NECは今、企業史の中でも最も重要な転換点を迎えている。2021年に発表された中期経営計画「MTP 2025」は、長年続いたシステムインテグレーション(SI)中心のモデルから、デジタルトランスフォーメーション(DX)サービス主体の高収益構造へと進化することを掲げた。この戦略の核にあるのが、AI・生体認証・セキュリティを融合させた独自の価値創造フレームワーク「BluStellar」である。

2025年3月期をもって最終年度を迎える今、NECは「構造転換の成果」を試されている段階にある。グループ金融子会社であるNECキャピタルソリューションの好調な業績、情報通信機器リースの16.7%増、そして米国NEC Financial Servicesの完全子会社化といった動きは、NECが国内外でDX需要の波を確実に捉えている証左といえる。一方で、新規成約高の減少や中小企業の倒産増加など、事業構造の質に関わる課題も浮上している。

本稿では、NECのMTP 2025を総括し、国内外の市場環境・財務データ・グローバル展開・競合動向を基に、同社の次なる中期経営戦略の成否を左右する要因を多角的に検証する。企業価値向上のカギは、BluStellar戦略の定着とDX高収益モデルの確立にある。

NECの転換点:MTP 2025が描いた成長の地図

NECは、2021年に発表した中期経営計画「MTP 2025」によって、システムインテグレーション中心の収益構造から、デジタルトランスフォーメーション(DX)サービス主導型の高収益企業へと大転換を遂げようとしている。これは単なる経営計画ではなく、NECが自らの存在意義を再定義する挑戦であり、日本の製造業からデジタル産業へのシフトを象徴する戦略である。

このMTP 2025の核心は、NECが長年培ってきたAI、生体認証、セキュリティ、ネットワークといった技術を統合し、顧客や社会課題の解決を「サービス」として提供する構造への転換である。つまり、ハードウェアの納品で完結していた従来型モデルから、顧客の業務継続と成果創出に寄与するリカーリングビジネスへの移行が狙いである。

NECの売上構成を見ると、MTP 2025発表当時、サービス売上比率はおよそ50%台前半にとどまっていたが、2025年3月期にはこれを60%台半ばまで引き上げる目標を掲げている。さらに調整後営業利益率の向上も重要なKPIとして設定され、NECは「量から質へ」の経営転換を明確に打ち出している。

2025年度第3四半期までの実績を見ると、グループ全体の中核を担うNECキャピタルソリューションの純利益が前年同期比で大幅に増加し、情報通信機器のリース取扱高が16.7%増となるなど、DX需要を背景に着実な成果を上げている。これは国内市場でのICT投資意欲が依然として旺盛であり、NECのDX関連事業がその波に確実に乗っていることを示している。

さらに、MTP 2025は「グローバル比率30%」という明確な目標を掲げており、国内の安定収益基盤を活かしながら、米国・欧州・アジアでの市場拡大を進める。米国のNEC Financial Services完全子会社化は、その布石として極めて戦略的な動きである。

表:MTP 2025主要KPIと進捗(抜粋)

指標目標値最新実績(2025年3月期第3四半期時点)備考
サービス売上比率60〜65%約62%(推定)DX事業への転換進行
グローバル売上比率約30%約27%米国事業拡大が寄与
調整後営業利益率8〜10%約8.5%高付加価値化による改善傾向

MTP 2025はNECの未来を占う「試金石」であり、この計画の達成度が次期中期経営計画(仮称MTP 2028)の信頼性を左右する。
NECは、公共・インフラに根ざした安定基盤を維持しつつ、DXソリューションによる新たな収益エンジンを確立することで、国内外双方の市場で存在感を高めようとしている。

BluStellar戦略がもたらす構造改革の実像

NECの構造改革の中心に位置するのが「BluStellar」である。これは、同社が独自に開発したDX価値創造のフレームワークであり、AI・生体認証・サイバーセキュリティ・ネットワーク技術といったNECの中核技術を統合し、顧客の社会課題解決を支援する仕組みである。

BluStellarの本質は、単なる製品提供ではなく、「成果ベースのサービスモデル」に転換する点にある。従来は顧客への納品後に取引が終了していたが、BluStellarでは導入後の運用支援・最適化・継続改善までをNECが担い、顧客企業の成長とともに収益を積み上げるモデルを採用している。

この戦略の実効性を支えるのが、NECの持つ生体認証技術「Bio-IDiom」やAI解析基盤である。公共セクターや金融機関など高信頼性が求められる領域において、NECは世界最高水準の精度を誇る顔認証技術を提供しており、国際空港や自治体、銀行などでの採用実績が拡大している。

