セコム株式会社は、警備会社の枠を超え、「社会システム産業」を標榜する企業へと進化している。
その中核に据えられているのが、2030年ビジョンに基づく「あんしんプラットフォーム」構想である。これは、従来の反応型サービスから脱却し、社会全体に予防的かつ統合的な安心を提供する仕組みを構築する試みだ。

近年、セコムは地理空間情報企業パスコの共同TOB、共栄セキュリティーとの業務・資本提携、AIと人間の協調を基盤とするIS研究所(ISL)の研究強化など、全方位的な戦略投資を加速させている。これらの動きは、単なる多角化ではなく、「技術」「データ」「人」の三位一体による安心の社会実装という明確な目的に基づいている。

さらに、ERM経営を通じてリスクマネジメントを深化させる保険事業、非侵襲的センシング技術による高齢者見守り、ゼロ知識証明によるプライバシー保護など、セコムは“安全”を超えた社会的価値の提供者としての地位を確立しつつある。

今、セコムが描く「あんしんプラットフォーム」は、単なる事業戦略ではない。
それは、AIと人間の協働を軸に、データ駆動で社会の安心を再設計する“社会インフラの再定義”に他ならない。

エグゼクティブサマリー:警備業を超えた「社会システム産業」への進化

セコム株式会社は、もはや単なる警備会社ではない。創業以来培ってきた安全管理のノウハウを核に、医療、保険、地理空間情報といった多様な領域へと事業を拡張し、「社会システム産業」という独自の概念を掲げている。これは、安全・安心を点ではなく面として社会に提供する仕組みを構築する挑戦であり、単なる事業の多角化ではなく、日本の社会インフラを再定義する試みである。

この戦略の根幹を成すのが、「セコムグループ2030年ビジョン」に示された**データ駆動型「あんしんプラットフォーム」**の構築である。従来の警備業は、異常が発生してから対応する“反応型”が主流であったが、セコムはAI・IoT・地理空間データを組み合わせることで、**予兆を捉え、被害を未然に防ぐ“予防型セキュリティ”**へと転換しようとしている。

その実現を支えるのが、AIと人間の協働を前提とする「マン・マシンシステム」である。AIが膨大な情報を解析し、異常を迅速に検知する一方、最終判断は経験豊富な警備員が担う。セコムIS研究所(ISL)の研究責任者は、「AIがどれほど進化しても、人が感じる“違和感”を完全に代替することはできない」と語る。つまり、技術の効率性と人間の直感的判断の融合こそが、セコムの競争優位の核心である。

さらに注目すべきは、グループ全体の事業構成の再設計である。セキュリティを中核としながらも、医療・保険・地理情報サービスを有機的に結びつけ、社会全体をカバーする包括的な安心ネットワークを形成している。これにより、個人の生活空間から都市インフラまで、**「きめ細やかで切れ目のない安心」**を提供する体制を整えつつある。

この多層的なアプローチは、海外市場や公共分野でも注目されている。特に、伊藤忠商事との連携による地理空間情報企業パスコの買収は、セコムが国内に留まらず、“世界の社会システムプラットフォーム企業”へと変貌する第一歩として評価されている。日本企業の中で、これほど明確に“安心”を産業として定義した企業は他にない。セコムは今、その概念を現実の社会構造に落とし込もうとしている。

コア事業の深化:AI×人間による次世代ハイブリッド警備モデル

セコムの警備事業の進化は、AI・ロボティクスと人間の協働によって形づくられている。AIが自動で異常を検知し、即座に管制センターへ情報を送信、最終判断を人間が行うという**「マン・マシンシステム」**が中核である。この仕組みは、完全自動化ではなく、人間が“安心”の最終責任を負うという哲学に基づいたシステム設計となっている。

IS研究所(ISL)では、画像認識AIや属性解析技術を開発しており、防犯カメラ映像から人物の性別・服装・行動パターンを識別し、異常を検知する精度を高めている。また、異常が発生した際にはロボットが現場を確認し、警備員が遠隔操作で状況を把握しながら対応する。この連携によって、1人の警備員がかつての3倍以上の監視範囲をカバーできるようになり、生産性と安全性を両立している。

代表的な例が、セコムの警備ロボット「COBO」である。COBOは赤外線センサー、カメラ、熱検知機能を備え、夜間の施設巡回や侵入者対応を自動化する。異常を感知すると音声・ライト・煙などを用いた威嚇を行い、即座に警備員と連携する。**AIと人の融合による“現場力の強化”**こそが、このシステムの真価である。

