米国防長官ピート・ヘグセスを含むトランプ政権の複数の高官が、暗号通信アプリ「Signal」でイエメンのフーシ派攻撃に関する軍事計画を話し合ったとして、監視団体「American Oversight」により連邦裁判所に提訴された。
訴状では、記録保存が義務付けられた公務通信を消去した疑いがあり、しかもそのチャットには『The Atlantic』編集長のジェフリー・ゴールドバーグも誤って含まれていたとされる。国家情報長官タルシ・ギャバードらは「機密情報は共有していない」と主張するが、当該団体は「政府の説明責任に対する重大な警鐘」として、削除メッセージの回収と再発防止措置を求めている。
Signal上のやり取りが記録法に抵触したとされる経緯と主な登場人物

訴訟の中心となっているのは、2025年3月4日以前に行われたトランプ政権高官らによるグループチャットである。国防長官ピート・ヘグセス、財務長官スコット・ベセント、国務長官マルコ・ルビオのほか、国家情報長官タルシ・ギャバードやCIA長官ジョン・ラトクリフも名を連ねていた。彼らは暗号化通信アプリ「Signal」を用い、イエメンのフーシ派に対する軍事行動の詳細を含む議論を非公式に行っていたとされる。
問題が表面化したのは、このチャットに『The Atlantic』編集長ジェフリー・ゴールドバーグが誤って招待されていた点にある。この構造的な情報共有の誤りは、国家安全保障上のリスクを孕むものであり、加えて連邦記録法(Federal Records Act)に違反した可能性が指摘された。訴状を提出した監視団体「American Oversight」は、これを「削除されたメッセージの回収」と「記録破壊の防止」の観点から追及している。
ギャバードとラトクリフは上院情報委員会で「機密情報の共有はなかった」と証言したが、チャットの中身は現在も検証中である。関係各所は沈黙を保っており、国防総省は「係争中の案件についてはコメントしない」としている。事件の中心にあるのは、アプリ使用という技術的判断が招いた手続き的な甘さであり、その結果として政府の情報管理体制の限界が露呈したと言える。
情報共有の迅速性と機密保持のバランスが突きつける課題
国家安全保障問題においては、緊急性が情報共有の迅速性を求める一方で、機密保持という原則も絶対的に遵守されるべきである。今回のSignal利用は、暗号化通信による安全性を意図したものであろうが、記録保存やアクセス管理における脆弱性を突かれた形となった。そもそもSignalは民間の非公的アプリであり、連邦政府が規定するアーカイブ規則に基づき、そのままでは記録対象外となる。
記録法上、公務に関するやり取りは全て記録・保存される義務がある。通常、各官庁はその対応として、個人使用のメッセージアプリで交わされた内容を公式記録システムに転送するなどの措置を講じているが、今回のケースではそうした手順が踏まれていなかった。国家安全保障担当補佐官マイク・ウォルツは、「自らグループを作成し、間違いを犯した」と認め、現在はアプリの使用を停止しているという。
この事件は、迅速な意思決定が求められる局面であっても、手続き的整合性と記録管理が軽視されるべきでないという教訓を突きつけた。デジタルツールの利便性とガバナンスの確立、その両立こそが次代の政府運営に求められる最優先課題となるだろう。
Source:axios