2025年10月、日本の外国人起業家受け入れ制度は大きな転換点を迎える。在留資格「経営・管理」の要件が改正され、最低資本金が従来の500万円から一挙に3,000万円へと引き上げられるとともに、常勤職員1名以上の雇用が必須化される。さらに、経営経験や学歴の条件、第三者専門家による事業計画の確認といった質的要件も導入される予定である。

こうした厳格化の背景には、事業実態のない「ペーパーカンパニー」による不正利用や、社会保障制度の不適切な活用が横行してきた現実がある。政府は制度の信頼性回復と「量から質」への政策転換を明確に打ち出し、資本力と実行力を備えた起業家を厳選して受け入れる姿勢を強めている。

しかし、改正がもたらす影響は単純ではない。新規申請者数の大幅減少は不可避であり、小規模ビジネスや資金力に乏しい起業家にとっては参入障壁が高まり、日本のスタートアップエコシステムに負の影響を与える可能性がある。一方で、スタートアップビザの全国展開など、新たな受け入れ枠組みも整備されつつあり、日本がどのように国際競争力と多様性を両立させていくかが注目されている。

在留資格「経営・管理」改正の全貌:資本金と雇用要件の大幅強化

日本政府が2025年10月に施行を予定している「経営・管理」ビザの改正は、外国人起業家にとって従来の枠組みを根底から覆す内容となる。最大のポイントは、資本金要件の大幅引き上げと、雇用要件の必須化である。これにより、従来のように小規模な資本で個人が事業を立ち上げることは極めて困難となり、日本での起業環境は一段と厳しいものになる。

資本金要件:500万円から3000万円へ

これまで「経営・管理」ビザ取得に必要とされた最低資本金は500万円であった。これは旧「投資・経営」ビザ時代から長らく維持されてきた基準であり、国際的に見ても極めて低い水準にとどまっていた。新制度ではこれを一気に6倍の3,000万円に引き上げることで、十分な資金力を持つ事業者に限定する方針が鮮明となった。

資本金の新旧比較

項目現行制度改正後
最低資本金500万円以上3,000万円以上
国際比較韓国:約3,000万円同水準

この改正により、資金力を欠く起業家は申請の土俵にすら立てなくなる可能性が高い。とりわけ、飲食業や小売業、個人貿易といったスモールビジネスを志す外国人にとっては、参入障壁が飛躍的に高まることになる。

雇用要件:選択から必須へ

現行制度では、「資本金500万円以上」または「常勤職員2名以上の雇用」のいずれかを満たせばよかった。しかし改正後は「資本金3,000万円以上」に加え、「常勤職員1名以上の雇用」が必須条件となる。しかも、その職員は日本人や永住者、日本人配偶者など、就労に制限のない在留資格を持つ者に限定される。

これにより、起業家は事業開始直後から雇用管理や人件費の負担を背負うことになる。特に一人で始めることを前提としたIT・コンサルティング業などでは、改正後の要件は大きな重荷となる

質的要件の追加

加えて、資金や雇用だけでなく、経営経験や学歴、さらには第三者専門家による事業計画の審査といった新たな条件も導入される予定だ。単に資金があるだけでなく、事業の持続可能性や社会的意義を担保することが求められる。

このように、「経営・管理」ビザは資本主義的な参入障壁を高めつつ、質の担保という多重的なフィルターを課す制度へと変貌を遂げるのである。


改正の背景にある「制度悪用」と国際水準との乖離

今回の大幅な制度改正は、単なる数値基準の見直しではない。そこには、長年にわたり続いてきた制度の悪用と国際的な整合性の欠如という二重の課題が横たわっている。日本が制度の信頼性を回復し、世界の高度人材獲得競争に遅れを取らないための抜本的改革として位置付けられているのである。

広がった「ペーパーカンパニー」問題

出入国在留管理庁や地方自治体の調査によれば、過去には実体のない法人を設立し、在留資格を得ることだけを目的とする「ペーパーカンパニー」の乱立が横行していた。特に、大阪など都市部では、一つのシェアオフィスに数十社が登記されるなど、不自然な事例が報告されている。

また、こうしたビザを利用して無許可の民泊運営や、国民健康保険制度を用いた医療費の不正利用に及ぶケースも目立ち、社会問題化した。制度の本来目的である「外国人の健全な起業促進」が大きく歪められていたのである。

