2025年の崖は、いつか来る未来の警告ではなく、すでに日本企業の現実となりました。2026年の今、多くの企業が直面しているのは、単なるIT刷新の遅れではなく、企業間・組織内で静かに、しかし確実に広がる「大分断」です。

一方では、AIを前提に組織の在り方そのものを書き換え、生産性とエンゲージメントを同時に高める企業が現れています。他方では、レガシーシステムと旧来型の意思決定プロセスに縛られ、現場の疲弊や人材流出に歯止めがかからない企業も少なくありません。

この差を生んでいるのは、技術力や予算規模だけではありません。心理的安全性、経営の意思決定、中間管理職の役割、そしてパーパスの実装といった「人と文化」の問題が、変革の成否を左右しています。

本記事では、最新のデータや先進・失敗事例を手がかりに、2026年時点での日本企業の現在地を整理し、なぜ差が生まれたのかを読み解きます。自社は変革組か停滞組か、その分かれ道を見極めるヒントを提供します。

2026年の現在地:「2025年の崖」を越えて見えた日本企業の現実

2026年の現在、日本企業は「2025年の崖」を単に通過したのではなく、その影響が現実の経営指標として可視化される局面に立っています。経済産業省が2018年のDXレポートで警告した通り、老朽化・複雑化・ブラックボックス化した基幹系システムを抱えたまま2025年を迎えた企業は約60%に達したと見られています。

その結果、保守運用コストの高騰やセキュリティ事故の頻発、そして新規ビジネス創出の遅れが同時多発的に発生しました。**レガシーITに起因する経済損失は年間最大12兆円規模**とされ、これは一部業界の問題ではなく、日本産業全体の競争力を静かに削り続ける構造問題です。

2026年初頭の最大の特徴は、こうした影響が企業間格差として明確に表れ始めた点にあります。調査や先行事例の分析からは、もはや「DXに取り組んでいるか否か」という二分法では実態を捉えきれません。

観点 変革を進めた企業 対応が遅れた企業
IT構造 クラウド前提で刷新、技術負債を縮小 レガシーを温存し保守費が増大
経営判断 不確実性を前提に迅速な意思決定 現状維持バイアスが支配的
現場の状態 生産性とエンゲージメントが向上 疲弊と離職が常態化

この「大分断」は、IT投資額の多寡だけでは説明できません。インフォマートの調査では、2025年時点で約8割の現場担当者が「2025年の崖」による負の影響を懸念していた一方、**約3割は具体的な対策に着手していなかった**ことが示されています。

背景には、日本企業に根深い意思決定プロセスの問題があります。現場が危機を認識していても、決裁段階で「前例がない」「不安が残る」といった情緒的理由で先送りされるケースが多く、結果として技術的課題が放置されてきました。専門家の分析でも、DXの成否を分けるのは技術そのものではなく、経営の意思決定力であると指摘されています。

2026年の現在地は明確です。**「2025年の崖」は未来のリスクではなく、すでに企業の収益性、人材、競争力を分断する現実の境界線となっています。**この事実を直視できた企業だけが、次の再生フェーズに進む入口に立っているのです。

年間12兆円損失の正体──レガシーシステムが奪った競争力

年間12兆円損失の正体──レガシーシステムが奪った競争力 のイメージ

年間12兆円という巨額の損失は、単なるITコストの増大では説明できません。経済産業省が2018年から警告してきた「2025年の崖」は、2026年の現在、日本企業の競争力そのものを静かに、しかし確実に削り取る構造問題として顕在化しています。

多くの企業では、基幹システムが老朽化・複雑化し、内部を理解できる人材も限られたブラックボックス状態に陥っています。TEKsystemsの市場分析によれば、日本企業のIT予算の8割以上が既存システムの維持管理に費やされ、新規事業やデータ活用に振り向ける余力が失われています。

この結果、競争力を奪う三重苦が同時に進行します。第一に、保守費用と障害対応による直接的なコスト増。第二に、新サービス投入や業務改革に数か月から数年を要する俊敏性の欠如。第三に、現場の疲弊とデジタル人材の流出です。これらが連鎖し、損失は雪だるま式に膨らみます。