下表は、AI警備システムの特徴を整理したものである。

項目内容期待される効果
AI画像解析人物・行動を自動識別誤報削減、早期異常検知
セキュリティロボット自律巡回・威嚇機能労働力不足対応、夜間監視強化
管制センター連携人間による最終判断安全性・信頼性の担保

このハイブリッド警備モデルは、労働力不足という日本社会の構造的課題への実践的解答でもある。単にAIによる代替を進めるのではなく、技術を人間の拡張機能として位置づけることで、警備員の働き方そのものを進化させている。

AI・ロボットの導入が進む中で、セコムがあえて「人の判断」を残す理由は明確である。それは、顧客が求める“安心”が、単なるアルゴリズムの精度ではなく、「人による信頼性」そのものだからだ。AI時代においても、最も価値あるリソースは「人」であり、その力を最大化するためにAIを使うという逆転の発想が、セコムの未来を支えている。

地理空間情報が変えるセキュリティ:パスコ買収の真の狙い

セコムが2024年9月に発表した地理空間情報サービス大手パスコへの共同TOB(株式公開買付)は、単なるM&Aではない。それは、セコムが構想する「あんしんプラットフォーム」をデータレイヤーから再設計する戦略的布石である。共同出資パートナーには伊藤忠商事が名を連ね、セコムが75%、伊藤忠が25%を保有する構成となる。両社の協業は、セコムが国内で培った警備ノウハウと、伊藤忠のグローバル・ネットワークを融合させる試みとして注目されている。

パスコは航空測量、地理空間解析、災害リスクマッピングなどを強みとし、日本の地理空間情報業界ではトップクラスの技術を持つ。セコムはこれを取得することで、従来の「建物単位の防犯」から「地域・都市単位の予防型セキュリティ」へと視点を拡張することが可能になる。具体的には、地理空間データとAIを組み合わせ、災害、犯罪、交通事故など多様な社会リスクをリアルタイムで予測・可視化する体制を整えることが目的である。

項目内容戦略的意義
パスコの強み航空測量・地理空間解析・防災地図「面」でのリスク可視化
セコムの目的データ統合による予防型サービス構築社会システム産業化の加速
伊藤忠の役割海外事業展開・資源・インフラ連携グローバル市場進出の足掛かり

セコムはすでにAIによる犯罪予測、顔認識、防災モニタリングなどを研究しているが、これらの技術は地理空間情報と結合することで飛躍的に進化する。たとえば、特定地域の夜間人口変動データや災害発生履歴を組み合わせることで、犯罪発生リスクを事前に推定し、警備リソースを最適配置できるようになる。これは単なる防犯ではなく、都市全体の安全保障に直結するインフラ戦略といえる。

さらに、伊藤忠商事との提携は国内にとどまらない展望を開く。伊藤忠が持つエネルギー・物流・資源開発分野のネットワークを活用し、海外の防災・インフラ管理・スマートシティ開発案件へと技術を輸出することが可能になる。セコムのデータドリブンモデルが国際的な社会システム構築プロジェクトに応用されれば、同社は「日本発の社会インフラ・ソリューション企業」として新たな地位を確立するだろう。

このM&Aの意義は、財務的リターンよりも「社会データ基盤の主導権獲得」にある。セコムはデータそのものを“社会を守る資産”として扱う段階に突入したのである。

保険・医療の連携戦略:ERM経営とデータ融合が拓く新価値

セコム損害保険(セコム損保)は、単なるグループの補完事業ではなく、セコム全体のデータ戦略の中核に位置づけられている。中期経営計画(2023~2025年度)では「セコムグループ一体で保険を通じて社会に安心を提供する」という方針を掲げ、ERM(統合的リスクマネジメント)経営を柱に据えている。ERMとは、リスクを全社的に管理し、許容範囲内で積極的にリスクテイクすることで収益性と健全性の両立を図る手法である。

セコム損保が注目されるのは、グループ内の膨大なデータを活用してリスク分析を行い、個々の顧客に最適化された保険商品を開発する能力にある。たとえば、地理空間データ(パスコ)、行動データ(IS研究所のAI解析)、そしてセキュリティ契約者データを組み合わせることで、災害・事故・犯罪リスクを地域単位で算出し、カスタムメイド型の保険設計が可能となる。

また、セコムの警備サービスと保険契約を連動させる仕組みも進行中である。セキュリティ導入企業には保険料の優遇、警備データからのリスク低減効果の数値化など、サービス間のシナジーが期待されている。これにより、保険が単なる補償から「リスク予防型サービス」へと進化する。