国際基準とのギャップ

資本金500万円という基準は、国際的に見れば異例の低水準だった。韓国では同様のビザ取得に約3,000万円が必要であり、米国の投資家ビザ(EB-5)では最低でも80万ドルが求められる。日本の基準は「安すぎるビザ」と揶揄され、信頼性低下の要因となった。

主要国との比較

国名最低投資額雇用要件
日本(現行)500万円任意(常勤職員2名以上でも可)
日本(改正後)3,000万円常勤職員1名以上必須
韓国約3,000万円なし
米国(EB-5)80万ドル10名以上

この乖離を是正し、日本の制度を国際水準へ引き上げることは急務とされてきた。資本金要件の6倍引き上げは、その流れを象徴するものと言える。

政治的・社会的圧力

さらに、国会においても制度悪用への懸念が繰り返し指摘され、メディアでも「安易に日本に定住できるルート」と批判的に報じられた。世論の高まりは、政府に抜本的な見直しを迫る大きな要因となった。

今回の改正は、制度の信頼性を回復し、量から質への転換を図る政治的決断である。日本は今後、資本力と実行力を備えた外国人経営者を選別的に受け入れる段階へと移行するのである。

外国人起業家への影響:小規模ビジネスは生き残れるか

改正後の「経営・管理」ビザが真っ先に影響を及ぼすのは、新たに日本で事業を始めようとする外国人起業家である。資本金3,000万円という要件は、個人レベルでの起業にとって極めて高いハードルであり、多くの申請者にとって現実的ではない。

特に、飲食業や小規模貿易、日用品販売といったスモールビジネスを志向する層には打撃が大きい。出入国在留管理庁の試算によれば、もし現行のビザ保有者約4万人に新基準を適用した場合、要件を満たせるのはわずか4〜6%に過ぎないとされる。この数値は、多くの外国人起業家が新制度下では参入できない現実を示している。

資金力格差による淘汰

資本金3,000万円は、アジア新興国出身の起業家や留学生上がりの若者にとっては到底用意できない額である。一方で、富裕層や企業グループの支援を受けられる起業家にとっては参入が可能となり、結果として資金力格差が制度のフィルターとなる。

その一方で、革新的な技術やユニークなビジネスモデルを持ちながら、初期資金が限られている人材が排除されるリスクが高まる。これにより、日本国内のスタートアップの多様性や創造性が損なわれる懸念が浮上している。

留学生のキャリアパスに影響

これまで留学生の中には、卒業後に小資本で飲食店や小売業を開業し、地域経済に貢献するケースが多く見られた。しかし、改正後はこうした道がほぼ閉ざされる。外国人留学生の「起業」というキャリア選択肢が失われ、日本で学んだ人材の定着率低下につながりかねない

イノベーション喪失のリスク

資金基準をクリアできないことで、日本が受け入れられるのは安定志向の中規模以上の事業者に限定される。短期的には制度の信頼性は高まるが、長期的には新しいビジネスモデルや社会的課題を解決するスタートアップが芽吹く土壌を狭める可能性がある。

日本経済が直面する課題を踏まえれば、制度の厳格化は必要である一方で、革新性ある人材をどう取り込むかが今後の最大の課題となる


既存ビザ保有者と支援業界に及ぶ余波

今回の改正は新規申請者を主対象とするが、すでに「経営・管理」ビザを持つ約4万人の外国人経営者にとっても大きな波紋を広げている。特に更新時の審査厳格化は避けられず、既存事業者はこれまで以上に健全な経営と透明性の高い運営を求められることになる。

更新審査の不確実性

法務省は改正要件を既存保有者に遡及適用しないとしているが、実務的には更新審査が厳格化することは確実視されている。決算書や納税状況、社会保険加入状況は従来以上に精査され、赤字経営や債務超過が続く場合には更新が困難になる。

単にビザを維持するためではなく、持続可能な事業経営を行うことが強く求められる時代に入ったといえる。

支援業界への影響

行政書士や弁護士、税理士など、外国人起業家の支援を担ってきた専門家業界も大きな転換点を迎える。従来は定型的な書類作成や申請代行が主要業務であったが、今後は以下のような新しい付加価値が求められる。

  • 日本政策金融公庫やVCからの資金調達支援
  • 専門家による事業計画の精緻化
  • 法人設立後のコンプライアンス遵守支援
  • 雇用・労務管理体制の整備

