドへ移行することで、企業は運用の効率化、セキュリティの強化、イノベーションの促進を実現できます。また、クラウドサービスの利用は、リソースの即時性と経済性を提供し、企業が市場の変化に迅速に対応し、競争優位性を維持するための柔軟なITインフラを構築することを可能にします。

クラウド移行は、単に古いシステムを新しい環境に移すだけではなく、ビジネスプロセスの最適化と再設計を通じて、企業のデジタル化戦略の核となるべきです。

パブリッククラウド市場の現状と予測

パブリッククラウド市場は、近年顕著な成長を遂げています。IDC Japanの報告によると、国内パブリッククラウドサービス市場の規模は、2022年から2026年にかけて約2倍に拡大し、4兆2795億円に達する見込みです。

この急速な市場拡大は、企業がデジタルトランスフォーメーションを進める中で、クラウドサービスの柔軟性、スケーラビリティ、コスト効率の利点を最大限に活用しようとする動きによって支えられています。クラウド技術の進化は、ビジネスモデルの革新を促し、新たな価値創出の機会を提供しています。

このような背景から、パブリッククラウドは今後も企業のIT戦略において中心的な役割を果たし続けると予測されます。

システム種別によるクラウド利用の温度差

企業におけるクラウド利用の状況は、システムの種類によって大きく異なります。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の調査によると、Webやフロントエンド系のシステムではクラウド利用が進んでいますが、基幹システムのクラウド移行は遅れが見られます。

この温度差は、基幹システムがビジネスの中核を担うため、リスク回避の観点から慎重に移行が進められる傾向にあることが一因です。また、基幹システムは長年にわたり蓄積された複雑なビジネスロジックやデータを持つため、クラウドへの移行が技術的にも組織的にも大きな挑戦となります。

しかし、クラウド技術の成熟と移行支援サービスの充実により、基幹システムのクラウド移行も徐々に現実的な選択肢となりつつあります。

クラウド移行の目的:攻めと守り

クラウド移行を考える際、企業は「攻め」の目的と「守り」の目的を明確に区別する必要があります。「守り」としてのクラウド移行は、運用負荷の軽減、コスト削減、セキュリティ強化など、現状の課題を解決することに焦点を当てます。

これに対し、「攻め」としてのクラウド移行は、新しいビジネスモデルへの対応、市場への迅速な対応、イノベーションの加速など、ビジネスの成長と拡大を目指します。企業がクラウド移行においてどちらの目的を優先するかは、その現状のビジネス環境、将来戦略、そして直面している課題によって異なります。

適切なクラウド移行戦略を策定することで、企業は持続可能な成長を実現し、競争優位性を確保することが可能になります。

移行戦略の選択:守りの目的に焦点を当てた戦略

守りの目的に焦点を当てたクラウド移行戦略は、主に運用の効率化、コスト削減、セキュリティの強化を目指します。このアプローチでは、既存のシステムをクラウド環境に移行することで、物理的なインフラストラクチャの維持管理にかかる負担を軽減し、運用コストを削減します。

また、クラウドサービスプロバイダーが提供する最先端のセキュリティ機能を活用することで、データの保護とシステムの安定性を高めることができます。この戦略は、特にリソースや予算が限られている企業にとって、リスクを最小限に抑えつつクラウドのメリットを享受するための実用的な選択肢となります。

移行戦略の選択:攻めの目的を追求する戦略

攻めの目的を追求するクラウド移行戦略は、ビジネスの成長とイノベーションを加速することを目的としています。このアプローチでは、クラウドの柔軟性とスケーラビリティを活用して、新しいビジネスモデルの採用や市場への迅速な対応を可能にします。

例えば、クラウドネイティブなアプリケーションの開発や、ビッグデータ分析、人工知能(AI)の活用など、クラウドが提供する先進的な技術を駆使することで、ビジネスプロセスを根本から変革し、顧客体験を向上させることが可能です。攻めの戦略を選択する企業は、長期的な視点でクラウド移行を計画し、持続的な競争優位を構築するための投資としてクラウドを活用します。

クラウド移行パス「7R」の概要

クラウド移行パス「7R」は、Amazon Web Services(AWS)が提唱するクラウド移行戦略のフレームワークです。このフレームワークは、リホスト(Rehost)、リプラットフォーム(Replatform)、リファクター(Refactor)、リパーチェス(Repurchase)、リテイン(Retain)、リタイア(Retire)、リロケート(Relocate)の7つの異なるアプローチを提供します。

