2025年10月4日に投開票される自民党総裁選は、単なる党首選びにとどまらない。石破茂首相の辞任を受けて行われる今回の選挙は、国民の信頼を大きく失った自民党にとって存亡を賭けた戦いであり、日本政治全体の転換点でもある。自民・公明が衆参両院で過半数を割り込み、戦後初の「少数与党」に転落した現状は、総裁選の勝敗が政権の安定だけでなく、民主主義の信頼回復に直結することを意味する。

最大の焦点は、保守の旗手である高市早苗氏と、世代交代を訴える小泉進次郎氏による決選投票である。財政出動を強調する高市氏と、賃上げによる成長戦略を掲げる小泉氏。その政策対立は、物価高に苦しむ国民生活をどう救うか、日本経済をどう再生させるかという根本的な問いを突きつけている。また、林芳正官房長官、茂木敏充前幹事長、小林鷹之元経済安保相の動向が、決選投票の行方を左右する鍵となる。

さらに、派閥解消宣言後も水面下で生き残る「亡霊派閥」、金融市場で広がる「高市トレード」、そして海外からの注視。今回の総裁選は、自民党の未来と日本の政治システムの健全性を占う試金石として、かつてないほどの注目を集めている。

崖っぷちの自民党 ― 岸田退陣から石破辞任までの激動

2025年自民党総裁選の背景には、連続する政権危機がある。まず、2024年8月、岸田文雄首相が派閥の裏金問題を契機に支持率が20%台まで急落し、任期途中で退陣を表明した。この時点で国民の政治不信は頂点に達し、自民党に対する構造的な不信感が一気に噴出した。

後任として総裁に選出された石破茂氏は「改革派」として国民的人気が高かったが、就任後も支持率の低迷は止まらなかった。2024年10月の衆議院選挙、2025年7月の参議院選挙で自民・公明はともに過半数を割り込み、戦後初の「少数与党」となった。この事態により政権は法案審議で野党の協力が不可欠となり、安定性を大きく欠いた運営を余儀なくされた。

さらに、党内では石破降ろしの動きが急速に拡大。選挙敗北の責任論が噴出し、閣僚や中堅議員までもが総裁選の前倒しを要求した。こうした中で石破氏は党内の分裂を回避するため辞任を決断。10月4日に投開票が行われる今回の総裁選が現実のものとなった。

背景を整理すると以下の通りである。

年月出来事自民党への影響
2024年8月岸田文雄首相辞任裏金問題で支持率急落、政治不信の拡大
2024年9月石破茂氏が総裁に就任国民人気を背景に改革を期待されるも支持率低迷
2024年10月衆議院選挙自民・公明が過半数割れ、政権基盤が脆弱化
2025年7月参議院選挙史上初の衆参同時少数与党、党内責任論噴出
2025年9月石破氏辞任総裁選前倒し、政権の空白リスク

このように、岸田退陣から石破辞任までの一連の流れは、自民党が直面する危機の根深さを浮き彫りにしている。国民の視線はもはや一人のリーダーの資質にとどまらず、党全体の統治能力そのものに向けられている。次の総裁は単に政権を担う存在ではなく、自民党の政治的生存を賭けた舵取り役を求められている。

「亡霊派閥」と党改革の行方 ― 権力構造は本当に変わるのか

岸田前首相は政治資金問題の根源と批判された派閥の「解散」を宣言した。しかし実態は形を変えただけで、長年築かれてきた人間関係や権力構造は水面下で温存されている。自民党内では「亡霊派閥」とも呼ばれる非公式グループが依然として強い影響力を持ち、今回の総裁選でも候補者の支持基盤形成に重要な役割を果たしている。

麻生太郎副総裁を中心とする麻生派や、茂木敏充前幹事長を中心とした旧茂木派はその代表格だ。表立った派閥活動は消えても、勉強会や非公式会合を通じて候補者の一本化や票の取りまとめを続けている。特に旧安倍派は安倍晋三元首相の死去後も保守層に大きな影響力を持ち、高市早苗氏の有力な支持基盤となっている。

こうした構造は、自民党の体質改善がいかに難しいかを示している。国民からは「派閥政治からの決別」が強く求められているが、現実には古い権力のネットワークが残り続ける。専門家の中には「今回の総裁選は国民へのアピールとして党改革を掲げながらも、実際には永田町の力学によって決まる」と指摘する声もある。

