2025年3月4日、スペイン・バルセロナで開催されたモバイル・ワールド・コングレス(MWC)に登壇したOpenAI取締役会会長のブレット・テイラー氏は、AIエージェントが企業の顧客接点においてウェブサイトやモバイルアプリに匹敵する重要な役割を担う可能性について言及した。

同氏は、自ら創業したカスタマーサービス向けAIエージェント企業の事例や、OpenAIが支援するリーガルテック「Harvey」、AIコードアシスタント「Cursor」など、特定領域に特化したAIエージェントが既に成果を上げている点を強調。ブランドごとの安全策や利用範囲の明確化を前提に、AIエージェントが企業のデジタル体験の中心となる未来像を提示した。

さらに、AIエージェントの進化は単なる利便性向上にとどまらず、従来の顧客対応コスト削減や多言語対応を超え、ユーザーが意識することなく自然にAIと対話する世界をもたらす可能性を示唆。技術者にはユーザーインターフェースの存在感を薄め、シームレスなAI体験を実現する役割が求められると指摘した。


AIエージェントの進化と顧客接点への浸透がもたらす企業戦略の転換

2025年3月4日、スペイン・バルセロナで開催されたモバイル・ワールド・コングレス(MWC)に登壇したOpenAI取締役会会長のブレット・テイラー氏は、AIエージェントの進化が企業にとって不可避の戦略課題となる可能性に言及した。特にカスタマーサービス分野においては、既にSiriusXMやADTホームセキュリティなどの事例が示すように、フィールドサービスを代替する高度なAIソリューションが実用段階に入っている。

顧客からの問い合わせに対し、AIエージェントが多言語で即時に対応することはもはや標準機能となり、利用者自身がAIと対話していることを意識しないレベルに到達しつつある。この結果、企業にとってはAIエージェントをどのようにブランド戦略に組み込み、デジタル接点全体の顧客体験をいかに統合するかが重要な経営課題となる。

今後、ウェブサイトやアプリと同等、あるいはそれ以上にAIエージェントがブランドの「顔」として認識される可能性があり、企業がどのような「対話体験」を設計するかが競争優位性を左右する。単なる効率化を超え、顧客との継続的な関係構築を担う存在へと進化する道筋が、ここから見えてくる。

高度化するAIエージェントの幻覚リスクとブランド保護のための安全策

ブレット・テイラー氏が強調したAIエージェントの高機能化は、顧客体験の向上と並行して新たなリスクも顕在化させている。そのひとつが「幻覚(ハルシネーション)」と呼ばれる、AIが事実に基づかない情報を生成し、それをあたかも事実であるかのように伝える問題である。

テイラー氏は具体例として、顧客が亡くなった際の返金対応を巡る事例を挙げ、実在しない返金ポリシーをAIが創り上げた事態を紹介した。こうした事例は、企業ブランドの信頼を損なうだけでなく、誤情報によるクレーム対応やコンプライアンス違反といった二次的リスクにもつながるため、無視できるものではない。

このため、企業にはブランドごとに最適化された「ガードレール(安全策)」を設けることが不可欠となる。AIエージェントに提供する情報や対応範囲を厳密に定義し、業界ごとの法的要件や企業固有のルールを学習させることで、幻覚リスクを抑制しながら信頼性を確保する取り組みが求められる。

AIエージェントが企業にもたらす雇用への影響と技術開発企業の社会的責任

テイラー氏はMWCで、AIエージェントの普及が雇用に与える影響についても言及した。特にカスタマーサービス領域では、AIが人に代わって顧客対応を担う機会が増え、従来の業務は着実に縮小すると見られている。しかし、単に雇用を奪うだけの構図ではなく、新たな役割や職域が創出される可能性にも言及した。

OpenAIの取締役会会長としてテイラー氏は、技術の進化が社会全体に利益をもたらすためには、テクノロジーを提供する企業側が社会との対話を重ねる責任を担うと強調した。AIエージェントの活用によって不要となる職種が生じる一方で、新しい技術を支えるトレーニングや監視、AIと共存するためのスキル習得支援が不可欠となる。

こうした職の移り変わりに伴う社会不安を最小化するためには、技術開発企業が単に製品を提供するにとどまらず、再教育やリスキリングの仕組み構築に積極的に関与する必要がある。技術進化のスピードに社会が取り残されないための仕組みづくりこそ、AIエージェント普及の前提条件となる。

Source: TechCrunch