2025年は富士通にとって企業の存在意義を根底から問い直す「試金石の年」である。従来のシステムインテグレーターから脱却し、サービス主導の「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」企業へと転身する最終段階に突入しているからだ。変革の核心は、事業モデル「Fujitsu Uvance」の拡大、AIや量子コンピューティングといった先端技術の収益化、そしてジョブ型人事制度への転換を軸とした企業文化改革にある。特に2025年度は中期経営計画の最終年度にあたり、財務指標の達成のみならず、組織文化の変革が実を結ぶかが注目されている。
さらに、アナリスト評価は「強気買い」が多数を占め、投資家からの期待も高まっている。しかし、競合である日立やNEC、グローバルではIBMやアクセンチュアが強力な布陣を敷くなか、富士通がどのように差別化を進めるかは依然として大きな課題である。本稿では、富士通の財務実績と事業構造改革、成長エンジンとしてのUvance、AIと量子の最前線、人材戦略、そして市場からの評価を多角的に検証し、同社が真にSX企業へと飛躍できるかを探る。
富士通の中期経営計画最終年度における財務成果と課題

2025年度は、富士通にとって現行中期経営計画(2023〜2025年度)の最終年度であり、過去最高益の達成とサービスソリューション事業の中核化を掲げた大転換の総仕上げとなる。この3年間の戦略は、①事業モデルとポートフォリオの変革、②顧客IT資産のモダナイゼーション支援、③海外ビジネスの収益性向上を柱として進められてきた。さらに財務目標に加え、顧客NPS向上、従業員エンゲージメント75、女性幹部比率20%といった非財務KPIも設定され、企業文化変革の指標として機能している。
2025年度第1四半期の実績では、売上収益は7,498億円と前年同期比で1.2%減少した一方、調整後営業利益は351億円と過去最高を更新した。特にサービスソリューション事業は売上収益5,146億円(前年同期比+2.6%)、調整後営業利益率9.3%と改善を見せ、戦略の成果を裏付けている。さらに新光電気工業株式の売却による一時利益を含め、純利益は1,717億円と大幅に伸長した。
表:2025年度第1四半期 主要財務指標
項目 | 実績 | 前年同期比 |
---|---|---|
売上収益 | 7,498億円 | -1.2% |
調整後営業利益 | 351億円 | +111.9% |
当期純利益 | 1,717億円 | +917.8% |
サービスソリューション売上収益 | 5,146億円 | +2.6% |
サービスソリューション利益率 | 9.3% | +2.3pt |
この結果は、コスト管理の徹底と高付加価値サービスの拡大が利益率改善に寄与したことを示す。だが同時に、売上全体が減少している点は懸念材料である。非中核事業の売却による財務体質の改善は短期的には有効だが、長期的には成長分野での持続的な収益性強化が不可欠である。
CEOの時田隆仁が掲げる「普通の会社になる」という言葉は、終身雇用や年功序列といった旧来の慣習を打破し、俊敏でグローバル基準に適合した企業体質を実現するという決意を示している。財務的成果は着実に見え始めたが、文化改革という最難関を乗り越えられるか否かが、今後の持続的成長を左右することになる。
Uvanceの成長戦略:7,000億円目標とVertical領域の収益性強化
Fujitsu Uvanceは、2025年度に売上収益7,000億円を目標に掲げる成長の要であり、サービスソリューション事業全体の約3割を占める規模を想定している。2024年度実績は4,828億円と目標4,500億円を上回り、強い成長モメンタムを示した。磯部CFOは、3〜5年以内にサービスソリューション売上の半数をUvanceが担うとのビジョンを語っている。
Uvanceは、社会課題を業種横断で解決する「クロスインダストリー」のコンセプトを核に、VerticalとHorizontalの両輪で展開される。その中でも高収益化の鍵を握るのは4つのVertical領域である。
- Sustainable Manufacturing:PLM「Teamcenter」を活用し、設計・製造情報の一元化で効率化を実現
- Consumer Experience:AI活用によるアプリ内コンテンツ開封率3倍向上、大手スーパーで離反率7%減少の成果
- Healthy Living:ペプチドリームとの新薬開発加速、国立がん研究センター東病院と医療データ基盤構築
