関西電力が2023年度に記録した経常利益7,659億円という数字は、日本の電力業界における歴史的転換点を象徴している。原子力発電所の再稼働が進み、利用率は48.5%から76.6%へと急上昇。これが同社の劇的な業績回復を支えた。しかし、その成功の裏には、ガバナンス不全という深刻な影が潜む。顧客情報の不正閲覧、PCB廃棄物処理の不備など、相次ぐコンプライアンス問題は、関電が長年抱えてきた組織文化の硬直性を浮き彫りにしている。

関西電力は今、「原子力による経済的成功」と「社会的信頼の喪失」という二つのベクトルの狭間で揺れている。原子力は収益性と脱炭素化を同時に実現する強力な手段であるが、そのリスクは政治・規制・社会的側面で極めて大きい。こうした中で同社は、「Kanden Transformation(KX)」を掲げ、EX(エネルギー変革)、VX(価値変革)、BX(事業変革)の三位一体による企業改革を進めている。

だが、真の変革は数字だけでは測れない。原子力に依存する構造をどう再設計し、信頼をどう再構築するのか――その挑戦こそ、関西電力が次の時代に生き残るための試金石となる。

歴史的V字回復の舞台裏:原子力が生んだ7,659億円の利益

関西電力が2023年度に記録した連結経常利益7,659億円は、前年度の赤字から一転、歴史的なV字回復を果たした数字である。その劇的な復活を支えた最大の要因が、原子力発電所の再稼働である。 美浜3号機、大飯3・4号機、高浜1〜4号機の計7基が稼働し、原子力利用率は前年度の48.5%から76.6%へと急上昇した。これは2011年の東日本大震災以前に匹敵する稼働水準であり、安定した低コスト電源の復活が関電の収益構造を根底から変えた。

2023年度の連結売上高は4兆593億円、親会社株主に帰属する当期純利益は4,418億円に達した。経常利益は前年比7,726億円増という異例の伸びであり、燃料価格の下落と為替の安定、燃料費調整制度の「期ずれ」差益が追い風となった。 特に天然ガスや石炭の価格が2022年度に比べて落ち着いたことで、発電コストが大幅に圧縮された。

主要指標を整理すると以下の通りである。

指標2022年度2023年度変化率
売上高(億円)39,51840,593+2.7%
経常利益(億円)-667,659大幅黒字転換
純利益(億円)1774,418+2396%
原子力利用率(%)48.576.6+28.1pt

この利益の裏付けとなるのが、原子力の発電単価が他の電源に比べて圧倒的に低いという事実である。原子力発電は1kWhあたり約10円前後で安定的に供給できるのに対し、LNG火力では20円を超えるケースもある。**電源構成の変化がそのまま利益構造を左右する「原子力レバレッジ効果」**が顕著に現れた格好だ。

また、燃料費調整制度のタイムラグも大きな会計上の利益をもたらした。2022年度は燃料価格急騰による「期ずれ差損」に苦しんだが、翌年度はその逆に「差益」が発生した。この制度的要因が、一時的とはいえ、経常利益を数千億円規模で押し上げた。

さらに、原子力の安定稼働によってCO2排出量も削減された。2023年度の調整後CO2排出係数は0.401kg-CO2/kWhで、全国平均を下回る。**脱炭素と収益性の両立という「二重の成果」**を達成した点で、関電の経営成果はエネルギー政策の成功例として注目される。

ただし、同社は2024年度の経常利益を3,600億円と見込み、大幅な減益を予想している。期ずれ差益の剥落や修繕費の増加など一時的要因が主因であるが、原子力の稼働率と業績の相関が極めて高い構造的リスクは依然として残る。安定運転が続く限り高収益を維持できるが、一度停止すれば業績は急落する。この脆弱な収益構造こそが、今後の経営課題の核心である。

「Kanden Transformation(KX)」が描く脱炭素と多角化の青写真

関西電力は、この利益の原資をもとに「Kanden Transformation(KX)」と呼ばれる中期経営戦略(2021〜2025年度)を推進している。KXは、EX(Energy Transformation)、VX(Value Transformation)、BX(Business Transformation)の三本柱で構成される包括的変革構想である。

