本稿では2018年から2025年までの主要措置、要人発言、統計を時系列で整理し、関税・貿易戦争の実像と今後の論点を読み解く。
2018年、米国は太陽光パネルや洗濯機のセーフガード、鉄鋼・アルミの232条関税で火蓋を切り、中国には301条で制裁関税を重ねた。EU、カナダ、メキシコ、インドなど主要国は報復で応じ、WTOは紛争処理機能の不全に陥る。2020年の米中「フェーズ1」合意は関税の恒久的な引き下げに至らず、パンデミックを挟んで対立は通商からハイテク安全保障へと広がった。
2025年、米国は「相互関税」の名の下に一律10%(交渉国は暫定15%)を上乗せ、対中関税は一時平均127%超に達する。5月の電撃的な暫定合意で圧力は緩むが、8月にはインドへの追加25%や「米国内で生産しない半導体に約100%関税」構想が飛び出し、貿易戦争は第2幕へ。企業はすでに「中国+1」を超え、北米・欧州・インド太平洋のブロックごとにサプライチェーンを組み替えつつある。
【年表ハイライト】
年 | 米国の主な措置 | 相手国・地域の対応 | 結果・注記 |
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2018 | 太陽光・洗濯機にセーフガード(1月)/232条:鉄鋼25%、アルミ10%(3月)/対中301条:25%(7–8月で計500億ドル)、第3弾2,000億ドル10%(9月) | EU・加・墨が報復(ハーレー、ジーンズ、バーボン等)/中国が農産品・自動車等に報復 | G20(12月)で引上げ凍結の“休戦”。トランプ「I am a Tariff Man」 |
2019 | 第3弾を10→25%へ(5月)/第4弾:3,000億ドルへ15%を段階発動(9月・12月) | 中国が原油・農産品・自動車に報復/人民元安進行で米財務省が「為替操作国」認定 | 12月に「フェーズ1」合意(List 4Aは15→7.5%に) |
2020 | フェーズ1発効、一部税率引下げ(2月)/対中平均:米19.3%、中21.0% | コロナで中国の購入目標は未達(約58%) | 関税から輸出規制・投資規制へ軸足(ファーウェイ半導体封鎖等) |
2021 | 同盟国と雪解け(EUとの航空機補助金関税5年停止、232を枠組みで緩和)/対中関税は維持 | EUが報復関税撤回、日本・英にも免除拡大 | 供給網の安全保障化・CHIPS構想、「デカップリング/フレンドショアリング」 |
2022 | 先端半導体・製造装置の対中輸出規制を大幅強化(10月) | 中国が対抗的監督・管理強化/WTOは232・301で米不利判断も機能不全 | IRAのEV税控除で同盟国反発→一部緩和方向 |
2023 | 関税見直し論は浮上も維持/米中貿易縮小・調達分散進行 | 中国がガリウム・ゲルマニウムの輸出管理/マイクロン制限 | 高官往来再開、11月の米中首脳で安定化確認(関税は進展なし) |
2024 | 選挙下で関税は実質“凍結” | 多国間交渉は停滞、IPEFでサプライチェーン合意 | 企業は高関税前提で再設計 |
2025 | 「相互関税」導入:全相手国に一律10%(交渉中は暫定15%)/対中関税を急連続引上げ→平均127.2%に到達→5月の暫定合意で51.8%→一部再上乗せで54.9% | 中国は平均147.6%まで報復→5月合意で32.6%へ低下/英国・EU・日本・韓国は個別調整 | 対印25%追加(8/6発表)/半導体「米国内非生産に実質100%」方針を表明 |
2018年:勃発—232条と301条、同盟国も巻き込む

年初、米国は太陽光パネルと洗濯機にセーフガードを発動。3月には232条で鉄鋼25%、アルミ10%の追加関税を決め、当初の除外検討を経て6月までにEU、カナダ、メキシコなど同盟国にも適用を広げた。トランプ大統領は「貿易戦争は良い、簡単に勝てる」と挑発。EUはハーレーダビッドソン、ジーンズ、バーボンなど象徴品目で報復、カナダ・メキシコも追随した。