- Trusted Society:AIとIoTによるスマートシティ、インフラ強靭化の推進
表:Uvance売上目標と実績
年度 | 実績/目標 | 売上収益 |
---|---|---|
2022年度 | 実績 | 2,000億円 |
2024年度 | 目標 | 4,500億円 |
2024年度 | 実績 | 4,828億円 |
2025年度 | 目標 | 7,000億円 |
これらの事例が示す通り、Uvanceは単なる受注型SIビジネスではなく、再利用可能な「設計図(Blueprint)」としてソリューションを提供することで、拡張性と収益性を両立させている。伝統的なカスタム開発は低収益に陥りやすいが、標準化されたオファリングは限界費用を大幅に低減でき、利益率改善に直結する。
一方で、急峻な成長目標の達成には課題もある。特に利益率の高いVertical領域の売上比率を拡大できるかが成否を分ける。Horizontal事業(SAPやServiceNow導入など)の案件を足掛かりに、顧客の基幹システムに深く関与し、その上にVerticalを重ねて提供するアップセルモデルの確立が急務である。
強固な成長基盤を得た現在、富士通が取り組むべきは、Verticalソリューションを真に「製品化」し、顧客ごとに依存するカスタマイズの罠から脱却することである。これを実現できるかどうかが、7,000億円目標の達成と、その先の持続的成長に直結する。
Horizontal事業の役割と顧客基盤拡大の仕組み

富士通の成長戦略を支えるもう一つの柱がHorizontal事業である。これは、Vertical領域を拡大するための基盤的役割を担い、クラウド、基幹システム、デジタルワークプレイスといった汎用性の高いソリューション群を提供する。Horizontalは単体で利益を追求するというより、顧客のシステム刷新を足掛かりに信頼を獲得し、その後に高付加価値なVerticalソリューションへと展開する導線として機能する。
具体的には、SAPやServiceNow、Salesforceといった世界的プラットフォームとのパートナーシップを活用し、企業の基幹システムのモダナイゼーションを推進している。例えば、大和ハウス工業がSAP S/4HANAを導入し業務効率を大幅に改善した事例や、NTTドコモがServiceNowを採用して顧客サポートを刷新した事例が報告されている。さらに、日本発條株式会社がSAP ERPをMicrosoft Azureに移行し、総所有コストを30%削減しながら事業継続性を高めた取り組みも注目される。
表:Horizontal事業の代表的事例
領域 | 顧客事例 | 成果 |
---|---|---|
Business Applications | 大和ハウス工業 | SAP導入による業務効率化 |
Business Applications | NTTドコモ | ServiceNow導入で顧客対応刷新 |
Hybrid IT | 日本発條株式会社 | ERPをAzure移行でTCO30%削減 |
Digital Shifts | 富士通社内事例 | サービスデスク問合せ削減、従業員体験改善 |
このようにHorizontalは、顧客の基幹ITに深く入り込み、データとプロセスの理解を深めることで「トロイの木馬」としての戦略的役割を果たす。その後、サステナブルな製造やヘルスケアといったVerticalに展開することで、より収益性の高い提案へとつなげている。
重要なのは、Horizontal領域自体が成長エンジンであると同時に、Vertical事業の成長を予兆する先行指標である点である。つまり、基幹システム刷新案件の増加は、その後の付加価値ソリューション提供の可能性を示すものであり、長期的な顧客関係の強化につながる。富士通が従来のSIerから脱却し、持続可能な収益基盤を築くために、Horizontalは不可欠な布石となっている。
AIと量子コンピューティングがもたらす差別化の最前線
富士通の戦略を技術的に支える中核がAIと量子コンピューティングである。単なるサービスプロバイダーに留まらず、研究開発を通じて差別化を実現しようとする姿勢が、同社をユニークな存在にしている。