損失要因 企業活動への影響 競争力への帰結
レガシー保守費の高騰 IT予算の固定化 攻めの投資ができない
開発リードタイムの長期化 市場対応の遅れ 機会損失の常態化
人材の属人化 現場負荷と離職 組織学習の停止

さらに深刻なのは、危機が認識されていながら行動に結びついていない点です。インフォマートの調査では、約8割の担当者が自社への悪影響を懸念する一方、約3割は具体策を持たないまま時間を浪費していました。レガシーシステムは技術問題である以前に、意思決定の停滞が生んだ経営問題だといえます。

結果として、変化に迅速に対応できる企業と、システムに足を取られた企業の差は決定的になりました。年間12兆円損失の正体とは、見えにくいIT負債が、成長機会・人材・スピードという競争力の源泉を同時に奪っていく構造そのものなのです。

危機感8割・無策3割が生まれた日本型意思決定の構造

約8割の現場担当者が危機感を抱きながら、約3割が具体策を持たなかったという事実は、単なるDX遅延では説明できません。

ここには、日本企業特有の意思決定構造が生み出す、再現性の高い停滞メカニズムが存在します。

問題は「知らなかった」のではなく、「決められなかった」ことにあります。

観点 実態 意思決定への影響
現場認識 80.4%が負の影響を懸念 問題提起は十分に行われている
経営判断 27.7%が無策・未検討 意思決定の先送り・回避
結果 レガシー温存 損失の構造的固定化

インフォマートの調査が示すこの乖離は、現場の怠慢ではありません。

多くの企業で、意思決定は合意形成を最優先するプロセスに組み込まれており、リスクを取る判断ほど通りにくくなっています。

反対意見が一つでもあれば止まる仕組みが、結果として何も決めない合理性を生み出しています。

特に顕著なのが「不安だから」「前例がないから」という情緒的却下です。

これは明確な反論が不要なため、責任の所在を曖昧にしたまま決裁を止めることができます。

経営学者ヘンリー・ミンツバーグが指摘するように、合議制が強すぎる組織では、決断そのものがリスクと見なされやすくなります。

さらに日本企業では、失敗のコストが成功のリターンよりも大きく評価されがちです。

DXが失敗した場合の責任は個人に帰属しやすい一方、成功しても評価や報酬が限定的であるケースが多く見られます。

この非対称性が、合理的な無策を組織全体に蔓延させました。

危機感が高いほど、合意形成と責任回避が強化され、結果として意思決定が停止する。

また、レガシーシステム問題は専門性が高く、経営層が直感的に理解しづらい点も影響しています。

専門用語が飛び交う議論では、判断を先送りすること自体が「慎重な経営」と誤認されやすくなります。

経済産業省のDXレポートが繰り返し警告してきたのは、まさにこの構造的盲点でした。

結果として、日本型意思決定は「危機を察知する能力」と「行動に移す能力」を分断してしまいました。

8割の危機感と3割の無策は偶然ではなく、意思決定プロセスが生んだ必然の数字です。

この構造を直視しない限り、次の崖でも同じ現象が繰り返されることになります。

AIネイティブ企業は何が違うのか──メルカリに学ぶ組織OSの転換

AIネイティブ企業は何が違うのか──メルカリに学ぶ組織OSの転換 のイメージ

AIネイティブ企業が従来企業と決定的に異なるのは、AIを「後付けの効率化ツール」ではなく、組織そのものを動かす前提条件として設計している点にあります。その違いはシステム構成ではなく、意思決定、権限配分、評価の仕組みといった組織OSのレイヤーに現れます。

2026年時点で最も象徴的な事例がメルカリです。メルカリは2025年、AI活用を一部の専門組織に集約するモデルを明確に否定し、全社員がAIと協働することを前提とした分散型組織へと転換しました。これはDXではなく、組織OSの書き換えと呼ぶべき変化です。

