ウォーレン・バフェットは、数々の成功を収めた投資家として知られるが、彼自身が「最悪の投資」と認める取引がある。それが、1993年に行ったデクスター・シュー・カンパニーの買収だ。この買収は、バークシャー・ハサウェイの株式を用いて4億4,300万ドル相当の対価で行われた。しかし、その後のバークシャー株の驚異的な上昇を考慮すると、この取引による実質的な損失は178億7,000万ドルに達すると推計される。バフェットはこの失敗について「ギネス世界記録に載るほどの愚かな決断だった」とまで語っている。
この取引の最大の誤算は、デクスター・シューの競争優位性を過大評価し、急速に進行する市場環境の変化を見誤ったことにある。特に、中国をはじめとする海外市場での低コスト生産の台頭を見逃し、同社の競争力は短期間で崩壊した。さらに、取引の対価をバークシャー株で支払ったことが損失を拡大させた。もしこの株式を手放さずに保持していた場合、その価値は現在の市場価格に換算すると数十倍に膨れ上がっていた計算になる。
バフェットはこの失敗を教訓として、以降の投資判断において「持続可能な競争優位性を持つ企業の選別」と「過小評価された株式を対価としない」ことをより厳格に適用するようになった。この事例は、企業買収における慎重な判断の必要性を改めて示すものとして、今日の投資家にも多くの示唆を与えている。
デクスター・シュー買収の失敗が示す「競争優位性」の見極めの難しさ
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ウォーレン・バフェットは一貫して「持続可能な競争優位性を持つ企業」に投資する戦略を採用してきた。しかし、デクスター・シューの買収では、この原則を誤って適用した。バフェットは同社が高品質な靴を製造し、強固なブランドと高い利益率を有していたことから、競争優位性が確立されていると判断した。しかし、実際には競争環境の変化を見誤り、わずか数年で優位性が崩壊する結果となった。
特に見落とされたのは、グローバルな競争の激化である。中国や東南アジアの靴メーカーが、急速に技術を向上させると同時に、大幅に低コストで生産できる体制を整えたことで、米国市場におけるデクスターの競争力は急速に低下した。このような市場環境の変化は、短期的には見えにくいが、長期的な競争優位性を判断する際には不可欠な要素である。
バフェットは後に、この買収を「私の最大の過ちの一つ」と振り返り、企業の競争優位性を過大評価することのリスクを認めた。この事例が示すのは、競争優位性は静的なものではなく、市場環境や技術革新によって容易に変化するという事実である。投資家や経営者にとって、本当に持続可能な競争力を持つ企業を見極めることの難しさを改めて浮き彫りにするものとなった。
株式を対価とする買収がもたらす潜在的リスク
デクスター・シューの買収において、もう一つの重大な判断ミスは「バークシャー・ハサウェイの株式」を対価として支払った点にある。バフェットは買収に際して現金ではなく、自社株を4億4,300万ドル分提供した。しかし、その後のバークシャー株の成長を考慮すると、この取引による実質的な損失は178億7,000万ドルに達すると推計される。
この取引は「本質的価値の交換」の視点から見ても問題があった。つまり、バークシャー・ハサウェイの株式は長期的に高い成長を遂げる可能性を秘めていたのに対し、デクスター・シューの価値は急速に低下した。結果として、成長資産と衰退資産の交換という、不均衡な取引が行われたことになる。バフェット自身も「自社の過小評価された株式で買収を行うことは致命的なミスだ」と後に述べており、この取引がその典型例となった。
この事例が示唆するのは、成長企業が自社株を対価に買収を行う際には、慎重な検討が必要であるという点である。特に、自社株が本来持つ潜在的な成長力を考慮し、安易に外部企業との交換に用いるべきではない。買収戦略においては、単に対象企業の価値を評価するだけでなく、支払い手段そのものが将来的にどのような影響をもたらすかを見極めることが不可欠となる。
投資判断の失敗がもたらした富の再分配
デクスター・シュー買収の失敗は、投資家だけでなく、元オーナー側にも大きな影響を与えた。買収の際にバークシャー株を受け取ったデクスターのオーナー、ハロルド・アルフォンドの家族は、その後の株価上昇により莫大な富を築いた。特に、娘のスーザン・アルフォンドは、フォーブス誌によるとメイン州で最も裕福な人物の一人となり、資産は約33億ドルに達したと報じられている。
一方で、バークシャー株を提供したバフェットにとっては、この決断が巨額の機会損失を生むことになった。つまり、企業の買収が単なる事業戦略の問題ではなく、資産の再配分という側面を持つことを示す例でもある。これは、企業買収が単なる数字の取引ではなく、結果として誰が富を得るのかを決定する重要な要素であることを意味する。
この事例が示唆するのは、投資の失敗が思わぬ形で財産の流れを変えることがあるという点である。投資の世界では、損失を出した側だけでなく、利益を得た側にも目を向けることで、より深い教訓を得ることができる。バフェットの失敗は、単に個人の損失という問題ではなく、資産の移動を通じて経済全体に影響を及ぼす現象であることを、改めて考えさせられるものとなった。
Source:Investopedia