ユニ・チャーム株式会社は、単なる衛生用品メーカーではない。
同社は、生理用品やベビー用紙おむつの分野で国内トップシェアを誇り、アジアNo.1、世界第3位の地位を築くグローバル企業である。その成長の裏には、創業者・高原慶一朗氏が掲げた「不快を快に変える」という哲学を体系化した独自の理念「NOLA & DOLA」がある。
この理念は、生活者の不便・不快を解消するだけでなく、夢や喜びといったプラスの価値を創出することを目指す。そしてその思想は、女性の生理ケアから赤ちゃん、高齢者、さらにはペットにまで広がる一貫した事業体系を生み出した。まさに理念が事業領域を定義し、拡張してきた稀有な企業である。
財務面では、過去10年以上にわたり赤字決算がなく、2024年には過去最高の売上高・営業利益を更新。海外売上高比率は6割を超え、地域リスクを分散した強靭な経営構造を確立している。さらに、2030年に「世界No.1」を掲げた第12次中期経営計画では、DX・LTV最大化・サステナビリティを三本柱とする大胆な成長戦略を展開中である。理念とデータに支えられたこの挑戦は、ユニ・チャームが“人と地球の未来”を変える存在であることを示している。
世界第3位の衛生用品メーカー、ユニ・チャームの実力と理念経営の核心

ユニ・チャーム株式会社は、生理用品やベビー用紙おむつで知られるだけの企業ではない。同社は、生活者の「不(不快・不便・不衛生)」を解消するという理念を中心に据え、その哲学を事業戦略へと昇華させてきた稀有な企業である。
創業者・高原慶一朗氏が掲げた「不快を快に変える」という思想は、1960年代の創業期から現在に至るまで一貫して経営の中核に存在している。この理念は、単なるスローガンではなく、商品開発・市場選定・社員教育・経営判断に至るまで全ての意思決定を方向づける羅針盤として機能している。
1974年に社名を「ユニ・チャーム」と改めた背景にも、この理念が深く関わっている。「ユニ(Universal)」は普遍性、「チャーム(Charm)」は女性の魅力を意味し、「すべての女性に快適さと美しさを提供したい」という願いが込められている。この哲学的な起点が、フェミニンケアからベビーケア、介護、ペットケアへと自然に事業を拡張する基礎となった。
特筆すべきは、理念が市場構造を変える原動力になっている点である。1970年代において、生理用品はタブー視される製品カテゴリーであったが、ユニ・チャームは「生活者の不快を解消する社会的使命」を掲げ、衛生用品市場そのものを社会に定着させた。これは単なる事業拡大ではなく、「生活文化の変革」を伴うビジネスモデル革新であった。
こうした理念経営を支えるのが、同社独自の経営モデル「共振の経営」である。トップダウンではなく、現場と経営が相互に情報を共鳴させる仕組みにより、顧客の“声なきニーズ”を迅速に製品開発へ反映してきた。結果として、P&Gやキンバリー・クラークといった巨大グローバル企業が支配する市場においても、ユニ・チャームはアジアを中心にNo.1のシェアを確立している。
このように、ユニ・チャームの競争力の源泉は製品力ではなく、理念と現場が共鳴する「哲学的経営システム」にある。「NOLA & DOLA」という価値体系が、すべての事業領域を貫く一貫性と持続可能性を保証し、企業としての強靭さを支えているのである。
「NOLA & DOLA」が生み出す成長の連鎖:理念が戦略を動かす企業モデル
ユニ・チャームのすべての事業活動は、「NOLA & DOLA」という理念体系を軸に設計されている。
NOLA(Necessity of Life with Activities)は、生活者が直面する「不便・不快・不衛生」を解消することを意味し、DOLA(Dreams of Life with Activities)は、解消された生活を「快適で夢のある状態」へと高めることを指す。
この思想は、単なる企業理念ではなく、市場創造のための実践的フレームワークである。ユニ・チャームが新しい市場を開拓する際には、まず生活者の中に潜む「不」を発見し、それを科学的・感性的に分析して製品開発へと結びつける。この「NOLA → DOLA」への転換サイクルが、事業成長を生み出す基本構造となっている。
表:NOLA & DOLAによる事業展開の進化
フェーズ | 解決する「不」 | 代表ブランド | 創出する価値 |
---|---|---|---|
フェミニンケア | 生理による不快・不安 | ソフィ | 自信と安心 |