同社が行った最大の構造改革は、AI推進専門部署の解体でした。代わりに、エンジニア、プロダクトマネージャー、マーケターなど各チームにAIの知見と権限を分散配置し、100名規模のAIタスクフォースが横断的に支援する体制を構築しています。

観点 従来型DX企業 AIネイティブ企業(メルカリ)
AIの位置づけ 業務効率化ツール 日常業務の協働パートナー
推進体制 中央集権型の専門部署 全社分散型+横断支援
現場の関与 受動的 主体的・自律的

その成果は数字にも表れています。内製AIツール「Ellie」は社員利用率75%、リテンション率80%超を記録しました。これはAIが「使わされる存在」ではなく、仕事の質を高める同僚として定着したことを示しています。

重要なのは、ここに至るまでの投資判断と文化設計です。経済産業省やTEKsystemsの分析が示す通り、多くの日本企業ではIT予算の8割以上がレガシー維持に費やされ、AIはPoC止まりになっています。一方メルカリは、最初から全社展開を前提に業務プロセスと評価基準を再設計しました。

AIネイティブ企業の本質は技術力ではありません。「AIと働くことを前提に、人と組織の役割を再定義できるか」という経営の覚悟にあります。この覚悟の差が、2026年以降の企業競争力を静かに、しかし決定的に分けていきます。

AI導入率97%の罠──PoC疲れと部分最適がもたらす停滞

多くの日本企業で「AI導入率97%」という数字が独り歩きしています。TEKsystemsの調査によれば、ほぼすべての企業がAIに戦略的価値を感じていると回答していますが、**これは成果を意味しません**。実態として広がっているのは、PoCを繰り返すだけで現場実装に至らない「PoC疲れ」と、部門単位での小さな成功に満足してしまう「部分最適」です。

PoC疲れの本質は、技術検証が目的化し、経営課題との接続が断たれている点にあります。多くの企業では「精度が出た」「動いた」という技術的達成でプロジェクトが終了し、業務プロセスや評価制度の変更には踏み込めません。その結果、現場からは「また実験か」「どうせ本番にはならない」という学習性無力感が生まれ、次のAI施策ほど協力を得にくくなります。

この停滞は数値にも表れています。富士通のCxO調査によれば、AIやデータ活用を進める企業の多くが「全社的な価値創出」に課題を感じており、特に既存業務との統合が最大の壁とされています。**AI導入の失敗は技術力ではなく、組織設計と意思決定の問題**だという指摘は、複数の調査で一致しています。

観点 PoC止まり企業 成果創出企業
目的設定 技術検証が中心 経営KPIと直結
データ 部門ごとに分断 全社横断で統合
現場の認識 負担・脅威 業務パートナー

部分最適の罠も深刻です。営業部門では需要予測AI、人事部門では採用スクリーニングAIといった具合に、各部門が個別に導入を進めた結果、データはサイロ化し、全社視点での意思決定には使えません。経済産業省のDXレポートが警告してきた「レガシーのブラックボックス化」は、AI時代においても形を変えて再生産されています。

さらに問題なのは、こうした断片的成功が経営層に「AIはもう十分やっている」という誤った安心感を与える点です。Gallupが示す日本のエンゲージメント6%という現実を踏まえれば、現場が価値を実感できないAI施策は、むしろ変革への冷笑を強めるリスクすらあります。**導入率の高さが、変革の遅さを覆い隠す逆説**がここにあります。

専門家の間では、AIを単独施策として扱う限り、この停滞は続くと見られています。AIはツールではなく、業務プロセス、評価指標、権限配分を同時に変える触媒です。その前提を欠いたPoCの量産は、投資対効果を下げるだけでなく、組織の学習能力そのものを蝕みます。

**「97%導入」という数字は成功の証明ではなく、変革が止まっているサインである可能性が高い**。この事実を直視できるかどうかが、停滞組に留まるか、次の成長軌道に乗れるかの分岐点になります。

エンゲージメント6%の衝撃──人的資本危機の深層

日本企業が直面する人的資本危機を象徴する数字が、エンゲージメント6%です。Gallup社のState of the Global Workplace 2025によれば、日本で「熱意あふれる社員」と分類される人材はわずか6%にとどまり、世界平均の約23%を大きく下回っています。これは個人の意識の低さではなく、組織構造そのものが人の意欲を削ぐ設計になっていることを示しています。

