不確実性が一時的な例外ではなく、常態となった時代に私たちは生きています。インフレ、地政学リスク、技術革新、人口動態の変化が同時進行する中で、企業や政府が単独でリスクを引き受ける従来型モデルは限界を迎えています。

こうした状況下で、2026年に向けて急速に注目を集めているのが「リスク共有パートナーシップ(RSP)」という考え方です。これは単なる業務委託や外注ではなく、成果と不確実性を関係者全体で分かち合う新しい協働モデルです。

特に日本では、医薬品のドラッグ・ロス問題、医療DXとサイバーセキュリティ、老朽化する公共インフラといった分野で、従来の責任分担では立ち行かない事例が顕在化しています。本記事では、2026年時点での最新動向を踏まえ、RSPがどのように進化し、日本市場にどのように実装されつつあるのかを体系的に整理します。

医療・テクノロジー・インフラに関わるビジネスパーソンや政策関係者にとって、これからの意思決定に不可欠な視点を得られる内容です。

不確実性が常態化する時代とリスク管理の転換点

2026年のビジネス環境を特徴づける最大の前提条件は、**不確実性が一過性の例外ではなく、恒常的な状態として定着した**点にあります。地政学リスクの長期化、気候変動による自然災害の激甚化、サイバー攻撃の高度化、さらに人口動態の変化による財政制約が同時並行で進行し、将来予測の精度は構造的に低下しています。

こうした状況下で、従来主流であった「リスクを最小化し、契約で相手方に移転する」リスク管理は限界を迎えています。サプライチェーン分断や急激なインフレ局面では、固定価格契約や責任分界を厳格に定めたモデルほど、想定外の変化に耐えられず、結果として事業継続そのものが脅かされる事例が相次いでいます。

世界的な政策議論や企業戦略の潮流を俯瞰すると、**リスクを排除する発想から、リスクを前提に共有する発想への転換**が明確になっています。OECDや世界銀行の近年の報告でも、複雑化した社会課題に対しては、単独主体によるリスク保有ではなく、複数主体が成果と不確実性を同時に引き受ける協働モデルが有効であると繰り返し指摘されています。

不確実性が高いほど、リスクを誰かに押し付ける契約は脆弱になり、共有する契約ほどレジリエンスが高まります。

この文脈で注目されているのが、リスク共有パートナーシップという考え方です。これは単なる責任分担ではなく、成果が上振れした場合の利益と、下振れした場合の損失を、あらかじめ合意したルールに基づいて分かち合う枠組みです。重要なのは、契約時点ですべてを決め切らず、環境変化に応じて調整可能な仕組みを内包している点にあります。

日本市場では特に、この転換の必然性が強まっています。長期にわたるデフレ環境では、コストを固定化し、リスクを供給側に集約するモデルが機能してきました。しかし、インフレ基調への転換と資源価格の高騰により、その前提は崩れました。内閣府や業界団体の政策文書でも、過度なリスク転嫁が民間投資やイノベーションを萎縮させている点が繰り返し問題視されています。

リスク管理の発想転換を整理すると、以下のような対比が浮かび上がります。

従来型 転換後
リスク移転を重視 リスク共有を前提
固定条件・静的契約 調整可能な動的枠組み
失敗回避が最優先 成果創出と耐性を両立

不確実性が常態化した時代において、リスクはもはや管理対象というより、**価値創出の前提条件**です。誰がどこまで引き受け、どのように分かち合うのかを設計できる組織や制度だけが、環境変化に適応し続けることができます。この転換点を理解することが、2026年以降の戦略を考えるうえでの出発点となります。

リスク共有パートナーシップ(RSP)の定義と従来モデルとの違い

リスク共有パートナーシップ(RSP)の定義と従来モデルとの違い のイメージ

リスク共有パートナーシップ(RSP)とは、**不確実性そのものを前提に、成果とリスクを事前合意のルールで分かち合う協働モデル**を指します。従来の契約が「誰が失敗の責任を負うか」を明確化する静的な枠組みだったのに対し、RSPは「成功した場合も、想定外が起きた場合も、どう配分するか」を動的に設計する点に本質的な違いがあります。

