日本のビジネス界において「野村総合研究所(NRI)」ほど独自の存在感を放つ企業は少ない。
シンクタンクとしての知的洞察力と、システムインテグレーターとしての技術実装力を併せ持つNRIは、**「コンソリューション(コンサルティング+ITソリューション)」**という世界でも稀有なビジネスモデルを確立し、金融・産業・公共といった広範な領域で日本の社会基盤を支えてきた。

同社は2030年に向けた長期経営構想「Vision 2030」において、「デジタル社会資本で世界をダイナミックに変革する存在」を目指すと宣言。売上収益1兆円超、営業利益率20%以上という目標を掲げ、AIとDXを成長の中核に据えた抜本的な生産革新を推進している。
2025年3月期の営業利益率は17.6%に達し、NTTデータの約2倍という圧倒的な収益性を維持している点からも、その競争力の高さは明白である。

一方で、グローバル市場への進出や人材多様化への対応など、課題も少なくない。
本稿では、NRIが築いた知的資本経営の本質、AIによる次世代戦略、そして「未来創発」という理念がどのように企業価値の源泉として機能しているのかを、最新データと事例をもとに徹底的に読み解く。

NRIの独自モデル「コンソリューション」が示す未来型企業像

シンクタンクの知的資本と、システムインテグレーターの技術資本を融合させた野村総合研究所(NRI)は、世界でも前例のないビジネスモデル「コンソリューション(Consulting+IT Solution)」を確立している。単なるコンサルティング企業でもなく、ITベンダーでもない。そのハイブリッドな事業構造こそが、同社を高収益体質へと導いた最大の要因である。

NRIは1965年の設立当初、野村證券の調査部門を母体とするシンクタンクとして発足した。その後、1966年に設立された野村電子計算センター(NCC)と1988年に合併。経営と技術の両輪を併せ持つ組織として生まれ変わった。この時点で、「来るべき情報化社会では、分析力だけでなく、実行力も不可欠」という先見的な思想が共有されていた。

この統合により、顧客の課題を分析し、戦略を立案し、その成果をシステムとして具現化するまでを一貫して担う体制が完成した。提言と実装を同時に行える点が、他社にはないNRIの圧倒的な強みである。

さらに、金融業界では、株式売買の50%以上、投資信託口座の約8割がNRIのシステム上で運用されている。これは、同社が日本の金融インフラの中枢を担う存在であることを意味する。長期的な取引関係を築きやすい共同利用型プラットフォームは、安定的な収益をもたらす「経済的な濠(モート)」として機能している。

以下のデータは、NRIの主要事業セグメントとその特徴を整理したものである。

セグメント主な顧客・領域特徴営業利益率(2025年3月期)
コンサルティング官公庁・民間企業政策提言から事業改革まで幅広く対応約28%
金融ITソリューション証券・銀行・保険業界標準のSaaS型プラットフォームを提供約17%
産業ITソリューション製造・流通・公共ERP・スマートファクトリー支援約9%
IT基盤サービス企業全般データセンター・クラウド・セキュリティ約15%

この統合型モデルにより、NRIは**売上収益7,648億円、営業利益1,349億円、営業利益率17.6%**という高水準の実績を上げている。競合であるNTTデータの営業利益率7%前後と比べても、約2倍の収益効率を維持している点は特筆に値する。

こうした「コンソリューション」モデルは、単なる企業戦略ではなく、日本の社会インフラを知的に支える“社会装置”としての進化形態である。NRIは、顧客とともに未来を設計し、デジタル経済の中で価値創造を続ける“国家的シンクテック企業”としての地位を確立しつつある。

Vision2030が描く「デジタル社会資本」とは何か

NRIが掲げる長期経営構想「NRI Group Vision 2030」は、単なる経営計画ではない。**“デジタル社会資本で世界をダイナミックに変革する存在になる”**という理念的な宣言であり、国家的ミッションを帯びた戦略である。

同ビジョンは、「経営とテクノロジーの融合」「持続可能な社会への貢献」「デジタル社会資本の構築」の3軸で構成されている。特に「デジタル社会資本」とは、道路や鉄道のような物理的インフラに対し、クラウド、AI、データプラットフォームなどによって社会機能を支える“知的インフラ”を指す。NRIはこの分野で政府・金融・産業・公共の各領域に横断的に関与している。