この低水準は生産性だけでなく、イノベーション創出力や人材定着率にも直結します。Gallupは、エンゲージメントの高いチームは低いチームと比べ、収益性が約20%高い傾向にあると報告しています。裏を返せば、日本企業の多くは人的資本を活かしきれないまま競争に晒されている状況です。

日本の特徴は、「Not Engaged」が多数派である点です。彼らは職務を淡々とこなしますが、改善提案や挑戦を避ける傾向があります。さらに約2割存在するとされる「Actively Disengaged」は、不満や諦めを周囲に伝播させ、組織全体の心理的安全性を損ないます。

区分 日本の割合 組織への影響
Engaged 6% 主体的に価値創出を行う
Not Engaged 多数派 最低限の業務遂行に留まる
Actively Disengaged 約20% 士気低下と摩擦を生む

この構造をさらに悪化させているのが、中間管理職の疲弊です。スタメン社の1,300名調査では、多くの管理職がDX推進や人材育成、コンプライアンス対応を同時に背負い、「自分の仕事が何を評価されているのか分からない」と回答しています。上からは抽象的な変革指示、下からは細やかな配慮要請を受けるサンドイッチ構造が、エンゲージメント低下の震源地になっています。

Gallupも、マネジャーのエンゲージメントが低い組織では、部下のエンゲージメントが連鎖的に低下すると指摘しています。管理職自身が会社の方向性に納得できていない状態では、部下に意味や希望を語ることはできません。

さらに深刻なのは、変革志向の強い優秀人材ほど離職する現象です。岡山大学の研究では、閉塞的な組織風土下では改革提案が否定され続け、心理的コストが限界を超えた人材から組織を去る傾向が確認されています。結果として、現状維持を好む人材が残り、組織のエンゲージメントはさらに下がるという負の循環が生まれます。

エンゲージメント6%の衝撃は、単なる意識調査の結果ではありません。それは、日本企業が長年放置してきた評価制度、意思決定プロセス、管理職設計の歪みが数値として可視化されたものです。この危機を直視できるかどうかが、人的資本経営の成否を分ける分水嶺になっています。

中間管理職が限界を迎える理由とサンドイッチ構造の行き詰まり

日本企業において中間管理職が限界を迎えている背景には、個人の資質や努力では解決できない構造的な問題が存在します。その象徴が、上層と現場の要求を同時に受け止めるサンドイッチ構造です。2026年現在、この構造はDXや人的資本経営の進展によって、むしろ過去よりも過酷さを増しています。

スタメン社が実施した1,300名規模の調査によれば、多くの中間管理職が「業務量の増大」と「裁量権の不足」を同時に感じていると回答しています。経営層からはDX推進や変革の旗振り役を期待される一方で、具体的な権限やリソースは与えられません。その結果、抽象的な方針を現場向けに翻訳し、摩擦を吸収する役割だけが肥大化しています。

**中間管理職は意思決定者ではなく、意思決定の“緩衝材”として消耗している状態です。**

Gallupの「State of the Global Workplace」でも、マネジャー層のエンゲージメント低下がチーム全体の生産性を大きく押し下げると指摘されています。日本の場合、その傾向がより顕著です。なぜなら、プレイングマネジャーとして自らも成果を求められつつ、部下のメンタルケアやハラスメント防止まで担う必要があるからです。

上からの要求 下からの要求 中間管理職の実態
DX推進、変革、数値責任 配慮、柔軟な働き方、成長支援 権限不足のまま板挟み

この行き詰まりが深刻なのは、優秀な人材ほど先に離脱していく点です。岡山大学の組織変革研究でも、閉塞的な組織では改革志向の強い管理職が徒労感を抱き、転職や離職を選択しやすいことが示されています。結果として、変化を避ける層だけが残り、サンドイッチ構造はさらに硬直化します。

