2025年、村田製作所は大きな戦略的転換点に直面している。これまでの「中期方針2024」では売上2兆円を掲げながらも未達に終わり、成長一辺倒の戦略の限界が露呈した。こうした反省を踏まえ、新たに策定された「中期方針2027」では、資本効率と収益性を重視する姿勢が鮮明となった。特に、主要な経営指標をROIC(投下資本利益率)の税引後基準へと移行させたことは、短期的な売上規模ではなく質の高い利益を追求する姿勢を示すものである。

同社の成長を支える二大エンジンは、AI関連のデータインフラ需要と自動車の電装化・ADASの進展である。前者はAIサーバーやデータセンター向けの電子部品需要を牽引し、後者は自動運転技術や次世代モビリティに欠かせないセンサー・モジュールの需要を拡大させる。さらに、サプライチェーンの地政学リスクを低減するためのインドやベトナムでの拠点拡充、そしてM&Aを通じた事業強化も積極的に展開されている。

本記事では、村田製作所が描く「中期方針2027」の全貌と事業ポートフォリオ、競合環境、経営リスク、そして2030年に向けた長期的な成長展望について詳細に分析する。

新中期経営計画「中期方針2027」が示す転換点

村田製作所は2025年、新たな中期経営計画「中期方針2027」を策定した。前計画「中期方針2024」では、売上高2兆円という野心的な目標を掲げたが、最終的には1兆7,000億円規模にとどまり、未達に終わった。この経験は、同社が成長至上主義から資本効率と収益性重視の経営へと舵を切る決定的な契機となったのである。

新計画では、主要経営指標としてROIC(投下資本利益率)を税引後ベースに変更するという、経営の根幹に関わる大きな転換が行われた。これは単なる数値変更ではなく、国際的な比較可能性を意識した、実質的な資本効率経営への移行を意味する。2027年3月期にはROIC税引後12%以上、2030年には15%以上を目指すとされ、投資家に対しても厳格な財務規律を約束する姿勢が明確化された。

加えて、2027年3月期までに売上高2兆円以上、営業利益率18%以上、ROE14%という高い水準を掲げている。これらの目標は、AIや自動車の成長分野を取り込みつつ、質の高い利益を追求する戦略の象徴といえる。

資本配分の面でも、株主還元と成長投資の両立を強調している。3年間で総額4,000億円の株主還元を計画する一方で、戦略投資枠を2,200億円と大幅に増額した。つまり、投資家に安定したリターンを提供しながら、次世代の成長分野に果敢に投資する姿勢を鮮明に打ち出している。

以下の表に主要目標を整理する。

指標2027年3月期目標特記事項
売上高2兆円以上AI・自動車市場の拡大を背景に挑戦
営業利益率18%以上高付加価値製品へのシフト
ROE14%資本効率と収益性の両立
ROIC(税引後)12%以上国際水準の資本効率指標
株主還元総額4,000億円3ヵ年累計、自己株取得含む
戦略投資枠2,200億円前計画の900億円から大幅拡大

このように、村田製作所は「規律ある変革」を掲げ、持続可能な成長へのシフトを鮮明にしている。これは外部環境に左右されにくい収益体質を確立し、長期的に安定した企業価値向上を目指す姿勢の表れである。

成長の二本柱:コンポーネント事業とデバイス・モジュール事業

村田製作所の事業構造は、大きく二つに分かれる。ひとつは高収益を誇るコンポーネント事業、もうひとつは収益性に課題を抱えるデバイス・モジュール事業である。この対照的な二本柱が、同社の強みと弱みを同時に映し出している。

コンポーネント事業の中核を担うのは、積層セラミックコンデンサ(MLCC)である。2025年3月期には1兆331億円の売上を計上し、営業利益率は26.4%に達した。特に1005Mサイズで47µF、車載向け2012Mサイズで10µFといった世界初の製品を次々と市場投入し、他社の追随を許さない技術的優位性を維持している。AIサーバーや電気自動車に不可欠な部品として需要は急増しており、島根県に新工場を建設するなど供給能力拡大にも積極的である。

一方、デバイス・モジュール事業は営業利益率1.4%と低迷しており、WiFiモジュールなど価格競争に陥りやすい製品構成が課題となっている。しかし同社は、ADAS向け高精度センサーや6G対応通信モジュール、衛星通信IoTモジュールといった高付加価値分野へのシフトを進めている。CES 2025では小型6軸センサーやミリ波レーダーを披露し、既に量産化に入った製品も存在する。

この構造をまとめると以下の通りである。

事業区分売上収益(2025年3月期)営業利益率主力製品・戦略
コンポーネント1兆331億円26.4%MLCC、インダクタなど高収益製品
デバイス・モジュール6,971億円1.4%WiFiモジュールからADASセンサー・6G通信へシフト