2025年3月期の決算データを見ると、NRIの売上高7,648億円のうち、約1,300億円がサステナビリティ関連事業によるものである。これは、同社が環境・社会課題の解決を「収益源」に転換していることを示す。2026年3月期には1,410億円への拡大を目標に掲げており、成長と社会価値の統合が実際の事業構造に織り込まれている。

また、「Vision 2030」では次の数値目標が設定されている。

目標項目2030年度目標値現状(2025年3月期)
売上収益1兆円超7,648億円
海外売上比率30%以上約14.7%
営業利益率20%以上17.6%

このビジョンを支える思想が、企業理念「未来創発(Dream up the future)」である。未知の未来を受け身で待つのではなく、自ら構想し創り出す主体となることが、NRIの存在意義とされている。

加えて、同社はサステナビリティ経営を8つのマテリアリティ(重要課題)として体系化し、社会資本と経済成長を両立させるモデルを形成している。特に「社会インフラの高度化」「人的資本の拡充」「知的資本の創出」は、NRIが長期的に競争力を維持するための根幹となっている。

このように、NRIの「デジタル社会資本」戦略は、社会課題を解くことがそのまま企業利益になるという次世代型の経営構造を実現している。NRIが目指すのは、テクノロジーによる効率化企業ではなく、社会そのものを設計し、豊かさの定義を再構築する知的アーキテクトとしての立場である。

AIとDXで生産革新を実現する中期経営計画の核心

野村総合研究所(NRI)が推進する「中期経営計画(2023–2025)」は、同社の長期ビジョン「Vision2030」における中間ステージであり、AIとDX(デジタルトランスフォーメーション)を企業成長のエンジンに据えた極めて実践的なプランである。目標は、2026年3月期に売上収益8,100億円、営業利益1,450億円、ROE20%以上を達成することにある。

この計画の中心には、「コア領域の深化・進化」「DX能力の進化」「グローバル展開の加速」という3本柱が置かれている。その中でも特に注目すべきは、AIとDXを融合させた**“抜本的な生産革新”**である。NRIは、従業員数に依存しないスケーラブルな成長を目指し、AIによる自動化と知的資産(IP)化を進めている。

たとえば、金融ITソリューション事業では、既に証券業務の自動化や、AIによるリスク分析システムの導入を進めており、国内証券取引の50%以上が同社のシステム上で稼働している。これにより、人的リソースを削減しながらも、運用精度とスピードを飛躍的に高めている。

また、生成AIの活用も次のフェーズに入っている。NRIは業界特化型の大規模言語モデル(LLM)の研究開発を進め、単なる業務効率化にとどまらず、顧客企業の意思決定を支援する**「エンタープライズAI」**の構築を目指している。これにより、戦略立案・シミュレーション・運用最適化といった経営プロセスをAIが支援する「DX3.0」段階へ移行することを狙う。

AIとDXの位置づけは以下の3段階に整理される。

フェーズ内容目的
DX1.0プロセス・インフラ変革業務効率化・コスト削減
DX2.0ビジネスモデル変革収益構造の改革
DX3.0社会変革・デジタル社会資本の共創経済と社会の同時最適化

NRIの此本臣吾社長は決算説明会で「AIは業務支援のツールではなく、経営そのものを変革するインテリジェンス」と述べている。つまり、AIは単なる業務効率化の手段ではなく、経営構造を再設計する中核的存在として位置づけられているのだ。

この戦略の実行力を支えるのが、同社の高い財務安定性である。2025年3月期の営業利益率は17.6%、ROEは22.5%に達し、継続的なAI投資を可能にしている。NRIの「生産革新」は単なるテクノロジー導入ではなく、**知的資本を最大化して利益創出を加速する“構造的変革”**である。

高収益体質の裏にある知的資本経営と財務規律

NRIの驚異的な収益性の背景には、AIやプラットフォームビジネスだけではなく、徹底した知的資本経営と財務規律の存在がある。2001年の上場以来、赤字決算は一度もなく、営業利益率は常に15%を超えて推移。2025年3月期には**営業利益1,349億円、営業利益率17.6%**を記録し、業界最高水準を維持している。

その原動力となっているのが「高付加価値サービスへの集中」と「資本効率の最適化」である。NRIは低マージンの受託開発を最小限に抑え、コンサルティングや金融プラットフォームなどの高収益領域に経営資源を集中させている。コンサルティング部門の営業利益率は28.1%に達し、全体の収益性を牽引している。

