2025年、リクルートホールディングスはAIを核とした戦略的転換により、グローバル人材市場における地位をさらに強化しようとしている。同社は2025年3月期に過去最高益を達成し、堅固な財務基盤を武器に「AIネイティブ」企業への進化を加速させている。特にHRテクノロジー事業では、IndeedやGlassdoorを中心にAIを統合した組織再編を断行し、次世代の採用プラットフォーム構築を進めている。この背景には、Microsoft傘下のLinkedInや米ZipRecruiterといった競合とのAI軍拡競争がある。
同時に、国内では「Air ビジネスツールズ」や「SUUMO」「ホットペッパービューティー」などの強力なブランドが安定収益を生み出し、変革の原資を確保している。一方で、海外派遣事業は景気減速の影響を受けて苦戦しており、リスクと機会が交錯する状況にある。投資家や市場関係者は、AIを成長の原動力とするリクルートの挑戦を高く評価しているが、その実行力と成果が問われるのはこれからである。リクルートの戦略は、単なる効率化ではなく、グローバル人材市場のルールを再定義する試みでもある。
リクルートの最高益と財務基盤が示す変革の余地

リクルートホールディングスは2025年3月期において、売上収益3兆5,574億円、調整後EBITDA6,788億円、当期純利益4,085億円という過去最高水準を達成した。この成果は単なる業績好調の表れではなく、同社が進める「AIネイティブ」企業への転換を可能にする強固な財務基盤を裏付けるものである。
2026年3月期の会社予想では、売上は微減するものの営業利益は5,400億円(前期比10.1%増)、純利益は4,280億円(前期比4.8%増)と増益基調を維持するとされている。景気減速や海外派遣事業の低迷といった逆風がある中でも、利益の成長を見込むことができるのは、効率化とAI活用による生産性向上が奏功しているためである。
加えて、2025年には6,000億円規模の自己株式取得を実施し、さらに追加の買い戻しを行っている。配当も2026年3月期には1株25円へ増配予定であり、株主還元の姿勢は一貫して強い。これらは市場への信頼性を高め、AI戦略に伴う短期的リスクを吸収する役割を果たしている。
表:2025年3月期実績と2026年3月期予想
指標 | 2025年3月期(実績) | 2026年3月期(予想) | 前期比 |
---|---|---|---|
売上収益 | 3兆5,574億円 | 3兆5,200億円 | −1.1% |
調整後EBITDA | 6,788億円 | 6,970億円 | +2.7% |
営業利益 | 4,905億円 | 5,400億円 | +10.1% |
当期純利益 | 4,085億円 | 4,280億円 | +4.8% |
このようにリクルートは「危機だから変革する」のではなく、最高益を背景に自ら攻めの変革へ踏み出している。財務体力を確保した上で、AIを核にした事業構造の再構築に投資することは、持続的な成長に向けた極めて戦略的な選択である。
出木場久征CEOのビジョンと戦略的ピボット
リクルートの変革を牽引するのは、米テキサス州オースティンから指揮を執る出木場久征CEOのビジョンである。彼は「Follow Your Heart」を掲げ、個人と企業がより速く、シンプルに、そして近くで出会える世界の実現を目指している。
このビジョンを具体化する戦略の柱は三つある。第一は「Simplify Hiring」であり、IndeedやGlassdoorを軸にAIを活用して採用のあらゆるプロセスを効率化する。例えば、Indeed上での1分間あたりの採用者数をKPIとすることで、AIがどれだけ採用を加速させているかを明確に測定している。
第二は「Help Businesses Work Smarter」であり、国内の中小企業向けに「Air ビジネスツールズ」を中心とした業務支援サービスを展開する。Airレジは87万超のアカウントを獲得し、決済や予約管理を含む強固なエコシステムを構築している。これにより、中小企業のDXを推進し、国内市場における不動の地位を築いている。