ベビーケア | 育児の手間・睡眠不足 | ムーニー | 快適と育児支援 |
ウェルネスケア | 介護の負担・羞恥感 | ライフリー | 尊厳と自立 |
ペットケア | ペットの衛生・臭い問題 | 銀のスプーン、デオトイレ | 絆と共生 |
この一貫した流れにより、同社は「年齢・性別・国境を超えて“生活の不”を解消するブランド体系」を築いた。特に高齢化が進む日本発の知見を活かしたウェルネスケア事業は、今後の世界市場での拡大が期待されている。
さらに、「NOLA & DOLA」は組織文化にも深く根付いている。社員一人ひとりが日常業務の中で「お客様の不をどう変えるか」を常に考え、開発・製造・販売の各段階で価値創造を追求する。この理念共有こそが、市場変化に即応できる“共振型組織”を支える最大の要因である。
この哲学は社会的な意義をも帯びている。ユニ・チャームが目指すのは、「すべての人と動物が自立し、共に生きる共生社会」である。赤ちゃんから高齢者、そしてペットに至るまで、あらゆる存在が尊厳をもって生きることを支援する製品体系は、企業活動を超えた社会変革のビジョンに他ならない。
理念が戦略を動かし、戦略がまた理念を深化させる――この循環こそがユニ・チャームの成長の本質である。
安定成長を支える財務体質:10年以上赤字なしの経営構造

ユニ・チャームの強さを語る上で欠かせないのが、**驚異的な財務の安定性と高収益性である。**同社は過去10年以上にわたり赤字決算が一度もなく、2024年12月期には売上高9,890億円、コア営業利益1,385億円を記録し、いずれも過去最高を更新した。これは、生活必需品を扱う企業でありながら、景気循環に左右されない収益構造を確立していることを意味する。
近年の業績推移をみると、コロナ禍や原材料価格の高騰といった逆風にもかかわらず、安定した営業利益率を維持してきた。とりわけ注目すべきはROE(自己資本利益率)とROA(総資産利益率)の高さであり、2024年時点でそれぞれ11.1%と6.6%を達成している。資本効率を意識した経営が徹底されており、単なる売上成長ではなく「質の高い利益成長」を追求している点が特徴的である。
以下は、ユニ・チャームの主要財務指標の推移である。
決算期 | 売上高(億円) | コア営業利益(億円) | 当期純利益(億円) | ROE(%) | 営業CF(億円) |
---|---|---|---|---|---|
2020 | 7,274 | 1,151 | 523 | 10.9 | 1,006 |
2021 | 7,827 | 1,219 | 727 | 13.8 | 1,052 |
2022 | 8,980 | 1,196 | 676 | 11.5 | 922 |
2023 | 9,418 | 1,280 | 860 | 13.1 | 1,624 |
2024 | 9,890 | 1,385 | 818 | 11.1 | 1,370 |
この数字が示す通り、売上・利益ともに持続的な上昇を続けている。とくに営業キャッシュフローが10年間にわたり黒字を維持している点は、安定的な事業基盤を物語る。キャッシュ創出力の高さは、M&Aや研究開発投資、サステナビリティ施策など将来の成長投資を自社資金で賄える強みを生む。
また、ユニ・チャームは為替リスクや地域景気の変動に強いグローバル構造を構築している。海外売上比率は6割を超え、日本市場の成熟化をカバーしながらリスクを分散している。中でも北米・中東でのペットケア事業拡大が業績を牽引し、利益率向上に寄与している。
ユニ・チャームの財務戦略の中核には「共振の経営」がある。現場と経営が双方向で情報を共有するこのモデルは、過剰投資を抑えつつ収益性を最大化する構造的強さを支えている。結果として、同社は“無借金経営に近い強固な財務体質”を維持し、グローバル競合のP&Gやキンバリー・クラークと比べても財務安定性で優位に立つ。
このように、ユニ・チャームの財務は単なる堅実経営の結果ではなく、理念と戦略が結合した「収益性重視型の哲学的経営」の成果である。
パーソナルケアとペットケア、2大エンジンが牽引する新成長モデル
ユニ・チャームの成長を支えるのは、二本柱の事業構造である。「パーソナルケア」と「ペットケア」という2大エンジンが相互補完的に機能し、安定と拡大を両立させている。