以下は主要事業の収益構造を示したものである。

セグメント売上高(2025年3月期)営業利益率特徴
コンサルティング654億円28.1%官民連携型・高付加価値案件
金融ITソリューション3,723億円16.5%ストック型収益・高シェア
産業ITソリューション2,749億円8.8%ERP・スマートファクトリー支援
IT基盤サービス2,013億円15.1%セキュリティ・クラウド中心

このように、ストック型ビジネスと知的サービスを組み合わせた収益構造が、NRIの安定的かつ高収益な経営基盤を形成している。

さらに、NRIはROE20%以上という高い資本効率を維持するために、財務戦略にも厳格なルールを設けている。中期経営計画では連結配当性向40%を目標に掲げ、自己株式の取得も継続的に実施。資本コストを意識した経営に徹している。

この財務規律は単なる経営管理の枠を超え、**人材育成や研究開発への再投資を促す“成長循環モデル”**として機能している。たとえば社員一人当たりの年間研修投資額は約39万円と業界平均を大きく上回り、プロフェッショナル人材の育成が企業価値の持続的向上に直結している。

また、同社はAI・データ基盤・サステナビリティ関連の研究開発に年間200億円超を投じており、この知的投資が将来的な収益ポートフォリオの再構築につながっている。

つまり、NRIの強さは財務指標の美しさにとどまらず、**知的資本を中心に回る「再投資の連鎖構造」**にある。人材・技術・資金が三位一体で循環し続けるこの構造こそが、他のコンサルティングファームやITベンダーが模倣できない“真の競争優位”である。

グローバル展開の現実:Core BTS買収が示す北米戦略の焦点

野村総合研究所(NRI)が描く「Vision2030」における最重要テーマの一つがグローバル展開である。特に注目されるのは、北米市場への進出を軸に据えたM&A戦略の本格化である。日本国内の市場が成熟する中で、NRIは海外での成長を必須条件と位置づけ、買収と統合(PMI)を通じて現地の専門知見と人材を取り込みながら事業基盤を強化している。

2021年に買収した米国の「Core BTS」は、クラウド・サイバーセキュリティ・デジタルワークプレイスに強みを持つITサービス企業であり、NRIのDX事業拡大の中核を担う存在となった。Core BTSの顧客基盤は米国の製造・金融・ヘルスケア分野に広がり、特にMicrosoft AzureやAWS関連のクラウド実装支援に強みを持つ。この買収によって、NRIは北米市場での技術リソースを一気に拡充し、国内で培った「コンサル+IT統合モデル」をグローバル規模で展開できる足場を築いたのである。

同年、豪州の「Planit」「AUSIEX」も相次いで買収された。Planitはソフトウェアテストと品質保証に特化し、AUSIEXは豪州証券市場での金融ITインフラを提供する企業である。これらの買収により、NRIはアジア太平洋地域におけるITプラットフォームの連携力と信頼性を強化した。

買収企業国・地域主要事業領域買収目的
Core BTS米国クラウド・セキュリティ北米市場の開拓・DX基盤強化
Planit豪州品質保証・テストAPAC地域の技術力拡大
AUSIEX豪州金融IT金融ソリューション事業の拡張

NRIのグローバル戦略の特徴は、単なる海外拡張ではなく、**「文化と経営思想の融合」**を重視している点にある。現地経営陣の自主性を尊重しつつ、NRIのDNAである「未来創発」と「社会価値志向」を共有することで、企業文化の統合を進めている。これにより、日本発の高付加価値モデルを各地域に適合させ、グローバル一体運営の基盤を固めつつある。

とはいえ、課題も少なくない。北米市場ではアクセンチュアやデロイトなどグローバルメガプレイヤーとの競争が激化しており、スケールの差をどう埋めるかが大きな壁となる。NRIが成功するかどうかは、買収先企業との技術・文化の融合をどこまで実現できるかにかかっている。**規模よりも専門性と知的付加価値で勝負する「プレミアム戦略」**が、今後の成否を左右する鍵となる。

シンクタンク機能がもたらす未来洞察とブランド力の融合

NRIの競争優位性を語る上で欠かせないのが、シンクタンクとしての「未来洞察力」である。同社は単なる調査機関ではなく、経済・社会・技術の変化を可視化し、次世代のビジネスと社会構造をデザインする知的機関として機能している。