さらに問題なのは、総裁選の制度自体が国民や党員の意志を十分に反映しない点である。第1回投票では党員票が反映されるが、決選投票では国会議員票の比重が圧倒的に高まる。つまり、草の根で広がる支持よりも、派閥の調整が勝敗を左右する構造が温存されている。

この矛盾は、党改革を掲げる小泉進次郎氏の「世代交代」や、高市氏の「保守再結集」といったメッセージに影を落とす。新総裁が誰であれ、国民を説得するためには派閥政治からの脱却を実現する必要がある。しかし、永田町の現実はその正反対にあり、自民党がどこまで変われるのか極めて不透明である。

総裁選スローガン「変われ自民党」は、単なる選挙用のキャッチフレーズではなく、党が生き残るための絶対条件となっている。だが、亡霊のように残存する派閥の存在は、その実現を阻む最大の壁である。

5人の挑戦者たち ― 保守と改革をめぐる異なるビジョン

今回の総裁選には、高市早苗、小泉進次郎、林芳正、茂木敏充、小林鷹之の5人が立候補している。いずれも過去の総裁選に挑んだ経験を持ち、それぞれが異なる理念と支持基盤を有している。

高市氏は64歳、旧安倍派を中心とする保守層に強い支持を持ち、憲法改正や強硬な安全保障政策を訴える姿勢が特徴的だ。彼女の経済政策「サナエノミクス」は、大胆な財政出動と金融緩和の継続を掲げており、短期的には市場に好感されやすい。一方で、財政健全化の視点が乏しい点に懸念もある。

小泉氏は44歳と最年少で、国民的な人気は群を抜いている。世代交代を前面に打ち出し、透明性や規制改革を強調。特に賃上げや投資促進による経済循環の実現を最優先に掲げており、若手・中堅議員を中心に幅広い支持を得ている。ただし、直近ではステルスマーケティング問題でクリーンなイメージに傷がついたことが影響している。

林氏は64歳で、旧岸田派を中心に支持を集める実務家タイプ。外務大臣や官房長官を歴任した経験から、安定志向と現実的な政策遂行力を売りにしている。複雑な政局において即戦力とされるが、革新性に欠けるとの指摘もある。

茂木氏は69歳で、長年にわたり党幹事長や外務大臣を歴任したベテラン。交渉力を武器に、野党との連立を視野に入れた戦略を提示している点が他候補と異なる。旧茂木派を中心に基盤を持ち、政局運営能力の高さでは一目置かれる存在だ。

小林氏は50歳、財務省出身で経済安全保障政策に強みを持つ新世代のリーダー候補。保守的な信条を持ちながらも、技術や安全保障に重点を置いた現代的な政策を掲げている。知名度では劣るが、保守層の一部から高市氏と競合する票を得ている。

候補者年齢主な立場支持基盤政策の特徴
高市早苗64保守の旗手旧安倍派積極財政、憲法改正、安全保障強化
小泉進次郎44改革派・世代交代無派閥、若手中心賃上げ、規制改革、透明性向上
林芳正64実務家旧岸田派安定志向、外交・安全保障重視
茂木敏充69戦略家旧茂木派連立構想、経済交渉力
小林鷹之50次世代保守若手保守、旧二階派経済安保、技術・安全保障重視

5人の候補者はそれぞれの経歴や信条を通じて、自民党の「保守再結集」と「改革・世代交代」という二つの潮流を体現している。誰が総裁となるかで、党の針路は大きく変わる。

経済政策を分ける二つの路線 ― 財政出動か賃上げ戦略か

今回の総裁選で最大の争点は、物価高に苦しむ国民生活への対応である。候補者たちは大きく「財政出動・減税派」と「賃上げ・成長戦略派」に分かれている。

高市早苗氏と小林鷹之氏は、積極財政と減税を軸に掲げている。高市氏は給付付き税額控除やガソリン税減税など即効性のある政策を強調。小林氏は所得税の定率減税を打ち出し、現役世代の手取りを増やす方針を示す。両者の政策は短期的な生活支援に効果が期待されるが、専門家からは財政赤字拡大のリスクを指摘する声が強い。

一方、小泉進次郎氏、林芳正氏、茂木敏充氏は「賃上げによる成長循環」を重視する。小泉氏は生産性向上と国内投資促進を通じて、物価上昇を上回る賃上げを実現すると訴える。林氏は「新しい資本主義」を継承し、GXやDX分野への投資を通じて持続的な賃上げを目指す。茂木氏は即時償却制度などで企業投資を促進し、3年で平均年収50万円増を掲げている。