まずEX(エネルギー変革)は、ゼロカーボン社会の実現を目指す挑戦だ。原子力の最大限活用に加え、洋上風力や水素混焼火力、CCUS(CO2回収・利用・貯留)といった技術開発を進め、2050年までに排出ゼロを掲げる。特に姫路第二発電所では、国内初の水素混焼率30%を目指す実証が2025年に始動予定であり、関電が「脱炭素の実行企業」であることを示す象徴的プロジェクトとなっている。

次にVX(価値変革)は、非エネルギー領域への本格進出を意味する。子会社オプテージが展開するデータセンター事業は、AI需要の爆発的拡大を背景に新たな収益源へと成長している。また、関電不動産開発が手がけるスマートエコタウンや都市再開発事業も進展しており、「電力会社」から「総合サービス企業」への進化を体現している。

BX(事業変革)は、これらの挑戦を支える経営基盤の再構築である。2025年度までに年間900億円のコスト削減を目指し、デジタル技術を活用した業務効率化や人財育成を進める。ガバナンス面では、情報不正閲覧問題などの再発防止策として、経営層と現場の風通しを良くする「対話型マネジメント」への転換を図っている。

関西電力のKX戦略の最大の特徴は、**原子力がもたらす莫大な利益を、脱炭素と非エネルギー成長分野に再投資する「利益循環モデル」**にある。実際、EXに1兆500億円、VXに1,200億円という巨額投資が計画されており、これは原子力発電による黒字がなければ実現不可能な規模である。

この構想は単なる事業多角化に留まらず、「原子力依存からの脱却を原子力の利益で実現する」というパラドックス的戦略である。原子力がKXの「燃料」であると同時に「リスク源」でもあるため、そのバランスをどう保つかが成否を分ける。

世界的にESG経営が加速する中で、関電のKXは「日本型エネルギー転換モデル」として注目されている。しかし、その未来は、原子力の安定稼働と社会的信頼の回復という二重の課題を克服できるかにかかっている。脱炭素と信頼再構築の両輪が噛み合わなければ、KXの青写真は絵に描いた餅に終わる。

EX・VX・BXの三位一体戦略:脱炭素・価値創造・企業体質改革の全貌

関西電力が掲げる「Kanden Transformation(KX)」の中核は、EX(エネルギー変革)、VX(価値変革)、BX(事業変革)の三位一体戦略にある。この3つの変革は、単なるスローガンではなく、原子力の収益を原資に脱炭素・多角化・組織改革を同時に進める包括的な経営再構築プログラムである。

まずEX(Energy Transformation)は、脱炭素社会への移行を支える基幹戦略である。関西電力は「ゼロカーボンビジョン2050」を掲げ、2030年度までにCO2排出量を2013年度比で60%削減する目標を設定した。その実現に向け、原子力を安全最優先で最大限活用する一方、再生可能エネルギーへの投資も加速している。特に洋上風力発電では、和歌山沖・北海道沖の国内案件に加え、スペインやドイツの浮体式プロジェクトに参画し、「発電のグローバル化」を進めている。

さらに、姫路第二発電所では水素混焼率30%の実証試験を2025年から開始予定であり、ゼロカーボン火力の実用化に道を拓く。火力から水素・再エネへの移行を自社技術で推進する点こそ、関電のEXの特徴である。

次にVX(Value Transformation)は、電力以外の領域で新たな価値を創出する戦略である。オプテージによる「eo光」やデータセンター事業、不動産開発を担う関電不動産開発など、非エネルギー分野を強化。特にデータセンターはAI時代の成長産業として注目されており、「電力×通信×不動産」の融合による都市型成長モデルを実現しようとしている。

そしてBX(Business Transformation)は、EXとVXを支える企業体質の再構築である。2025年度までに年間900億円のコスト削減を目指すコスト構造改革を進め、DXによる業務効率化、柔軟な働き方改革、人財育成の刷新を掲げる。BXは同時に、長年のガバナンス課題に対する構造改革でもあり、「従業員が声を上げやすい組織文化」への転換が最重要テーマとなっている。