また、BluStellarは「AI倫理・ガバナンス」を重視した設計思想を持つ点でも特筆すべきである。AIの社会実装が加速する中、NECは透明性・公平性・説明責任を重視したAI設計原則を明示し、企業や行政が安心して導入できるDX基盤を構築している。

箇条書きで整理すると、BluStellar戦略の主要特徴は以下の通りである。

・AI・生体認証・セキュリティを統合したDX基盤
・納品型から成果連動型への転換(リカーリングモデル化)
・公共・社会インフラでの強い信頼性と導入実績
・AI倫理・ガバナンスに基づく透明な設計

このように、BluStellarは単なる技術ブランドではなく、NEC全体の事業構造を再定義する「戦略的OS」と位置づけられる。

BluStellarが確立することで、NECは“ハードウェアメーカー”から“社会価値を創出するデジタルサービス企業”へと完全に生まれ変わる。
MTP 2025の最終年度を迎える今、このフレームワークがどれほど市場に定着し、収益化が進んでいるかが、NECの企業価値評価を決定づける指標となる。

財務データが示すNECキャピタルソリューションの躍進

NECグループの中で財務戦略を担うNECキャピタルソリューションは、2025年3月期第3四半期において堅調な実績を残した。同社はリース・ファイナンス事業を通じてグループ全体のDX投資を支える役割を担っており、NEC本体の構造転換を裏側から支える中核機能となっている。特に注目すべきは、同期間における純利益の大幅な増加である。これは、為替のプラス効果とコア収益の拡大が同時に寄与した結果であり、金融子会社が単なる資金提供者ではなく、戦略的な事業推進装置として進化していることを示している。

リース取扱高は前年同期比で16.7%増と、業界平均の11.1%増を上回る伸びを記録した。この伸びは、国内企業の設備投資需要がDX推進を目的として高水準を維持していることの裏付けであり、NECグループのICT関連サービスが堅調に市場で評価されている証左である。とりわけ情報通信機器分野のリースが成長を牽引しており、AI、クラウド、ネットワーク強化を目的とする企業投資が増加している。

一方で、営業費用や販管費の上昇が確認されており、これは新規市場開拓やグローバル展開に向けた先行投資の一環とみられる。こうした費用構造の変化は短期的には利益を圧迫する要素となるが、中長期的にはNECグループ全体の事業ポートフォリオ転換を支える基盤整備と評価できる。

NECキャピタルソリューション 2025年3月期3Q主要データ

指標前年同期比背景要因
純利益大幅増為替評価益・コア収益拡大
リース取扱高+16.7%DX投資需要の高まり
成約高-4.9%新規案件の選別強化
契約実行高+28.2%大型案件実行の集中

また、契約実行高が28.2%増加した一方で、新規成約高が4.9%減少している点は重要である。この「実行高増・成約高減」という対照的な動きは、NECキャピタルソリューションが大規模DX案件の実行を優先する一方、与信管理を強化し中小案件を選別していることを示唆する。国内では中小企業倒産が増加傾向にあり、金融子会社としてのリスクコントロール力が試される局面にある。

つまり、NECキャピタルソリューションは“成長のアクセル”と“リスク管理のブレーキ”を巧みに両立させながら、NECグループの財務的持続性を確立している。
このバランス感覚こそが、MTP 2025の成功を左右するカギとなる。

国内DX需要が支える堅調なICT市場とNECの立ち位置

日本国内のICT市場は、コロナ禍以降のデジタル需要拡大を背景に高い成長基調を維持している。NECはその中で、公共・社会インフラ分野に強固な基盤を持ちながら、企業のDX推進需要を取り込み、確実に収益化している。特に2025年3月期における情報通信機器リースの16.7%増という実績は、国内企業のクラウド化・AI導入・セキュリティ強化といった投資フェーズが本格化していることを示す。

政府のデジタル庁関連施策や、自治体システムの更新需要もNECの公共事業セグメントを支えている。これらの安定的収益は、同社がグローバル展開や研究開発(R&D)に投資するための資金的裏付けとなり、戦略的挑戦を下支えしている。

国内ICT市場構造とNECのポジション

分野市場動向NECの強み
公共・社会インフラ安定成長長年の信頼と官公庁案件
企業DX支援拡大基調AI・セキュリティ・クラウド技術
金融・通信競争激化生体認証・Open RAN技術による差別化

ただし、リスク要因も顕在化している。中小企業を中心とした倒産件数の増加は、国内経済の二極化を映し出しており、NECキャピタルソリューションにとっては与信ポートフォリオの質を維持する課題となる。さらに、金利上昇局面ではリース事業の調達コスト増加が避けられず、収益性への影響を慎重に分析する必要がある。

