東京の不動産市場で、かつては富裕層の象徴であった「億ション」が日常的な存在へと変貌している。LIFULL HOME’Sの調査によれば、2015年に1%に過ぎなかった中古マンションの億ション比率は、2025年上半期には15.5%に達した。わずか10年足らずで16倍という異常な増加であり、都心では売り出される物件の7戸に1戸が億ションという状況だ。

特に港区や千代田区といった都心3区では半数以上が億ションとなり、価格形成のメカニズムが従来の国内所得水準から乖離しつつある。背景には、新築市場の希少化と価格高騰、長期的な金融緩和による低金利環境、そして円安を背景とした海外投資資金の流入がある。富裕層やパワーカップルによる需要が加わり、価格は実需を超えて資産市場としての性格を強めている。

その結果、東京23区の不動産市場は「住まい」ではなく「資産」としての色彩を濃くし、一般市民にとって住宅取得はますます遠いものとなった。都市は二極化し、中間層の生活基盤は脅かされている。東京の住宅市場はいまや単一では語れず、グローバル資産市場、国内実需市場、そしてその中間に位置する層へと恒久的に分断されつつある。

前例なき急騰:10年で16倍に膨張した中古億ション市場

東京23区の中古マンション市場における最も劇的な変化は、億ションの急増である。LIFULL HOME’Sの調査によれば、2015年には市場に占める割合はわずか1.0%にすぎなかった。それが2020年には3.4%、2025年上半期には15.5%と急拡大し、わずか10年足らずで16倍に達した。かつては一部の超富裕層が手にする象徴的な存在だった億ションは、いまや市場において無視できない主要セグメントへと変貌している。

この急増は単なる価格高騰の反映ではない。むしろ、東京の住宅市場そのものが新しい均衡点へと移行したことを示している。2025年時点で、23区内で売り出されている中古マンションの7戸に1戸が1億円を超える価格帯となっており、かつての「特別な領域」が標準的な価格帯へと変わりつつあるのだ。

実際の価格動向を見てもその傾向は明らかである。東京カンテイの調査によれば、2025年5月には中古マンション(70m²換算)の平均希望売出価格が初めて1億円を突破し、1億88万円に到達した。さらに都心6区(千代田、中央、港、新宿、文京、渋谷)では平均価格が1億352万円と、半年以上にわたり大台を超え続けている。

データの推移を整理すると以下の通りである。

中古億ション比率70m²平均価格
2015年1.0%約6,000万円台
2020年3.4%約8,000万円台
2025年上半期15.5%1億88万円

出典:LIFULL HOME’S、東京カンテイ調査

こうした状況は、単なる一時的なバブルではなく、構造的な地殻変動を意味する。特に注目すべきは、中古市場においても「1億円」という価格が心理的ベンチマークとして定着した点である。これは従来の常識を覆す現象であり、一般の給与所得者にとって住宅取得がますます非現実的なものとなっている。


都心3区への極端な集中と周辺区との断層

中古億ションの増加は23区全体で均一に進行しているわけではない。むしろ、その分布は極めて偏在している。港区では2025年上半期に売り出された中古マンションの55%が億ションであり、千代田区でも51%、中央区では45%に達している。つまり、都心3区では半数近くが億ションという異常な状況が常態化しているのだ。

一方で、杉並区や大田区などの下位10区では億ション比率は5%以下にとどまり、足立区ではゼロという結果も報告されている。この対比は、同じ23区内であっても価格形成のメカニズムがまったく異なる二つの市場が並存していることを如実に示している。

箇条書きで整理すると以下のような地域差が浮かび上がる。

  • 港区:中古マンションの55%が億ション
  • 千代田区:51%が億ション
  • 中央区:45%が億ション
  • 杉並区・大田区:5%以下
  • 足立区:億ションゼロ

出典:LIFULL HOME’S調査

この極端な集中は単なる価格差以上の意味を持つ。都心3区は、もはや国内一般層が住宅取得を検討できる市場ではなく、海外富裕層や投資家を主要なプレイヤーとする「資産市場」へと変貌している。その結果、社会的に排他的な「居住エンクレーブ」となり、地域の多様性や公共サービスのあり方にも長期的影響を及ぼす可能性がある。