これら三本柱は相互補完関係にある。EXが利益と社会的意義を生み、VXが事業多角化によってリスクを分散し、BXが持続的経営を支える基盤を築く。この循環こそが、KXの実行力を支える源泉である。

関西電力はこの構造を通じて、**「エネルギー企業から総合インフラ企業へ」**という変革を目指す。つまり、発電・送電に留まらず、情報通信・都市開発・デジタルソリューションまでを包括する企業体への進化である。脱炭素化とデジタル化という二つのメガトレンドを交差点に据えたこのモデルは、日本の電力業界において最も体系的かつ挑戦的な企業変革計画の一つである。

原子力がもたらす経済的優位と永続的リスク

関西電力の経営構造において、原子力発電は「最大の武器」であると同時に「最大のリスク」でもある。2023年度の経常利益7,659億円のうち、実に76%がエネルギー事業によって生み出され、その中心が原子力である。高浜・大飯・美浜など7基の稼働率が76.6%に達し、同社の利益を押し上げた。原子力が稼働している限り、関電は国内電力会社で最も高い収益性を維持できる。

原子力のコスト構造は、燃料費が少なく固定費中心であるため、稼働率が高いほど利益率が急上昇する。このため、同社は燃料価格高騰時でも安定的な収益を確保できる。一方、東京電力や中部電力のように原発が停止している企業では、LNG火力への依存がコスト上昇を招いており、ROA(総資産利益率)は関電の8.3%に対し東電は1.8%にとどまる。原子力稼働の有無が、企業価値を決定づける最大要因となっている。

しかし、その経済的優位の裏側には永続的リスクが潜む。第一に、安全性への不断の投資負担である。関電は新規制基準への対応として、非常用電源の多重化、防潮堤の強化、冷却系統の冗長化など多層的な安全対策を講じてきた。これらの投資額は数千億円規模に達し、安全維持コストが収益の一部を恒常的に圧迫している。

第二に、核燃料サイクル問題である。使用済核燃料の再処理・最終処分は依然として国家的課題の域を出ておらず、長期的な財務リスクとして残る。仮に政策転換や地元合意の崩壊が起これば、関電の収益基盤は一夜にして揺らぐ可能性がある。

第三に、社会的受容性の問題である。顧客情報不正閲覧や金品受領問題など、過去の不祥事によって同社の信頼は傷ついた。原子力事業は社会的信頼を基盤とする事業であり、コンプライアンスの欠如は「稼働リスク」に直結する。

このように関電のビジネスモデルは、「高収益・高リスク」というバーベル型構造を持つ。一方の端に安定的な送配電・不動産事業、もう一方に巨大なリスクを伴う原子力事業があり、その中間を支えるのがデータセンターなどの成長領域である。

原子力が稼働する限り、関電は国内トップクラスの利益を維持できる。しかし、停止すれば財務構造は一気に脆弱化する。この両刃の剣をどう制御するかが、KXの真の試金石である。利益と安全、成長と信頼をいかに両立させるか――それが今、関西電力が直面する最大の経営課題である。

ガバナンス危機の本質:顧客情報不正閲覧問題に見る構造的欠陥

関西電力が直面した最大のガバナンス危機は、2022年末に発覚した顧客情報不正閲覧問題である。子会社の関西電力送配電が管理する新電力顧客情報を、関電本体の従業員や委託先社員が不正に閲覧し、営業活動に流用していたという事実は、電力自由化後の新競争体制の根幹を揺るがした。この問題の深刻さは、単なる不祥事ではなく、企業文化と統治構造の根底に潜む「構造的欠陥」を露呈した点にある。

経済産業省は2023年に電気事業法に基づく業務改善命令を発出。調査報告では、法令遵守意識の希薄さ、業績優先の企業風土、さらには経営層のリスク認識不足が厳しく指摘された。命令文には「法令よりも営業成果を優先する風潮がある」と明記され、ガバナンス機能が実質的に形骸化していたことが明らかになった。

この不正閲覧は、単発的な事件ではない。実際、九州電力や中国電力など他の大手電力でも類似の事案が確認され、自由化後の電力業界全体に共通する「旧体制からの脱却の遅れ」が浮き彫りとなった。電力システム改革は、発電・送電・小売の分離を求めたが、旧来の統合的な経営体制に慣れた企業では、部門間の情報共有が「効率化」の名の下に続けられていた。関電の場合、分離後もシステム的・文化的に完全な独立が達成されていなかった。