この対立は、短期的な家計支援を優先するか、中長期的な経済構造改革を重視するかという選択を国民に突きつけるものである。

  • 財政出動派の利点:即効性が高く国民生活の改善を早期に実感可能
  • 財政出動派の懸念:財政赤字の悪化、将来世代への負担増
  • 賃上げ派の利点:持続的な所得増加による経済循環の実現
  • 賃上げ派の懸念:成果が出るまで時間がかかり、物価高に即応できない

専門家は「高市氏や小林氏の路線は短期的な政治的アピールには有効だが、日本の財政構造には深刻な影響を及ぼす恐れがある」と指摘する。一方で「小泉氏や林氏、茂木氏の路線は経済の王道だが、国民にすぐ効果が伝わらないため支持を得にくい」と分析している。

国民が求めるのは生活改善の実感であり、即効性と持続性の両立が新総裁に求められる最大の課題となる。

外交・安全保障とエネルギー政策 ― 共通点と微妙な差異

今回の総裁選に出馬した5人の候補者は、外交・安全保障の基本路線においては大きな差はない。日米同盟を基軸とし、防衛費をGDP比2%まで引き上げる方針は全員が一致している。しかし、そのアプローチや重点の置き方には違いが見られ、各候補の政治姿勢を反映している。

林芳正氏は外務大臣や官房長官を歴任した豊富な経験を背景に、対話を重視する現実的な外交を掲げる。特に中国との安定的な関係構築や、韓国との対話路線を強調している点は、党内保守層から「弱腰」と批判される一方、国際社会では高く評価されている。

一方で高市早苗氏は、安全保障を最優先に掲げ、毅然とした外交姿勢を貫く立場を取る。特に中国や北朝鮮への強硬姿勢は、保守層の支持を得る要因となるが、周辺国との摩擦リスクを高める懸念もある。

小泉進次郎氏と茂木敏充氏は、日本の経済力を外交カードとして活用する点を重視する。ODAや先端技術を同盟国との関係強化に活用し、経済と安全保障を結びつける戦略を提示している。これは、米国や欧州との関係を強化する一方で、国内経済基盤の拡充とも連動させる狙いがある。

小林鷹之氏は、経済安全保障政策の立案に携わった経験から、サイバーセキュリティやサプライチェーン強靭化といった新しい安全保障領域を前面に出している。従来の外交・軍事に加え、技術や経済を組み込んだ安全保障戦略は、若手らしい現代的な視点といえる。

エネルギー政策では、各候補の理念がさらに鮮明に表れる。高市氏は小型モジュール炉や核融合炉など次世代原発を強力に推進し、エネルギー安全保障を国家主導で確保すべきだと主張する。林氏と茂木氏は、再稼働と再生可能エネルギーのバランスを重視し、現実的なエネルギーミックスを提案。小泉氏は再エネの拡大を柱とし、原発再稼働には慎重姿勢を示す。小林氏は再エネへの依存リスクを指摘し、原子力を含めた多様なエネルギー源の組み合わせを訴える。

こうした違いは、日本の外交安全保障政策の一貫性を保ちながらも、次期総裁が国際社会でどのような日本像を打ち出すかに直結している。

選挙戦を左右する世論と票読み ― 国民人気と永田町の力学

総裁選の行方を決めるのは、政策だけではない。国民世論と党内議員票という二つの要素の乖離が、今回も鮮明に現れている。

各種世論調査では、一般国民の間で小泉進次郎氏がトップを走り、高市早苗氏がそれを猛追する構図が続いている。小泉氏は若さと発信力で国民的な人気を集めているが、直近ではステルスマーケティング問題が影を落とし、党員票の伸び悩みにつながっている。一方で高市氏は、保守層を中心に支持を拡大し、党員・党友票で優位に立つとの調査も出てきている。

林芳正氏は安定した実務力を評価されつつも、一般国民の人気では高市氏・小泉氏に及ばない。茂木敏充氏と小林鷹之氏は支持拡大に苦戦しており、決選投票進出は厳しいとの見方が強い。

選挙戦の最大の焦点は、1回目の投票で誰が上位2人に残るか、そして決選投票でどのような票の移動が起こるかである。

  • 林氏支持層:穏健派議員が多く、小泉氏に流れる可能性が高い
  • 茂木氏支持層:戦略的判断に基づき、高市氏か小泉氏のいずれかと合流する
  • 小林氏支持層:同じ保守系である高市氏への流れが自然