一方、周辺区では依然として国内所得水準に基づいた価格形成が支配的であり、ここに東京の二極化が明確に表れている。専門家はこれを「局地バブル」と指摘し、一部地域だけがグローバル資本に組み込まれ、残りは国内実需に依存する構造だと分析している。

この分断は将来さらに鮮明になると予測されている。つまり、東京の住宅市場はもはや単一の市場として語ることはできず、複数の階層的市場が並立する時代へ突入したのである。

新築市場の高騰と希少化がもたらした中古市場への波及

中古億ション市場がここまで急拡大した背景には、新築マンション市場の構造的な変化がある。不動産経済研究所によれば、東京23区の新築マンション平均価格は2年連続で1億円を超え、2024年には1億1,181万円に到達した。新築購入を夢見る層にとって、もはや新築は「選択肢」ではなく「高嶺の花」と化した。

さらに供給面でも深刻な制約が生じている。2024年に23区で供給された新築マンションは8,275戸にとどまり、前年比で31%減少し、過去31年で最低水準となった。2013年のピーク時に約2.8万戸が供給されていたのと比べれば、供給力は3分の1以下に縮小している。資材価格や人件費の高騰により、デベロッパーは採算確保のため高価格帯物件に注力せざるを得ず、中間層向けの新築は市場から姿を消しつつある。

結果として、新築に手が届かない層が質の高い中古マンションに流入した。特に湾岸エリアの新築よりも、都心部の立地条件が優れた中古物件を選ぶ動きが顕著になっている。これにより中古市場では競争が激化し、築年数が経過した物件であっても高値で取引される現象が常態化している。

例えば、築30年を超える物件が億ションとして売買されるケースも増加している。これは中古物件が単なる「中古」ではなく、希少な新築の代替資産、すなわち「新築プロキシ」として評価されていることを意味する。

新築の希少化と高騰が、中古市場を実質的な受け皿に転換させ、その結果として中古億ション市場の爆発的拡大を招いた。この流れは一過性ではなく、今後も継続すると予測されている。


金融緩和、円安、海外投資マネーが支える価格上昇

中古億ション市場を押し上げるもう一つの大きな力が、マクロ経済環境である。日本銀行が2013年以降続けてきた大規模な金融緩和により、住宅ローン金利は歴史的低水準に抑えられてきた。低金利は借入能力を高め、投資リターンを押し上げることで不動産需要を直接的に増幅させている。日銀の「金融システムレポート」も、不動産関連融資の拡大が続いていることを指摘しており、潤沢な資金が市場に流れ込んでいる。

さらに円安の進行が海外投資家を呼び込んだ。ドル建てで見れば、東京のマンション価格は日本人が感じるほどの上昇には映らず、ロンドンやニューヨークと比較して依然割安感があると分析されている。この為替ディスカウントは、東京を国際的な投資先として強く印象づけ、富裕層マネーの流入を加速させた。

2025年第1四半期には海外投資家による日本不動産取得額が前年同期比2.2倍に増加し、東京は世界の不動産投資額でトップとなった。特に中国の富裕層は、自国の不動産市場停滞や政治的リスクを背景に、日本を「安全資産」として選好している。港区などでは3億〜5億円規模の物件を現金で購入するケースも増えている。

箇条書きで整理すると、価格を押し上げる主要因は以下の通りである。

  • 低金利環境による借入余力拡大
  • 円安による海外投資家への割安効果
  • 中国など海外富裕層の安全資産志向
  • 国内パワーカップルや富裕層の購入拡大

結果として東京の都心不動産は、国内所得動向から乖離し、国際的な金融情勢や為替動向に左右される市場へと変貌した。一般市民にとって住宅取得が困難化する一方で、グローバル資産市場としての東京の地位はますます強化されている。