つまり、単なる「申請代行」から、資金調達や戦略設計を含む包括的なアドバイザリーへとビジネスモデルを進化させなければならない。

専門家ネットワークの重要性

特に3,000万円という資金調達を可能にするためには、専門家が投資家や金融機関との橋渡し役を担うことが不可欠である。支援業界がこの役割を果たせるかどうかが、外国人起業家の生存可能性に直結する。

行政書士やコンサルタントの役割は「書類を整える人」から「経営の伴走者」へと大きく変わる。この変化に適応できるか否かで、業界全体の再編も進むとみられる。

日本経済と地域社会に与える正負両面のインパクト

今回の「経営・管理」ビザ改正は、単に外国人起業家の数を左右するだけでなく、日本経済や地域社会全体に多様な影響を及ぼす。大資本の事業者が中心となることで安定した雇用が生まれる一方、地域経済を支えてきた小規模事業が縮小する恐れもあり、その影響は一枚岩ではない。

プラスの側面:安定雇用と質の高い投資

資本金3,000万円をクリアできる企業は、一定の規模や資金調達力を備えている。そのため、雇用創出や納税といった点で地域経済に貢献する可能性は高い。加えて、外資系企業や資本力ある投資家が日本市場に参入することで、新技術や高度なビジネスモデルが流入する効果も期待される。

特に、政府が推進するスタートアップ政策と連動すれば、金融・IT・製造業といった成長産業に資源が集中し、日本の産業競争力を高める契機となり得る。政策の狙い通り「質の高い投資」を呼び込むことで、マクロ経済的にはプラスの影響が強まる可能性がある

マイナスの側面:多様性の喪失と地域経済の停滞

一方で、地域に根差した外国人経営の飲食店や雑貨店などは、新制度の下では参入が難しくなる。出入国在留管理庁の統計では、現在のビザ保有者の9割以上がアジア出身者であり、その多くが小規模なビジネスを営んでいる。改正後はこうした事業が減少し、地域社会の多様性や活気を失う恐れがある。

とりわけ、都市部に集中していた外国人経営の小規模事業が縮小すれば、地域コミュニティやエスニック文化の担い手が減少することは避けられない。結果として、地域の飲食文化や国際的な魅力に影響が及ぶ可能性もある。

二面性をどう乗り越えるか

政策の方向性は「質の担保」という大義を持つが、それによって日本の経済的ダイナミズムが失われるリスクも否めない。今後は、スタートアップビザなど代替ルートを活用し、小規模ながら革新的な事業が排除されないよう柔軟な制度運用が求められる。


スタートアップビザ・高度専門職ビザという代替ルート

厳格化された「経営・管理」ビザは、資本力に乏しい外国人起業家を大きく排除する結果となる。しかし政府は、同時に「スタートアップビザ」や「高度専門職ビザ」といった新たな選択肢を提示し、起業家の多様な受け入れを図ろうとしている。

スタートアップビザの全国展開

2025年1月から全国に拡大されたスタートアップビザは、最大2年間の滞在を認め、資金調達や法人設立といった準備活動を可能にする制度である。地方自治体や政府認定の事業者に事業計画を提出し、革新性や成長性を評価されれば、正式な「経営・管理」ビザへ移行できる。

  • 自己資金が限られている起業家にとって初期参入の道を開く
  • 地方自治体やインキュベーターが審査を担うため、地域主導のスタートアップ支援が強化される
  • 「資本力」ではなく「革新性」を評価するルートを整備

この制度は、厳格化による負の影響を和らげる「緩衝材」として機能することが期待される

高度専門職ビザというエリートルート

一方で、実績ある経営者や高学歴・高年収の人材に向けては、高度専門職ビザが存在する。ポイント制に基づき70点以上を獲得すれば取得可能で、在留期間が初回から最長5年に設定されるほか、永住権取得までの期間が大幅に短縮される。

例えば80点以上の高得点を獲得すれば、わずか1年で永住権申請の資格を得られる。この優遇は、世界中の優秀な経営者を引き寄せる強力なインセンティブとなる。

二元的システムの確立

結果として、日本の外国人起業家受け入れは二元的なシステムに再編される。一つは潤沢な資本力を持つ起業家が「経営・管理」ビザで参入するルート、もう一つは革新性を評価されたスタートアップが「スタートアップビザ」を経由して事業を始めるルートである。

この二元構造をいかに運用し、悪用を防ぎつつ優秀な人材を引き入れるかが、日本の国際競争力を左右するカギとなる

国際比較から見える日本の立ち位置と課題

今回の「経営・管理」ビザ改正は、外国人起業家の受け入れにおいて、日本がどのような方向性を選択するかを鮮明に示すものとなった。各国の制度と比較することで、日本の立ち位置と課題が一層明確になる。