パーソナルケア事業は、フェミニンケア・ベビーケア・ウェルネスケアの3分野から構成され、売上の約8割を占める中核セグメントである。近年は出生率の低下という逆風を受けながらも、高付加価値製品へのシフトと高齢化市場の拡大により堅調に成長している。2024年のセグメント売上は8,261億円、コア営業利益は1,109億円と、利益率13.4%を維持している。高齢者向け「ライフリー」ブランドのグローバル展開が、収益安定化に大きく寄与している。
一方、ペットケア事業は成長の最前線に立つ。2024年の売上は前年比6.6%増の1,487億円、コア営業利益は258億円と二桁成長を達成。利益率も17.4%と全セグメント中で最も高い。「ペットの家族化(ヒューマニゼーション)」という消費トレンドを的確に捉え、北米・アジアを中心に急拡大している。
以下は、主要事業の比較である。
事業区分 | 売上高(億円) | コア営業利益(億円) | 利益率(%) | 主力ブランド |
---|---|---|---|---|
パーソナルケア | 8,261 | 1,109 | 13.4 | ソフィ、ムーニー、ライフリー |
ペットケア | 1,487 | 258 | 17.4 | 銀のスプーン、デオトイレ |
ペットケア事業の利益率がパーソナルケアを上回る要因は、製品のプレミアム化とブランドロイヤルティの高さにある。特に「銀のスプーン」シリーズは日本国内で圧倒的なシェアを誇り、北米市場でも高評価を獲得。消臭性能や安全性、栄養設計に科学的エビデンスを取り入れることで、他社との差別化を実現している。
この2大事業のバランスがユニ・チャームの競争優位を形成する。パーソナルケア事業が安定的なキャッシュフローを生み出し、その資金を成長性の高いペットケアや新興市場に再投資することで、企業全体の成長サイクルが維持される。まさに「安定と成長を両立するポートフォリオ経営の理想形」である。
さらに注目すべきは、両事業の共通点である「快適・清潔・共生」というキーワードだ。赤ちゃん、高齢者、ペットと対象は異なるが、すべての製品が「生活者の不快を快適に変える」という哲学に基づいている。この哲学的連続性が、ユニ・チャームを単なる日用品メーカーではなく、“人と動物の共生社会を支えるライフケア企業”へと進化させている。
アジアから世界へ:地域別戦略で築くグローバル・ポートフォリオの妙

ユニ・チャームが国内市場の成熟化を超えて持続的な成長を実現できている理由は、**地域ごとに最適化されたグローバル戦略の巧みさにある。**同社は早期からアジア市場に経営資源を集中投下し、現在では海外売上比率が60%を超える。地域別に異なる需要構造を理解し、国・文化・所得水準に合わせた製品戦略を展開することで、グローバルリスクを最小化しながら利益を最大化している。
日本市場では、すでに高齢化が進行し需要が成熟期を迎えている。しかしユニ・チャームは「高付加価値化」と「値上げ転嫁」によって利益率を維持し、2024年度の国内コア営業利益率は20%と極めて高い水準に達した。例えば、介護用「ライフリー」は単なる排泄ケア用品ではなく、**「尊厳を守る生活サポート製品」**としてリブランディングされ、介護施設向けのBtoBモデルを確立している。これにより少子高齢化という逆風を成長機会に変えた。
アジア地域では、ユニ・チャームが最も競争優位を発揮している。タイ、インドネシア、ベトナム、インドなどの主要国では、ベビーケアやフェミニンケア製品でP&Gやキンバリー・クラークを大きく引き離しトップシェアを獲得。特にインドでは、衛生意識向上に伴う紙おむつ市場の年平均成長率(CAGR)が10%を超えており、ユニ・チャームは現地生産体制と物流網を整備することでシェアを急速に拡大している。現地文化に溶け込む製品設計と価格戦略こそが、同社がアジアNo.1企業となった最大の要因である。
北米・中東・南米などの新興市場では、「ペットケア」が収益ドライバーとなっている。特に北米では、ペットフード市場の成長率が年4〜5%と堅調であり、ユニ・チャームの「銀のスプーン」「デオトイレ」など日本発の高機能製品が評価されている。2024年度には北米・中東地域での売上が前年比13%増を記録し、利益率も13.3%へと改善した。
以下は、地域別の収益構造である。
地域 | 売上高(億円) | コア営業利益(億円) | 利益率(%) | 特徴 |
---|---|---|---|---|
日本 | 3,399 | 680 | 20.0 | 高付加価値・BtoB展開 |
アジア | 4,431 | 429 | 9.7 | 市場拡大・現地化 |