箇条書きで整理すると以下のようになる。

  • ERM経営による健全性と収益性の両立
  • データ統合による個別最適化された保険商品
  • 警備サービスとの連携によるリスク低減・保険料優遇
  • 高齢化社会対応の医療・見守り保険の拡充

特に、セコム損保が開発を進める「見守り型保険」は注目に値する。これは、IoTセンサーやAI解析を通じて高齢者の行動データを取得し、**異常検知と保険支払いを自動連携させる“次世代の保険モデル”**である。セコムが進める高齢者見守り事業や在宅医療支援と連動することで、医療・介護・保険が一体化した社会インフラの構築が進む。

このように、セコムの保険事業は、もはや金融領域の枠を超えた「社会データの運用事業」である。セコムが握るのは“安心”の提供だけでなく、“リスクを設計する力”そのものである。保険・医療・警備のデータ融合は、日本社会が直面する高齢化・災害・犯罪リスクという複合課題に対する、最も現実的かつ革新的な解答となっている。

共栄セキュリティー提携の意味:人的リソースとAIの協働による業界再編

セコムが共栄セキュリティーサービス株式会社と業務・資本提携を締結した背景には、日本の警備業界が抱える構造的課題である「人手不足」と「高齢化」への抜本的対応という目的がある。セコムは共栄の普通株式2.99%を取得し、人的警備を主軸とする共栄の現場力と、自社の先進的なAI・ロボット技術を融合させることで、「ハイブリッド警備」という新たな業界モデルの確立を目指している。

提携の具体的なシナジー効果は以下の通りである。

分野施策内容戦略的意義
新サービス開発技術と人的リソースの融合高度警備・災害対応の即応性向上
教育プログラム警備員の共同研修制度人材の質向上と業界標準化
犯罪予測AIデータ分析に基づく予防警備効率的なリソース配置とコスト最適化
地域連携地方自治体との共同プロジェクト地域安全モデルの構築

セコムのR&D成果(AI、ロボティクス、画像解析技術)を共栄のオペレーション現場に実装することで、1人の警備員が従来の2倍以上の現場をカバーできる効率性を実現しつつ、サービスの質を保つ。この体制は単なる業務提携ではなく、警備業界の再定義を意味する。

特に注目すべきは、データ活用を軸にした犯罪予測システムの共同開発である。セコムのAI解析と共栄の現場データを組み合わせることで、地域・時間帯・行動属性ごとの犯罪発生リスクをリアルタイムに算出し、**「予兆検知による防犯配置」**を可能にする。このアプローチは、従来の「発生後対応」型警備を根本から覆すものである。

また、共栄が持つ全国的な人的ネットワークを活用することで、セコムのハイテク技術が地方の小規模警備業務にも展開できる。「技術が人を補完し、人が技術を活かす」新しい警備の形が、業界全体の生産性と信頼性を押し上げる。

セコムの幹部はこの提携を「AIを使いこなす人材を全国で育てる社会的プロジェクト」と位置づけており、警備という職業に新たな専門性と誇りを与える構造改革でもあると語る。共栄提携は単なる事業拡大ではなく、人材再定義とAIの社会実装を融合した“安心インフラ”の再構築なのである。

IS研究所(ISL)が担う技術革新:マン・マシンシステムとAI信頼性の最前線

セコムIS研究所(ISL)は、セコムグループの技術的中核として、2030年ビジョンの実現を支えるR&D拠点である。**ISLの使命は「AIに任せすぎない安心の技術化」**にあり、AIと人間の協働を最適化する「マン・マシンシステム」の哲学を徹底している。

ISLの研究は5つのディビジョンに分かれ、AI、センシング、画像解析、セキュリティデータ基盤、プライバシー保護の各分野で高度な開発が進む。とりわけ重要なのが「ビジョンインテリジェンス」と呼ばれる画像処理技術である。これは、防犯カメラ映像から人の性別・服装・行動を解析し、不審行動や異常を自動検知するもので、警備現場の負担を劇的に軽減し、早期対応を可能にする

ISLの研究成果の中核には、以下の技術がある。

  • 深層学習AIの誤検知を抑制するバイアス対策技術
  • 人間の判断を最終段階に残す信頼性重視型AIアーキテクチャ
  • ゼロ知識証明による個人情報非開示の属性認証技術
  • 非侵襲センサーによる高齢者行動モニタリング

