AppleはApple Watchにカメラを搭載し、視覚情報を活用することでマルチモーダルAIデバイスへの進化を模索している。iPhone 16にも応用される視覚的コンテキスト技術は、ユーザーの環境をAIが理解しやすくするための鍵とされる。
一方で、最大の障壁は進化が滞るSiriの存在である。WWDC 2024での大型アップデートが期待されるものの、LLM搭載版Siriの実用化は2026年以降との見方もあり、Apple WatchのAI化はその進捗に大きく左右される。
HumaneやRabbitの失敗とは異なり、Apple Watchは既に確立されたユーザー基盤を持つが、真のAIデバイスとしての飛躍にはSiriの刷新が不可欠という構図が浮き彫りとなっている。
Apple Watchにおけるカメラ搭載構想とマルチモーダルAIの可能性

BloombergのMark Gurmanによる報道によれば、AppleはApple Watchにカメラを搭載する構想を描いており、これによりAIが視覚的な文脈情報を取得できる仕組みの導入が検討されている。従来のスマートウォッチが単なる通知端末にとどまっていたのに対し、この構想はユーザーの視界にあるモノや状況をAIが直接認識し、質問への回答や提案の精度を高めるものとされる。
例えば靴にデバイスを向けて購入先を尋ねるなど、MetaのRay-Banメガネに似た活用が想定されている。AppleはiPhone 16の新たなカメラコントロールボタンにも同様の視覚的インテリジェンスを導入する予定とされ、モバイルとウェアラブルの両面でAI強化を進める方針を示唆している。
ただし、Apple Watchのカメラ搭載は「数世代先」との見方があり、早くてもSeries 12やUltra 3以降のモデルでの実現と見られている。現時点ではWatch Series 11での実装予定はないと報じられており、構想の具現化には一定の時間を要する見込みである。
このアプローチが注目されるのは、昨年話題となったHumaneのAIピンやRabbit R1が、視覚認識機能を持ちながらもUIや実用性で失敗に終わった前例を踏まえたうえで、Appleが既存ユーザー基盤と成熟したデバイスに新機能を追加する手法を採る点にある。新規プラットフォームの立ち上げに比べてリスクが低く、ユーザーへの受容性が高いことは大きな利点である。
SiriのLLM化遅延がAppleのAI戦略全体に及ぼす影響
AppleがApple WatchをAIデバイスとして進化させる上で、最大のボトルネックは音声アシスタントSiriの性能にあるとされる。現在のSiriは、応答速度や理解力の面で競合するAIアシスタントに後れを取っており、ChatGPTなどの対話型AIの進化に対抗するには力不足が否めない。
AppleはWWDC 2024で大規模言語モデル(LLM)を基盤とするSiriの刷新を発表する見通しとされているが、その正式リリースは2026年から2027年になる可能性も指摘されている。この遅延は、Apple WatchをAIウェアラブルとして展開する構想に直接的な影響を及ぼす。
視覚情報やセンサーによって高度なデータを取得しても、それを即座に意味ある形で処理・応答する能力が伴わなければ、ユーザー体験は中途半端なものにとどまる。すなわち、ハードウェアの先行実装よりも、AIインターフェースの高度化が先決である状況にある。
AppleはVision Proの開発を担当したMike RockwellをAI部門の新たな責任者に据え、AI強化のテコ入れを進めているが、同時にiPhone 16の「Apple Intelligence」機能に対する誇大広告で訴訟を抱えるなど、社内外からの圧力も高まっている。AI市場での主導権を握るためには、単なる機能追加ではなく、ユーザーが日常的に信頼して利用できる自然言語応答の質と速度が不可欠となる。
Apple Watchの既存エコシステムが示すAI実装の地盤
Apple Watchはすでに世界で最も普及しているスマートウォッチとして、数千万単位のユーザーに活用されている。特にフィットネスや健康管理機能においては、競合を凌駕する精度と実績を持ち、多くのユーザーが日常的にデータを蓄積している点が特筆される。
こうした蓄積データと安定したエコシステムは、AI実装における非常に強固な土台であり、AppleがHumaneやRabbitと異なる成功の可能性を持つ最大の理由といえる。AIの個別最適化には、長期にわたるユーザー行動の分析が欠かせない。
Appleはすでに心拍、運動量、位置情報など多岐にわたるパーソナルデータを安全に収集・管理しており、今後AIによる分析・提案の制度向上に役立てられる可能性がある。Apple Watchを単なる通知デバイスから、AIによる行動支援ツールへと昇華させる素地は整いつつある。
ただし、ハードウェアとユーザー基盤が整っていても、AIの中核を担うSiriの改革がなされなければ、構想は実現に至らない。裏を返せば、SiriがLLM対応によって進化を遂げた時、Apple Watchは市場におけるAIウェアラブルの覇権を握る可能性を秘めているといえる。すべての鍵は、Apple自身が握るソフトウェアの進化にかかっている。
Source:Laptop Mag