その他地域 | 2,059 | 274 | 13.3 | ペットケア中心の急成長 |
このデータが示すように、**ユニ・チャームの強みは「特定市場への依存がない多軸的な収益構造」にある。**国内の安定収益、アジアの拡大、その他地域の成長という三層構造が、景気変動や為替変動に対する耐性を高めている。グローバル展開を単なる輸出ではなく「現地に根ざした文化的適応戦略」として推進する点に、同社の成熟した国際経営力が表れている。
第12次中期経営計画の真髄:「2030年世界一」に向けたロードマップ
ユニ・チャームは、2024年から始まる第12次中期経営計画で、**「2030年までに世界No.1衛生用品メーカーとなる」**という明確なビジョンを掲げた。これは単なるスローガンではなく、収益構造・人材・製造・環境のあらゆる側面で企業価値を進化させる包括的な計画である。
まず注目すべきは、数値目標の明確さである。中期経営計画では、売上高の年平均成長率(CAGR)6.9%、コア営業利益率17%、ROE17%という高水準を掲げており、**「規模と収益性、資本効率の三立」を目指す姿勢を鮮明にしている。**これにより、従来の“堅実な優良企業”から“挑戦的な世界企業”へと変貌を遂げつつある。
この計画の中核を成すのは三つの柱である。
- 独自のUI/UXを創造するモノづくり変革
- 女性を基点としたLTV(顧客生涯価値)最大化モデル
- 人材・環境・組織づくりを軸としたサステナブル経営
モノづくり変革では、製品の体験価値そのものを革新する「折り紙工学」のような新技術が象徴的だ。例えば、新開発のおむつでは保護者が装着する際の手の動きに合わせて吸収体が自動的に折り畳まれる構造を採用し、装着のしやすさとフィット感を両立させた。これは単なる製品改良ではなく、「使う体験」そのものを設計するUX発想のモノづくりである。
次に、女性を中心にしたLTV最大化戦略では、「ソフィ」「ムーニー」「ライフリー」「銀のスプーン」といったブランドをライフステージごとに連動させ、消費者の一生涯にわたる購買接点を確立している。女性が家庭内購買のハブとして機能するという行動分析に基づき、フェミニンケアからベビー、介護、ペットへと“信頼の輪”を広げる構造を設計している。
さらに、サステナビリティの側面では「RefF(リーフ)」プロジェクトが注目される。使用済み紙おむつを回収・オゾン処理し、新たな紙おむつに再生する世界初の水平リサイクル技術である。既に高知県や鹿児島県で実証事業が進み、国内外の自治体が導入を検討中だ。環境対応を“コストではなく競争優位”として位置づける姿勢が、ユニ・チャームの新たな企業価値を形成している。
こうした施策を統合するのが、AI・DXによる経営基盤の変革である。MDX(Marketing by DX)本部を新設し、データ分析を活用した顧客体験設計とサプライチェーン効率化を同時に進めている。これにより、製品販売からソリューション提供へと事業構造が転換しつつある。
第12次中期経営計画は、理念と数字の両面で一貫性を持ち、「哲学×データ×テクノロジー」で世界一を狙う戦略的ブループリントとなっている。ユニ・チャームは今、理念経営を超えた「循環型成長企業」への進化を実現しようとしている。
DXとM&Aの融合戦略:デジタルによる顧客LTV最大化の実践

ユニ・チャームは、デジタル変革(DX)と戦略的M&Aを両輪として、事業構造を「モノ売り」から「価値提供型ビジネス」へと転換している。その中核にあるのが、2023年に新設された「MDX(Marketing by DX)本部」である。MDXの目的は、デジタル技術とデータ分析を活用し、顧客の潜在的な“第六感的ニーズ”を可視化し、LTV(顧客生涯価値)を最大化することにある。
この戦略を象徴するのが、保育施設向けのサブスクリプションサービス「手ぶら登園」である。保護者が毎日おむつを持参し、使用済みを持ち帰るという負担を解消し、園では在庫管理をIoT化して自動発注する仕組みを導入。ユニ・チャームは製品を売るだけでなく、「育児負担を軽減する体験」を提供する企業へと進化している。このサービスは2024年時点で全国1万5000園以上に導入され、保育施設業界のスタンダードとなりつつある。
さらに、デジタルマーケティング領域では、AIを用いた需要予測や在庫最適化を実現している。購買データやSNS上の消費者反応を分析し、季節・気温・SNSトレンドといった外部要因を考慮して販売計画を自動調整。これにより、廃棄ロスを削減すると同時に、販売機会を最大化している。