調査では、送配電と小売の両部門が同一サーバーを共有し、アクセス制限が形式的であったことが判明。加えて、一部の従業員は問題を認識しながらも「上層部の黙認」があるとして業務を続行したとされる。このことは、**「現場の沈黙」と「経営の距離感」**という日本的大企業特有の問題を端的に示している。

以下はガバナンス崩壊の要因を整理したものである。

要因内容
統治構造の形骸化経営層が法令遵守より業績を優先
組織文化の硬直化異議申し立てが困難なヒエラルキー構造
情報遮断体制の不備送配電と小売のIT基盤が物理的に未分離
意識面の遅れ自由化後の「競争企業」としての自覚欠如

関西電力のガバナンス問題は、単なる倫理問題ではなく、自由化時代における企業構造の適応失敗を象徴する事例である。長期独占により形成された「内部完結型」の業務文化は、競争市場の透明性や自立性と根本的に相容れない。結果として、自由化以降も内部慣行が温存され、旧来型の閉鎖的ガバナンスが継続された。

この事件は、電力業界全体の信頼を揺るがしただけでなく、関電にとって「社会的ライセンス(事業継続の許可)」を脅かすものとなった。原子力発電という社会的敏感領域を抱える同社にとって、信頼喪失は経営そのもののリスクに直結する。 この問題は、単なるシステム改修では解決しない。企業文化と意識の改革こそ、真のガバナンス再生の出発点である。

関電の改革シナリオ:信頼回復に向けたガバナンス再構築

顧客情報不正閲覧問題を受け、関西電力は2023年5月、経産省に対して「業務改善計画」を提出した。計画の柱は三つである。①ITシステムの完全分離、②リスク管理体制の再構築、③企業文化の変革である。

まず、システム面では送配電と小売部門を完全に分離する「物理的分断」を進めている。既存の共通サーバーを廃止し、アクセス権限をゼロベースで再設計。完了には数年を要するが、「人に依存しない統治」を実現する基盤整備が進む。

次にリスク管理では、金融機関型の「三線防衛モデル」を導入。第一線(事業部門)・第二線(リスク管理部門)・第三線(内部監査)の三層でリスクを監視する仕組みを構築した。特に内部監査部門の独立性を高め、経営陣への直接報告ルートを新設した点は大きな進展である。

そして最も重要なのが、企業文化改革である。BX(事業変革)の一環として、社長自らが全社員に向けて法令遵守と誠実経営を訴える「トップメッセージ」を継続的に発信。加えて、全社員を対象に年間2万回規模のコンプライアンス研修を実施し、**「声を上げる文化」「沈黙しない職場」**の定着を目指している。

関電は同時に、社外取締役の比率を50%超へと引き上げ、経営監督機能の強化を進めている。また、ガバナンス改革をESG経営の根幹に据え、「信頼の再構築」を中期経営計画の最重要テーマとして位置づけた。

以下は信頼回復に向けた主要改革施策である。

改革領域具体策
IT統治送配電・小売の物理分離、アクセス権限の厳格化
リスク管理三線防衛モデルの導入、監査部門の独立化
企業文化コンプライアンス研修の制度化、内部通報制度の強化
経営体制社外取締役比率の拡大、経営層の説明責任明確化

しかし改革の途上で、PCBを含む変圧器の不適切処理という新たなコンプライアンス事案が発覚した。これは、**「形式的な対策では根の深い文化は変わらない」**ことを示す警鐘である。改革の真価は、再発防止が「実践として定着するか」によってのみ測られる。

関電の挑戦は、単に法令順守体制を整備することではなく、「信頼を資産に変える経営」への転換である。原子力という社会的にセンシティブな事業を中核に据える以上、ガバナンスはコストではなく競争力そのものである。社会からの信頼を取り戻せるかどうか、それがKX戦略の持続可能性を決定づける。