対中では301条調査にもとづき、7月に340億ドル、8月に160億ドルへ25%関税、9月には2,000億ドルに10%(のち25%)を上乗せ。中国は大豆・自動車などで対抗し、為替・農産品を巻き込む全面対立へ。12月のG20で追加引き上げ凍結に合意するも、トランプ氏は「I am a Tariff Man」とツイートし、圧力継続を宣言した。
2018年キーハイライト(抜粋)
月 | 米国の措置 | 相手国の対応 | 注目発言・意味 |
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1月 | 太陽光・洗濯機にセーフガード | 中国・韓国が警戒 | 産業補助金・過剰生産への矛先 |
3月 | 鉄鋼25%、アルミ10%(232条) | EU・加・墨・印が報復準備 | 「貿易戦争は良い、勝つのは容易」 |
4–9月 | 対中301条:第1~3弾(合計2,500億ドル) | 中国も対抗、米農産品直撃 | 対中平均関税率が一桁台から二桁台へ |
12月 | G20で休戦、引き上げ凍結 | 交渉継続 | 「I am a Tariff Man」 |
2019年 報復の連鎖とフェーズ1合意直前の攻防
5月、米国は第3弾2,000億ドルの税率を10%→25%へ引き上げ。中国も6月に最大25%へ。G20大阪では追加発動を先送りしたが、9月に第4弾を2段階で実施(9/1と12/15、生活財を後ろ倒し)。人民元の下落を受け、米財務省は中国を為替操作国に認定。
10月の協議進展で、10/15予定の25%→30%への一斉引き上げは見送り。12月には第4弾のうち12/15予定分を回避し、既存の9月分の税率を15%→7.5%に半減する“フェーズ1”の骨子が固まる。2020年1月15日に署名され、中国は米農産品・エネルギー購入拡大を約束する一方、米国は既存関税の大半を維持して交渉の“てこ”を残した。
2020年 コロナと輸出規制で様変わりする「戦場」
2月、フェーズ1発効に伴い双方が一部引き下げを実施し、米側平均関税は約19.3%、中国側は約21.0%で固定化。だがコロナが購買目標を直撃し、中国の履行は目標比約58%にとどまる。
春以降、舞台は関税から輸出管理へ。米商務省はファーウェイ向け半導体の供給を実質封鎖し、TikTokやWeChatにも規制を示唆。USMCA発効に伴い、近隣国とは232関税の扱いを調整しつつ、対欧や対印の小競り合いが続いた。
2021年 同盟修復と関税維持、サプライチェーン危機の台頭
バイデン政権は同盟修復を優先。6月、ボーイング・エアバス補助金紛争で報復関税を5年間停止。10月、EU産鉄鋼・アルミにTRQ(関税割当)を導入し、EUの対米報復も撤回。英国・日本にも2022年前半に同様の措置を広げた。
一方、対中関税は維持。USTRは「関税はレバレッジ」と位置づけ、個別除外の再開など局所対応にとどまる。コロナ後の需要急増でサプライチェーンの詰まりとインフレが顕在化する中、関税の一括緩和は政治的に見送られた。
2022年 ウクライナ侵攻、半導体規制、WTO機能不全という三重衝撃

ロシア制裁で西側は結束し、エネルギー・資源の再編が進む。他方、中国やインドは独自路線。米国は10月、先端半導体と製造装置の対中輸出規制を大幅強化し、日本・オランダと管理網を構築。“ハイテク冷戦”の様相を帯びる。
12月、WTOは米232条関税に違反認定(米国は拒否)。301条関税を巡る中国の提訴でも米側違反の判断があったが、上級委員会は機能停止中で係争は宙に浮く。米EUは鉄鋼のカーボンと過剰生産に対処する「グローバル・アレンジメント(GA)」交渉を進め、IPEFも発足したが、市場アクセスの自由化ではなく標準・供給網の協調が軸となった。