資本主導型モデルへの移行

日本の新制度は、資本金3,000万円と雇用1名以上を必須とする点で、韓国や米国のような資本主導型モデルに近い。韓国では3億ウォン(約3,000万円)が要件であり、米国の投資家ビザ(EB-5)は最低80万ドルと10人以上の雇用を求める。日本はこれらと比べれば条件は中庸であるが、「資本力の証明」を最重要視する方向に舵を切ったといえる。

イノベーション重視型との差異

一方、英国の「Innovator Founderビザ」やシンガポールの「EntrePass」は投資額要件を設けず、代わりに事業の革新性や拡張性を評価する。これらは資本力よりもアイデアの質を重視する仕組みであり、スタートアップエコシステムを活性化させる目的が強い。

**日本は「資本主導」、英国・シンガポールは「革新主導」**という明確な対比が浮かび上がる。資本重視の日本では安定志向の事業者を呼び込める一方、初期資金の少ない革新的な起業家には不利な環境となる。

国際比較の要点

国名最低投資額雇用要件特徴
日本(改正後)3,000万円1名以上必須資本・雇用重視
韓国約3,000万円なし高額資本型
米国(EB-5)80万ドル10名以上永住権直結
英国要件なしなし革新性の評価必須
シンガポール要件なし更新時に考慮ポイント制で柔軟

この比較から、日本が資本主導型の制度にシフトしたことは明白である。だが、世界的に人材獲得競争が激化する中、日本が革新性ある人材を引き寄せることができるかが大きな課題として残る。スタートアップビザがその補完策となるが、制度運用の巧拙によっては日本の魅力が相対的に低下しかねない。


外国人起業家受け入れ政策の未来像と提言

「経営・管理」ビザ改正は、日本の外国人起業政策における大きなパラダイムシフトである。しかし、この政策が長期的に成功するか否かは、制度の厳格化をいかに柔軟に運用し、多様な起業家を受け入れる体制を築けるかにかかっている。

二元的システムの確立

改正後の日本は、資本力のある起業家には「経営・管理」や「高度専門職」ビザを、革新性を評価されるスタートアップには「スタートアップビザ」を提供する二元的システムを形成する。これは単一の基準に依存しない柔軟な枠組みであり、「資本力か革新性か」という自己分析を外国人起業家に求める時代が到来したといえる。

ステークホルダーへの提言

  • 外国人起業家には、自身の強みを冷静に見極め、最適なビザ経路を選択する戦略性が不可欠である。
  • 支援業界には、従来の申請代行から脱却し、資金調達やコンプライアンスを含めた伴走型支援が求められる。
  • 政策立案者には、制度運用を通じて柔軟に見直しを行い、負の影響が大きい場合には調整を図る姿勢が必要である。

今後の焦点

日本が真のスタートアップハブとなれるかは、地方自治体やインキュベーターがスタートアップビザをどれだけ実効性ある制度として運用できるかにかかっている。さらに、悪用の芽を摘む監督体制を整備し、制度の信頼性を維持することが前提となる。

外国人起業家の受け入れは、単なる人口政策ではなく、日本の産業競争力強化に直結する国家戦略である。厳格化による「質の担保」と、多様性確保の両立を実現できるかが、今後の成否を分けるだろう。

まとめ

2025年の「経営・管理」ビザ改正は、日本における外国人起業家政策の大きな転換点となる。資本金要件を500万円から3,000万円へと引き上げ、常勤職員の雇用を必須化したことで、制度の信頼性を回復しつつ、真に日本経済に貢献する人材の受け入れを目指している。

一方で、資金力に乏しいが革新的なアイデアを持つ起業家が排除されるリスクや、地域社会に根差した小規模ビジネスが減少する懸念も強い。制度の厳格化は「質」を高める反面、「多様性の喪失」という負の側面を伴う

その中で、スタートアップビザや高度専門職ビザといった代替ルートが整備され、日本は二元的な受け入れシステムを構築しようとしている。今後の焦点は、制度を柔軟に運用しつつ、国際競争力を維持しながら多様な人材を引きつけることにある。外国人起業家受け入れは、単なる移民政策ではなく日本の未来を左右する経済戦略である。このバランスをいかに取るかが、日本社会の持続的成長のカギを握る。


出典一覧

Reinforz Insight
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