DXによる変革は社内の業務改革にも及んでいる。製造現場ではスマートファクトリー化が進み、AI画像認識による品質検査を導入。異物混入リスクを低減し、検査時間を従来比で40%短縮する成果を上げている。営業部門でも「Unicharm Connect」という統合データプラットフォームを構築し、営業担当者が顧客の購買履歴・嗜好データに基づいて提案できる環境を整備した。
同時に、ユニ・チャームはM&Aを通じて地域・製品ポートフォリオを強化している。2018年にはタイのDSGT社を約600億円で買収し、東南アジア市場での基盤を拡充。ベトナム市場では現地メーカー買収後に自社ブランドを展開し、3年でトップシェアを獲得した。これらのM&Aは単なる規模拡大ではなく、**データ基盤を共有し、地域の嗜好データを製品設計へ反映させる「デジタル連携型M&A」**であることが特徴だ。
つまり、ユニ・チャームのDXは単なる効率化ではなく、**「顧客接点のデータ化」「現場知の見える化」「M&Aによる知の拡張」**を組み合わせた統合経営モデルである。製品中心から人中心へ、そして体験中心へと進化するその戦略は、同業他社が模倣し得ない次世代型の競争優位性を築いている。
サステナビリティ経営の象徴「RefF」:紙おむつを再生する未来技術
ユニ・チャームが世界的に注目を集めている理由の一つが、**使用済み紙おむつを原料に再生する水平リサイクル技術「RefF(リーフ)」**である。従来、紙おむつは可燃ごみとして焼却処分されるのが一般的だった。しかし、ユニ・チャームはオゾン処理技術を用いて衛生的に殺菌・脱臭・漂白し、再生パルプとして再利用する技術を確立した。この工程により、1トンの使用済みおむつから約800kgの再生パルプを回収でき、環境負荷を大幅に削減できる。
この技術は2020年に実用化され、すでに高知県南国市など全国複数自治体で実証が進んでいる。さらに、2024年にはユニ・チャームが製造した「RefFパルプ」を原料に使用した「ライフリー」や「マミーポコ」ブランド製品が市場投入された。これは**「捨てる製品」から「循環する製品」への転換**を意味し、サーキュラーエコノミー実現の具体的モデルとなっている。
環境省の推計によれば、日本国内で年間約500万トンにのぼる紙おむつ廃棄物をすべてリサイクルできれば、CO₂排出量を年間40万トン以上削減できるとされる。ユニ・チャームはこの目標を現実化するため、自治体や廃棄物処理業者と連携し、「地域循環型サプライチェーン」の構築を進めている。
表:RefFプロジェクトの成果と環境効果
指標 | 数値(2024年時点) | 効果 |
---|---|---|
回収処理能力 | 年間1万トン | 既存処理コストを30%削減 |
CO₂削減効果 | 年間約12,000トン | 地域排出量の約5%に相当 |
再生パルプ利用率 | 約80% | 新規パルプ依存を大幅削減 |
この取り組みは環境対応にとどまらず、企業価値向上にも直結している。再生素材の活用により、原材料コストが約15%低減し、同時にブランドイメージも向上。海外の投資機関からもESGスコアで高評価を得ており、ユニ・チャームはMSCIやFTSEの主要ESG指数に継続採用されている。
また、「RefF」は海外展開も視野に入れている。タイやインドネシアなど、紙おむつの廃棄インフラが未整備な地域での導入が期待され、現地政府とパートナーシップ協定を締結。アジア発の循環型モデルとして、“Made in Japanの環境技術”を世界に輸出する新たな成長戦略として位置づけられている。
ユニ・チャームの「RefF」は、単なるCSR活動ではなく、経済合理性と社会的価値を両立させたサステナブル・イノベーションである。製品を通じて人の快適を追求してきた企業が、今度は地球の快適さを追求する。その姿勢こそが、ユニ・チャームが世界で最も信頼される生活必需品メーカーへと進化している理由である。
ペットケア革命:ヒューマニゼーションが生み出す新たな市場支配

ユニ・チャームの第二の成長エンジンとして急拡大しているのが、ペットケア事業である。世界的な「ペットの家族化(ヒューマニゼーション)」の潮流を背景に、同社は日本国内のみならず北米やアジア市場においてもプレミアムブランドとしての地位を確立している。2024年12月期には、同事業の売上が1,487億円、コア営業利益が258億円と過去最高を更新。利益率17.4%という高収益体質を示し、グループ全体の成長ドライバーとなっている。
