りそなホールディングス(RHDG)は、かつて「りそなショック」と呼ばれた経営危機から20年の時を経て、いまや国内金融界の中で独自の地位を築きつつある。2025年3月期の連結純利益は2,133億円と、前期比34.2%増を達成。公的資金返済を完了した2015年以降、りそなはもはや「再生の銀行」ではなく、「共創の銀行」としての新たな局面に入った。
特に注目すべきは、金利変動というマクロリスクを逆手に取った収益多様化である。貸出金利の改善による資金利益の上昇に加え、非金利収益であるフィー収益が4期連続で過去最高を更新した点は象徴的だ。信託機能とリテール基盤のハイブリッド戦略が、高齢化や事業承継といった社会構造変化を収益源に転化している。
さらに、デジタルを軸とした「外との共創」が加速しており、地域金融機関や自治体との連携を通じて、単なる銀行の枠を超えた“社会インフラ企業”への進化を遂げようとしている。日銀の慎重な金融政策が続く中、りそなHDの戦略的柔軟性と実行力が、今後の日本の銀行業モデルの未来を占う試金石となるだろう。
りそなショックからの完全復活と「攻めの経営」への転換

りそなホールディングス(RHDG)は、2003年の「りそなショック」を経て、公的資金3兆1,280億円の注入を受けたことで一時的に実質国有化された。しかし、2015年6月の公的資金完済をもって経営健全化の段階を脱し、そこから10年で「守りの経営」から「攻めの経営」へと劇的な転換を遂げた。
2025年3月期の連結純利益は2,133億円と前期比34.2%増を達成し、経常収益は1兆1,174億円に達した。これは、リーマン・ショック後の低金利時代を経て、同社が構築した新たな収益基盤が確実に機能していることを示す。自己資本比率(CET1)はバーゼルⅢ最終化ベースで10%水準を維持し、財務的な安定性も盤石である。
りそなの変革の核心は、「脱銀行」戦略の実践にある。かつての融資偏重モデルを脱し、フィー収益(手数料ビジネス)の拡大にシフトしたことで、金利環境に左右されない体質を築いた。特に信託業務とリテール基盤を統合した“ハイブリッド型金融モデル”は、国内メガバンクにも見られない独自の強みである。
また、2023年4月からの新中期経営計画では、デジタルと共創を軸にした「外との連携」を経営の柱に据えた。地方銀行や異業種とのアライアンスを通じて、従来の銀行業務の枠を超える事業領域を開拓。デジタル共創の一環として、API連携を活用した新たな金融サービスの共開発も進行している。
以下の表に示すように、再生から成長への転換を遂げたりそなの軌跡は、単なる業績回復にとどまらず、日本の銀行モデルの進化を象徴するものである。
りそなHD再生から攻めへの転換(主要マイルストーン)
年次 | 主要トピック | 戦略的意義 |
---|---|---|
2003年 | りそなショック、公的資金注入 | 経営再建の起点 |
2015年 | 公的資金完済 | 経営の独立・健全化完了 |
2023年 | 新中期経営計画開始 | 「脱銀行」戦略と共創モデルの始動 |
2025年 | フィー収益4期連続最高益 | 構造改革の成果が定着 |
**再生から共創へ――りそなHDの歩みは、もはや危機対応の物語ではない。**それは、歴史的試練を超えて自らを再定義し、金融業の未来を描く「挑戦の物語」である。
健全経営を支えるガバナンス体制と社外取締役の実効性
RHDGの企業統治は、再生の過程で磨かれた「透明性」と「牽制機能」の実効性に特徴がある。旧来型の銀行経営に多かった閉鎖的な意思決定構造を排し、社外取締役による独立性の高い監視体制を確立した点が際立つ。
取締役会には経営監督機能を強化するための専門家が多数参画しており、報酬委員会委員長の馬場千晴氏、指名委員会委員長の岩田喜美枝氏、監査委員会委員長の山内雅喜氏らが要職を担っている。彼らはいずれも異業種出身であり、外部の知見を積極的に経営へ取り込む姿勢が明確である。
統合報告書2024では、CEOメッセージに加え、社外取締役座談会が掲載されており、ガバナンスの「形式」ではなく「実効性」を追求する構造が見て取れる。これにより、非財務情報を含む企業価値創造のプロセスを開示し、投資家との対話を深化させている。