その代表的な成果が「ITナビゲーター」および「NRI未来年表」である。前者はICT産業の動向と市場規模を定量的に分析し、毎年、企業の中期戦略立案に影響を与えてきた。特に2025年版では、生成AIが産業構造を変革する主軸になると位置づけ、AIによる業務設計の自動化、データ駆動型社会への移行、そして人間の創造性の再定義を主要トレンドとして提示している。

一方、「NRI未来年表 2025–2100」は、政治・社会・経済・技術といった分野を横断的に予測し、2050年以降の人口減少、2056年の総人口1億人割れ、2100年の気候リスク構造までを科学的根拠に基づいて可視化している。これらのデータは官公庁や大学、上場企業のリスクマネジメントや政策設計にも活用されており、NRIの知的ブランドが「社会的信頼資本」として機能していることを示している。

主要出版物主なテーマ社会的影響
ITナビゲーター2025年版生成AI・DXの構造変化企業戦略・産業政策に影響
NRI未来年表2025–2100人口動態・テクノロジー予測政策・教育・都市設計で活用

こうした未来予測活動は、単なる研究ではなく、NRIのコンサルティング・ITソリューション事業とも密接に連携している。社会課題を先読みし、その解決策を事業化するという**「ナビゲーションからソリューションへ」の一体運営**が、他社にはない強みである。

実際、2015年にNRIが発表した「日本の労働人口の49%がAIで代替可能」とする調査は、国内外で大きな議論を呼び、同社のAI領域でのリーダーシップを確立した。このように、NRIのシンクタンク機能はブランディングではなく、ビジネス創出の装置そのものであり、社会課題と企業成長を同時にデザインする力を持つ。

NRIが今後も持続的成長を遂げるためには、この知的資本をいかにグローバル展開と接続できるかが鍵となる。「未来を読む力」と「実行する力」を融合させたNRIモデルこそが、AI時代における新たな競争優位の原型なのである。

人材こそ最大の資産:NRIのプロフェッショナル育成哲学

野村総合研究所(NRI)の競争優位の根幹にあるのは、AIでもシステムでもなく「人」である。創業以来、NRIは「未来を構想し、創り出す人材」を育成することを最重要経営資源と位置づけてきた。人材こそが最大の知的資本であり、すべての事業価値の源泉であるという信念が、組織全体に貫かれている。

NRIは毎年、社員1人あたり年間約39万円を教育・研修費に投資しており、これは日本の主要SIerの中で群を抜く水準である。研修体系は3層構造で、「経営・戦略人材育成」「プロジェクト実行人材育成」「専門スキル深化教育」が体系的に設計されている。特に若手社員には入社1年目からプロジェクト型課題に参加させ、**“自ら問いを立て、自ら答えを導く思考法”**を身につけさせることを重視している。

育成領域対象目的特徴
戦略人材育成経営幹部候補経営判断・組織変革力の獲得社内MBA・海外派遣制度
プロジェクト人材育成中堅社員顧客課題解決・統合提案力強化実案件ベースのケーススタディ
技術専門育成技術者・研究職ITアーキテクト・AI専門性深化NRIアカデミーによる資格認定制度

この教育制度を支えるのが、社内大学「NRIアカデミー」である。AI、データサイエンス、経営戦略、行動経済学など多様な分野の専門講座を持ち、年間延べ受講者数は1万5,000人を超える。研修の多くは実務連動型であり、学びがそのまま事業開発や顧客提案に結びつく仕組みとなっている。

さらに、NRIはダイバーシティ経営にも注力している。2025年時点で女性管理職比率は15%、外国籍社員はグローバル全体で約1,800人に達し、**「多様性を知的競争力に転換する」**という文化を形成している。柳澤花芽社長は「多様な視点の融合こそが、未知の社会課題を解く力を生む」と語っており、実際に男女・国籍を問わず多様な人材がシンクタンク部門とIT部門を横断的に担う体制が構築されている。

また、社員エンゲージメント指標も高水準である。Great Place to Work調査では、社員の87%が「自分の仕事が社会の役に立っている」と回答しており、社会的使命感が社員のモチベーションを支える文化的基盤となっている。

NRIの人材育成哲学は、単なるスキル開発ではなく、未来を設計する思想形成に重きを置く。社員一人ひとりを「社会変革の担い手」として育てることで、知的資本の再生産を続ける仕組みが機能している。つまり、NRIの真の強みは、AIやITではなく、知を創り、社会を動かす“人”を絶えず生み出し続ける組織構造そのものにあるのである。

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