第三は「Prosper Together」であり、カーボンニュートラルやジェンダーパリティ推進といったESG課題への取り組みを通じ、社会との共存共栄を図るものである。これらは単なるCSRではなく、グローバルな投資家からの信頼獲得にもつながる戦略的要素となっている。
箇条書きで整理すると以下の通りである。
- 採用の簡素化(Simplify Hiring)
- 中小企業の生産性向上支援(Help Businesses Work Smarter)
- 社会との共存共栄(Prosper Together)
リクルートのAI戦略は、この三つの柱を同時並行で推進し、全社を「AIネイティブ」企業へと進化させるものである。出木場CEOのリーダーシップは、既存の枠組みにとどまらず、企業の在り方そのものを刷新することを目指しており、まさに戦略的ピボットの典型例といえる。
「AIネイティブ」への移行と大胆な人員再編の意図

2025年7月、リクルートはHRテクノロジー事業で約1,300人、全体の6%にあたる人員削減を発表した。対象は主に米国の研究開発や人事関連チームであり、GlassdoorのCEOを含む経営陣の退任も相次いだ。この動きは業績不振によるコスト削減ではなく、AI時代に適応するための戦略的な施策と位置づけられている。
出木場CEOは「AIが世界を変えているため、我々も適応しなければならない」と強調した。つまり今回のリストラは「守り」ではなく、リソースを従来業務から解放し、新しいAI主導の組織構造へ移行するための「攻めの再編」である。
表:2025年人員削減の概要
項目 | 内容 |
---|---|
削減人数 | 約1,300人(全体の約6%) |
対象領域 | 米国のR&D、人事、成長戦略部門 |
影響範囲 | Indeed、Glassdoor |
特記事項 | Glassdoor CEO、Indeed CHRO退任 |
この施策の特徴は、短期的な業績改善を狙った場当たり的対応ではなく、2026年3月期の業績予想にあらかじめ織り込み済みであった点にある。つまり綿密に計画された組織刷新であり、AIネイティブ企業として生まれ変わるための布石である。
また、こうした再編は単にコスト削減にとどまらず、今後のAI搭載型サービス開発を加速させるための人材配置転換でもある。従来型業務を担っていた人員を削減し、その分をAIエンジニアやプロダクト開発に集中投下することで、競争環境の激化に先手を打つ狙いがある。
AI搭載型サービスが切り拓く採用の未来
人員再編と並行して、リクルートはAIを搭載した新サービスを次々と市場に投入している。その代表例が求職者向け「Indeed Career Scout」と企業向け「Indeed Talent Scout」である。
Indeed Career Scoutは対話形式のAIキャリアエージェントであり、ユーザーのスキルや経験を理解し、履歴書の自動作成や面接練習をサポートする。さらに本人が気づいていなかった新たなキャリアパスを提示する機能も備える。従来のキーワード検索型求人から脱却し、キャリアの可能性を能動的に提示する点が革新的である。
一方、Indeed Talent Scoutは企業の採用担当者を支援するAIであり、数百件の応募書類を瞬時にスクリーニングし、効果的な求人原稿を自動最適化する。加えて、面接日程の調整やAIによる一次面接の代行も行い、採用業務の大部分を自動化できる。
日本市場向けには「ガクチカAIアシスタント」も登場した。学生が就活で必須とされる「学生時代に力を入れたこと」のエピソードをAIと対話しながら整理し、短時間で応募書類を完成させることが可能となった。従来数時間かかっていた作業が数分に短縮される効果は、学生・企業双方にとって大きなメリットとなる。
箇条書きで整理すると、リクルートのAIサービスは以下のように位置づけられる。
- Career Scout:求職者のキャリア最適化支援
- Talent Scout:企業の採用プロセス自動化
- ガクチカAI:新卒市場特化の応募支援
これらはすべて単独ではなく連携する仕組みを持ち、求職者と企業をつなぐプラットフォーム全体をAIで再構築する試みといえる。競合であるLinkedInやZipRecruiterも類似のサービスを展開しているが、リクルートは国内外での強力なブランドと豊富な求人データを背景に、独自のエコシステムを形成している。