重要なのは、中間管理職を「耐える存在」として扱い続ける限り、この構造は解消しないという事実です。**役割・権限・評価が一致しない状態そのものが、限界を生み出している原因**であり、個人研修や精神論では対処できません。

2026年時点で明らかになっているのは、サンドイッチ構造が単なる負荷の問題ではなく、日本企業の意思決定モデルそのものの行き詰まりを映しているという点です。中間管理職の疲弊は、組織全体の停滞を示す最もわかりやすいシグナルになっています。

ジョブ型雇用はなぜ進まないのか──日本的ハイブリッドの模索

ジョブ型雇用は日本企業の人材戦略を変える切り札として期待されてきましたが、2026年時点でも本格的な普及には至っていません。人事白書2025によれば、導入しておらず今後も予定がない企業は約半数に上ります。この背景には、単なる制度理解不足ではなく、日本固有の雇用構造と組織文化が複雑に絡み合っています。

最大の要因は、ジョブ型雇用が前提とする「職務の明確化」と、日本企業が長年培ってきた曖昧さを許容する運営スタイルとの摩擦です。職務記述書を厳密に定義すると、繁忙期の助け合いや配置転換といった柔軟性が失われるのではないか、という現場の不安が根強く存在します。特に製造業や総合職中心の大企業ほど、その懸念は強い傾向があります。

論点 ジョブ型雇用 従来型雇用
職務範囲 明確に定義 比較的曖昧
配置転換 限定的 柔軟
評価基準 職務成果重視 能力・プロセス重視

もう一つの壁は、解雇規制や新卒一括採用との整合性です。欧米型ジョブ型雇用は、職務が不要になれば契約終了という流動性を前提としています。しかし日本では、法制度・社会規範の双方から雇用維持圧力が強く、職務消滅と雇用継続の矛盾をどう扱うかが整理されていません。その結果、制度だけを導入しても運用が形骸化するケースが相次いでいます。

多くの社員がジョブ型雇用を「専門性評価」ではなく「賃金抑制や選別の手段」と受け取っている点も、導入停滞の大きな要因です。

経団連やリクルートの調査でも、現場社員の間には「職務が固定されることで成長機会が減るのではないか」という心理的抵抗が確認されています。これは、長期雇用と引き換えに幅広い経験を積むという暗黙のキャリア観が、いまだに強く共有されていることを示しています。

こうした現実を踏まえ、多くの企業が選択しているのが日本的ハイブリッドモデルです。ITやデジタル、研究開発など市場価値が外部で可視化しやすい職種のみジョブ型を適用し、それ以外は従来型を維持するという折衷案です。ただし、HRBPの設置率が約15%にとどまる現状では、経営戦略と人事制度を接続できず、制度の意図が現場に伝わりにくいという課題が残ります。

ジョブ型雇用が進まない理由は、変化への抵抗という単純な話ではありません。日本企業は今、雇用の安定性、組織の柔軟性、専門性評価という三つの価値を同時に成立させる難題に直面しています。その解は一足飛びには得られず、試行錯誤を前提としたハイブリッドの模索が続いているのが、2026年の実像です。

リスキリングと働き方改革が企業文化を変えた実例

リスキリングと働き方改革は、制度や研修の話にとどまらず、企業文化そのものを変えたかどうかで成否が分かれています。2026年時点で評価されている企業に共通するのは、新しいスキルを学ばせた結果、働き方や価値観が現場で実際に変わったという点です。

象徴的なのが、営業職を中心としたリスキリングの実例です。ハンモック社の分析によれば、従来型の経験依存営業から、データと仮説に基づくインサイトセールスへ移行した企業では、単なる売上向上以上の効果が確認されています。顧客情報をCRMやBIで可視化し、生成AIで提案仮説を作るプロセスを組み込んだ結果、若手とベテランの情報格差が縮小し、年次ではなくスキルで議論する文化が根付きました。