世界経済フォーラム(WEF)やOECDの政策提言でも、不確実性が高い分野ではリスクの一方的な移転が市場の機能不全を招くと指摘されています。価格固定や完全成果保証を求める従来モデルでは、供給側が過度に保守化し、結果としてイノベーション投資や市場参入が抑制されるためです。

観点 従来モデル RSP
リスクの扱い 相手方へ移転 事前合意で分担
契約の性格 固定・静的 可変・動的
重視点 取引条件の遵守 成果(アウトカム)の達成

例えば固定価格の業務委託契約では、原材料高や需要変動といった外生リスクは受注側が吸収する構造になりがちです。2026年時点では、インフレや為替変動、規制変更が常態化しており、この構造は供給停止や撤退という形で発注側にも跳ね返っています。

これに対しRSPでは、**アップサイドとダウンサイドを同時に設計する**ことが重視されます。成果が想定以上に出た場合は追加報酬を分かち合い、逆に想定外のコスト増や効果未達が生じた場合は、あらかじめ定めた算式や条件で調整します。OECDが整理する成果連動型契約や、欧州医薬品政策で用いられるマネージド・エントリー・アグリーメントは、この考え方を制度化した代表例です。

**RSPの核心は、責任の曖昧化ではなく、リスクの可視化と対話の継続性にあります。**

重要なのは、RSPが単なる「仲良し契約」ではない点です。むしろ、リスク要因、測定指標、調整プロセスを精緻に定義する必要があり、従来以上に高度な契約設計とデータ基盤が求められます。WEFの報告でも、成果指標が不明確な共有は紛争を増幅させると警鐘が鳴らされています。

従来モデルが安定環境下で効率を最大化する仕組みだったとすれば、RSPは変動環境下で持続性を確保するための進化形です。**2026年のRSPは、リスクを避ける技術ではなく、リスクと共存し価値を生み出すための経営・政策インフラ**として位置付けられています。

日本市場でRSPが求められる背景:インフレ・人口動態・制度疲労

2026年の日本市場でRSPが強く求められる背景には、インフレの常態化、人口動態の急変、そして既存制度の制度疲労という三つの構造要因が重なっています。これらは個別に見れば既知の課題ですが、同時進行で進むことで、従来型の契約や分業モデルを機能不全に追い込んでいます。

まずインフレです。日本銀行の金融政策転換以降、消費者物価指数は2%前後の上昇が定着し、エネルギー・原材料・人件費はいずれも高止まりしています。内閣府や日本銀行の分析でも、今後は一時的な物価変動ではなく、構造的なコスト上昇局面に入ったとの認識が共有されています。**固定価格・固定責任を前提とする契約は、想定外のコスト増をすべて一方に押し付ける構造となり、事業継続そのものを脅かす**状況が現実化しています。

特に公共事業や長期サービス契約では、インフレリスクを完全に民間側へ転嫁した結果、入札不調や撤退が相次ぎ、社会インフラの維持が困難になる事例が増えました。国土交通省がスライド条項の明確化に踏み切ったのは、発注者自身が「外部環境リスクは共有せざるを得ない」と認識した象徴的な動きです。

構造要因 従来モデルの前提 顕在化した問題
インフレ 価格は原則固定 コスト増で受注側が疲弊・撤退
人口減少 需要は長期安定 利用者減で採算悪化
制度疲労 責任分界を事前に確定 想定外リスクに対応不能

次に人口動態です。総務省の推計によれば、2026年時点で日本の生産年齢人口は1990年代後半比で約15%減少しています。医療、インフラ、ITといった分野では、人手不足そのものが最大のリスク要因となりました。**人材確保やスキル維持の不確実性は、もはや個社努力で吸収できる範囲を超えています**。