この二本柱のコントラストは、同社の将来を占う上で重要なポイントである。コンポーネント事業が安定的にキャッシュを生み出す一方で、デバイス・モジュール事業をいかに収益源へ転換できるかが、中期計画の達成を左右する。

つまり、村田製作所の挑戦は「強い部門で稼ぎ、弱い部門を変革する」ことに尽きる。この構造転換が成功すれば、同社はAIと自動車の二大成長市場で確固たる地位を築き、持続的な成長を実現できるだろう。

AI・自動車分野での成長機会と投資戦略

村田製作所が掲げる「中期方針2027」の中核を成すのが、AIと自動車分野での成長戦略である。特にAI関連のデータセンター需要と自動車の電装化・ADASの普及は、同社にとって二大成長エンジンとなっている。

AI分野では、サーバーやデータセンター向けの電子部品需要が爆発的に拡大している。GPUやCPUの高性能化に伴い、大容量かつ高耐圧の積層セラミックコンデンサ(MLCC)の需要が急増しており、村田製作所は世界トップシェアを活かして積極的に供給体制を強化している。島根県に建設中の新工場は、AI関連需要に応える最大規模の投資とされ、今後の収益拡大に大きく寄与する見通しである。

一方、自動車分野では、電動化と自動運転の進展が部品需要を押し上げている。同社は小型高精度の6軸慣性力センサーやミリ波レーダー技術を開発し、自動運転システムに不可欠なポジショニング精度の向上を実現している。また、EV市場向けには高耐熱・高信頼性のMLCCを量産化し、次世代モビリティの中核部品供給者として存在感を高めている。

加えて、6Gや衛星通信IoTといった次世代通信市場への布石も進めている。ローデ・シュワルツ社との共同開発による次世代RFシステムは、低消費電力で高効率を実現する新技術として注目される。これらの取り組みは、単に既存市場でのシェア拡大にとどまらず、新しい収益源の創出につながる可能性を秘めている。

村田製作所は、AIと自動車という二大成長市場での優位性を基盤に、技術的リーダーシップを強化し、積極的な投資によって収益性と成長性の両立を図ろうとしている。これは、2027年度の営業利益率18%以上という高い目標の実現に向けた重要な布石である。

グローバル市場環境と競合他社との比較

2025年の電子部品市場は、長期化した供給過剰サイクルから脱却し、AIを中心に持続的な需要が期待される回復基調にある。しかし、米中対立などの地政学リスクは依然として大きな不確実性要因であり、各社はそれぞれの強みを活かした戦略を展開している。

村田製作所の強みは、圧倒的な技術優位を誇るMLCC事業と、AI・自動車分野に特化した投資である。これに対し、競合各社は異なる戦略を選択している。

企業名主な戦略財務目標(参考)
村田製作所MLCCの技術優位を基盤にAI・自動車市場を深耕売上2兆円以上、ROIC税後12%以上
TDKEV向け中型電池や小型二次電池に巨額投資営業利益成長、ROIC改善
太陽誘電自動車・産業機器市場への依存度を高め安定収益化営業利益率15%以上
サムスン電機全固体電池や次世代半導体材料など未来技術へ集中グループシナジーによる拡大戦略

TDKは受動部品事業よりも電池事業を成長の柱に据え、EV市場の需要を取り込む方針を強化している。太陽誘電は変動の激しいスマートフォン市場から脱却し、自動車やインフラ機器など安定市場で収益基盤を築こうとしている。さらに、サムスン電機はグループ全体の巨大資本を背景に、全固体電池や次世代半導体基板といった先端技術への投資を加速している。

このように、同じ電子部品業界でありながら、各社の戦略は大きく異なる。村田製作所はAIと自動車市場に的を絞った集中投資型戦略を取る一方で、TDKはエネルギー分野、太陽誘電は安定市場、サムスン電機は未来技術に注力する。

つまり、村田製作所の競争力は「現在の成長市場を押さえるスピードと技術力」にあり、競合他社が別の方向に進む中で、自社の中核事業を磨き続けることで差別化を図っている。この姿勢は、市場シェアを強固にしながら将来の収益安定性を確保する戦略的選択といえる。

サプライチェーン多様化とM&A戦略

村田製作所が直面する最大のリスクの一つは、中華圏への高い依存度である。連結売上の約半分を同地域が占める構造は、地政学的な不確実性に企業業績が大きく左右されることを意味する。この課題に対し、同社は「チャイナ・プラスワン」戦略を積極的に進めている。

2025年にはインド南部チェンナイに新たなMLCC包装・出荷施設を開所し、同年5月にはベトナムに約30億円を投じた新しいコイル製品の生産棟の建設を開始した。これらの投資は単なる生産能力の増強ではなく、グローバル顧客に安定供給を保証するための戦略的布石である。地政学リスクに対する備えは、競争優位性の重要な要素になりつつある。

