米国NISTが2023年に発表したポスト量子暗号標準は、量子時代への備えとして注目を集めたが、量子コンピューティングの本質的脅威性には疑問の声もある。大量のエネルギーと演算資源を必要とする同技術は、広範な暗号解読よりも、製薬、素材開発、宇宙工学などの科学技術革新に適したツールとされる。アクセス可能なのは国家や大企業に限られ、サイバー攻撃手段としての普及は現実的でないとの見方が強い。
国家主導の長期戦略において、量子の利用価値は暗号突破よりも、経済競争力や国際影響力の強化に比重が置かれている。量子による暗号解読は理論上可能だが、短期的にその影響が現れる兆候は乏しい。
「量子黙示録」という言説よりも、冷静な技術評価と応用領域の見極めが必要な段階にある。
ポスト量子暗号標準の発表が示す量子時代への現実的な備え

2023年8月、米国国立標準技術研究所(NIST)は「ポスト量子暗号標準」の第一弾として3つの新たな暗号方式を公表した。これは、量子コンピューターが従来型暗号を破る可能性を前提にした国際的対応の一歩であり、量子技術の軍事・経済的影響を見据えた制度的整備の開始を意味する。
過去には理論的脅威とされてきた量子解読だが、具体的な標準策定は、脅威認識が単なる懸念から政策課題へ移行した証左といえる。
ただし、現実には量子コンピューターによる暗号解読は極めて困難であり、エネルギー消費や演算資源の面からも即時的な脅威とはなり得ない。
1992年の映画『スニーカーズ』に描かれた万能解読装置のようなものを想起する向きもあるが、現時点では技術的にも費用的にも非現実的である。NISTによる新標準は、防御的対応としての意味を持ちながら、同時に量子の本質的利用価値が他分野にあることを裏書きしているといえる。
暗号よりも科学革新に寄与する量子技術の真価
量子コンピューティングの運用には膨大な電力と演算能力が必要であり、その制約から一般的なハッカーが利用可能な技術とはならない。
現段階でアクセス可能なのはGoogleやMicrosoftといった巨大IT企業、あるいは国家レベルの研究機関に限られ、その活用先はサイバー攻撃よりも、新素材の開発、創薬、宇宙探査といった科学分野に集中している。これは計算資源の使途として、長期的かつ構造的な利益を生む領域が優先されていることを意味する。
SANS Instituteのロブ・リーは、量子技術を用いた暗号解読よりも、がん治療薬の発見や認知症対策など、社会的インパクトの大きい応用の方が現実的な動機となると指摘する。
国家レベルの意思決定においては、情報の窃取よりも経済競争力と国際的影響力の拡大が重視されていると見られ、量子技術はむしろ冷静な産業戦略の一環として展開されている。量子黙示録という言葉に象徴される過度な懸念は、冷静な現状認識によって再評価されつつある。
Source:VentureBeat