この結果、業務を「発注する側」と「受注する側」に分け、責任を切り分けるモデルでは、どちらも持続可能性を確保できなくなっています。例えば自治体が仕様を完全に決め、民間は言われた通りに実行するという形では、需要変動や人材不足への対応が遅れ、結果としてサービス品質が低下します。成果を軸に、柔軟に役割とリスクを調整できるRSPへの移行は、人口減少社会における合理的な適応策です。

三つ目が制度疲労です。国民皆保険、公共調達、業法規制など、日本の制度は高度成長期から安定成長期に最適化されてきました。しかし厚生労働省やOECDの分析でも指摘されている通り、技術革新のスピードと財政制約の双方に対応しきれず、制度そのものが不確実性を生む要因になっています。

**制度が想定していないリスクが増えるほど、「誰が責任を負うか」を事前に固定する発想は限界を迎え、結果としてリスクを共有しながら調整する枠組みが不可欠になります。**

制度疲労の下では、形式的にルールを守るだけでは社会的成果が出ません。成果が出なければ制度への信頼が損なわれ、さらに硬直化するという悪循環に陥ります。RSPは、この循環を断ち切るための現実的な選択肢として、日本市場で急速に注目を集めているのです。

医薬品分野におけるRSPの最前線とドラッグ・ロス問題

医薬品分野におけるRSPの最前線とドラッグ・ロス問題 のイメージ

医薬品分野におけるリスク共有パートナーシップ(RSP)は、2026年に入り「ドラッグ・ロス」という具体的な社会課題と真正面から結び付くテーマとして再定義されています。ドラッグ・ロスとは、海外では標準治療として使われている革新的医薬品が、日本では上市されない、あるいは大幅に遅れる現象を指します。日本製薬工業協会、PhRMA、EFPIA Japanが2025年末に公表した共同声明によれば、近年の制度環境が日本市場の予見可能性を低下させ、結果として企業が日本での開発や上市を後回しにしている実態が示されています。

この問題の本質は、単なる価格水準ではなく、不確実性に伴うリスクを誰がどこまで負担するのかという点にあります。新薬開発は成功確率が低く、巨額投資を必要とする一方で、日本では特許期間中であっても薬価が継続的に引き下げられる可能性があります。さらに、日本の薬価が米国の参照価格に影響するスピルオーバー効果もあり、日本市場での価格低下はグローバル全体の収益リスクに直結します。この構造が、ドラッグ・ロスを合理的な経営判断としてしまっているのです。

2026年時点で問われているのは、薬価を「抑えるか守るか」ではなく、不確実な価値と財政リスクを動的に分かち合う仕組みを構築できるかどうかです。

こうした中で注目されているのが、成果や実績に応じて負担を調整するRSP型のアプローチです。欧州諸国では、OECDやFrontiers in Medicineの分析が示すように、オンコロジーや希少疾患領域を中心にマネージド・エントリー・アグリーメント(MEA)が実装されてきました。これは、上市時点では不確実な臨床価値や財政影響を、事後的なデータに基づいて調整する契約であり、支払側と企業がリスクを共有する実践例といえます。

観点 従来型薬価制度 RSP的アプローチ
不確実性の扱い 制度側が一方的に調整 契約で事前に分担を合意
企業のインセンティブ 売上拡大が価格引下げリスク 成果実証がリターンにつながる
患者アクセス 上市見送り・遅延が発生 早期アクセスを前提に調整

日本でも、費用対効果評価制度が限定的ながら価値に基づく調整を担ってきましたが、2026年以降はより踏み込んだRSPが求められています。特にCAR-T療法やアルツハイマー病治療薬のように、短期データだけでは真価を測れない医薬品では、リアルワールドデータを用いた事後評価が不可欠です。Frontiers in Pharmacologyの研究でも、高額医薬品ほど上市後の価値再評価が価格妥当性に影響することが示されています。