非エネルギー事業への賭け:データセンターと不動産が支える新たな収益軸

関西電力が掲げる「Kanden Transformation(KX)」の第二の柱であるVX(Value Transformation)は、非エネルギー分野への本格的な進出を意味する。原子力によって得た巨額の利益を新たな事業に再投資し、電力依存からの脱却を図る「成長軸転換」の試みである。

現在、関電グループの売上の約82%は依然としてエネルギー関連事業が占めるが、2025年度には非エネルギー事業の利益構成比を3分の1まで拡大することを目標としている。この戦略の中核を担うのが、情報通信事業を担う「オプテージ」と、不動産開発を手がける「関電不動産開発」である。

オプテージが展開する光ファイバーサービス「eo光」は、契約件数171万件超を誇り、近畿地方で圧倒的なブランド力を持つ。だが注目すべきはその次の成長領域、データセンター事業である。 AIやクラウドの普及で急増するデータ需要を背景に、オプテージは大阪・北摂地区を中心にハイパースケールデータセンターの開発を加速。自社が持つ電力供給網・通信網・土地という3つの資産を組み合わせ、エネルギー最適化型の次世代施設を建設している。

データセンターは高い安定収益を生み出すだけでなく、再生可能エネルギーとの親和性も高い。AI学習サーバー向けの電力需要は膨大であり、「カーボンフリー電力によるAIインフラ供給」という新市場を制する可能性を秘めている。オプテージはこの事業で、単なる通信会社ではなく「電力由来のデジタルインフラ企業」への転換を狙う。

一方、不動産領域では関電不動産開発が堅実な成長を遂げている。関西を中心に、分譲マンション、物流施設、都市再開発プロジェクト、海外住宅開発などを展開。2023年度は売上高1,638億円、経常利益223億円を計上し、グループ利益全体の約3%を占めた。

特に注目されるのは、**エネルギーと都市開発を融合させた「スマートエコタウン構想」**である。再エネ電力と蓄電池、EV充電インフラ、IoT管理システムを一体化した都市モデルを京都・神戸などで展開し、自治体や企業との共同開発が進行中である。これにより、同社は単なる不動産会社ではなく「持続可能な都市ソリューション企業」へと進化している。

この非エネルギー分野の拡張は、原子力依存構造からの脱却だけでなく、ガバナンス改革の文脈でも意味がある。多角化によって安定した収益源を確保し、コンプライアンス問題が経営全体に与える影響を緩和できる。原子力の「利益」から得られた資金を、社会的信頼を再構築する「未来投資」へと転換する構造が、KXの本質と言える。

非エネルギー事業の成長はまだ道半ばである。しかし、電力×通信×都市開発という関電独自のシナジーは、国内の他電力会社にはない競争優位を生み出しつつある。今後、この領域がどこまで原子力リスクを補完できるかが、関電の持続的成長の分岐点となる。

財務分析と競合比較:関電が業界を凌駕する理由

関西電力の財務構造は、2023年度において日本の電力業界の中で際立っている。経常利益7,659億円という水準は、東京電力ホールディングス(2,544億円)、中部電力(5,092億円)を大きく上回り、ROA(総資産利益率)8.3%は業界最高値を記録した。

この差の源泉は、明確に原子力稼働率の違いにある。関電は2023年度に7基を稼働させ、稼働率76.6%を実現。一方で東京電力と中部電力は原子力発電ゼロであり、燃料価格変動に直結するLNG火力依存構造から抜け出せていない。

主要指標を整理すると以下の通りである。

指標関西電力東京電力HD中部電力
連結売上高(億円)40,59369,18336,104
経常利益(億円)7,6592,5445,092
純利益(億円)4,4181,6124,031
原子力利用率(%)76.600
ROA(%)8.31.87.5
CO2排出係数(kg-CO2/kWh)0.4010.4080.421

この表が示すように、関電は「原子力による低コスト構造」と「再稼働による供給安定性」の両面で他社を圧倒している。燃料調達コストの変動が少ないため、電気料金の上昇局面でも利益率を維持しやすい。

また、送配電事業が安定収益の柱として機能している点も強みである。関西電力送配電株式会社は2023年度に経常利益1,240億円を計上し、利益構成比の16%を占めた。規制収益による「ディフェンシブ構造」と、原子力による「オフェンシブ構造」の両立が、関電の財務的安定性を支えている。

