三井住友トラスト・グループ(SMTG)は、2024年に創業100周年を迎え、日本唯一の上場専業信託銀行グループとして、新たな時代の金融モデルを築こうとしている。低金利環境が続く中、商業銀行が利ざや収益の限界に直面する一方で、SMTGは資産運用・管理、不動産、証券代行など多様な手数料収益事業を組み合わせた「ハイブリッドモデル」で安定した収益基盤を確立した。この構造は単なる事業多角化ではなく、経済変動に強い戦略的レジリエンスの源泉である。

同社の中期経営計画(2023~2025年度)は、「『信託の力』で、次の100年を切り開く」という理念のもと、資本効率向上と社会的価値創造を両立させる大胆な経営転換を掲げた。ROE10%以上、PBR1倍超という明確な目標、そして「累進的配当」に象徴される株主重視の姿勢は、日本のガバナンス改革を先導する決意の表れである。

さらに、DX子会社「Trust Base」による金融デジタル化の推進、UBSとの富裕層向けウェルスマネジメント強化、ESGと人的資本経営の深化など、SMTGは信託の概念を“守る金融”から“創る金融”へと進化させている。その挑戦は、日本の金融機関が抱える構造的課題に対する最も先進的な回答の一つであり、次の100年を見据えた金融革新の象徴となる。

信託の本質を再定義する三井住友トラストの独自モデル

三井住友トラスト・グループ(SMTG)は、国内唯一の上場専業信託銀行グループとして、他のメガバンクとは一線を画す独自の経営モデルを確立している。2011年に中央三井トラスト・グループと住友信託銀行が統合して誕生したSMTGは、銀行機能と信託機能を融合させた「ハイブリッドモデル」を構築し、低金利時代においても安定的な収益を確保してきた。

このモデルの核は、利ざや収益に依存しない手数料収益中心の構造にある。商業銀行が金利動向に業績を左右される中で、SMTGは資産運用・管理、不動産仲介、証券代行、遺言信託などの多様な業務から得られる安定的な手数料収益を確保。特に2025年3月期には、法人向け与信関連手数料を中心に収益を拡大し、**親会社株主純利益2,576億円(過去最高益)**を記録した。

SMTGの事業構造は、以下の6つの柱から成り立つ。

セグメント主な事業内容
個人事業資産形成・承継支援、人生100年応援信託〈100年パスポートプラス〉など
法人事業証券代行・企業コンサルティング・経営支援
投資家事業年金基金・機関投資家向け資産運用・ESG投資
不動産事業不動産仲介・ESGコンサル・アセットマネジメント
マーケット事業金利・為替取引、リスクマネジメント支援
運用ビジネスアセットマネジメント事業、年金運用ノウハウの提供

これらの部門が独立して存在するのではなく、グループ全体で有機的に連携している点がSMTGの最大の特徴である。不動産部門が取り扱う案件をアセットマネジメント部門がファンド化し、それを投資家向け商品として再提供するなど、各事業が循環的に価値を創出する構造を形成している。

さらに2021年設立のDX子会社「Trust Base」は、グループ全体のデジタル変革を推進。AIやブロックチェーン技術を活用した資産のトークン化、RPA導入による業務効率化などを通じて、新たな金融サービスの創出に取り組んでいる。これにより、「信託=守る」から「信託=創る」へという価値転換が進行している。

このハイブリッド構造は、金利変動に強いディフェンシブな性格と、DXや富裕層ビジネスへの積極投資を可能にするオフェンシブな性格を併せ持つ。攻守両面でのバランスこそが、SMTGの最大の競争優位である。

「信託×銀行」の融合が生む収益安定性と競争優位

三井住友トラスト・グループが展開する「信託×銀行」モデルは、単なる金融機能の組み合わせではなく、顧客の生涯価値(LTV)を最大化する統合的金融サービスとして進化している。個人・法人・投資家・不動産といった多層的顧客基盤を持ち、それぞれに対してオーダーメイド型のソリューションを提供する点が、メガバンクとの差別化要因である。

例えば、個人顧客向けには、資産形成・承継・運用をワンストップで支援する「人生100年応援信託〈100年パスポートプラス〉」を展開。法人顧客には、融資だけでなく、株主総会支援やM&Aコンサルティングなど、企業価値向上に直結する信託機能を組み込んでいる。また、年金基金や機関投資家に対しては、アジア最大級の運用残高を誇る三井住友トラスト・アセットマネジメントを中核に、リスク分散型の高度な資産運用を提供している。