同年のIRA(インフレ抑制法)によるEV税控除要件はEU・日本・韓国の反発を招き、2023年春に一部緩和へ。
2023年 統計に現れた「脱中国」と分散の数字
2022年、米中物品貿易は過去最高の6,906億ドル、対中赤字も3,829億ドルと拡大。しかし2023年に転機が訪れ、米企業は調達をベトナム、メキシコ、台湾、韓国へ分散。米国の対中輸入シェアは低下し、2024年の対中物品貿易赤字は2,955億ドルまで縮小。
米印関係は6月の首脳会談でWTO係争を一括終結し、インドは報復関税を撤回。もっともインドは高関税と国産化政策を維持し、火種は残る。中国は7月にガリウム・ゲルマニウムの輸出管理を導入、5月にはマイクロンを制限するなど対抗措置も強めた。
米政府高官の相次ぐ訪中でハイレベル対話は再開され、11月の米中首脳会談で意思疎通の枠は整ったが、関税そのものの緩和には踏み込めなかった。
2024年 選挙政治が固めた強硬路線
大統領選を前に、与野党で対中強硬が“最低公約数”に。トランプ氏は「全輸入品に一律10%」を公約に掲げ、バイデン陣営も大幅な関税緩和は取りにくい。世界貿易量の伸びは+2.6%程度にとどまる見通しの中、GAやIPEFなどブロック内協調は進む一方、WTO改革は足踏みが続いた。
2025年 関税戦争2.0:相互関税、対中127%→一時51.8%、半導体100%方針

1月、米政権交代。米国は「相互関税」を掲げ、全相手国に一律10%の追加関税(ベースライン)を導入。日本・EU・英国など交渉中の国には暫定15%を適用(既存の232品目は重複適用なし)。
2~4月、対中関税を段階的に積み増し、4月上旬には品目別例外を一部残しつつ平均127.2%に到達。中国は全米国製品に84%の報復関税で応酬し、平均対米関税は147.6%まで上昇。3月12日には全世界向け鉄鋼・アルミ25%、4月3日には自動車・部品25%も発動。
5月12日、米中が緊急協議で一時緩和に合意。4月分の引き上げを90日停止し、双方10%の暫定関税に引き下げ(米の対中平均は127.2%→51.8%、中国は147.6%→32.6%)。ただし構造問題は棚上げで、夏以降、米の対中平均は再び54.9%前後へじり上がった。
8月6日、米国はインドからの全輸入に追加25%を表明(発効前の交渉余地あり)。同日、米国内で生産しない半導体に約100%関税を課す方針を示し、TSMCやサムスンなど米投資を進める企業は適用除外の見通し。
8月時点で米国が全世界に課す平均関税率は約14.5%。一方、別推計では2025年の米平均関税率を22.5%とする分析もあり、方法論の違いによる幅が存在する(いずれにせよ、1900年代初頭以来の高さという指摘が並ぶ)。
データで読むインパクト:貿易額・赤字・物価・企業行動
米中貿易・関税の定点観測(主な節目)
年月 | 出来事 | 米側平均関税(対中中心) | 中側平均関税(対米) |
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2017年末 | 戦前水準 | 約2.2%(全体) | — |
2019年5月 | 第3弾を25%へ | 二桁台に定着 | 二桁台に定着 |
2020年2月 | フェーズ1反映 | 約19.3% | 約21.0% |
2022年10–12月 | 半導体規制強化/WTO判断 | 水準維持 | 水準維持 |
2025年4月上旬 | 一時的ピーク | 127.2% | 147.6% |
2025年5月中旬 | 一時緩和 | 51.8% | 32.6% |
2025年夏 | 追加措置反映 | 54.9%前後 | 32.6%前後 |
物価と成長
- 関税は米国内物価を累計で約0.2~0.4%ポイント押し上げたとの推計が紹介されている。対象品目では洗濯機が約12%上昇、衣料品は約17%上昇の試算もある。