まず注目すべきは、自社開発の大規模言語モデル「Takane」である。富士通は独自の1ビット量子化技術を応用し、メモリ使用量を最大94%削減、推論速度を3倍に向上させることに成功した。この軽量化は、GPUリソースの逼迫や電力消費への懸念を和らげるだけでなく、オンプレミスやエッジ環境での生成AI活用を可能にする。これは、機密データを外部クラウドに送信したくない顧客にとって極めて魅力的な提案であり、AI導入の障壁を取り除くものである。さらに、電力効率の改善は、富士通自身および顧客のサステナビリティ目標達成に寄与する点でも大きな意義を持つ。
次に量子コンピューティングである。富士通は理化学研究所と連携し、世界最大級となる256量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発、2025年度第1四半期から提供を開始した。さらに2026年には1,000量子ビット機の設置を予定し、2030年には1万量子ビット超のシステム開発にも着手している。Vivek Mahajan CTOが述べるように、この領域は初期のメインフレーム同様、ハードウェアとアプリケーションの垂直統合が競争力の源泉となる。
箇条書きで整理すると、富士通の技術的差別化のポイントは以下の通りである。
- 生成AI「Takane」の軽量化技術による低コストかつ省電力なAI実行環境の実現
- ハイブリッドIT戦略と組み合わせたオンプレミスAI利用の拡大
- サステナビリティ目標達成に資する省エネ技術
- 世界最大級の量子コンピュータ開発による長期的な技術的参入障壁の構築
- 創薬や材料科学分野での実用化を通じたブランド価値の向上
これらの技術は、単なる研究開発の成果ではなく、Fujitsu Uvanceのオファリングと有機的に結びつき、サービスの差別化を支える「金の糸」となっている。富士通が競合他社と一線を画すのは、この技術と事業戦略を統合した一貫性のある価値提案にある。AIと量子という二大フロンティアを掌握できるか否かが、同社の未来を決定づける最大の要素となる。
ジョブ型人事制度と1万人コンサル育成が組織文化をどう変えるか

富士通が2025年度から断行した最大の改革の一つが、ジョブ型人事制度への移行である。新卒一括採用の廃止と職務・スキルに基づく採用・評価の導入は、年功序列を前提とした日本的雇用慣行を根底から揺さぶる。平松浩樹CHROはこれを「完成形のジョブ型を実現するための重要なピース」と位置づけており、単なる制度変更ではなく、企業文化そのものを変革する「文化革命」として進められている。
この転換の背景には、デジタル人材を巡る熾烈な競争がある。AIやクラウド、データ分析に精通した人材は世界的に需要が高まり、年功的な昇進モデルでは優秀層を引き留められない。富士通は市場価値に即した処遇を行うことで、グローバル基準の採用競争に勝ち抜こうとしている。一方で、従来型のキャリアパスを歩んできた社員には摩擦を生み、組織内での不安や混乱を引き起こすリスクが存在する。
さらに同社は、2025年度末までにコンサルティング人材を現行の約2,000人から1万人規模へ拡大する計画を掲げる。既存社員のリスキリング、新規採用、M&Aを組み合わせたこの取り組みは「Uvance Wayfinders」として推進されており、技術だけでなく顧客の経営課題を理解し解決できる人材を大量に育成することを狙っている。
表:富士通の人材戦略主要施策
改革領域 | 内容 | 目的 |
---|---|---|
採用制度 | 新卒一括採用廃止、通年採用導入 | グローバル基準の採用力強化 |
評価制度 | 職務・スキルに基づくジョブ型処遇 | 専門人材の適正評価 |
人材育成 | コンサル人材1万人育成 | サービス事業拡大の基盤構築 |
リスキリング | DX・AI・クラウド分野の再教育 | 既存人材の再活用 |
ジョブ型制度とリスキリングの融合が成功すれば、富士通は俊敏性と専門性を兼ね備えた組織へと生まれ変わる。 逆に、この改革が従業員の反発や離職につながれば、サービス事業の拡大戦略そのものが頓挫しかねない。まさに「人材の文化改革」こそが、富士通の未来を左右する最重要課題となっている。
アナリスト・投資家評価と競合比較にみる富士通の立ち位置
2025年9月時点におけるアナリストのコンセンサス評価は「強気買い」であり、平均目標株価は4,047円と現在の株価を上回る水準にある。業績が市場予想を上回り続けていることから、投資家の信認は高まっている。株価の上昇もまた、このポジティブな評価を裏付けており、市場は富士通の変革ストーリーを肯定的に受け止めている。