これらの技術群は、セコムの各事業に連携的に活用されている。たとえば、ビジョンインテリジェンスによる属性解析データを、地理空間情報サービス(パスコ)や共栄の現場データと組み合わせることで、都市単位でのリスクマップ構築や予防型セキュリティ運用が実現している。

研究領域主要技術社会的意義
AI認識・判断マン・マシンシステム人間中心の安全設計
画像解析属性推定・行動認識防犯効率化・リスク予知
センシング波動センサー非侵襲的見守り
暗号・認証ゼロ知識証明プライバシー保護と信頼性両立

特筆すべきは、AIの判断に“再確認層”を設ける多層信頼構造である。AIが異常を検知した場合、管制センターの担当者が内容を再確認して現場判断を下す。この「最終判断を人間が担う構造」が、セコムが掲げる「技術ではなく信頼を売る」という理念を体現している。

ISLはまた、AIの社会実装に伴う倫理的課題にも先進的に取り組んでおり、国際的なAI倫理基準(EU AI Act等)への対応を視野に研究を進めている。セコムのAIは単なる自動化技術ではなく、人間の判断力を支援する“信頼のインフラ”としてのAIである。この哲学こそが、他のテック企業にはないセコム独自の競争優位性を築いている。

犯罪予測と行動解析の融合:データ駆動型警備の新時代

セコムが描く未来の警備は、「異常が起きてから」ではなく「起こる前に防ぐ」という発想に立脚している。その中核をなすのが、共栄セキュリティーサービスとの連携によって進む犯罪予測システムの構築である。このシステムは、AI・地理空間データ・人的警備データという三層の情報を統合し、社会全体の安全を科学的にマネジメントする枠組みを生み出している。

IS研究所(ISL)が開発した画像処理AIは、人物の行動・服装・所持品などの属性を解析し、過去の映像やデータと照合して行動パターンを抽出する。これに、地理空間情報大手パスコが提供する精緻な地図データと災害・交通・犯罪発生履歴を組み合わせることで、「どの地域の、どの時間帯に、どのような行動を取る人物にリスクが高いか」をリアルタイムで算出することが可能となる。

データ層提供元役割
行動・映像データセコムISL属性解析・行動認識
地理空間情報パスコ環境要因・地域リスク分析
人的警備データ共栄セキュリティー現場実証・運用最適化

従来の警備は「警報が鳴ってから現場に急行する」反応型モデルであったが、セコムの犯罪予測システムでは、AIが「異常の予兆」を自動検知し、警備員が現場に到着する前にリスクを可視化できる。例えば、深夜帯に特定エリアで不審な滞在パターンを検出すれば、AIが自動的に警備体制を強化する。この予測精度は、人間の経験値とデータサイエンスの融合によって指数的に高まる

さらに、この仕組みは単なる防犯にとどまらず、防災・交通・都市計画にも応用可能である。災害時の避難経路設計や都市インフラのリスク評価など、社会全体の安心を支える“予測インフラ”へと発展しつつある。今後はこのモデルを活用し、**サブスクリプション型の「予防警備サービス」**を展開する構想も検討されている。セコムは今、警備の概念そのものを「科学する時代」へと導いている。

ESG経営と人的資本戦略:サステナブルな成長の基盤構築

セコムは、技術革新の裏で「社会的責任経営」にも極めて積極的である。ESG(環境・社会・ガバナンス)経営を中核に据え、安心を社会的価値として再定義している点が特徴的だ。統合報告書「セコムレポート」と「サステナビリティレポート」では、気候変動、人権、労働環境、データ倫理に至るまで多層的な開示が行われており、非財務指標の透明性が国際機関からも高く評価されている。

ESG対応の柱は3つに整理できる。

項目取り組み意義
環境(E)TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)対応災害・気候変動リスクを事業計画に反映
社会(S)UNGC(国連グローバル・コンパクト)原則の遵守労働環境・人権・倫理の国際標準化
ガバナンス(G)情報セキュリティ・プライバシー保護体制の強化社会的信頼とデータ倫理の担保

特に注目されるのは、人的資本への投資である。セコム損保の中期事業計画でも、「社員と向き合い、採用・研修・働き方改革にスピード感を持って取り組む」と明記されている。AIやロボットの導入が進む中でも、最終的に「安心」を提供するのは人であり、セコムは**“人がAIを使いこなす企業文化”**を形成している。