この多層構造を支えるのが、持株会社「三井住友トラスト・ホールディングス」による統合経営である。財務・リスク管理・コンプライアンスを一元化し、資本効率とリスクコントロールを両立させるマネジメント体制を確立している。

特筆すべきは、SMTGの手数料収益比率の高さである。2025年3月期の実質業務純益3,620億円のうち、過半を手数料収益が占めており、金利収益に依存しない構造が業績安定化の鍵となっている。特に不動産ビジネスや投資家向けサービスは景気循環の影響を受けにくく、経済変動期にも強い財務体質を維持できる。

また、信託機能を活用したサステナブルファイナンスやESGコンサルティングの分野でも先行している。累計30兆円のサステナブルファイナンス目標を掲げ、企業の脱炭素経営支援を通じて新たな収益機会を創出。これは単なる社会貢献ではなく、信託ビジネスを基盤とした長期的収益モデルの確立を意味する。

結果として、SMTGのビジネスモデルは「守りの強さ」と「攻めの柔軟性」を併せ持つ、日本の金融業界で最もバランスの取れた成長モデルへと進化している。信託の専門性と銀行の総合力を融合させたSMTGのアプローチは、今後の金融業界全体における“新たな標準モデル”となる可能性が高い。

中期経営計画2025:資本効率と成長の両立を図る三本柱

三井住友トラスト・グループ(SMTG)は、創業100周年を機に策定した中期経営計画(2023~2025年度)で「『信託の力』で、次の100年を切り開く」という明確なテーマを掲げた。この計画は単なる経営方針ではなく、資本効率と社会的価値創造を両立させる戦略的マニフェストである。日本企業の長年の課題である低ROE・低PBR構造を打破し、持続的成長と株主価値向上の両立を目指す壮大な試みと言える。

中計は「信託グループらしい成長」「人的資本強化」「経営基盤の高度化」という3つの基本テーマで構成され、それぞれに9つの具体的戦略が紐づく。

基本テーマ主な戦略領域
信託グループらしいビジネスの成長と資本効率の向上DX戦略、資産運用・管理ビジネス、財務資本戦略
未来適合に向けた人的資本強化人的資本戦略、働きがいとWell-being向上
経営基盤の高度化フィデューシャリー戦略、ブランド戦略、ステークホルダー資本戦略

特に注目すべきは、資本効率を重視する経営指標の明確化である。SMTGは2030年度にROE10%以上、親会社株主純利益3,000億円以上、PBR1倍超を掲げた。これらの指標は単なる財務目標ではなく、「資本コストを意識した経営」への転換を示すものだ。

新たに導入された「AUF(Assets Under Fiduciary)」は、信託業務を通じて社会課題に貢献する資産の総額を可視化する指標である。2022年度のプライベートアセット5.4兆円から、2030年度には約8兆円へと拡大を目指す。これは、信託ビジネスがもはや“保全”ではなく“価値創造”の舞台であることを明確に物語っている。

さらに、SMTGは累進的配当の導入によって株主との信頼関係を強化。原則として減配を行わず、利益成長に応じて持続的な増配を実施する方針を示した。2025年3月期には記念配当を含め155円、翌期には160円への実質増配を発表しており、市場からはガバナンス改革の象徴と評価されている。

これらの戦略群は、「資本効率を高め、社会的価値を生む」という二重のミッションを遂行する設計図である。SMTGはその中で、“信託の力”を経済成長と社会課題解決の両輪として再定義しようとしている。

DX戦略「Trust Base」と金融イノベーションの最前線

デジタルトランスフォーメーション(DX)は、SMTGの成長戦略の中核であり、その中枢を担うのが2021年に設立された子会社「Trust Base株式会社」である。銀行本体の制約を超え、NTTデータやマイクロソフトと連携して、「信託×DX」戦略の実装拠点として機能している。

Trust Baseは、3つの重点領域を軸に革新を推進している。

  • 資産のデジタル化(トークン化):ブロックチェーン技術を活用し、実物資産をデジタル証券として管理・流通可能にする。日本デジタルアセットトラスト(JADAT)設立準備会社を通じ、暗号資産やデジタル証券市場の信託インフラ構築を先導。
  • データ駆動経営の実現:グループ内データを統合する「データファブリック構想」を推進し、AIによる意思決定支援を強化。経営判断のスピードと精度を高める。
  • 業務の自動化とリスキリング:RPAや生成AIを導入し、定型業務を自動化。並行して、全社員を対象としたIT・デジタルリスキリングを推進し、組織全体のデジタル対応力を底上げする。