また、デジタルプレゼンスの強化もグローバル戦略の一環である。製品検索サイトの刷新や多言語対応を強化し、グローバル顧客との接点を広げている。これは顧客満足度を高めると同時に、ブランド認知度を拡大する狙いがある。

さらに、M&Aを通じた事業強化も注目される。2025年9月には東光株式会社を完全子会社化する手続きを進め、コイル事業でのシナジー最大化を図っている。世界最大級の資産運用会社であるブラックロックが株式を7%以上保有するなど、機関投資家からの信頼も厚い。

つまり、村田製作所はサプライチェーンの多様化とM&Aを両輪として、グローバル競争環境における不確実性を克服しようとしている。この一連の戦略は、収益の安定性を高めると同時に、長期的な成長基盤を強化するための重要な施策である。

経営リスクとサステナビリティへの対応

村田製作所は、成長機会と同時に重大な経営リスクも抱えている。その最たるものは、やはり中華圏への依存度の高さである。現地の政治的不安定や法規制の変化、米中対立の激化は、同社にとって直接的かつ深刻な影響を与える。

その他にも、為替リスクや需要変動、気候変動リスクが挙げられる。例えば、米ドルに対して1円の円高が進むだけで年間約45億円の減益要因となると試算されており、外部要因が業績に与える影響は甚大である。さらに、台風や豪雨など自然災害による生産拠点への被害や、炭素税導入によるコスト増も現実的な脅威となっている。

こうした中で、同社はサステナビリティ戦略を経営の柱に据えている。「エレクトロニクス社会の発展」「持続可能な地球環境の実現」「社会との共栄」という3つのテーマの下、9つのマテリアリティを特定し、事業活動と直結させている。

環境分野では、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言に賛同し、気候変動に関するリスクと機会を積極的に開示している。これにより投資家からの透明性評価が高まっている点も見逃せない。

また、ESG評価機関からの評価も向上している。MSCIのレーティングは「AA」へと引き上げられ、Sustainalyticsにおいても低リスク企業として位置付けられている。特に、重要リスクに対するマネジメント能力が「Strong」と評価されており、持続的な成長を支える基盤となっている。

村田製作所は、リスクマネジメントとサステナビリティを両輪とすることで、単なる短期的収益の最大化ではなく、長期的な企業価値創造を実現しようとしている。その姿勢は、国際的な投資家の信頼獲得と競争力の維持につながる大きな要素となっている。

2030年に向けた長期ビジョン「Vision2030」と市場評価

村田製作所が掲げる「中期方針2027」は、あくまで通過点にすぎない。その先に据えられた長期ビジョン「Vision2030」こそ、同社の未来像を描く重要な指針である。このビジョンは、単なる売上や利益の拡大にとどまらず、イノベーションを通じて社会価値と経済価値を両立させるという壮大な構想を示している。

「Vision2030」では、事業を3つの層に分けた「3層ポートフォリオ経営」を推進している。第一層は、最先端の電子部品を提供する基盤事業であり、MLCCをはじめとする高収益製品がその中心を担う。第二層は、顧客との緊密な対話を通じたソリューション型事業であり、自動車や産業機器市場向けの特注部品やシステムが該当する。第三層は、新規ビジネスモデルの創出であり、6G通信や衛星IoT、さらには脱炭素社会に向けた環境対応技術といった将来市場を見据えた挑戦が含まれる。

この戦略を牽引するのは、中島規巨社長のリーダーシップである。中島氏は、1990年代に携帯電話向け「スイッチプレクサ」の開発を成功させた技術者出身であり、顧客との共同開発を重視する姿勢を経営に取り入れている。AI需要に対して「中期計画の売上には大幅な上振れ余地がある」と語るなど、市場に対しても強気なメッセージを発信している点が印象的である。

市場の評価もこのビジョンを裏付けるように好意的である。2025年9月時点の株価は2,529円で、直近数カ月で回復基調にある。アナリストのコンセンサス評価は「やや強気」から「買い」に集中し、目標株価は2,770円と現行株価を約10%上回る水準が提示されている。さらに、2026年3月期の売上高や純利益の市場予測は、会社が発表する数値を上回っており、投資家は保守的な会社予想を超える成長を期待している。

このように、村田製作所は規律ある財務運営と積極的な成長投資を両立させながら、2030年を見据えた確固たる戦略を描いている。AIと自動車を中心とした需要拡大に対応しつつ、リスク分散やサステナビリティを重視する姿勢は、投資家・顧客双方からの信頼を高めている。

つまり、「Vision2030」は単なる経営スローガンではなく、技術革新と市場ニーズを的確に取り込むための実践的な経営指針である。村田製作所が今後も世界の電子部品市場でリーダーシップを維持するための礎となることは疑いない。

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