ただし、日本版RSPの実装には課題も明確です。電子カルテやレジストリの標準化の遅れ、公定価格を個別に調整することへの制度的抵抗は依然として大きな壁です。それでも、ドラッグ・ロスを放置すれば、患者は治療機会を失い、医療全体の国際競争力も低下します。RSPは製薬企業の救済策ではなく、患者アクセスと保険財政を両立させるための現実的な選択肢として、医薬品分野の最前線に位置付けられています。

2026年度薬価制度改革が示すリスク配分の再設計

2026年度薬価制度改革の本質は、単なる価格調整ルールの変更ではなく、医薬品開発と保険財政をめぐるリスク配分の再設計にあります。厚生労働省および中央社会保険医療協議会での議論は、イノベーションの対価としての価格維持と、国民皆保険を守るための財政規律をどの主体が、どこまで負担するのかという一点に集約されています。

2025年12月に示された改革案の特徴は、裁量的判断を極力排し、数式や客観指標に基づく運用へと舵を切った点です。これは政策側にとっては説明責任を果たしやすくする一方で、製薬企業側には価格下落リスクを事前に織り込んだ事業判断を迫るものとなります。

論点 制度変更の方向性 リスク配分への影響
類似薬効比較方式 既存薬の加算分を新薬算定から控除 革新性を証明できない場合、価格リスクを企業が負担
市場拡大再算定 高売上品への価格引き下げを維持・強化 成功が財務リスクに転化する構造
特許期間中の価格維持 対象品目・要件の厳格化 コスト増と価格低下を同時に負う可能性
費用対効果評価 適用拡大と価格調整への定着 価値不確実性を官民で共有する枠組み

特に注目されるのが、新規収載時の価格算定ルールです。類似薬効比較方式において、比較対象薬に付与されていた画期性加算や小児加算などを差し引く案は、新薬が既存薬と同水準であれば高薬価は認めないという明確なメッセージです。これは企業に対し、統計的有意差だけでなく臨床的優越性を示すデータへの追加投資を求める制度設計と言えます。

市場拡大再算定をめぐる対立も、リスク共有の歪みを象徴しています。政府側は財政予測の不確実性を抑えるため、売上が想定を超えた場合の価格調整を重視しますが、業界団体はこれを「売れたことへの罰則」と位置付けています。JPMAやPhRMA、EFPIA Japanの共同声明でも、予見可能性の欠如が日本市場の優先度低下につながっていると強調されています。

一方で、費用対効果評価の拡充は、単なる引き下げ装置ではありません。OECDの分析によれば、適切に設計された評価制度は、価値が実証された医薬品の価格引き上げも理論上可能としています。つまりここは、価値が不確実な段階では国が慎重に支払い、価値が証明されれば企業が報われるという、真の意味でのリスク共有の接点となり得ます。

2026年度改革が示すのは、「価格を守るか削るか」という二項対立ではなく、不確実性そのものをどう分担するかという問いです。制度の厳格化は短期的には企業リスクを増大させますが、同時に価値証明を通じた回収の道も残されています。この均衡点をどう実装するかが、日本市場の魅力を左右する決定的要因になります。

マネージド・エントリー・アグリーメント(MEA)の国際動向と日本展開

マネージド・エントリー・アグリーメント(MEA)は、革新的医薬品の価値と不確実性を同時に扱うための国際的な標準手法として、2026年時点で確固たる地位を築いています。特に欧州では、OECDやFrontiers in Medicineの分析によれば、がん領域や希少疾患、再生医療等製品を中心に、MEAは「例外的措置」ではなく「通常の市場アクセス手段」として制度化されています。

欧州各国で主流となっているのは、財政リスクを管理する財務ベース型MEAと、臨床アウトカムを評価軸とする成果ベース型MEAです。**前者は予算超過リスクの抑制、後者は治療価値の不確実性への対応**を目的とし、国の医療財政構造やデータ基盤の成熟度に応じて使い分けられています。

MEAの類型 主な目的 代表的な国・特徴
財務ベース型 財政影響の不確実性管理 英国、フランス:上限超過分の返還や秘密割引
成果ベース型 臨床効果の実証 イタリア:RWDに基づく返金・成功報酬型