- 米実質GDPは2018–19年の関税で年0.3~0.4ポイント押し下げ、中国も0.5~1ポイント下振れとの見方。2025年時点の累積では米GDP水準が0.6%低いとの推定が示される。
企業のサプライチェーン
- 「中国+1」戦略が定着。ベトナム、タイ、メキシコ、インドが受け皿となり、ベトナムの対米輸出は2018–2022年で倍増。
- 大手ではAppleが一部iPhone組立をインドやベトナムへ移し、2025年時点でインド製iPhoneが米市場に流通。
- 日本企業も補助金を活用し国内回帰やASEAN移転を進めた。
産業別深掘り:鉄鋼、自動車、農業、エレクトロニクス
鉄鋼・アルミ
- 2018年の232条関税で米国内生産は微増も、素材コスト上昇が自動車・建設など川下産業に転嫁。製造業全体では雇用減少の分析も。
- 2025年3月、全世界向け25%再強化でコスト圧力が再燃。
自動車・部品
- 2025年4月に25%関税。EUとは主要輸出品(自動車・半導体・医薬品)を15%の共通枠にする暫定合意で最悪回避。韓国はFTAにより有利な税率が適用。
- IRAのEV優遇要件は日欧韓メーカーの米国内投資とサプライチェーン再編を加速。
農業
- 2018–19年、中国の報復で米大豆輸出が急減。米政府は2018–19年で約280億ドルの補填。
- 2020年以降、中国はフェーズ1履行の範囲で米農産品購入を増やしたが、目標未達。
エレクトロニクス・半導体
- 2019年の第4弾で家電・ITなど消費財に広く関税。調達はASEANへ分散。
- 2022年の対中半導体規制で先端ノードの中国アクセスが封鎖。2025年には米国が「米国内で生産しない半導体に約100%」の方針を表明し、世界の投資計画を直撃。
政治と外交の副作用:米国内、同盟国、新興国、国際機関
- 米国内:ラストベルト向けの「製造業回帰」訴求で政治的支持を獲得。一方、農業州や都市部中間層には反発も。バイデン政権期も超党派で対中強硬が定着。
- 同盟国:2018年のG7で対立が先鋭化。バイデン期にEU・英・日の232調整で雪解け、2025年は相互関税の例外や統一税率15%などで二国間妥結を模索。
- 新興国:ベトナムなどは受益も、米国は迂回輸出や為替で圧力。インドは2023年に和解も、2025年には追加25%関税の標的に。
- 国際機関:WTO紛争処理は機能不全。IMF/OECDは繰り返し警鐘を鳴らすが、二国間主義が優勢。
今後のシナリオ:ブロック化、小康、再合意 – 経営・投資家が今すべきこと
3つのシナリオ
- ブロック化の固定化
北米・欧州・インド太平洋の地域ブロック内取引が拡大。関税・輸出規制・補助金が常態化し、企業は「マルチローカル」な生産体制を前提にする。 - 小康状態(関税は高止まり、選択的緩和)
重要品目での例外やTRQで摩擦を管理。政治日程に応じて税率が上下する“管理された不確実性”。 - 再合意(段階的引き下げ)
ハイテク・安保分野を除き、一部関税を段階的に整理。WTO改革や新ルール作りが再起動。
経営・投資家への実務アクション
- マッピングの更新:原産地、価値連鎖、最終市場を「関税・規制」単位で棚卸し。
- 二重投資の覚悟:米・EU・アジアで並行するサプライチェーン構築を試算。
- 税率“トリガー”管理:条項発動日、暫定期間、例外申請の窓口と期限をウォッチ。
- 価格転嫁と在庫戦略:関税・為替・物流の三変数でP/L感応度をシミュレーション。
- 政策対話:業界団体を通じた例外申請や基準緩和の働きかけを継続。
まとめ
2018年に始まった関税・貿易戦争は、2025年に入り“2.0”の様相を帯びた。関税は交渉の道具から経済安全保障の中核へ、そして産業立地を動かす「投資インセンティブ」へと姿を変えている。平均関税が上がった世界では、正解はもはや「最安」ではない。政治リスクと規制コストを組み込んだ“最適”を再定義する——その意思決定速度が、次の7年の勝敗を分ける。