この戦略は単なる効率化に留まらない。SMTGは「デジタルを通じて信託の価値を拡張する」ことを目指し、新たな金融サービス領域の創造に踏み出している。

例えば、不動産のトークン化による流動性向上や、環境関連データを活用したESG評価の自動化など、Trust Baseは新しい市場そのものを設計する存在となっている。MicrosoftのSecurity Copilot導入事例では、SMTGのセキュリティ運用をAIで強化し、国内初の“次世代SOC(Security Operation Center)”構築に成功したと報告されている。

加えて、SMTGは金融機関の枠を超え、デジタルインフラ企業への変貌を視野に入れている。信託の強みである「受託者精神」と、DXで得た「即応力」「透明性」を組み合わせることで、個人・企業・自治体をつなぐ新たな資産エコシステムの中核を担おうとしている。

つまり、Trust BaseはSMTGのデジタル戦略部門にとどまらず、**信託という伝統産業をテクノロジーで再構築する“変革の司令塔”**なのである。DXが進むほどに、「信託の力」は静的な保護から動的な価値創造へと進化し、SMTGは金融業界の構造変革を先導する存在となりつつある。

UBS提携が示す富裕層市場の新潮流とグローバル連携

三井住友トラスト・グループ(SMTG)は、富裕層ビジネスにおける新たな地平を切り開いている。その象徴が、2021年に世界最大級のウェルスマネジメント企業であるUBSグループと設立した合弁会社「UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社」である。この提携は、単なる業務連携ではなく、グローバルとローカルの金融知を融合させた“次世代ウェルスマネジメントモデル”の構築を意味する。

日本の富裕層市場は現在約135万世帯、総資産額は400兆円を超えるとされる。少子高齢化により相続資産が急増するなか、資産承継・再投資ニーズが拡大しており、今後10年で市場規模はさらに拡大すると予測されている。この巨大な成長ポテンシャルを背景に、国内外の金融機関が競争を激化させるなかで、SMTGは独自の差別化戦略を打ち出した。

UBSとの提携により、SMTGはグローバルな運用商品ラインアップ国内ネットワークによる顧客基盤の厚みを両立。UBSが持つ世界水準の投資商品、資産分散ノウハウ、税務・法務アドバイスをSMTGの信託・不動産機能と組み合わせることで、顧客一人ひとりの資産・事業・家族に最適化された総合的ソリューションを提供している。

UBS SuMi TRUSTの顧客層は、主に5億円以上の金融資産を保有する超富裕層。専任バンカーによる対面コンサルティングのほか、グローバル市場動向を踏まえたポートフォリオ提案や、欧米市場で主流の「サステナブル投資」も積極的に導入している。環境・社会・ガバナンス(ESG)要素を組み込んだ資産運用は、次世代富裕層の価値観に即した新しいウェルスマネジメントの方向性を示している。

この提携によってSMTGは、国内金融機関が弱かった「国際的投資運用力」を一気に強化。日本市場に閉じず、グローバルマネーの流れを取り込むことで、富裕層ビジネスを資本市場と一体化させている。UBS側にとっても、信託・不動産・相続などの国内インフラを持つSMTGは、日本市場進出のための理想的なパートナーであり、“日本発・世界型ウェルスマネジメント”の成功モデルとして注目されている。

SMTGはこの提携を通じて、富裕層市場の中で単なる「預かり資産の拡大」ではなく、「家族の世代を超えた信託関係の深化」という信託本来の価値を再定義しているのである。

ESGと人的資本経営が支える持続的成長の土台

SMTGの成長戦略において、ESG(環境・社会・ガバナンス)と人的資本経営は中核に位置づけられている。同社はESGを「リスク管理」ではなく「事業機会」と捉え、サステナブルファイナンスを通じて社会課題の解決と収益拡大の両立を図っている。2030年度までに累計30兆円のサステナブルファイナンス実行を目標としており、脱炭素・地域再生・社会的包摂といった領域に積極的に資金を供給している。

この戦略は単なる理念ではない。九州旅客鉄道(JR九州)への「サステナビリティ・リンク・ローン」など、具体的な案件が次々と実現している。このスキームでは、借り手の環境目標達成度に応じて金利が変動し、企業のサステナビリティ行動を促進する。SMTGは気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)に準拠した情報開示を行い、Scope1・2の温室効果ガス排出量を2030年までに実質ゼロ、Scope3(投融資分)を2050年までにネットゼロとする明確なロードマップを掲げている。

一方、人的資本経営では「働きがいがWell-beingに繋がる組織づくり」をテーマに掲げ、人材を企業価値創造の根幹と位置づけている。社内大学「TRUST University」によるリスキリング教育、DE&I推進室によるダイバーシティ施策、そしてLGBTQ+支援において「PRIDE指標ゴールド」をグループ10社で獲得するなど、社会的評価も高い。