この成長の要因は、単なる市場拡大ではなく、**消費者の心理変化を的確に捉えた商品開発力とブランド戦略にある。**現代の飼い主はペットを「伴侶」や「家族」として扱い、食事・衛生・健康管理に人間並みの品質を求める傾向が強まっている。ユニ・チャームはこのトレンドを早期に察知し、「銀のスプーン」や「デオトイレ」シリーズを高機能・高品質志向で展開した。
特に「銀のスプーン」は、猫の味覚特性を研究した独自の嗜好設計を採用し、国産原料を中心に栄養バランスを最適化。国内ペットフード市場でシェア首位を維持している。また、「デオトイレ」シリーズは消臭性能とデザイン性を両立し、**“インテリアに馴染むトイレ”という新たな市場価値を創出した。**この発想が、従来の「必需品」から「ライフスタイル提案型製品」への転換を導いた。
さらに、ペットケア事業は地域別戦略によってグローバル化を加速させている。北米市場では、アレルゲン対応フードやグレインフリー商品など健康志向製品を展開。アジアでは、中間層の拡大に合わせた手頃な価格帯の製品ラインを強化している。この「プレミアム×ローカル」戦略により、地域特性を踏まえた多層的ブランド展開を実現している。
また、ユニ・チャームはAIとIoTを活用した“スマートペットケア”の開発にも着手している。IoTトイレでは、ペットの排泄データをクラウドに送信し、健康異常を検知する実証実験が進行中だ。将来的には、ペットの行動データを通じて「予防医療」や「個別栄養管理」へと事業領域を拡張する構想を掲げている。
このように、ユニ・チャームはペットを「消費の対象」ではなく「ケアの主体」として捉え直した。人間の健康・幸福と同じ文脈でペットのQOL(生活の質)を追求する同社の姿勢は、今後のペット産業のスタンダードを再定義する可能性を秘めている。ペットケア事業の進化は、同社が「ライフケア・カンパニー」へと進化する象徴的な一歩である。
成熟市場を超えて―ユニ・チャームが描く次の10年の成長ビジョン
ユニ・チャームは今、国内市場の成熟化という構造的課題を超え、2030年に向けた新たな成長曲線を描こうとしている。その鍵となるのは、「アジア発・グローバル企業」への完全転換と、理念とデータを融合した次世代型経営モデルの確立である。
同社の中期経営計画では、2030年までに「世界No.1衛生用品メーカー」を目指すという目標を明確に掲げている。この挑戦は単なる規模拡大ではなく、事業構造・サプライチェーン・組織文化のすべてを再構築する壮大なプロジェクトである。
その中心にあるのが、「NOLA & DOLA」という企業理念の進化である。創業以来掲げてきた「不快を快に変える」という哲学を、AI・DX・サステナビリティといった現代的な文脈に再定義し、“快適のデータ化”による価値創出企業へと変貌を遂げようとしている。すでに製造現場ではスマートファクトリー化が進み、顧客接点ではLTVデータに基づくパーソナライズ戦略が導入されている。
また、サステナビリティ経営の深化も重要な柱である。RefFプロジェクトに代表される水平リサイクル技術を中心に、廃棄物ゼロ・CO₂削減・再生資源活用を統合した“循環型サプライチェーン”を構築中である。2024年時点でのCO₂削減効果は年間約1.2万トンに達しており、将来的には同社製品の50%を再生素材由来とする目標を掲げている。
さらに、ユニ・チャームは「人材×テクノロジー×理念」を融合させた組織改革にも着手している。経営トップの高原豪久氏は「デジタルは人を代替するものではなく、人を拡張するもの」と語り、現場主導のデジタル活用を推進。社員が自らの業務を可視化・再設計できる環境を整備することで、“共振の経営”をデータドリブンへ進化させている。
このような取り組みの先に見据えるのは、「持続的成長」と「社会的信頼」の両立である。高原氏は「2030年に“世界No.1”を実現しても、それは通過点にすぎない」と述べており、真の目標は「人と社会と地球が共に快を得る経済モデル」の構築にある。
人口減少、環境危機、価値観の多様化という時代の中で、ユニ・チャームは“生活必需品メーカー”から“生活価値創造企業”へと進化している。理念を核にした経営がデータとテクノロジーによって拡張されるとき、同社はまさに「哲学をもつグローバル企業」の新たな模範となるだろう。