「勘と根性が評価される職場」から「学び続ける人が尊敬される職場」へ変わったという現場責任者のコメントは、リスキリングが文化変革に直結したことを端的に示しています。

働き方改革の側面では、伊藤忠商事の事例が2026年もなお参照点となっています。同社の朝型勤務は単なる労働時間管理ではなく、夜の残業を前提としない業務設計と評価制度の見直しまで踏み込んだ点が特徴です。経済産業省や同社のESGレポートでも、集中度の向上と意思決定のスピード改善が定性的・定量的に報告されています。

さらに注目すべきは、職域学童保育や家族参加型イベントです。これにより社員の私生活を「制約」ではなく「尊重すべき前提」と捉える文化が形成されました。結果として、Gallupが指摘する日本特有の低エンゲージメント構造に対し、会社への心理的距離を縮める実効的な打ち手となっています。

取り組み 直接的施策 文化面の変化
営業リスキリング データ活用・AI提案訓練 年功よりスキル重視の風土
朝型勤務 残業削減と業務再設計 成果と集中を尊ぶ価値観
家族施策 職域学童・参加型イベント 生活と仕事の両立が前提の文化

これらの事例が示すのは、リスキリングと働き方改革を切り離さず、学び方・働き方・評価の三点を同時に変えた企業だけが文化変革に成功しているという事実です。研修だけを増やしても、長時間労働や属人的評価が残れば、学んだスキルは使われません。

2026年の日本企業において、リスキリングと働き方改革はコストではなく、組織のOSを書き換える投資として位置づけられ始めています。その成否は、制度導入の数ではなく、社員の日常会話や意思決定の基準が変わったかどうかに表れています。

パーパスとウェルビーイングが経営成果に直結する時代へ

2026年の経営環境において、パーパスとウェルビーイングは理念やスローガンではなく、**経営成果に直結する実務要件**として再定義されています。背景にあるのは、日本企業のエンゲージメントが世界最低水準の6%にとどまっているというGallup社の調査結果です。この数字は、戦略や制度以前に「働く意味」と「心身の持続可能性」が失われている現実を突きつけています。

経済産業省が推進する健康経営の動きは、その象徴です。2025年には健康経営優良法人が約2万社に達し、ESG投資の評価軸としても定着しました。注目すべきは、これが単なる福利厚生ではなく、**生産性・離職率・採用競争力に影響する経営指標**として扱われている点です。実際、METI関連資料では、健康経営に積極的な企業ほど欠勤率やプレゼンティーイズムが低下する傾向が示されています。

取り組み領域 主な施策例 経営成果への影響
パーパス浸透 行動指針への落とし込み 意思決定の迅速化
ウェルビーイング 健康経営・柔軟な働き方 生産性・定着率向上
心理的安全性 対話・称賛の仕組み 挑戦行動の増加

一方、パーパス経営が機能不全に陥るケースも少なくありません。神戸大学の研究が示す通り、パーパスはCSRの延長ではなく、**利益創出と社会価値を統合する経営モデル**です。しかし多くの企業では、経営層が語る言葉と現場の評価・業務プロセスが分断され、「額縁の中の理念」に留まっています。この乖離が、かえって現場のシニシズムを生み出します。

この壁を越えた事例として、Re-grit Partnersの取り組みが示唆に富みます。全社員がパーパスを自分の行動に翻訳するMy Statement施策や、社員同士が称賛し合う仕組みを通じて、理念を日常業務に接続しました。専門家の間でも、**パーパスはトップダウンではなく、行動と評価に組み込まれたとき初めて機能する**という見解が共有されています。

パーパスとウェルビーイングはコストではなく、人的資本のリターンを最大化する投資です。

伊藤忠商事の事例が示すように、社員の生活や家族に寄り添う施策は、結果として企業へのロイヤリティと成果を高めます。ウェルビーイングを高めることは甘さではなく、**不確実性の高い時代における最も合理的な経営判断**です。2026年以降、パーパスとウェルビーイングを統合できない企業は、人材・評価・市場のすべてで不利な立場に立たされることになります。

参考文献

Reinforz Insight
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