PC市場は常に新しい製品の登場によって進化を続けているが、必ずしも「新しい名前」が「新しい技術」を意味するわけではない。2024年末に登場したIntel Core 7 240Hは、その代表例とも言える存在だ。このCPUは刷新された「Coreシリーズ2」という新ブランドに属し、最新の名称を冠して市場に投入された。しかし、実際の性能は約3年前の第12世代Core i7-12800Hとほぼ同等であることが、複数のベンチマークや検証から明らかになっている。
この事実は、単なる性能比較を超えて重要な意味を持つ。果たしてCore 7 240Hは単なるリブランド製品に過ぎないのか。それとも、Intelが市場環境に合わせて計算された調整を施した結果なのか。さらに、AI処理や電力効率で注目を集めるCore UltraシリーズやAppleのMシリーズとの競争において、この製品はどのような立ち位置にあるのか。
本記事では、Core 7 240Hのアーキテクチャ、ベンチマーク結果、Intelのブランド戦略、そして日本市場での価格動向を徹底的に分析する。その上で、ゲーマー、クリエイター、一般ユーザーといった異なる層に向けて、どのような選択が最適なのかを解説する。読者が冷静な判断を下すための確かな視座を提供することを目的とする。
Core 7 240Hの登場背景と世代的文脈

2024年末に投入されたIntel Core 7 240Hは、刷新された「Coreシリーズ2」の一角として市場に姿を現した。しかし、登場当初から技術系コミュニティでは「実態は過去世代の焼き直しではないか」との議論が巻き起こった。理由は、このCPUの性能が第12世代のCore i7-12800Hとほぼ同等であると複数のベンチマークで示されていたからである。最新製品でありながら、3年前のハイエンドモデルと肩を並べる程度の進化にとどまった事実は、ユーザーや専門家に多くの疑問を投げかけた。
背景にはIntelのブランド戦略の大幅な刷新がある。2023年、同社は長年使用されてきた「Core i」や世代番号を廃止し、シンプルな「Core」と「Core Ultra」の二本立てに切り替えた。Core Ultraは最新の「Meteor Lake」アーキテクチャとIntel 4プロセスを採用し、AIエンジンや高い電力効率を特徴とする。一方でCore 7 240Hのような「Core」ブランドは、Raptor Lake Refreshを基盤とする成熟した技術を用い、安定した生産体制とコスト効率を重視している。つまり、最新ブランドでありながら、内部は既存技術の再調整という構図が浮かび上がる。
この二層構造の狙いは明確だ。限られた最新ファブの稼働をCore Ultraに集中させることで、高収益が見込めるプレミアム市場を押さえつつ、量販市場には良品率の高いIntel 7プロセス製品を供給する戦略である。結果として、Core 7 240Hは「新しい名前」を纏いながら、実質的には第13世代Core i7-13620Hに近い存在として市場に投入された。こうした流れは、消費者にとって性能とブランド名の間にギャップが生まれる要因ともなっている。
Core i7-12800Hとのアーキテクチャ比較
Core 7 240HとCore i7-12800Hの性能がなぜ近似しているのかを理解するには、両者のアーキテクチャを詳細に比較する必要がある。両者は同じIntel 7プロセスを採用しており、技術的な飛躍というより構成の違いが性能特性を決定している。
基本仕様の比較
特徴 | Core 7 240H | Core i7-12800H |
---|---|---|
アーキテクチャ | Raptor Lake-H Refresh | Alder Lake-H |
コア構成 | 10コア(6P+4E) | 14コア(6P+8E) |
スレッド数 | 16 | 20 |
P-core最大クロック | 5.2 GHz | 4.8 GHz |
E-core最大クロック | 4.0 GHz | 3.7 GHz |
L3キャッシュ | 24 MB | 24 MB |
TDP | 45W/115W | 45W/115W |
両CPUの決定的な違いはE-coreの数である。Core i7-12800Hは8基のE-coreを備え、マルチスレッド性能で優位に立つ。一方でCore 7 240HはE-coreを半減させた代わりに、P-coreのブーストクロックを400 MHz引き上げ、シングルスレッド性能を強化している。これは、軽度に並列化された処理やゲーミングといった分野で有利に働く戦略的な設計だ。
キャッシュ容量や電力仕様は両者で同一であり、根本的なダイ設計の共通性が推測される。加えて、Core 7 240HはDDR5-5600やLPDDR5/x-6400といった高速メモリに対応し、メモリ帯域の点で小幅ながら優位を持つ。しかしその差は限定的であり、総合的には「コア数を削った代わりにクロックを上げた調整版」という性格が強い。
この調整はIntelがターゲットとする市場を映し出す。大量の並列演算を求めるクリエイター用途よりも、ゲーマーや一般ユーザーに向けた応答性重視の設計であり、ブランドの刷新とあわせて「用途別最適化」を前面に押し出した戦略が透けて見える。
ベンチマークから見る性能の実態

