ムーディーズは米国の主権債務の見通しを「ネガティブ」に変更し、財政赤字の拡大と政治的機能不全がもはや一過性ではなく構造的なリスクであると警告した。市場の初動は穏やかだったが、静かに拡大するクレジットスプレッドや金価格の上昇は、制度的信頼への懸念が潜行していることを示している。

格下げは、2011年のS&Pによる引き下げを想起させるが、インフレと財政圧力が高まる現在は当時よりもはるかに不安定な経済環境にある。金やビットコインへの資金流入、外国による米国債保有の減少といった動きは、ドルと米国の統治意志そのものへの評価が揺らぎ始めている証左とも捉えられる。

信頼の崩壊は突発的には起こらない。だがそれは、米国の財政運営に対する世界の期待と現実が乖離し続ける限り、粘り強く、かつ不可逆的に進行してゆく。ムーディーズの今回の発表は、単なる格付け変更ではなく、グローバル市場が直面する構造転換の予兆をはらんでいる。

ムーディーズによる格下げの実態と市場の冷静な初動

ムーディーズは米国の主権債務に対する見通しを「安定的」から「ネガティブ」へと変更し、その理由としてGDP比130%に達すると見られる膨張する債務と、恒常化した政治的機能不全を挙げた。特に、超党派による財政改革が政治的に実現困難である現状が、長期的な財政安定に対する障害とされている。この変更は、フィッチによる8月の格下げや、2011年のS&Pの先例とも重なるが、今回のムーディーズの動きは即座に市場混乱を引き起こすには至らなかった。

債券利回りは横ばい、ドルも安定、株式市場も動揺を見せず、短期的には投資家の動揺は抑えられている。しかしこれは、米国債が「リスクフリー資産」としての地位を維持していること、そして市場が現時点では格付けの変更を流動性や需給の観点から受け流していることを意味する。だが、金価格の上昇やクレジットスプレッドの拡大といった指標は、表面化しにくい資産不安の胎動を示している。

これは単なる格下げではなく、基軸通貨発行国としての米国に対する信認の試金石である。格付けはその結果を導くものではないが、変化の兆候を示す信号であり、それを市場がどこまで織り込んでいくかが今後の焦点となる。

資産クラス別の波及経路と信用評価再構築の兆し

ムーディーズによる見通し変更は、短期的にはボラティリティを呼び込まなかったが、各資産クラスにおいて中長期的な再評価の契機となっている。まず国債市場においては、従来インフレリスクによって左右されていた利回りが、今後は信用リスクプレミアムの上昇により押し上げられる可能性がある。特にTLTのような長期債ETFは、投資家の信用信認の変化に対して脆弱であり、需給構造の崩れが損失を拡大するリスクを孕む。

一方で、株式市場では金利上昇が成長株のバリュエーションを圧迫する構図が強まると見られる。ただし、ユーティリティ、ヘルスケア、生活必需品などのディフェンシブ銘柄は、安定したキャッシュフローと価格支配力から資金の避難先となる余地がある。また、ドルに対する信認が揺らぐ中で、金やビットコインといったオルタナティブ資産の存在感が増しており、既に金価格は安全資産としての需要に応じて上昇傾向を示している。

ドルの構造的需要が縮小すれば、ドル建て資産全体の評価軸が変化する可能性がある。米国債を多く保有する中国や日本、産油国の動向次第では、資金の再配置が市場の重力を変えかねない状況にある。ゆえに、単なる価格の変動ではなく、信頼をベースとする構造の再編が水面下で始まりつつあると捉えるべき局面である。

Source:Barchart