AppleのVision Proは発売からわずか数カ月で話題性を失い、販売も低調にとどまっている。3,500ドルの高価格に見合う日常的な利便性を欠き、Appleファンすら興味を失いつつあるのが現状だ。

次期ソフトウェア「visionOS 3」は、この閉塞感を打破できる最初の本格的アップデートと位置づけられている。現実世界との連携強化、仮想空間ならではの直感的な操作、マルチタスクの効率化、そして本格的なエンタメ体験の導入が、日常に溶け込む空間コンピューティングへの鍵となる。

作業環境の再設計がVision Proを生き返らせる鍵となる

visionOS 3に求められているのは、単なるUIの洗練ではなく、日常的な作業を快適に行える「実用的な空間環境」の構築である。現行のVision Proでは、複数アプリを開いた際のウィンドウ配置が非効率的で、視線や音声による入力も精度や速度に課題が残る。Bluetoothキーボードを用いる手段も存在するが、仮想と現実のインターフェースを行き来する煩雑さが常に付きまとう。また、暗所でのパススルービデオの精度不足が入力環境の不安定さをさらに悪化させている。

こうした問題を受けて、Appleにはウィンドウの「追従機能」や入力手段の根本的な再設計が期待されている。ウィンドウが空間内の特定位置に固定されるのではなく、視線や動きに合わせて柔軟に追従すれば、作業効率は大きく向上するはずだ。ヘッドセット特有の自由度を活かし、物理的な机や画面の制約から解放された環境を実現できれば、従来のPCやタブレットを代替し得る存在としての地位を築ける可能性もある。ただし、そのためにはインタラクションの快適さが劇的に向上する必要がある。

“空間”を活かしきれない現状のVision Proアプリの限界

Vision Proの特徴である「空間コンピューティング」という理念に対し、現状のvisionOSアプリ群はあまりに地味で平面的である。Macworldの記事では、Vision Pro上で展開される多くのアプリが、単なる大型のフローティングウィンドウにとどまっていると指摘されている。例えば「時計」アプリは単なるiPad用アプリの移植版にすぎず、空間の壁に時計を表示するような臨場感ある仕掛けすら存在しない。他の例として、3Dで俯瞰できる「探す」アプリの地図や、バーチャルな郵便受けからメッセージを確認する「メール」など、現実と仮想が融合した設計が求められている。

現実空間に自然に溶け込むアプリデザインこそがVision Proに期待される魅力であり、それが欠けた今の状態では価格との釣り合いが取れていない印象を与える。空間内の壁や床、家具との連動、視線や動作によるインタラクションを徹底すれば、これまでにない没入感を提供できるはずだ。Appleがスマートホーム操作を現実の照明スイッチと紐づける提案を本気で進めるなら、Vision Proは単なるガジェットではなく、生活空間を再構築する新しい道具となる可能性も秘めている。

本格的なゲーム体験とマルチユーザー機能が決定打になるか

現行のVision Proではゲーム体験が著しく制限されており、提供されているのは軽めのモバイルゲームに留まっている。リアルなゲームには操作精度の高い物理コントローラーが必要不可欠だが、visionOSのハンドトラッキングはそれを満たすには至っていない。Macworldでは、PlayStation VRコントローラーへの対応が検討されているとし、AppleとSonyの連携、さらには一部PS VRゲームの提供可能性にも触れている。また、Valveとの連携によるSteam VR対応や、Microsoftとの協調によるXboxクラウドゲーム対応なども構想レベルではあるが、いずれも実現すればエンタメ面の魅力は飛躍的に高まる。

さらに、同じ空間内で複数のユーザーが同時にコンテンツを楽しめる設計も待たれている。現在のVision Proでは仮想空間での「ペルソナ」を介した体験が用意されているが、それではリアルな「共体験」の感覚には届かない。複数人で1つのバーチャルスクリーンを共有し、物理的に隣に座っているかのような臨場感で映画を観るといった体験が実現すれば、Vision Proの価値は大きく変わるだろう。空間コンピューティングの本質は、単なる個人体験にとどまらず、リアルとバーチャルを交差させた「共感」の場をどう構築できるかにかかっている。

Source:Macworld