このAI搭載型サービス群は、採用活動の効率化にとどまらず、グローバル人材市場における競争のルールそのものを塗り替える可能性を秘めている。
国内市場を支えるマッチング&ソリューション事業の強み

リクルートの国内におけるマッチング&ソリューション事業(MMT)は、美容、住宅、旅行、飲食、ブライダルなど生活に密着した領域を広くカバーし、同社の安定収益を支える柱となっている。2025年3月期における売上収益は8,160億円で前期比1.0%増、調整後EBITDAは1,859億円で13.6%増と、堅実な成長を示した。
この背景には、Air ビジネスツールズを中心とする中小企業向けの業務支援サービス群の存在がある。特にPOSレジアプリ「Airレジ」は87.8万アカウントを超え、国内最大規模の導入数を誇る。Airレジを無料で提供しながら、決済サービス「Airペイ」やシフト管理の「Airシフト」といった有料サービスで収益化するフリーミアムモデルは、中小企業のデジタル化を促進する一方で、リクルートにとって高いスイッチングコストを伴う安定収益源となっている。
さらに各分野のプラットフォームも市場支配力を強めている。住宅領域ではSUUMOが「住みたい街ランキング」などの調査を通じて強固なブランドを維持しており、美容領域ではホットペッパービューティーがサロン集客のデファクトスタンダードとして機能している。1兆3,800億円規模に拡大した美容市場での圧倒的シェアは、競合を寄せ付けない。
一方でブライダル市場は婚姻件数の減少という逆風を受けているが、挙式単価が上昇することで市場全体の二極化が進む中、ゼクシィが持つ影響力は依然として強い。広告効果とブランド力により、結婚関連事業者にとって不可欠な存在であることに変わりはない。
国内市場における強力なブランド群と業務支援エコシステムの融合こそが、リクルートが海外市場の景気変動を吸収できる力の源泉である。これにより、国内の安定収益を基盤にグローバルなHRテクノロジー事業への積極投資が可能となっている。
派遣事業の二極化とグローバル市場の課題
リクルートの人材派遣事業は、国内外で明暗が分かれる結果となっている。2025年3月期において、国内市場は売上収益が前期比7.1%増と堅調であった一方、欧米やオーストラリアを中心とする海外市場では2.4%減と縮小した。2026年3月期の見通しでも、国内は4.0%成長する一方で海外は6.8%減少が予測されており、この二極化は今後も続く可能性が高い。
国内市場の成長を支える要因は、日本の構造的な人手不足にある。少子高齢化による労働力人口減少に伴い、派遣社員への需要は底堅く推移している。また、企業が業務の一部をアウトソーシングする流れも拡大しており、リクルートスタッフィングはBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)サービスの提供を強化している。実際にホンダやLIXILといった大手企業が導入し、業務効率化の成功事例を示していることは注目に値する。
一方、海外市場では景気後退や不透明感が企業の採用抑制につながっている。特に欧州ではエネルギー価格高騰や地政学リスクが派遣需要を冷え込ませ、米国でも景気減速が採用市場に直撃している。海外派遣事業は高い収益性を持たないため、景気変動の影響を直に受けやすい。
表:人材派遣事業の地域別動向(2025年3月期)
地域 | 売上収益 前期比 | 特徴 |
---|---|---|
日本 | +7.1% | 人手不足を背景に堅調な需要、BPO拡大 |
欧州・米国・豪州 | −2.4% | 景気後退による採用抑制、需要鈍化 |
リクルートの派遣事業は、国内が「成長の柱」、海外が「リスク要因」という構図である。しかし、国内の安定性が海外の景気循環的な不振を吸収する役割を果たしており、巧みなポートフォリオ経営が全社の安定を担保している。この二重構造こそが、リクルートがグローバル戦略を強気に推進できる理由の一つである。
LinkedInやZipRecruiterとのAI競争とリクルートの立ち位置