さらに特徴的なのは、RHDGがガバナンスを単なる内部統制の手段としてではなく、「企業文化の一部」として位置づけている点である。経営陣の報酬制度にもESG指標が導入され、業績と社会的価値創造の両立が求められる構造となっている。
りそなホールディングスにおける主要ガバナンス構成
委員会 | 委員長 | 主な役割 |
---|---|---|
指名委員会 | 岩田喜美枝 | 経営人材の選任・育成方針の決定 |
報酬委員会 | 馬場千晴 | インセンティブ設計と業績連動報酬の透明化 |
監査委員会 | 山内雅喜 | 経営執行の監督と内部統制強化 |
**経営危機を経験した企業ほど、ガバナンスが文化となる。**りそなの経営哲学は「リスクを隠さず、共有する」ことにあり、この透明性がグループの信頼を支える基盤である。社外取締役の専門性と独立性を両立させたこの体制は、金融業界における「再生型ガバナンスモデル」として注目されている。
金利上昇局面を追い風にする資金利益構造の再設計

2025年3月期決算でりそなホールディングス(RHDG)は、資金利益が4,804億円と前期比587億円増加した。これは、貸出金利上昇と貸出残高の拡大が同時に進行した結果であり、日銀の政策金利が0.5%で据え置かれる中でも、金利環境の変化を巧みに収益機会へ転換した成果である。
とりわけ注目すべきは、ALM(資産負債管理)戦略の再構築である。債券ポートフォリオの一部で38億6千万円の損失を計上したが、これは短期的な減益要因ではなく、金利上昇局面に備えたリスクヘッジとしての戦略的措置である。結果として、将来的な金利変動リスクを抑制し、安定した資金利益を確保する体制が整えられた。
資金利益に関する主要データ(2025年3月期)
項目 | 実績(億円) | 前期比増減 |
---|---|---|
資金利益合計 | 4,804 | +587 |
国内預貸金利益 | 1,770 | +177 |
債券関係損益 | ▲38.6 | – |
りそなは、貸出金利上昇による収益拡大だけでなく、資金コストの上昇を抑えるために低コスト預金の維持にも成功した。リテール顧客を中心とした預金残高は63兆円超を維持し、安定した資金調達力が確立されている。
また、同社の特徴は「地域金融機関としての分散性」にある。メガバンクのように法人融資に依存せず、個人・中小企業・信託など多層的な収益基盤を持つことが、金利変動期における耐性を高めている。経済研究所の分析によれば、RHDGは金利上昇1%あたり約300億円の増益効果を見込む構造を確立しているとされ、国内金融機関の中でも随一の「金利弾力性」を持つ。
**この資金利益構造の再設計は、単なる利ざや回復ではなく、金利サイクルの変動を前提とした経営モデルへの進化を意味する。**短期的な利益変動に左右されず、ALM戦略とコア業務収益の両立を図ることが、今後の収益安定化に直結する。
フィー収益4期連続最高益の裏にある「信託×リテール」戦略
りそなホールディングスの真の強さは、金利に依存しない収益源を確立している点にある。2025年3月期におけるフィー収益(非金利収益)は2,279億円と、4期連続で過去最高益を更新した。この伸びを牽引したのは、信託関連業務と法人ソリューションを中核とする「信託×リテール」戦略である。
特に注目すべきは、りそな信託銀行が展開する承継・相続ビジネスの拡大である。日本の高齢化に伴う資産承継ニーズが急増する中、りそなは「遺言信託」「財産管理信託」「事業承継M&A」などを一体化した高付加価値サービスを提供している。これにより、単なる金融商品販売から脱し、「人生の伴走型金融」という独自ポジションを確立した。
フィー収益の主要内訳(2025年3月期)
分類 | 実績(億円) | 特徴 |
---|---|---|
フィー収益合計 | 2,279 | 4期連続最高益更新 |
信託関連収益 | 非公開 | 承継・資産管理分野が伸長 |
法人ソリューション | 非公開 | コンサル型営業に転換 |
さらに、法人領域でも「事業承継M&A」や「不動産信託型スキーム」を通じて、企業オーナー層の資産承継支援を強化している。中小企業の後継者不足が深刻化する中、りそなの信託機能は“相続の先にある企業継続”を支える社会的役割を担っている。
また、フィー収益拡大の裏にはデジタル技術の導入もある。RHDGはAI分析を活用した顧客セグメント別コンサルティングを展開し、顧客行動データを基に最適な金融提案を行う「リテールインテリジェンス」を推進している。これにより、従来型営業の非効率を排し、オンライン完結型の承継・資産運用支援を実現した。