さらに、国際事業・再エネ・情報通信・不動産といった多角化事業がバランスを取ることで、特定電源への依存度を緩和しつつある。2024年度は期ずれ差益の縮小により経常利益3,600億円と予想されているが、それでも他社を上回る水準を維持する見通しである。

市場では、主要証券会社の多くが「中立」または「強気」のレーティングを維持している。目標株価は2,100〜2,300円台で推移しており、長期的には「再エネ×原子力」のハイブリッド戦略を評価する声が強い。投資家は関電を「日本版ユーティリティの再定義を進める企業」として注目している。

他社が原子力再稼働に踏み出せない中、関電は高い技術力と地域合意形成力を背景に、エネルギー政策の先駆者としての地位を確立した。収益力、成長力、そして社会的課題への対応力。この三つのバランスを維持している点が、関電が業界を凌駕する最大の理由である。

投資家・政策立案者が注視すべき「信頼の赤字」と企業価値の行方

関西電力の将来を占う上で、最も重要なキーワードは「信頼の赤字」である。金品受領問題や顧客情報不正閲覧など、一連のガバナンス不祥事が社会的信頼を大きく損なった結果、同社は財務的には黒字でありながら、社会的評価という“無形資産”において深刻な赤字を抱えている。 この信頼の欠如は、単なる評判リスクではなく、政策・投資・人材・地域協力といった企業活動全般に波及する構造的リスクに転化している。

企業の社会的信頼は、もはや「CSR(企業の社会的責任)」ではなく、「CSV(共通価値の創造)」の時代における競争優位そのものである。特に、原子力発電を中核事業とする関西電力にとって、社会的受容性の確保は事業継続の前提条件である。いかに高効率で安全な原発を保有していても、地元自治体や国民の信頼が失われれば稼働は不可能となる。

この「信頼赤字」をどう埋めるかが、関電経営の最優先課題である。経営陣はガバナンス改革の一環として、社外取締役比率を50%超に引き上げ、内部監査・通報制度を強化した。また、全社員を対象にした倫理研修を定期的に実施し、**「ルールではなく良心で行動する文化」**の定着を目指している。しかし、こうした施策が短期間で信頼を回復できる保証はない。むしろ、再発防止策の実効性を長期的に示すことが求められる。

一方で、政策立案者の視点から見れば、関電は日本のエネルギー政策における「原子力活用のモデルケース」としての意味を持つ。原子力稼働による高い収益性と低炭素効果は、政府のGX(グリーントランスフォーメーション)政策の推進において欠かせない実証材料である。関電が安定運転と社会的信頼を両立できれば、他電力会社の再稼働やエネルギーミックス見直しを後押しする可能性が高い。

しかし逆に、関電が再びガバナンス不祥事を起こせば、「原子力リスク=企業リスク」という負のイメージが再燃し、政策的にも原子力復権の足かせとなる。その意味で、関電のガバナンス改革は単なる企業課題ではなく、国家的エネルギー戦略の試金石である。

投資家の間でも、関電の評価は二極化している。短期的には原子力再稼働による高収益を好感する「買い」判断が目立つが、長期的にはガバナンスの信頼性に対する懸念が残る。ESG投資の潮流が強まる中で、投資家は「環境(E)」だけでなく「社会(S)」と「ガバナンス(G)」の整合性を重視しており、信頼の再構築こそが企業価値を左右する最大の要因になりつつある。

また、国内外の金融機関の中には、脱炭素社会の推進と同時に「倫理的経営」を投資判断基準に組み込む動きも広がっている。関電が再生可能エネルギーやデータセンターなどの新規事業を伸ばすためには、こうした投資家の信頼を取り戻すことが不可欠だ。

結局のところ、関西電力が持つ最強の資産は、原子力でも再エネでもなく、「信頼」という無形の社会資本である。この信頼を再構築できるか否かが、同社の株価・事業・社会的地位のすべてを規定する。 数字では測れない「信頼の赤字」をどこまで埋められるか――それが、関西電力の未来価値を決める最大の経営テーマである。

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