人的資本のKPI管理も徹底されている。

指標2024年度実績2030年度目標
エンゲージメントスコア62.8点65.0点
プレゼンティーズム(低いほど良好)23.1%10%以下
アブセンティーズム(低いほど良好)2.0%

エンゲージメントスコアの向上や、心身の健康状態の定量管理は、金融業界でも先進的な取り組みである。人材を「コスト」ではなく「資本」と捉え、KPIで測定・改善を繰り返す姿勢が、SMTGの長期的な成長を支える最大の要因となっている。

ESGと人的資本戦略の両輪により、SMTGは金融機関の枠を超えた「社会価値創造企業」へと進化しつつある。信託という仕組みを通じて、経済的価値と社会的価値の好循環を生み出すこのモデルは、持続可能な金融の未来像を具体的に示すケーススタディであり、日本企業における次世代ガバナンスの到達点とも言える。

政策保有株削減と累進的配当:ガバナンス改革の象徴

三井住友トラスト・グループ(SMTG)は、ガバナンス改革を経営の根幹に据え、日本企業の構造的課題であった政策保有株式(いわゆる株式持ち合い)削減に明確な方針を打ち出している。これは、資本効率を重視する経営への転換を象徴するものであり、ROE向上とPBR1倍超達成という財務目標の実現に直結する戦略である。

SMTGは、「政策保有株式は資本を非効率に滞留させ、企業経営の透明性を損なう要因である」と明確に位置づけ、2023年以降、段階的に削減を進めている。2025年7月のCEOメッセージでは、「削減は想定以上の成果を上げている」と公表され、トップマネジメントによる強い意思が示された。

この削減で解放された資本は、3つの方向に再配分されている。

  • 成長分野(DX・ウェルスマネジメント・不動産開発)への戦略的投資
  • 累進的配当による株主還元強化
  • 自己株式取得を通じた資本効率の最適化

累進的配当は、減配を原則行わず、利益成長に応じて継続的に増配するという長期的な信頼契約である。2025年3月期には記念配当を含む155円、翌期は160円への増配を計画しており、投資家からの信認を高めている。

また、ガバナンス体制においても「指名委員会等設置会社」制度を採用し、経営監督と業務執行の分離を徹底。取締役会議長には社外取締役を配置し、独立社外取締役比率を3分の1以上に維持することで、透明性と説明責任を担保している。

このようにSMTGのガバナンス改革は、「株主資本の健全な活用」と「社会的信頼の確立」を両立するモデルケースである。政策保有株削減と累進配当という二本柱は、日本企業が“持ち合い依存型経営”から脱却し、資本市場と真に対話するための指標的施策として評価されている。

アナリストが注目する「信託型ガバナンス」と市場の信認

SMTGの透明性の高い経営と資本政策は、金融市場から高い評価を受けている。みんかぶやmoomoo証券などの主要アナリストによるレーティングは「買い」または「やや強気」がコンセンサスとなっており、ROEの上昇とPBR1倍超の早期実現を見込む声が相次ぐ。

市場が特に注目するのは、SMTGが独自に確立した「信託型ガバナンス」の存在である。これは、受託者精神(フィデューシャリー・デューティー)を企業経営の意思決定原理に組み込み、経営の誠実性と説明責任を制度として担保する仕組みである。この考え方は単に金融取引にとどまらず、企業文化全体に浸透しており、「顧客・社会・株主」の三者の利益を統合的に最適化する枠組みとして機能している。

アナリストレポートでは、以下の点がSMTGの評価向上に寄与していると分析されている。

評価項目内容
財務健全性ROE8.3%達成、配当性向40%超維持
成長戦略DX・不動産・富裕層市場でのシナジー拡大
ガバナンス社外取締役主導の取締役会構成、透明な報酬制度
市場評価PBR上昇トレンド、株価再評価局面入り

さらに、ガバナンス改革が資本市場にポジティブな連鎖をもたらしている。ガバナンスの強化が政策保有株削減を促進し、それにより生まれた資本が株主還元と成長投資に再配分され、ROE・株価の上昇につながる。この“信頼循環モデル”こそが、SMTGが目指す企業価値向上の仕組みである。

アナリストの間では、「SMTGは日本の信託銀行モデルを、ガバナンスと資本効率の両面でグローバルスタンダードへと進化させている」との評価が支配的である。市場の信認を得た“信託型経営”は、国内金融機関における新しい競争軸を形成しつつあり、ガバナンスの改革がブランドそのものを強化する時代の象徴的事例となっている。

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