グローバルなHRテクノロジー市場では、AIを活用したマッチングアルゴリズムの精度が競争の焦点となっている。かつては求人件数やユーザー数がプラットフォームの価値を決めていたが、現在はどれだけ迅速かつ的確に人材と企業を結びつけられるかが勝敗を分ける要素となっている。
Microsoft傘下のLinkedInは、AIによる候補者発見支援機能「AI-Assisted Candidate Discovery」や自然言語で検索可能な「Conversational Search」を導入し、採用担当者の業務効率を飛躍的に高めている。さらに返信率を44%改善するとされる自動メッセージ機能を追加するなど、精緻なアルゴリズムを武器に市場を拡大している。
米国発のZipRecruiterもまた、AI活用を軸に成長を続けている。同社は求人掲載から1日以内に80%の企業が応募を受けられるとし、スピードと精度を強みに掲げる。数十億件に及ぶ過去の求人データを活用したマッチングエンジンは、単なる情報掲示板から高度な採用プラットフォームへの進化を象徴している。
こうした競合に対し、リクルートはIndeedを基盤に「Career Scout」「Talent Scout」といったAIサービスを展開している。特に対話型キャリア支援や求人広告の自動最適化は、LinkedInやZipRecruiterが導入している先進機能と正面から競合するものであり、技術的な優位性の確立が急務となっている。
表:主要採用プラットフォームのAI機能比較
機能カテゴリ | リクルート(Indeed) | ZipRecruiter | |
---|---|---|---|
候補者発見・マッチング | Talent Scoutによるスキルベース推薦 | Candidate Discovery、自然言語検索 | 「Great Match」技術 |
コミュニケーション支援 | Career Scoutによる対話型相談 | AI-Assisted Messaging、自動InMail作成 | リアルタイム通知、応募更新 |
採用プロセス自動化 | 書類スクリーニング、AI面接 | 候補者評価自動化 | 応募フィルタリング、100以上サイト配信 |
この比較からもわかるように、AI競争は単なる効率化ではなく、採用体験全体を再設計する戦いである。リクルートの優位性は膨大な求人データと国内市場での強固な基盤にあり、これをいかにグローバル展開に結びつけられるかが今後の鍵となる。
投資家が評価する成長ポテンシャルとリスク要因
投資家やアナリストの目線から見たリクルートは、極めて魅力的な成長ポテンシャルを秘めた企業として評価されている。2025年9月時点で大多数のアナリストが株式を「買い」もしくは「強気買い」と判断しており、目標株価の平均は9,868円と現在株価に対して大幅な上昇余地を示している。日経平均株価が史上最高値を更新する中で、リクルートのような大型株は市場全体の追い風も享受している。
投資家が注目する主な機会は以下の三点である。
- AIネイティブ戦略による技術的優位性の確立
- Air ビジネスツールズを中心とした国内エコシステムの収益化拡大
- 人手不足を背景とした国内派遣事業の安定需要
一方で、成長の裏側にはリスクも存在する。海外派遣事業は世界経済の減速に敏感であり、不況が長期化すればHRテクノロジー事業にも波及する可能性がある。また、Microsoftを後ろ盾に持つLinkedInのように潤沢な資金力を備えた競合とのAI開発競争は、巨額投資を伴う。さらに、大規模な組織再編において従業員の士気低下や事業運営の混乱が生じるリスクも否定できない。
表:リクルートの成長機会とリスク
成長機会 | リスク要因 |
---|---|
AIネイティブ戦略による技術的優位 | 世界経済の減速による派遣需要低下 |
国内エコシステム収益化 | グローバル競争激化による開発投資負担 |
人手不足に支えられた国内派遣需要 | 組織再編に伴う実行リスク |
総じて、リクルートは強固な国内基盤を持ちながら、AIを軸に世界市場で覇権を狙う挑戦を続けている。投資家はその大胆さを評価する一方で、短期的には不確実性の高さを冷静に見極めており、今後1~2年が勝敗を分ける決定的な期間となる。