Nvidiaは、RTX 50シリーズGPUにおいて物理演算技術「PhysX」の32ビットバージョンのサポートを正式に終了した。PhysXは2000年代から2010年代初頭にかけて物理シミュレーションを強化する技術として広く導入され、多くのゲームで採用されてきたが、近年ではその役割が縮小していた。

RTX 50シリーズ以降では32ビットCUDAアプリケーションが完全に非対応となるため、PhysXも動作しなくなる。NvidiaはPhysXの開発を事実上終了したとみられ、今後、新作ゲームでの採用は期待できない。PhysXを活用したタイトルは数多く存在するが、現行のハードウェア環境では他の物理演算エンジンが主流となりつつある。

PhysXは、かつて専用の物理演算プロセッサ(PPU)を使用する独自技術として登場したが、Nvidiaの買収後、GeForce GPU向けに最適化された。しかし、互換性の低さや代替技術の台頭により、近年ではその存在感が薄れていた。RTX 40シリーズ以前のGPUでは依然としてPhysXを利用できるが、Nvidiaの最新アーキテクチャ「Blackwell」では完全にサポートが打ち切られる。

PhysXの終焉 Nvidiaが取った静かな決断の背景

NvidiaがPhysXのサポート終了を決定した背景には、物理演算技術の進化と市場の変化がある。PhysXはかつて画期的な技術として多くのゲームに採用されたが、その後の業界の流れによって次第に存在感を失っていった。

ゲーム業界における物理シミュレーション技術は、特定のハードウェアに依存しない汎用的なソリューションへと移行している。PhysXは当初、専用PPUを使用する独自の技術だったが、Nvidiaが買収後にGPUベースの処理へと転換した。しかし、Nvidia製GPUに限定された技術であったため、AMDやIntelのグラフィックス環境では利用できず、競争力の面で不利となった。

また、Unreal EngineやUnityといった主要なゲームエンジンが独自の物理シミュレーション技術を進化させたことで、PhysXの優位性は低下した。特にEpic Gamesが開発したChaos Physicsや、Havokのような汎用的な物理エンジンは、GPU・CPUの両方で動作するため、開発者にとって柔軟性が高い。これにより、PhysXの利用は急速に減少し、Nvidiaにとっても維持するメリットが小さくなったと考えられる。

さらに、RTX 50シリーズでは32ビットCUDAアプリのサポート自体が終了し、それに伴いPhysXの32ビット版も完全に動作しなくなった。この決定は、Nvidiaが今後の開発リソースをより新しい技術に集中させる意向を示している。特に、AIやリアルタイムレイトレーシングの進化が重要視される中、旧世代の物理演算技術の維持は優先度が低くなったとみられる。

PhysXがもたらした影響と、今後の物理演算技術の展望

PhysXの登場は、ゲームにおける物理シミュレーションの表現を大きく進化させた。ラグドール物理や流体シミュレーション、破壊表現など、よりリアルなゲーム体験を可能にしたが、その影響は技術の進化とともに次第に薄れていった。

PhysXは「バットマン アーカム」シリーズや「ボーダーランズ2」「メトロ ラストライト」など、多くのAAAタイトルで採用された。特に、細かい粒子エフェクトやキャラクターの布の動きなど、視覚的なインパクトを高める要素を提供した。しかし、GPUの進化に伴い、専用の物理エンジンを用いるメリットは減少し、よりオープンな技術への移行が進んだ。

現在では、NvidiaのPhysXに代わり、HavokやBulletといった物理エンジンが業界標準となっている。これらのエンジンは、NvidiaのGPUに限定されず、AMDやIntelの環境でも動作可能であり、開発者にとって柔軟な選択肢を提供する。また、Unreal Engine 5のChaos Physicsなど、新しい技術はさらに高度な物理シミュレーションを実現しつつある。

今後の物理演算技術は、GPUによるアクセラレーションを活用しつつも、特定のハードウェアに依存しない方向へと進むとみられる。Nvidia自身もAIやディープラーニングを活用した新しい物理演算技術の開発を進めており、PhysXの終了はその転換点の一つといえるだろう。

Source:Tom’s Hardware