加えて、現場職の長時間労働や人材流出という業界課題にも正面から向き合い、柔軟な勤務体系やDXを活用した教育プログラムを整備。AI支援によって警備員一人あたりの負荷を軽減しつつ、業務品質を向上させている。これにより、人的資本を「コスト」ではなく「価値創造の源泉」として再定義している点が、セコムのサステナビリティ経営を特徴づけている。

セコムのESG戦略は単なるCSRの延長ではない。社会全体の“安心”を長期的な資本形成として捉え直す思想に基づいている。警備・保険・医療・情報セキュリティといった多様な事業を一体化しながら、同社は「安心を提供する社会インフラ企業」から「安心を設計する社会システム企業」へと確実に進化している。これこそが、セコムが追求する真のサステナブル・グロースの形である。

成長の鍵とリスク:投資回収、PMI、労働力確保の課題

セコムの事業構造改革は、AI、地理空間情報、人的警備の三位一体による「あんしんプラットフォーム」戦略を軸に進むが、その実現には複数のリスク要因が存在する。最も顕著な課題は、投資回収のスピードと人的資本の確保である。

まず、2024年以降に実施された大規模なM&A(パスコ共同TOB、共栄セキュリティー提携)は、セコムの技術・データ基盤を飛躍的に拡張した一方で、統合作業(PMI:Post Merger Integration)における文化・組織の融合が大きな挑戦となる。地理空間情報を扱うパスコのデータサイエンティストと、現場で警備を担う人的リソースを結びつけるには、「技術と現場をつなぐ共通言語」を持つマネジメント層の育成が不可欠である。PMIの遅れは、投資効果の顕在化を遅らせ、ROIC(投下資本利益率)の低下リスクを招く恐れがある。

また、AI・ロボティクスによる自動化が進むとはいえ、最終的な判断と「安心の提供」を担うのは人である。特に、AIが検知した異常に対して判断を下すオペレーターや現場対応者のスキルは、セコムのブランド価値を左右する。労働力確保競争が激化する中で、同社は**“技術を使いこなす人材”をどう確保し、育成するかが中長期的な成長の分水嶺**となる。

一方で、ERM経営(統合リスクマネジメント)による資本効率の改善も課題である。データ統合基盤やAI研究への継続的投資は巨額であり、短期的な利益率を圧迫する可能性がある。しかし、セコムは「短期利益より社会的信頼の構築」を優先しており、この姿勢が長期的な株主価値を支える構造を生み出している。

総じて、セコムのリスクマネジメントは「投資スピード」「人材確保」「統合効果」の三要素の最適化にかかっている。同社の真の競争力は、AIやデータではなく、それを社会に実装できる人と組織の力にあるといえる。

結論:セコムが描く「社会全体を守るプラットフォーム構想」の実現性

セコムの成長戦略の到達点は、単なる警備業の枠を超えた**「社会全体の安全をデータで支えるインフラ企業」への進化**である。その象徴が「あんしんプラットフォーム」構想であり、これは技術(ISL)、データ(パスコ)、オペレーション(共栄)の三位一体によって初めて成立する。

セコムは、これまでの反応型ビジネスから予防型の社会システム産業へと明確に舵を切った。その実現を支えるのが、AIによるリスク予測、地理空間データによる可視化、そして現場の判断力を併せ持つ人的資本である。この融合が進むことで、同社は個人・企業・行政の枠を越えて「社会全体の安心ネットワーク」を形成しようとしている。

たとえば、防犯・防災・医療・保険といった異なるデータを統合することで、一人ひとりの生活リスクをリアルタイムでマネジメントする社会基盤が構築可能となる。セコムが描く未来社会では、異常が発生する前に警告が出され、災害や犯罪の被害を最小限に抑える「予防型社会」が実現する。

コア要素担当領域社会的効果
技術(ISL)AI・センシング・画像解析リスク検知と判断支援
データ(パスコ)地理空間・環境・災害データリアルタイム予測と都市安全設計
オペレーション(共栄)現場判断・地域連携実行力と社会信頼の担保

この構想の根底には、「技術で安心を生み出すのではなく、人と社会をつなぐ仕組みとして安心を再設計する」という哲学がある。セコムが提唱する“社会システム産業”とは、AIやIoTを単なるツールではなく、人間の安全感情を支える社会構造の一部として位置づける思想的挑戦である。

今後の焦点は、この壮大な構想をどれだけスピーディかつ収益性をもって実装できるかにある。セコムが真に目指すのは「守る企業」ではなく、**「安心を社会に組み込む企業」**であり、その変革はすでに始まっている。

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