Core 7 240HとCore i7-12800Hの性能比較は、複数の合成ベンチマークや実アプリケーションのテストによって、単なる数値以上の実態が浮かび上がる。総合的な演算能力を示すPassMark CPU Markでは、Core 7 240Hが24,595点、Core i7-12800Hが24,303点と、わずか約1.2%の差しかなく、両者が極めて接近した性能を持つことが示されている。Geekbench 6の結果では、Core 7 240Hはシングルコアで2,689、マルチコアで13,330を記録しており、特に高クロックが生むシングルスレッド性能の高さが際立つ。
一方でCinebench R23では、シングルコア性能においてCore 7 240Hが1905ポイントと優位に立ち、i7-12800Hの1824ポイントを上回っている。しかしマルチコア性能では14,686ポイントにとどまり、i7-12800Hが15,500から16,200前後を記録するため、持続的に全コアを活用する処理では旧世代の優位性が残る。特にBlenderのレンダリングでは、Core 7 240Hが383秒を要したのに対し、i7-12800Hは337秒で完了しており、E-core数の違いが明確に作業時間に反映された。
このように、平均的な利用環境では両者の性能差は限定的であるが、ワークロードによって優劣が入れ替わる。シングルスレッド性能を求める用途ではCore 7 240Hが、並列処理を重視する用途ではi7-12800Hが優位に立つ。つまり「同等性能」という表現は単純化であり、実際には使い方によって体感が変わる点を理解する必要がある。こうしたベンチマークの結果は、消費者が購入時に自らの用途を明確にすることの重要性を物語っている。
ゲーミング・クリエイティブ用途での評価
ゲームやクリエイティブ作業における評価では、Core 7 240Hのアーキテクチャ上の特徴がより鮮明に現れる。まずゲーミングにおいては、シングルスレッド性能が重要な要素となる。最大5.2GHzという高クロックを誇るP-coreは、i7-12800Hの4.8GHzに対して明確なアドバンテージを持ち、高フレームレートが求められる場面で優位に働く。実際に『Call of Duty: Warzone 2.0』のテストでは、Core 7 240H搭載機が平均228 FPSを記録し、12800Hに近い12700Hの222 FPSを上回る結果となった。
一方でクリエイティブ用途では状況が異なる。Adobe Premiere Proのようにハードウェアアクセラレーションを多用するソフトでは両者の差は小さいが、CPU依存度の高いエフェクト処理や3Dレンダリングではi7-12800Hが優位を示す。Blenderの実測値が示すように、E-core数が多い12800Hは持続的な負荷下で時間を短縮できる。特に映像編集や3D制作を職業とするユーザーにとっては、この差は作業効率に直結する。
まとめると、Core 7 240Hはゲーマーにとって非常に魅力的な選択肢であり、価格を抑えつつ高いシングルスレッド性能を享受できる。一方で、プロフェッショナルなクリエイティブ作業を重視するなら、i7-12800HやRyzen 7 8845HSといったマルチコア性能に優れた選択肢が依然として有効である。用途によって評価が大きく変わる点こそが、Core 7 240Hを理解する上で最も重要なポイントである。
消費電力と電力効率の限界

Core 7 240HとCore i7-12800Hは、いずれもTDPが45W(ベース)/115W(ターボ)に設定されており、同一の電力枠で動作するよう設計されている。実際にPrime95を用いたストレステストの結果では、Core 7 240H搭載システムのピーク消費電力は125.6W、Core i7-12800Hは126.5Wとほぼ同じ水準であった。つまり、Intelは3年の開発期間を経ても、HシリーズモバイルCPUの電力効率を大きく改善できていないという現実が浮き彫りとなった。
ここで注目すべきは、性能あたりの消費電力、いわゆるワットパフォーマンスの停滞である。AppleのMシリーズが低消費電力で高い性能を維持し、バッテリー駆動時間の延長に直結するのに対し、Core 7 240Hは依然として高出力を必要とする。AI処理向けのCore Ultraシリーズが電力効率を重視しているのとは対照的に、Core 7 240Hは従来の枠組みに留まる存在だといえる。
ユーザーの視点から見れば、この特性はモバイル利用時に顕著な差を生む。例えば長時間バッテリーで作業をしたいクリエイターや外出先での利用が多い学生には不向きである。一方で据え置き利用を前提とするゲーマーやビジネスユーザーにとっては、同等性能を発揮する限り大きな不満にはつながらないだろう。要するに、Core 7 240Hは省電力を求める層にとっては選びづらく、電源に依存する環境での利用に最適化されたCPUである。
Intelの二元ブランド戦略と市場での位置づけ
Core 7 240Hの存在を正しく理解するには、Intelが展開する二元的なブランド戦略を外して考えることはできない。2023年、Intelは「Core」と「Core Ultra」の二本立てに再編し、消費者へのアピールポイントを明確に分けた。Core Ultraは最新のMeteor Lakeアーキテクチャ、Intel 4プロセス、3Dパッケージ技術Foveros、AI専用エンジンを搭載し、AI時代の中心的役割を担う。一方でCore 7 240Hのような「Core」シリーズは、Raptor Lake Refreshをベースとした成熟した技術を用い、量産効率と安定供給を優先する。