一方で、富士通が直面する競争環境は熾烈である。国内最大のライバルである日立製作所は「Lumada」を武器にITとOTの融合を進めており、製造業を中心に強固な顧客基盤を築いている。NECはAIエージェント技術や「cotomi」ブランドを通じて特定領域に集中投資し、独自色を強めている。グローバルでは、アクセンチュアがコンサルティングの圧倒的規模で存在感を示し、IBMはwatsonxとハイブリッドクラウドを軸に戦略を展開する。
表:主要競合との戦略比較
企業 | 中核ブランド | 強み | 戦略的焦点 |
---|---|---|---|
富士通 | Fujitsu Uvance | SX特化、AI・量子の先進技術 | クロスインダストリー課題解決 |
日立製作所 | Lumada | IT×OT融合 | 産業機器とデータの統合 |
NEC | cotomi (AI) | 生体認証・AI自動化 | AIエージェント活用 |
アクセンチュア | – | コンサル規模と実行力 | DX全般 |
IBM | watsonx | ハイブリッドクラウドとAI | 技術とコンサル融合 |
この比較から浮かび上がるのは、富士通が「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」という独自のテーマに集中し、研究開発力を強みにしている点である。日立ほどOTに依存せず、NECよりもコンサル寄り、グローバル企業よりもテーマ特化という立ち位置を取る。
市場はこの独自戦略を評価しているが、同時に高い期待に応え続ける必要があるというプレッシャーも増している。 特に、Vertical領域の収益性強化や人材改革の成否が、競合との差別化を維持できるかを決定づける。富士通が今後も「強気買い」の評価を保てるかは、戦略の実行力と文化改革の成果にかかっている。
SWOT分析から読み解く2025年以降の成功要因とリスク

富士通が進める大規模な事業変革を評価する際、SWOT分析は有効なフレームワークとなる。2025年を迎えた現在、財務基盤の強化や技術革新における成果が顕著に表れている一方で、企業文化や人材戦略に関する課題が依然として残されている。これらの要素を総合的に整理することで、富士通の未来における成功要因と潜在的リスクを明確にできる。
表:富士通のSWOT分析(2025年時点)
区分 | 主な内容 |
---|---|
強み (Strengths) | ・事業売却により強化された財務基盤 ・Uvance/SXという一貫した戦略的ビジョン ・AI軽量化や量子コンピューティングの先端技術力 ・高付加価値サービス市場での成長モメンタム |
弱み (Weaknesses) | ・旧来型企業文化の根強い抵抗 ・歴史的に低収益なSI事業への依存 ・大規模リスキリング計画における実行リスク |
機会 (Opportunities) | ・世界的に高まるSX需要と規制強化 ・エッジ市場に広がる軽量AIの活用機会 ・量子アプリケーション分野における先行者利益 |
脅威 (Threats) | ・デジタル人材を巡る国際的競争 ・マクロ経済悪化によるIT投資減速 ・文化変革の失敗リスク ・長期研究投資が収益化に至らない可能性 |
まず強みとして挙げられるのは、財務面と技術面の二重の支えである。新光電気工業や富士通ゼネラルといった非中核事業の売却により、成長領域に投資する余力を確保したことは極めて大きい。加えて、AIの軽量化技術や世界最大級の量子コンピュータ開発などは、グローバル市場における差別化要因となり得る。
一方で弱みは、やはり文化的慣性にある。年功序列や終身雇用の影響が残るなかで、ジョブ型制度への移行は内部摩擦を生みやすい。さらに、リスキリングによって数千人規模のエンジニアをコンサルタントへ転換する計画は壮大であるが、その実行可能性には疑問符が付く。
機会の側面では、世界的にサステナビリティに関連する規制や需要が拡大しており、Uvanceのテーマと整合している。AI軽量化のエッジ展開や量子応用の先行投資は、新市場を切り拓く大きな武器となる可能性がある。
ただし脅威も見逃せない。デジタル人材の獲得競争は激化しており、競合のアクセンチュアやIBMと比べ人材リソースで劣勢になるリスクがある。また、マクロ経済が悪化すれば企業のIT投資が減速し、富士通のサービス拡張も足踏みを余儀なくされる可能性がある。
成功の鍵は、文化改革と技術投資の両立にある。 財務的余力をいかに人材と研究開発に結び付け、かつ収益化まで導けるかが問われている。2025年以降の富士通は、このバランスを保ち続けることで真のSX企業としての地位を確立できるだろう。