編集部
Appleは2025年春に自社製モデムチップ「Sinope」を発表する計画である。初めて搭載される製品はiPhone SEであり、これに続き中価格帯のiPhoneや低価格帯のiPadへも展開される見通しだ。Appleはこのプロジェクトに5年以上を費やし、世界規模での研究開発に数十億ドルを投資している。
当初、Qualcomm製モデムの完全置き換えは2026年から2027年を目指しており、同時期には第2世代モデム「Ganymede」や次世代衛星対応を備えた第3世代モデム「Prometheus」の導入も予定されている。Appleが自社製造に舵を切る背景には、通信技術の独自性を確立し、供給リスクを回避する戦略があるとみられる。
この動きはスマートフォン業界の競争構造に大きな影響を与える可能性を秘めている。
Appleが進めるモデムチップ開発の背景にある戦略的意図
Appleが自社製モデムチップの開発を推進する背景には、サプライチェーンの独立性確保という戦略的意図がある。同社はQualcommに長らく依存していたが、2019年にIntelの5Gモデム事業を10億ドルで買収し、自社内での技術基盤を強化する道を選んだ。この動きは、半導体業界で頻発する供給問題や価格交渉における優位性確保が目的とされる。
さらに、Appleは研究開発に数十億ドルを投じ、グローバル規模での研究施設を整備している。このような投資は、単なるコスト削減ではなく、技術の進化に基づく製品差別化を追求している姿勢を反映している。特に、次世代の衛星通信対応や高速ダウンロードを可能にするモデム開発は、Appleが通信技術の未来を見据えていることを示唆するものだ。
一方で、現在の市場ではQualcommが依然として先行しており、Appleが短期間でこの技術的優位を覆すことは容易ではない。独自の技術基盤を構築することで市場競争力を高めるという同社の戦略は明確であるが、その成否は技術革新のスピードと市場の受容に依存すると言えるだろう。
初期モデムの性能課題とそれを補う可能性
Bloombergが指摘する通り、Appleの初期モデムチップ「Sinope」の性能はQualcommの現行モデムに劣るとされる。特に、非ミリ波環境におけるダウンロード速度が約4Gbpsにとどまり、現行のQualcomm製モデムが提供する最高速度に達していない点が課題である。この制約は、高性能を重視する層にとって製品の魅力を減じる可能性がある。
しかし、Appleは2027年までに第3世代モデム「Prometheus」を開発し、衛星通信など次世代機能を搭載する計画である。この技術進化が成功すれば、初期モデルの弱点を克服し、業界標準を超える製品を提供することが可能になるだろう。また、Appleの過去の成功例を振り返れば、初期の技術的課題を克服して市場での優位性を確立したケースは多い。
加えて、自社開発により製品の一体感が高まり、ハードウェアとソフトウェアの統合がさらに深まる可能性がある。この統合は、競合他社にとって大きな脅威となると考えられる。Appleがいかにして初期の制約を乗り越え、市場での地位を確立するかが今後の注目点である。
モバイル通信技術市場に与える影響
Appleが自社製モデムの開発を成功させた場合、通信技術市場には大きな変化がもたらされる可能性が高い。まず、Qualcommが長年にわたり築いてきた市場独占が揺らぎ、他のスマートフォンメーカーにも供給元を見直す動きが広がる可能性がある。
さらに、Appleの進出はモデム技術における競争を激化させるだろう。Qualcommのみならず、MediaTekなど他のプレイヤーも技術革新を迫られる状況になると考えられる。このような競争は、最終的には消費者により優れた製品をもたらす一方で、供給チェーン全体におけるコスト競争を引き起こす可能性も秘めている。
ただし、Appleが市場での影響力を一層強める中、規制当局が独占的な動きを警戒する可能性も否定できない。市場支配が進むことで競争環境が制限されることへの懸念が生じる可能性もあり、今後の展開には多面的な視点が求められるだろう。