各パスは、企業が直面する特定の課題や目的に応じて選択できるように設計されており、クラウド移行のプロセスを体系的に進めることができます。例えば、リホストは既存のアプリケーションをそのままクラウドに移行する最もシンプルな方法であり、迅速なクラウド移行を実現します。

一方、リファクターはアプリケーションをクラウドに最適化するために再設計することを意味し、より効率的な運用とコスト削減を目指します。このフレームワークを活用することで、企業は自社のニーズに最適なクラウド移行戦略を策定し、実行することができます。

移行パスごとの改善領域と選択肢

クラウド移行パス「7R」には、それぞれ異なる改善領域と選択肢があります。リホスト(Rehost)は、迅速なクラウド移行を実現することで、短期間でのコスト削減と運用の効率化を目指します。

リプラットフォーム(Replatform)は、最小限の変更でアプリケーションをクラウドに適応させ、クラウドの基本的なメリットを享受しつつ、パフォーマンスの向上を図ります。リファクター(Refactor)では、アプリケーションを根本から見直し、クラウドネイティブな特性を最大限に活用することで、ビジネスの柔軟性とスケーラビリティを高めます。

リパーチェス(Repurchase)は、クラウド対応の新しいソリューションへの移行を通じて、イノベーションの加速とビジネスプロセスの最適化を目指します。リテイン(Retain)とリタイア(Retire)は、クラウド移行の範囲を決定する際に、保持すべき既存システムと廃止すべきシステムを識別します。リロケート(Relocate)は、特定のクラウドインフラへの移行を意味し、特定のクラウドサービスプロバイダーの技術やサービスを最大限に活用します。

成功事例:資生堂のクラウド移行戦略

資生堂は、クラウド移行の成功事例としてよく引用されます。同社は、オンプレミスで運用していたWebサイト「ワタシプラス」をAWSへ移行しました。このプロジェクトでは、リホストとリプラットフォームの戦略を採用し、Amazon EC2やAmazon RDSを利用した新しいアーキテクチャに移行しました。

この移行により、資生堂は運用コストの削減と、急激なアクセス増加に対するインフラの弾力性を実現しました。さらに、クラウド移行を通じて得られた知見と基盤を活用し、AWSのサーバレスサービスを用いた新しい顧客接点の構築に成功しています。

資生堂の事例は、クラウド移行が単にコスト削減や運用効率の向上に寄与するだけでなく、ビジネスの成長戦略と密接に連携し、新たな価値を創出できることを示しています。

企業ごとのクラウド移行戦略のカスタマイズ

クラウド移行は、一律のアプローチではなく、各企業の特定のニーズ、課題、ビジネス目標に応じてカスタマイズする必要があります。企業は、自社のITインフラの現状、アプリケーションポートフォリオ、ビジネスプロセスを詳細に分析し、クラウド移行の目的を明確に定義することから始めるべきです。

このプロセスには、ステークホルダー間のコミュニケーションと合意形成が不可欠です。また、クラウド移行の範囲、優先順位、タイムラインを策定し、リスク管理計画を立てることが重要です。成功には、適切なクラウドサービスプロバイダーの選定、移行後の運用管理体制の整備、従業員のスキルアップと意識改革も必要となります。

企業ごとにカスタマイズされたクラウド移行戦略は、技術的な移行だけでなく、ビジネス変革を実現するための基盤となります。

まとめ

レガシーシステムの更新とクラウド移行は、企業が直面する重要な課題です。パブリッククラウド市場の急成長と共に、クラウド技術はビジネスの柔軟性と効率性を高めるための鍵となっています。クラウド移行は「守り」と「攻め」の目的を持ち、企業はこれらの目的に基づいて戦略を選択する必要があります。

クラウド移行パス「7R」は、企業が自身のニーズに合わせた最適な移行戦略を選択するためのフレームワークを提供します。資生堂の成功事例は、クラウド移行がビジネスの成長とイノベーションにどのように貢献できるかを示しています。

最終的に、クラウド移行は一律のアプローチではなく、各企業の特定の状況に応じてカスタマイズする必要があります。適切な計画と戦略により、企業はクラウドの全てのメリットを最大限に活用し、持続可能な成長を実現することができます。

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