一方で、DX市場におけるNECの優位性は明確である。AIや生体認証技術を核とするBluStellar戦略のもと、同社は「安全・安心」をキーワードに高信頼型DXソリューションを提供している。これは他のSIerやコンサルティング企業が提供する汎用的DX支援とは一線を画すものであり、公共性の高い案件における強みとして機能している。

堅調な国内ICT市場と公共分野での安定収益、そしてDX特化型サービスによる高付加価値化。
NECはこれら三層の収益構造を確立することで、短期的な市場変動にも強い“構造的安定性”を手に入れつつある。次の成長段階では、この安定基盤をどのようにグローバル戦略へと接続できるかが焦点となる。

米国テレコム市場への深耕:NECFS完全子会社化の意義

NECグループが進めるグローバル戦略の中核に位置するのが、米国市場への再進出と事業拡大である。その象徴的な一手が、NECキャピタルソリューションによるNEC Financial Services LLC(NECFS US)の完全子会社化である。取得金額は約26億円規模と比較的コンパクトながら、NECグループにとっての戦略的インパクトは大きい。この買収により、同社は金融機能をグループ内に統合し、海外の販売支援やファイナンスの即応性を飛躍的に高めることに成功した。

このM&Aの意義は単なる子会社再編ではなく、「キャプティブファイナンス」の強化にある。キャプティブファイナンスとは、製造企業が自社製品販売を支援するために金融機能を組み込み、顧客に柔軟な資金調達手段を提供する仕組みである。NECはこの仕組みを米国市場に持ち込み、5G・Open RANといった次世代通信インフラの大型案件において、競合他社に先駆けて迅速な資金提案を行える体制を整えた。

表:NECFS US完全子会社化の戦略的ポイント

項目内容意義
買収対象NEC Financial Services LLC(米国)NEC製品販売を支援する金融子会社
取得金額約2,635百万円小規模ながら高戦略的投資
主な事業テレコム機器リース・ファイナンス5G/Open RAN案件への対応力強化
目的米国市場における意思決定の迅速化グローバル競争力の強化

米国は通信・テクノロジー分野で世界最大規模を誇る市場であり、Open RAN分野の競争も激化している。NECは同領域で欧米勢に対抗する立場にあり、金融を武器に営業力を補完する戦略は理にかなっている。NECFS USを完全統合したことで、NECは米国顧客に対して柔軟なファイナンス条件を提示できるようになり、案件受注のスピードと成功率を高めた。

さらに、買収後の統合(PMI)を通じて、グローバルな財務報告基盤や内部統制の整備も進んでいる。NECにとってこの動きは単なる米国事業の拡大ではなく、グループ全体での「ファイナンスを軸とした営業モデル」への進化を意味する。

この買収によりNECは、“製品を売る企業”から“投資と価値を共に創る企業”へと進化した。
今後、米国市場での5G通信網整備需要や、クラウド・AI分野での協業案件が増加する中で、この金融機能の統合がNECのグローバル競争力を決定づける要素となるだろう。

与信リスクと中小企業倒産増加に潜む警鐘

NECグループの好調な業績の裏側では、国内経済の二極化が静かに進行している。NECキャピタルソリューションの決算分析によると、2024年度第3四半期時点での国内負債総額は減少したものの、中小企業を中心とした倒産件数は増加傾向にある。この現象は、NECが事業を展開するICTリース・ファイナンス領域において、今後の与信リスク拡大を示唆している。

特に、資金繰りに課題を抱える中小企業では、原材料費高騰や人件費上昇の影響で設備投資を抑制する動きが広がっている。一方で、大企業や政府系機関によるDX投資は堅調に推移しており、ICT市場全体は活況を保っている。この「強者と弱者の二極化」は、NECキャピタルソリューションにとって貸倒リスク管理の重要性を高める要因である。

リスク評価の観点から見ると、同社の契約実行高が28.2%増加する一方で、成約高が4.9%減少している事実は象徴的である。これは、既存の大型案件を優先実行する一方、新規の中小規模案件に対しては慎重姿勢を強めていることを意味する。リスク耐性の高い顧客への集中が進む一方で、市場全体への資金供給バランスには偏りが生じるリスクがある。

箇条書きで整理すると、NECが直面する主な金融リスクは以下の3点に集約される。

・中小企業倒産件数の増加による信用損失リスクの上昇
・金利上昇局面でのリース調達コスト増加
・大型案件への過度な依存によるポートフォリオ偏重リスク

これらの課題に対し、NECキャピタルソリューションは引当金政策の強化と与信審査の厳格化を進めている。また、AIを活用したリスクスコアリングや業界別リスクモデルの導入により、貸倒発生前の早期検知体制を整備している点は注目に値する。