富裕層とパワーカップルが形成する新たな購買層

東京の中古億ション市場を下支えしているのは、海外投資家だけではない。国内の富裕層や、共働きで高収入を得る「パワーカップル」と呼ばれる世帯が積極的に市場に参入している。パワーカップルはペアローンを活用することで単独では困難な億ション購入を実現し、需要の厚みを形成している。

また、不動産価格の上昇局面で所有物件を売却し、その利益を元手にさらに高額な億ションに住み替える「資産乗り換え層」も市場に影響を与えている。これにより、中古市場では高額物件が安定的に消化される仕組みが生まれている。

海外からの資金流入と合わせて、富裕層による「安全資産」志向が東京の市場を強固に支えている。とりわけ中国の富裕層は、自国市場の停滞を背景に、港区や千代田区の物件を現金で数億円規模で購入する事例が相次いでいる。一方で国内富裕層は、資産形成の一環として不動産を組み込み、インフレや地政学的リスクへの防衛手段として利用している。

特徴的なのは、需要が「価格よりも安定性」を重視している点である。海外富裕層にとって日本の不動産は所有権の安定や法制度の透明性が魅力であり、国内のパワーカップルは「35年共働きローン」を前提に将来の生活を組み立てている。こうした需要の非弾力性が、都心価格を押し上げ続ける要因となっている。

箇条書きで整理すると、主要な購買層は以下の通りである。

  • 海外富裕層:現金購入が中心、安全資産志向
  • 国内富裕層:資産形成やリスク分散のための購入
  • パワーカップル:ペアローン活用で億ション取得を実現
  • 住み替え層:既存資産の売却益を元に高額物件へ移行

この多層的な需要構造が、東京の億ション市場を支える「厚み」となり、価格下落を抑える強力な要因になっている。今後もこの購買層が市場の安定に寄与すると見込まれている。


アフォーダビリティ・クライシスと中間層の排除

一方で、億ション市場の拡大は社会的な副作用を生んでいる。最も深刻なのは「アフォーダビリティ・クライシス」、すなわち住宅取得能力の危機である。SNS上では「都心は常人が住める域を超えてきた」「メーカー勤務でも東京に住めない」といった声が溢れており、価格高騰が人々の生活設計を大きく揺るがしている。

実際のデータもこの感覚を裏付ける。不動産経済研究所によれば、新築マンションの年収倍率は14.81倍、中古でも14.49倍と新築との差がほぼ消えている。従来は中古の方が手頃で、所得層にとって重要な選択肢であったが、その価格的優位性は失われつつある。

試算によれば、頭金ゼロで1億円の住宅ローンを組むためには、最低でも1,430万円の年収が必要とされる。これはごく一部の高収入世帯を除き、現実的な水準ではない。中間層にとっては23区内で良質な住宅を確保することが極めて困難になり、都市からの流出圧力が高まっている。

表に示すと以下のようになる。

指標新築マンション中古マンション
平均年収倍率14.81倍14.49倍
必要年収(1億円物件)約1,430万円約1,430万円

出典:不動産経済研究所、各種試算

この状況が長期化すれば、教師や公務員といった都市機能を支えるエッセンシャルワーカーが都心から排除され、都市の活力や持続可能性を損なうリスクがある。実際に、都心部ではすでに「空洞化」の兆候が見え始めている。

さらに地域格差も拡大し、港区や千代田区が富裕層専用の「居住エンクレーブ」と化す一方で、足立区や葛飾区は低価格帯を維持する「実需市場」として二極化している。この断層は、教育や文化の格差拡大へも波及しかねない。

アフォーダビリティ・クライシスは単なる不動産の問題にとどまらず、都市の持続可能性を脅かす社会課題である。その解決には、住宅政策や税制を含む包括的なアプローチが不可欠となっている。

政策介入と業界の反発、住宅政策の岐路

中古億ション市場の急拡大は、行政にとっても無視できない社会問題となっている。特に問題視されているのが、短期的な転売による投機行為である。購入から短期間で売却し、利ざやを稼ぐ「短期転売」が価格を押し上げ、市場を過熱させているとの批判が強まった。