また、党内で唯一の派閥領袖である麻生太郎副総裁の動向も、決選投票の帰趨を握る重要な要素となる。麻生氏がどちらを支持するかで最終的な勝敗が決する可能性は高い。

決選投票では党員票の比重が下がり、国会議員票が主導する構造に変わるため、国民的人気が必ずしも勝利につながらない。この仕組みは、草の根の支持と永田町の権力構造の乖離を象徴しており、自民党の民主的正統性そのものが問われる状況となっている。

つまり、世論調査で優位に立つ候補がそのまま勝利するとは限らず、最終的な決断は「永田町の論理」に左右される。これが自民党総裁選の最大の特徴であり、同時に国民の政治不信を深める要因にもなっている。

専門家と市場の反応 ― 「高市トレード」が示すリスクと期待

今回の総裁選は永田町の枠を超えて、金融市場にまで大きな影響を与えている。特に注目されているのが、投資家の間で語られる「高市トレード」という言葉である。これは、高市早苗氏が優勢と報じられる局面で、財政出動や金融緩和の継続に対する期待が高まり、円安・株高が進むという現象を指す。直近の外国為替市場では、世論調査で高市氏が党員票でリードすると伝えられたタイミングで円が一時的に売られる動きが見られた。

一方で、エコノミストや市場関係者からは、拡張的財政政策の長期的な副作用を懸念する声も強い。大和総研などの分析では、大規模な財政出動は国債金利の上昇リスクを高め、日本の財政持続性に対して市場が疑念を抱く可能性があると指摘されている。つまり、短期的には株価にプラスであっても、中長期的には不安定要因となる危険性を内包している。

これに対し、小泉進次郎氏や林芳正氏のように財政規律を重視する候補が優位に立った場合、市場は「安心感」を評価する傾向にある。ただし、財政出動の規模縮小は景気浮揚効果を抑制し、株式市場には中立的かややマイナスに働くとの見方もある。

茂木敏充氏は企業投資を通じた成長戦略を掲げており、市場関係者からは「投資促進が企業業績に直結する」との期待が寄せられる。小林鷹之氏については知名度の低さから市場の反応は限定的だが、経済安全保障分野に強みを持つ点は長期的に評価されうる要素とされている。

つまり、今回の総裁選は候補者ごとの経済政策がダイレクトに市場に反映される稀有な事例であり、政治と金融の結びつきがかつてないほど鮮明に示されている。次期総裁の決定は、単なる政権交代にとどまらず、日本経済の方向性を左右するシグナルとして注視されている。

国際社会の視線 ― 世代交代かナショナリズムへの回帰か

自民党総裁選2025は、国内だけでなく海外からも強い関心を集めている。海外メディアは、今回の選挙を「日本初の女性首相誕生」か「ミレニアル世代の台頭」かという歴史的な分岐点と捉えて報じている。

高市早苗氏が勝利すれば、日本は右傾化を強めると受け止められる可能性が高い。特に韓国や中国では、彼女の強硬な安全保障姿勢が新たな緊張を招く懸念が指摘されている。一方で、米国や一部の欧州諸国は、防衛費増額や対中強硬姿勢を歓迎する声もある。国際社会における日本の立ち位置が大きく変化する可能性を秘めている。

小泉進次郎氏が勝利すれば、世代交代と国際協調を象徴する存在として評価されやすい。小泉氏は過去に夫婦別姓や環境政策で進歩的な姿勢を示しており、欧米メディアは「改革志向のリーダー」として期待を寄せる。ただし、国内での実行力や党内掌握力に不安が残る点は、海外でも注目される課題となっている。

また、林芳正氏は外交経験の豊富さから「安定と継続」の象徴として評価されている。米中対立が激化する中で、対話を重視する姿勢は欧州やASEAN諸国から一定の信頼を得やすい。茂木敏充氏は交渉力を武器に国際経済連携を推進する可能性があり、経済面での存在感を発揮する候補として見られている。小林鷹之氏は安全保障分野での実務能力が強調され、特に米国からの評価が高まりやすい。

国際社会は、日本国内で高まるポピュリズムやナショナリズムの潮流にも注目している。参政党などの台頭は、日本政治の右傾化傾向を象徴しており、自民党総裁選の結果がその流れを加速させるのか、あるいは食い止めるのかが焦点だ。

つまり、この総裁選は日本の政治リーダー像を世界にどう示すのかを問う選挙であり、単なる国内政局にとどまらず、東アジアの安全保障秩序や国際経済協力の行方に直結する重要な岐路となっている。

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