一方、日本では長らく「MEAは導入されていない」という公式見解が取られてきました。しかし、PharmaBoardroomやOECDの指摘によれば、**費用対効果評価(CEA)制度は事実上、日本型MEAとして機能してきた**と評価されています。2026年の制度議論では、このCEAを起点に、より動的な成果連動型スキームへ進化させる可能性が現実的な選択肢として浮上しています。

特にCAR-T療法やアルツハイマー病治療薬のように、上市時点では真の価値を測定しきれない製品では、上市後のリアルワールドデータを用いた価格調整が不可欠です。Frontiers in Medicineは、こうした薬剤において**「初期価格+事後的価値検証」というMEA的発想が、アクセス改善と財政規律を両立させる**と分析しています。

2026年の日本におけるMEA議論の本質は、価格を下げる仕組みではなく、価値を後から証明し直すプロセスを制度として認めるかどうかにあります。

もっとも、日本展開には制度的ハードルも明確です。電子カルテの標準化遅延、レジストリ整備の途上性、そして公定価格を個別契約で変動させることへの行政的抵抗感が、成果ベース型MEAの本格導入を難しくしています。そのため2026年時点では、**新規モダリティに限定した柔軟なコンパレーター選定や、上市後データに基づく価格引き上げ容認**といった、段階的アプローチが現実解として検討されています。

欧州のMEAが示す最大の教訓は、リスク共有は制度設計だけで完結せず、データ基盤と運用能力を含めた「エコシステム」として育成されるという点です。日本におけるMEAの成否も、契約形式そのものより、成果を測り続ける仕組みを官民で共同構築できるかにかかっています。

医療DX・サイバーセキュリティにおける共有責任モデル

医療DXとサイバーセキュリティの文脈において、2026年時点で最も重要な概念の一つが共有責任モデルです。電子カルテのクラウド化、AI診断支援、遠隔医療の常態化により、医療機関は高度なデータ処理事業者としての性格を強めています。その結果、サイバーリスクは単なるITトラブルではなく、診療停止や患者安全に直結する経営リスクへと変質しています。

共有責任モデルとは、セキュリティ対策を「どちらかが全て負う」のではなく、技術レイヤーごとに責任を分解し、合理的に分担する考え方です。HIMSSが示す2026年のヘルスケアITトレンドでは、クラウド前提のゼロトラスト環境が標準となり、この分担の明確化が不可欠とされています。

リスク領域 主な責任主体 具体的内容
物理・基盤インフラ クラウド事業者 データセンターの物理防御、可用性、災害対策
プラットフォーム クラウド事業者 OS、仮想化基盤、ネットワークの脆弱性管理
アプリ・データ 医療機関 アクセス権限、暗号化、データ利用ルール

EYの2026年調査によれば、ヘルスケア経営層の約7割が過去にサイバーインシデントによる財務的影響を経験しています。この現実が、セキュリティをコストではなく共同で管理すべき経営課題として再定義させました。

特に近年、責任分界を難しくしているのがAI診断支援やエージェント型AIの導入です。デロイトは、AIが予約調整やトリアージを自律的に行う環境では、誤作動時の責任所在を事前に契約で定義しなければ訴訟リスクが急増すると指摘しています。

2026年の共有責任モデルでは、ベンダーはアルゴリズムの性能とセキュリティ設計を保証し、医療機関は人間による確認プロセスと運用監督を担うという二層構造が一般化しています。Human-in-the-loopの維持やAI判断の説明可能性は、どちらか一方ではなく双方の共同責任と位置付けられています。

また、ランサムウェア被害を前提とした不変バックアップや迅速復旧体制の整備も、契約上の責任分担に組み込まれつつあります。攻撃を完全に防げなかった場合でも、復旧時間や診療継続性に関するSLAを共有することで、リスクを現実的に管理する発想です。