こうした状況を受け、港区は新築マンションの供給事業者に対して「新築購入から5年間の転売禁止」を要請するという異例の措置を講じた。法的拘束力はないが、行政が直接的に市場の過熱を抑制しようと動いた点は注目に値する。しかしこの政策に対しては、業界内から「過度な規制は供給の停滞を招き、かえって価格上昇を助長しかねない」との反発も出ている。

政策対応を巡る議論は、自由な市場取引を重視する業界と、社会的公正を確保したい行政との間で大きな溝を生んでいる。港区の要請は一つの試みでしかないが、今後は国レベルで住宅政策をどう方向付けるかが問われる局面に入っている

箇条書きで整理すると、政策を巡る論点は以下の通りである。

  • 短期転売規制の是非
  • 規制強化による供給停滞リスク
  • 市場原理と社会的公平性のバランス
  • 国レベルでの政策介入の必要性

市場の熱狂が続く限り、こうした政策的介入を求める声は強まるだろう。しかし、規制の効果は不透明であり、むしろ抜け道を生む可能性もある。行政と業界が対立する構図は、東京の住宅政策が重大な岐路に立たされていることを浮き彫りにしている。


東京住宅市場の三層構造と恒久的な階層化の未来

中古億ションの急増は、東京23区の住宅市場を一様なものから三層構造へと変貌させた。LIFULL HOME’S総研の中山登志朗氏は、今後の市場を「投資・実需エリア」「実需中心エリア」「安価流通エリア」という三つの層に分化すると指摘している。

具体的には、港区や千代田区といった都心の一等地はグローバルな資産市場として機能し、価格は国際資金の動向に左右される。世田谷区や城南・城西エリアは国内実需を中心としつつも、プライム市場の影響を受ける「ハイブリッド市場」となる。そして足立区や葛飾区は安価な物件が流通し、国内の価格重視層を支える実需市場として存続する。

この三層構造を模式化すると以下のようになる。

階層代表区中古億ション割合平均m²単価主要需要層
第1層:グローバル資産市場港区55%240万円超海外富裕層・投資家
第2層:ハイブリッド市場世田谷区5〜10%100〜150万円国内富裕層・高所得実需
第3層:国内実需市場足立区0%50〜70万円国内価格重視層

出典:LIFULL HOME’S調査、東京カンテイ

この構造的分断は一過性の現象ではなく、恒久的なものとして定着する可能性が高い。都心の富裕層エンクレーブと、周辺部の実需市場は今後も乖離を続け、教育、文化、コミュニティの格差を固定化するリスクを孕んでいる。

もはや「東京の住宅市場」という単一の概念で語ることはできない。誰もが同じすごろくを登る時代は終わり、それぞれ異なるルールのもとで動く複数の「居住経済圏」が併存する都市へと移行している。政策立案者、投資家、一般市民は、この三層構造を前提に戦略を立てる必要があるのだ。

まとめ

東京の中古億ション市場は、わずか10年で16倍に拡大し、かつては限られた富裕層の象徴であった1億円超の物件が、今や市場における主要な存在となった。背景には、新築マンションの高騰と希少化、金融緩和による低金利、円安による海外投資マネーの流入、そして国内富裕層やパワーカップルの参入といった複合的な要因が作用している。

その結果、東京の住宅市場は「資産市場」と「実需市場」に明確に分断され、港区や千代田区といった都心の一等地はグローバル資産市場として機能する一方、周辺区は国内所得に基づく実需市場として残存する構造が定着しつつある

一般市民にとって住宅取得がますます困難になる一方で、都市は三層構造へと恒久的に階層化され、教育や文化、社会の多様性にも長期的な影響を及ぼす可能性がある。行政の規制や政策介入が議論されているものの、市場の根本的な構造変化を抑えることは難しい。

もはや「東京の住宅市場」という単一の概念で状況を語ることはできない。誰もが同じ条件で住まいを目指せる時代は終わり、異なるルールとプレイヤーが支配する複数の居住経済圏が共存する時代へと突入している。今後、投資家、政策立案者、一般市民がそれぞれの立場からこの新しい現実にどう向き合うかが問われている。


出典一覧

Reinforz Insight
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