この戦略には、製造コストと収益性の両立を狙う明確な意図がある。最先端のIntel 4プロセスは収率やコスト面で負担が大きいため、限られたラインを高付加価値のCore Ultraに集中させる。その一方で、Intel 7プロセスを使った「Core」シリーズを中価格帯市場に投入し、需要の大きいゲーミングやメインストリーム市場をカバーする。この分業体制により、Intelは高級機から普及機まで幅広いラインナップを効率的に展開できる。
しかし、この再編は消費者に混乱を与えている。Core 7 240Hは内部的には第13世代Core i7-13620Hに近い存在であるにもかかわらず、新しい名称から「革新性」を期待したユーザーを裏切る格好となった。技術的に見れば安定した製品だが、ブランド変更により透明性を失い、信頼感を損なうリスクをはらむ。市場全体では、AMD RyzenやApple Mシリーズといった強力な競合と比較した際に「コスト効率型の現実的選択肢」として位置づけられるのが実情である。
日本市場における搭載モデルと価格動向
2025年初頭、日本国内でもCore 7 240Hを搭載したノートPCが続々と投入されている。ラインナップはゲーミング向けからコンパクトモデル、さらには省スペース型のミニPCまで幅広い。特に注目されるのは、ASUS、Dell、GIGABYTE、MSIといった主要メーカーが積極的に採用している点であり、価格帯も15万円から25万円前後に集中している。これにより、ミドルレンジからミドルハイ層を狙った製品群において存在感を示している。
日本市場での代表的モデル
メーカー | モデル名 | 主な仕様 | 画面サイズ | 想定価格(税込) |
---|---|---|---|---|
ASUS | Gaming V16 V3607VU | RTX 4050, 16GB RAM, 512GB SSD | 16.0型 | 約16〜18万円 |
Dell | Alienware 16 Aurora | RTX 5060, 32GB RAM, 1TB SSD | 16.0型 | 約20万円台 |
GIGABYTE | GAMING A16 PRO | RTX 50シリーズGPU搭載 | 16.0型 | 未定 |
MSI | Modern 14 H D2RM | iGPU, 32GB RAM, 512GB SSD | 14.0型 | 未定 |
ASUS | NUC 15 Pro Kit | ベアボーン, iGPU | N/A | 約11万5千円〜 |
ASUS Gaming V16は、RTX 4050を組み合わせた高コスパモデルとして人気を集めている。またDellのAlienware 16は、RTX 5060との組み合わせで高いゲーミング性能を提供し、ハイエンド志向のユーザーに支持されている。さらにGIGABYTEはRTX 50シリーズと組み合わせた新モデルを発表し、AI対応を打ち出すなど市場での差別化を図っている。
このようにCore 7 240Hは、単独での技術的進化は限定的であるものの、GPUや冷却設計との組み合わせ次第で競争力を確保している。日本市場における価格動向を見ても、旧世代機の在庫処分との競合や、Core Ultra搭載機との価格差が購買判断に直結していることが分かる。消費者にとっては、CPU性能だけでなく、GPU性能や筐体設計、価格の総合バランスが最重要ポイントとなっている。
購入者プロファイル別の選択指針
Core 7 240Hの特性を理解することで、どのユーザー層に向いているかが明確になる。性能は平均的に安定しているが、用途によって評価は分かれるため、自らの利用スタイルに基づいて選択することが求められる。
推奨されるユーザープロファイル
- コストパフォーマンスを重視するゲーマー
RTX 4050やRTX 5050を組み合わせたモデルは、高いフレームレートを確保しつつ価格を抑えている。高クロックのP-coreはゲーム性能に直結し、応答性の高さが魅力となる。 - コンテンツ制作者(動画編集・3Dレンダリング)
持続的なマルチスレッド性能を必要とする作業では、E-coreが多いi7-12800HやAMD Ryzen 7 8845HSの方が有利。購入前に使用アプリにおける実測ベンチマークを確認することが重要となる。 - 一般利用や学生ユーザー
Webブラウジング、Officeソフト、動画視聴では十分すぎる性能を持つ。ただしAI処理や省電力性を重視するならCore UltraやApple Mシリーズの方が将来的な満足度は高い。 - 賢明な消費者層
Core 7 240Hが第13世代Core i7-13620Hに近い性能であることを理解している層は、旧世代CPU搭載ノートの値下げ品を狙うことで、より優れたコストパフォーマンスを得られる可能性がある。
このように、Core 7 240Hは万人に最適なCPUではなく、ゲーミングを中心とするユーザーにとって最も魅力を発揮する一方で、クリエイティブ用途やモバイル利用を重視する層には慎重な選択が求められる。購買判断においては、CPU単体のスペックよりも、システム全体の設計と価格とのバランスを冷静に見極めることが不可欠である。