**りそなのフィー収益モデルは、単なる多角化ではなく、「構造変革の完成形」である。**信託・不動産・コンサルティングを有機的に結合し、人口減少と高齢化という日本特有の課題を成長源に変える点で、金融機関の新しい収益モデルを提示していると言える。
DXと地域共創が生む「金融プラットフォーム」構想の実態

りそなホールディングス(RHDG)の中期経営計画の中核をなすのが、デジタル変革(DX)と外部連携を組み合わせた「共創型金融プラットフォーム」戦略である。メガバンクが自前主義によってデジタル投資を進める中、りそなは「自社完結型」ではなく、「他者と組むことで価値を創る」モデルを採用している点が際立つ。
この戦略の背景には、りそなが持つ広範なリテール基盤をデジタルで接続し、地域金融機関や異業種と共有できる“金融インフラ”として開放する構想がある。自社で完結しないオープン・イノベーションモデルにより、開発コストを抑えつつ、外部ノウハウを吸収する仕組みが整備されている。
共創型DX戦略の主な構成要素
構成領域 | 具体的施策 | 戦略的効果 |
---|---|---|
地域金融連携 | 地銀・信金とのAPI連携・共同システム化 | 投資効率の最大化とデータ共有の推進 |
異業種提携 | IT・通信・不動産企業とのサービス開発 | 顧客接点の拡張と非金融領域への展開 |
デジタル基盤整備 | クラウド化・AI分析による業務自動化 | 生産性向上とリスクマネジメント強化 |
りそなのDX戦略の本質は、単なるシステム刷新ではなく、経営モデルの「共創化」である。銀行という閉鎖的な業界構造を超え、他業種・他地域と共に新しい価値を創出する。例えば、地域金融機関と共同で顧客データ分析を行い、地域の事業支援や中小企業の資金繰り改善に貢献するプロジェクトも進んでいる。
また、りそなは金融DXの実効性を高めるため、社内外人材の融合にも取り組む。金融経験者とエンジニアが共に業務改善を行う「Resona Digital Innovation Lab」では、AIを活用したローン審査・リスク分析モデルを共同開発。これにより、審査時間を大幅に短縮し、業務の標準化・効率化を実現している。
**りそなのDXは、“技術導入”ではなく“共創による産業再設計”である。**金融の枠を超えた新たなプラットフォームを形成し、地域金融のエコシステムを再構築することで、日本型金融の進化を先導している。
大津市との協定に見る「地域金融の再定義」
共創戦略の成果を象徴するのが、2025年4月に関西みらい銀行(りそなグループ)と大津市が締結した地域活性化連携協定である。これは「資金提供」中心の従来型地域金融から、「地域社会の企画設計に関与する共創型モデル」への転換を意味する。
協定の目的は、中小企業支援や創業促進にとどまらず、地域経済の構造的な再活性化である。具体的には、企業誘致・人材育成・地域産業のブランディングなど、多面的な領域で行政と金融機関が共同戦略を策定する。特筆すべきは、大津市が初めて金融機関を「政策パートナー」と位置づけた点である。
大津市×関西みらい銀行 連携協定の主な内容
分野 | 取組概要 | 期待効果 |
---|---|---|
中小企業支援 | 経営改善・資金繰り支援 | 地元企業の競争力強化 |
創業・新産業支援 | 起業支援プログラムや補助金連携 | 新産業創出による地域雇用拡大 |
人材育成 | キャリア教育・地元採用促進 | 若年層の地元定着促進 |
社会貢献 | 寄付型ファンド「あなたと紡ぐみらいファンド」 | 金融を通じた地域共助の仕組み |
関西みらい銀行は、地域振興寄付型ファンドを通じて、顧客の投資活動を地域社会の発展へ直結させる仕組みを構築している。これは、「金融=利益追求」から「金融=共益創造」への転換を象徴する事例である。
さらに、同協定は地域教育にも踏み込み、大津市の「企業版夢づくりプロジェクト」に参画。中学生向けキャリア教育を支援し、地域産業の魅力を発信する。銀行が地域の将来を担う若年層の育成に関与することは、金融の社会的責任を超え、地域の“未来設計者”としての新たな役割を示している。
