MediaTekが発表した新型SoC「Kompanio Ultra 910」は、TSMCの第2世代3nmプロセスを採用し、すべてが高性能コアという構成を持つ異色のチップである。最大3.62GHzで動作するCortex-X925や最大8,533MHz対応のLPDDR5X RAM、最大50TOPSの第8世代NPU、11基のGPUによるレイトレーシングなど、Snapdragon X Eliteに迫る先進的仕様を備える。
Wi-Fi 7や4Kデュアルモニター出力にも対応するこのSoCは、デスクトップ顔負けの性能を有しながらも、搭載対象がChromebookに限定されている点が話題となっている。背景には、Snapdragonチップの独占契約の影響もあるとされるが、MediaTekは今後NVIDIAとの提携によってAI PC市場への進出も視野に入れており、その動向から目が離せない。
全コア高性能仕様と3nmプロセスが生む圧倒的スペック

Kompanio Ultra 910は、MediaTekが採用したTSMC第2世代3nmプロセスにより、極めて高い電力効率とパフォーマンスの両立を実現している。8つすべてのCPUコアが高性能設計で構成されており、Cortex-X925やCortex-X4、Cortex-A720といった先端アーキテクチャを組み合わせることで、最大3.62GHz動作というハイエンド仕様を可能にしている。この構成は従来のような省電力コアを一切含まない点で異例であり、特にモバイル用途のSoCとしては大胆な設計思想と言える。
さらに、最大8,533MHz対応のLPDDR5X RAMに加え、第8世代NPUによって最大50TOPSのAI演算性能を提供し、大規模言語モデル(LLM)などの推論処理にも対応可能とされている。GPU面でも、11基のImmortalis-G925コアがレイトレーシング処理をサポートするとされ、グラフィックス性能もPCクラスに近づきつつある。
ただし、現時点で具体的なベンチマークは示されておらず、これらのスペックがどの程度の実動作に反映されるのかは未知数である。それでも、ここまでの高性能仕様をChromebook向けに限定して投入するという判断には、少なからず意外性がある。
Chromebookへの限定投入が示す市場の不均衡
Kompanio Ultra 910ほどの高性能チップが、なぜ一般的なノートPCやWindows機向けに展開されず、Chromebook専用として投入されるのか。この点については、QualcommとMicrosoftとの間に結ばれているとされるSnapdragonチップの独占契約が影響している可能性がある。この契約により、他社のSoCがWindows機に採用される余地が制限されているとの見方が存在する。
結果として、MediaTekのように先進的な設計を持つSoCであっても、性能を最大限活かせるはずの市場への参入が難しいという構造的な壁が立ちはだかっている。Chromebookは確かに需要があるカテゴリだが、Kompanio Ultra 910のスペックは、オフィス用途や学習端末の枠を超えた能力を有しており、現行のOSやアプリの制約下ではそのポテンシャルが十分に発揮されない可能性もある。
もしもこのチップがWindowsやLinuxベースのハイエンド機に搭載されたなら、Snapdragon X EliteやApple Mシリーズといった競合と本格的に性能を競い合う存在となっていたかもしれない。現状では、その真価が試される舞台が限られているのが惜しまれる点である。
NVIDIAとの提携が開くAI PCの新たな可能性
MediaTekは今後、NVIDIAとの提携を通じてAI PC市場への本格参入を計画しており、2025年後半には新たなAI PCの初披露が予定されている。この動きは、Kompanio Ultra 910のようなハイエンドSoC開発が単なる一過性ではなく、長期的な戦略の一環であることを示している。特に、最大50TOPSのNPU性能を持つ現在の設計からも分かるように、同社はAI演算能力に強く軸足を置いている。
AI PCにおいて求められるのは、クラウド依存を減らしたローカルでのモデル推論処理や、リアルタイムなコンテキスト理解などであり、こうしたニーズに対してMediaTekの設計は理にかなっている。加えて、NVIDIAが持つソフトウェアエコシステムとの連携が進めば、AI開発者やプロフェッショナル用途にも対応可能なプラットフォームが形成される可能性もある。
今後、こうしたAI特化型PCが従来のCPUスペック主導の競争とは異なる価値軸を提示することで、モバイルPC市場そのものに変革をもたらす可能性は否定できない。Kompanio Ultra 910は、その先陣を切るプロトタイプのような存在として位置づけられるだろう。
Source:Wccftech