生成AIの悪用が深刻化するなか、OpenAIがニューヨーク拠点のAdaptive Securityに対し初のサイバーセキュリティ投資を実施した。Andreessen Horowitzとの共同主導によるシリーズAラウンドで、調達額は4,300万ドルに達した。
Adaptive Securityは、AI生成による電話・メール・テキストを用いた模擬攻撃で従業員を訓練し、組織の脆弱性を可視化する独自技術を提供。CEOブライアン・ロング氏は、ソーシャルエンジニアリングの巧妙化にAIが寄与している現状を強調した。
同社は2023年創業ながら100社超の顧客を獲得しており、OpenAIはその実績と市場評価を背景に出資を決定。今後はエンジニア採用を加速し、AIによる脅威との「軍拡競争」への対応を進める方針だ。
OpenAIとAndreessen Horowitzが主導した4300万ドル調達の背景

Adaptive Securityが発表したシリーズA資金調達は、OpenAIとAndreessen Horowitzによる共同リードにより4,300万ドルに達した。これはOpenAIにとって初のサイバーセキュリティ分野への出資であり、生成AIによる脅威の拡大を認識する動きと位置づけられる。
同社はAI技術を用いて、従業員が実際に遭遇する可能性のあるサイバー攻撃を模倣し、トレーニングを行う。特に、CTOの声を模倣した音声通話や偽装されたメール、SMSを活用した訓練が特徴である。
Adaptive Securityの共同創業者であるブライアン・ロング氏は、過去にTapCommerceやAttentiveといった企業を成功裏に立ち上げた実績を持つ。彼が率いる同社は、創業からわずか2年足らずで100社を超える顧客を獲得した。ロング氏によれば、顧客からの高評価がOpenAIの出資判断に影響したという。さらに、今回の資金はエンジニアの採用を中心とした人材投資に充てられる見通しである。
この動きは、AI企業が防御的分野にも積極的に関与し始めた兆しとして注目される。OpenAIが自らの技術の悪用リスクを把握し、その対処に投資することは、AIの進化が攻撃と防御の両面で進んでいる現実を浮き彫りにしている。
AIによるソーシャルエンジニアリングの変質と組織の対応課題
Adaptive Securityが注力する「ソーシャルエンジニアリング」は、古典的なサイバー攻撃手法であるが、生成AIの台頭によりその脅威が質的に変化している。従来は人間が手作業で構築していた詐欺メールや偽装音声が、現在ではAIによって迅速かつ精緻に作成可能となった。たとえば、CTOやCEOの声を模倣するディープフェイク音声による認証コードの要求など、組織内の信頼関係を逆手に取る手口が出現している。
Adaptive Securityは、こうしたAI生成の模倣攻撃を用いて従業員の判断力を鍛えることに特化している。その訓練は単なる知識提供ではなく、実践的なシナリオを通じた行動変容を促す設計である。また、どの部門が最も脆弱かを可視化する機能により、組織の内部リスクの洗い出しにも寄与する。
背景には、Axie Infinityが2022年に経験した6億ドル超の損失など、ソーシャルエンジニアリングによる大規模被害がある。こうした事例は、従来軽視されがちだった「人の判断」を突く手口の深刻さを再認識させる。企業に求められるのは、技術的対策だけでなく、従業員一人ひとりの感度を高める教育体制である。
サイバー防衛の「軍拡競争」としてのAI技術の進化
Adaptive SecurityのロングCEOは、AIを巡る現在の状況を「軍拡競争」と表現している。AIによる攻撃手法が進化するなか、防衛側も同様にAI技術を駆使しなければならない状況が生まれている。電話・メール・SMSといった日常的な通信チャネルを狙った高度な攻撃に対し、従来のセキュリティ製品では対応しきれないという現実がある。
その意味で、Adaptive Securityのアプローチは「模擬攻撃による実地訓練」という防衛の転換点を示すものといえる。単なるソフトウェアの導入ではなく、人的対応能力の強化をAIで支援するという構図は、セキュリティ戦略の新たな方向性を提示している。同様の潮流は他社にも広がりつつあり、たとえばCyberhavenは生成AIへの情報入力を防止する技術で10億ドル評価を獲得した。
このような動きが象徴するのは、セキュリティ分野が単なる守りの技術ではなく、積極的な対処行動を支援する「戦略領域」へと進化していることである。AI技術が攻撃者の手に渡る以上、防衛側も同水準の技術とスピードで臨む必要がある。ロング氏が「ボイスメールを削除せよ」と警告するのは、攻撃が音声という身近なインフラにまで及んでいることの示唆にほかならない。
Source:TechCrunch