りそなHDが進めるこの「地域共創モデル」は、金融機関が地域社会の再設計に主体的に関与する流れを生み出している。単なる資金の流通ではなく、地域の課題解決を起点とする“共感経済型金融”の確立こそ、りそなが描く地方創生の本質である。
日銀政策と景気下振れリスクがもたらす次の経営試練

りそなホールディングス(RHDG)は、マクロ環境の変化を冷静に分析しながら、政策金利の行方を戦略設計の前提としている。日本銀行は2025年5月の金融政策決定会合において政策金利を0.50%で据え置き、慎重な姿勢を維持した。りそなグループは独自のマクロ分析に基づき、次回の利上げ時期を「2025年10月」と見込む保守的シナリオを設定している。
この見立ての背景には、トランプ政権による関税政策の影響や、国債買入れの見直し、そして7月の参議院選挙を前にした政策運営の不確実性がある。金利上昇が遅れることで資金利益の改善時期も後ずれする可能性があり、RHDGのALM(資産負債管理)戦略の柔軟性が問われる局面となる。
りそなグループによる金融政策見通し(2025年5月時点)
評価項目 | りそなグループの見解 | 判断根拠 |
---|---|---|
政策金利現状 | 0.50%で据え置き | トランプ関税影響・市場コンセンサス維持 |
次回利上げ時期 | 2025年10月 | 政策点検・選挙影響を考慮 |
日銀スタンス | 景気重視へシフト | 「賃金と物価の好循環」文言削除 |
GDP見通し | 下方修正 | 景気回復鈍化と個人消費の弱さ |
日銀の展望レポートでは、2025年度実質GDP成長率を下方修正し、景気判断も「一部に弱めの動き」と明記された。特に個人消費における「消費者マインドの弱さ」は、りそなが主力とするリテール金融に直接的な影響を及ぼす。資産運用・住宅ローン・信託サービスといったフィー収益の成長が一時的に鈍化するリスクが生じる。
この環境下でRHDGが重視するのは、「リスクを抑えつつ持続的成長を確保する中立的ポジショニング」である。既に債券ポートフォリオの組替えを完了させており、金利上昇局面への備えは進んでいる。短期的な景気減速と長期的な金利上昇の双方に対応できる構造を持つ点は、同社の財務運営力の高さを示す。
しかし同時に、リテール依存型の収益構造が景気変動の影響を受けやすい点は依然として課題である。RHDGは、消費動向を継続的に点検しつつ、6月短観やGDP一次速報などの指標を基に中期計画の実行速度を柔軟に調整していく必要がある。経済環境の変動が続くなかで、同社の経営判断が国内金融の方向性を左右する可能性は高い。
りそなが描く「持続可能な金融モデル」と日本の金融地図の行方
りそなホールディングスの最新決算と中期経営戦略を総合すると、同社が目指す方向性は明確である。それは、「金利に依存しない持続可能な金融モデル」への転換である。資金利益に頼る従来型の銀行収益構造から脱却し、フィー収益・信託・不動産・地域共創を中核とするハイブリッドモデルを構築している。
このモデルの特徴は、三層構造で整理できる。
りそなHDの成長ドライバー構造
層 | 内容 | 意義 |
---|---|---|
第一層 | 信託機能の深化 | 資産・事業承継ニーズに対応する安定収益源 |
第二層 | デジタル・アライアンス | 地銀・異業種との共創によるプラットフォーム拡大 |
第三層 | 地域共創と社会価値創造 | ESG・金融教育・地域経済支援を通じた社会的信頼構築 |
信託ビジネスの拡大により、RHDGは金利サイクルに左右されにくい強固な基盤を形成している。加えて、デジタルを活用した共創プラットフォームは、地方銀行の再編と協働を同時に実現する「新しい地域金融エコシステム」として注目される。
一方で、トランプ関税や国内景気の減速など外部リスクも多い。政策保有株式の売却益など一時的な要因に依存せず、いかにコア収益を拡大し続けるかが次期経営課題となる。とりわけ、フィー収益の持続的成長が中長期の株主価値向上に直結する構造となっている。
りそなの挑戦は「再生型銀行」から「共創型社会インフラ」への転換である。
そのモデルは、単に収益を生むだけでなく、地域社会や中小企業、個人顧客の「持続可能な成長」を共に支える構造を内包する。
金融業が金利だけで利益を上げる時代は終わりつつある。りそなホールディングスが先駆ける“脱銀行モデル”は、今後の日本の金融地図を大きく塗り替える可能性を秘めている。