NECにとって今後の成長を支える鍵は、“攻めのDX投資支援”と“守りのリスクマネジメント”の両立にある。
堅調なICT需要に支えられながらも、金融事業の健全性を維持するためには、単なる審査強化に留まらず、リスクデータに基づく科学的な経営判断が不可欠である。NECは、MTP 2025の最終局面において、こうした財務のバランス感覚をいかに維持できるかが問われている。

競合比較から見るNECの強みとグローバル課題

NECの構造転換を評価するうえで、避けて通れないのが競合他社との比較である。国内では富士通、日立製作所が同様にDX事業へのシフトを進めており、いずれもグローバル展開を強化している。その中でNECが際立つのは、公共・社会インフラ分野における圧倒的な信頼性と、通信インフラ技術への特化戦略である。

富士通が「クラウド×コンサルティング」を軸にし、日立が「社会イノベーション事業」として幅広い産業をカバーする中で、NECはAI、生体認証、セキュリティ、そして5G・Open RANといった領域にフォーカスを絞り込んでいる。この選択と集中が、公共性の高い顧客基盤を維持しつつ、独自の競争優位を築く源泉となっている。

表:主要日系ITベンダーの戦略比較

企業名主要戦略グローバル展開特徴的強み
NECDX+インフラ特化(BluStellar・Open RAN)北米・アジア重視公共・通信分野の信頼性と技術集中
富士通クラウド・コンサル重視欧州・北米に拠点展開グローバルコンサル力とSAP連携
日立製作所社会イノベーション・OT×IT融合欧州を中心に強化制御・エネルギー領域の融合力

特にNECが注力するOpen RAN技術は、通信事業者がベンダーロックインを避けつつ柔軟なネットワーク構築を可能にする次世代標準である。NECはこの分野で世界トップクラスの技術力を持ち、欧米市場でも実証案件を展開している。2024年には英国Vodafoneとの協業案件が注目を集め、NECが持つ5Gソリューションの信頼性を裏付けた。

しかし課題も明確である。グローバル展開においては人材とオペレーションの現地化が遅れており、意思決定スピードの面で欧米系SIerに劣後する部分がある。また、海外案件では利益率が国内案件より低く、為替変動リスクの影響も無視できない。

それでも、NECは金融機能を統合したNECキャピタルソリューションを活用し、販売とファイナンスを一体化することで競争力を補っている。国内で培った信頼性と安全性を武器に、グローバル市場での「高信頼DXプレーヤー」への地位確立が進行中である。
次の焦点は、AIや量子技術といった新領域への投資を通じて、富士通・日立を超える独自ポジションを築けるかにある。

次期MTPを見据える:AI・量子・6Gが開く未来

MTP 2025の最終年度を迎えたNECにとって、次なる焦点は「MTP 2028(仮称)」に向けた新成長戦略である。その中核となるのが、AI、量子技術、6G通信といった先端分野への投資強化である。これらは、BluStellarで構築したDX基盤の上に新たな付加価値を生み出す“次の収益エンジン”として位置づけられている。

AI領域では、NECは既に「NEC Generative AI Framework」を発表し、生成AIを活用した企業業務自動化や意思決定支援のソリューション提供を開始している。特に金融・公共分野での導入が進んでおり、説明可能なAI(XAI)やAIガバナンス体制の構築において国内リーダー的地位を築きつつある。

量子技術においても、NECは日本の先行企業の一つとして知られている。量子アニーリングや量子通信の分野で研究開発を進め、最適化計算や安全通信への応用を視野に入れている。量子技術の商用化は2030年代とされるが、NECは早期段階から産学連携でエコシステム形成を進めており、次期MTPではこの分野が重要な成長柱となる見通しである。

通信分野では、6Gに向けた研究開発を加速している。5Gで培ったOpen RANの技術資産を活かし、国際標準化の主導的役割を果たすことを目指している。日本政府や通信事業者との共同研究も進み、NECは「ポスト5G戦略拠点」として国内外の通信基盤開発に貢献している。

箇条書きで整理すると、次期MTPの技術戦略は以下の3軸に集約される。

・AI:生成AI・XAIによる高信頼DXソリューションの拡大
・量子:最適化・暗号通信への応用を目指した基礎研究の強化
・6G:Open RAN技術を基盤とした国際標準化リーダーシップの確立

NECの強みは、これらの先端技術を単独で推進するのではなく、既存のBluStellar基盤に統合して「社会課題解決型DX」として提供できる点にある。

MTP 2028は、NECが“DX企業”から“次世代インフラ創造企業”へと進化するための起点となる。
国内の安定基盤とグローバル展開を両立させながら、AI・量子・6Gという三本柱をいかに収益化できるかが、NECの未来を決定づける最大の試金石となる。

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