このように医療DXとサイバーセキュリティの共有責任モデルは、単なる技術論ではなく、信頼と説明責任を前提としたパートナーシップの設計そのものです。不確実性が常態化した時代において、責任を曖昧にしない共同管理こそが、医療の持続性を支える基盤となっています。

エージェント型AI時代のガバナンスと責任の所在

エージェント型AIの普及により、2026年のガバナンス論点は「誰が操作したか」ではなく、「誰が最終責任を負う設計になっているか」へと大きく転換しています。エージェント型AIは、人間の逐次指示を待たずに複数のタスクを自律的に連鎖実行するため、意思決定の因果関係がブラックボックス化しやすい特性を持ちます。この構造が、従来のIT統制や内部統制フレームワークを根本から揺さぶっています。

最大の課題は、AIの判断ミスやハルシネーションが発生した際に、責任の所在が単一主体に帰属しない点です。HIMSSやDeloitteが2026年展望で指摘するように、エージェント型AIは「設計者」「提供者」「導入者」「監督者」が分離されるため、事故時の責任追及が極めて複雑になります。例えば、医療機関で自律型トリアージAIが誤判定を行った場合、アルゴリズム設計の問題なのか、学習データの偏りなのか、運用時の監督不足なのかを切り分ける必要があります。

この状況に対し、2026年時点で国際的に主流となりつつある考え方が「責任の階層化」です。OECDやEUのAIガバナンス議論では、AIを単体の責任主体として扱うのではなく、ライフサイクルごとに責任を分解し、事前に合意する枠組みが重視されています。

フェーズ 主な責任主体 責任内容の焦点
設計・学習 AIベンダー モデル精度、バイアス管理、検証手法
導入・設定 利用組織 用途適合性、業務ルールへの適用
運用・監督 利用組織 Human-in-the-loop、異常検知
継続改善 双方 性能劣化への対応、再学習判断

重要なのは、この分担を契約と運用の両面で具体化することです。EYの調査では、AI関連インシデントを経験した組織の多くが、SLAや責任分界条項が抽象的すぎたと回答しています。2026年型の先進事例では、精度保証の範囲、想定外利用時の免責、停止権限の所在までを事前に定義する動きが広がっています。

さらに注目すべきは、「結果責任」から「プロセス責任」への転換です。すべての誤りをゼロにすることは不可能である以上、規制当局や裁判所が問うのは、合理的な検証・監督プロセスを尽くしていたかどうかになります。Deloitteはこれを「Defensible AI」と呼び、説明可能性、監査ログ、意思決定履歴の保存をガバナンスの中核に据えるべきだとしています。

エージェント型AI時代のガバナンスとは、責任を押し付け合う仕組みではなく、失敗を前提に共同で引き受ける設計思想です。リスク共有パートナーシップの文脈において、AIは単なる効率化ツールではなく、責任の再配分を迫る存在となっており、その覚悟の有無が組織の持続可能性を左右し始めています。

PPP/PFIにみる公共インフラでの官民リスク共有の進化

PPP/PFIは長らく「公共が仕様を決め、民間がその範囲でリスクを負う」枠組みとして運用されてきましたが、2026年時点ではその前提が大きく揺らいでいます。背景にあるのは、**老朽インフラの同時多発的更新、人口減少による需要不確実性、そしてインフレという外生ショック**です。内閣府のPPP/PFI推進アクションプラン令和7年改定版によれば、これらのリスクを一方的に民間へ転嫁する方式は、もはや事業成立性を損なうと明確に位置付けられています。

その象徴が、リスクを「固定」ではなく「調整可能な変数」として扱う契約設計への転換です。従来型PFIでは、需要変動や物価上昇は事業者リスクとされがちでしたが、近年は**需要・物価・災害といった制御不能リスクを官が一定程度引き受け、民は運営効率や収益創出で応える**構造が主流化しています。国土交通省が整理したスライド条項の運用明確化は、その制度的裏付けといえます。

リスク要素 従来の扱い 2026年モデルの考え方
物価・賃金上昇 民間が原則負担 スライド条項により官民で調整
需要変動 最小限のみ官が関与 収益機会付与とセットで民が負担
災害対応 例外的・協定ベース 契約に組み込んだフェーズフリー型

特に注目されるのが「稼ぐインフラ」を前提としたリスク・リターン共有です。港湾緑地や都市公園で展開されるPark-PFIやみなと緑地PPPでは、民間が需要リスクを負う代わりに、商業利用や長期運営権といったアップサイドが与えられています。**公共は維持管理コストの不確実性を低減し、民間は市場を読む力で収益を最大化する**という役割分担が明確です。

また、防災分野ではフェーズフリー型PPPが実装段階に入りつつあります。平時はホテルや道の駅として収益を上げ、非常時には避難拠点へ転用する仕組みは、災害リスクを事後対応ではなく事前に価格化する発想です。三井住友トラスト基礎研究所の分析でも、こうしたモデルは自治体の財政負担を抑えつつ、地域レジリエンスを高めると評価されています。

**2026年のPPP/PFIは、官がすべてを管理する時代でも、民にすべてを任せる時代でもありません。**不確実性を前提に、どのリスクを誰が、どの条件で引き受けるのかを動的に設計する段階に入っています。この進化は、公共インフラを単なるコストから、官民が価値を共創するプラットフォームへと変えつつあります。

日本でRSPを成功させるための戦略的条件

日本でRSPを成功させるためには、海外の先進事例をそのまま導入するのではなく、日本固有の制度・文化・市場構造を前提にした戦略的条件を満たす必要があります。2026年時点で特に重要なのは、契約以前の設計思想と、契約後の運用能力の両立です。形式的にリスクを分け合うだけでは、実質的なパートナーシップにはなりません。

第一の条件は、成果とリスクを結びつける評価軸を、事前に具体化することです。OECDやFrontiers in Medicineが示すMEAの分析によれば、RSPが機能しない最大の要因は「成果の定義が曖昧なまま契約が始まること」です。日本では特に、定量評価を避け、解釈の余地を残す慣行が強く残っていますが、2026年の制度環境下では、成果指標を数値・期間・検証方法まで落とし込むことが不可欠です。

**成果指標を曖昧にしたRSPは、単なるリスクの先送りに変質します。成功するRSPは、合意された失敗の条件を持っています。**

第二の条件は、リスク共有を可能にするデータ基盤とガバナンスの整備です。厚生労働省や中医協で議論が進む成果に基づく評価、HIMSSが指摘するレジリエンス型IT、内閣府PPP/PFIアクションプランに共通する前提は、信頼できるデータが継続的に取得・検証できることです。RWDや運用データがなければ、アップサイドもダウンサイドも計測できず、結果として形式的な固定契約に逆戻りします。

領域 必要なデータ 共有される主なリスク
医薬品 リアルワールドデータ、治療継続率 臨床効果の不確実性、財政影響
デジタル・IT 稼働率、障害復旧時間、AI精度 サイバー被害、誤作動
公共インフラ 利用者数、維持管理コスト 需要変動、インフレ

第三の条件は、失敗を前提にした関係性の構築です。EYやデロイトの2026年展望が強調するように、不確実性が常態化した環境では、すべてを事前に決め切ること自体が最大のリスクになります。日本市場でRSPを成功させているケースに共通するのは、契約書以上に、定期的な対話と再調整のプロセスが制度化されている点です。

最後に重要なのが、上下関係ではなく対等性を前提とした交渉姿勢です。JPMAやPhRMA、EFPIAの共同声明が警告する通り、一方的なリスク転嫁は短期的な財政安定をもたらしても、中長期では市場からの撤退や供給不安という形で跳ね返ります。**日本でRSPを成功させる条件とは、リスクを押し付け合わない仕組みを、制度・データ・対話の三点で支えること**に尽きます。

参考文献

Reinforz Insight
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