ここ数年、日本企業を取り巻くリスクの質と量は、かつてないほど複雑化しています。コンプライアンス違反や事故対応といった従来型のリスク管理だけでは、企業価値を守ることすら難しくなってきました。

2026年現在、リスクマネジメントは「守り」から「攻め」へと明確に役割を変えています。PBR向上を求める資本市場の圧力、コーポレートガバナンス・コードの再改訂、人的資本開示の厳格化、さらには地政学リスクやサイバー攻撃の常態化など、経営判断と直結するテーマが一気に表面化しました。

本記事では、最新の制度動向や実際の企業事例、専門家の指摘を交えながら、2026年時点で求められるリスクマネジメントの全体像を整理します。戦略とガバナンスをどう結び付けるべきか、人的資本やサプライチェーンのリスクをどう可視化するのか、そして不測の事態にどう備えるのかを俯瞰的に理解できる内容です。

経営層、リスク管理担当者、サステナビリティや経営企画に携わる方にとって、今後の意思決定に直結する視点を得られるはずです。変化の激しい時代において、自社のリスクマネジメントを次の段階へ引き上げるヒントを探してみてください。

2026年に起きているリスクマネジメントのパラダイムシフト

2026年、日本企業のリスクマネジメントは歴史的な転換点を迎えています。従来、リスク管理は事故防止や法令順守、財務リスクの抑制といった守りの機能として位置付けられてきました。しかし現在では、その役割は大きく拡張し、企業価値の持続的向上を左右する中核的な経営機能へと変貌しています。

経済産業省や金融庁が一貫して打ち出している「形式から実質へ」というメッセージは、この変化を象徴しています。チェックリスト型のリスク管理や、想定問答集としてのBCPでは、資本市場や社会からの信認を得られなくなりました。**どのリスクをあえて取り、どのリスクを回避するのかという経営判断そのものが、評価対象になっている**のです。

このパラダイムシフトの背景には、複数の構造要因が重なっています。第一に、サステナビリティと資本効率の統合です。PBR1倍割れ企業への市場規律が強まる中、現状維持は安定ではなく最大のリスクと見なされるようになりました。第二に、地政学リスクやサイバー脅威の質的変化があります。発生確率を見積もる従来型モデルでは対応できない不確実性が常態化しました。

従来の考え方 2026年の考え方
損失の最小化 価値創造との両立
発生後の対応 戦略段階での組み込み
管理部門中心 経営層の意思決定領域

国際的にもこの流れは明確です。OECDや世界経済フォーラムは、企業レジリエンスの本質を「危機を回避する力」ではなく「変化を機会に転換する力」と定義しています。リスクは外部環境に存在するものではなく、戦略の選択によって内生的に生まれるという認識が共有されつつあります。

2026年における最大の特徴は、ガバナンス、サステナビリティ、リスクマネジメントが分離不能な形で統合された点にあります。人的資本、サプライチェーン、デジタル基盤といった領域での意思決定は、短期的な損益だけでなく、中長期の企業存続可能性を左右します。**リスクマネジメントはもはやコストではなく、将来価値への投資判断そのもの**なのです。

この変化に適応できるか否かが、2026年以降の企業間格差を決定付けます。リスクを恐れて動かない企業ではなく、リスクを理解した上で戦略的に選択できる企業こそが、市場と社会から選ばれる時代に入っています。

戦略と一体化するコーポレートガバナンス改革の現在地

戦略と一体化するコーポレートガバナンス改革の現在地 のイメージ

2026年の日本企業におけるコーポレートガバナンス改革は、制度対応の完成度ではなく、**経営戦略とどこまで一体化しているか**が厳しく問われる段階に入っています。社外取締役の人数や委員会設置といった形式要件は既に標準化し、投資家や規制当局の関心は「そのガバナンスが意思決定の質をどう変え、企業価値にどう結び付いているのか」という実質面に移行しています。

特に象徴的なのが、経済産業省と東京証券取引所が推進するSX銘柄2026の評価思想です。SX銘柄では、サステナビリティ施策の有無ではなく、**長期戦略の中でリスクと機会をどう定義し、資本配分に反映しているか**が中核指標となっています。これはガバナンスを「監視装置」ではなく、「戦略実行を支える設計図」として再定義する動きだと言えます。

この変化を具体化しているのが、PBRを起点とした市場規律です。PBR1倍割れが常態化している企業は、単なる株価低迷ではなく、**戦略の妥当性そのものにガバナンス上の課題がある**と評価されるようになりました。資本コストを上回るリターンを生まない事業構成を放置すること自体が、重大な経営リスクと見なされているのです。

観点 従来のガバナンス 2026年型ガバナンス
主目的 不祥事防止・統制 価値創造と資本効率向上
リスクの捉え方 回避すべきもの 戦略的に取るもの
取締役会の役割 監督中心 戦略と資源配分への関与

2026年半ばに予定されるコーポレートガバナンス・コード再改訂も、この流れを明確に後押ししています。金融庁の議論では、ROEやROICの水準そのものより、**それらをどう設定し、どのリスクを取って改善しようとしているのかを説明できるか**が重視されています。抽象的な方針ではなく、資本コストの認識、目標とのギャップ、具体策までを一体として語ることが求められています。

中でも注目されるのが、政策保有株式の縮減と再投資の文脈です。単に株式を減らすことが評価されるのではなく、**捻出した資金を成長投資や人的資本にどう再配分するか**がガバナンスの実効性として問われています。これはリスク低減とリスクテイクを同時に設計する高度な経営判断であり、取締役会の戦略関与能力が可視化される領域です。

さらに、内部統制報告制度の厳格化により、ガバナンスの信頼性も再定義されています。監査人の評価範囲拡大は、形式的な統制では不十分であることを示しており、**戦略上重要な拠点やプロセスが統制対象から外れていないか**が改めて問われています。攻めの戦略と守りの統制を切り離さず、同じ経営ストーリーの中で説明できる企業ほど、市場からの評価は高まっています。

総じて2026年の現在地は、ガバナンスを「守りの義務」から「戦略を成立させる条件」へと昇華できているかの分水嶺です。**戦略なきガバナンスも、ガバナンスなき戦略も評価されない**という前提の下で、取締役会と経営陣の役割そのものが再設計されつつあります。

SX銘柄2026が示す市場の新しい評価軸

SX銘柄2026が市場に突きつけている最大のメッセージは、企業評価の物差しが根本から変わったという事実です。従来の市場評価は、売上成長率や利益水準といった短中期の財務指標が中心でしたが、2026年現在、その前提は明確に揺らいでいます。**SX銘柄は、財務パフォーマンスの背後にある「意思決定の質」や「価値創造の再現性」そのものを評価軸に据えています。**

経済産業省の募集要領によれば、SX銘柄2026では、企業が掲げるパーパスや価値観と、長期戦略、リスク認識、事業変革の整合性が重点的に審査されています。これは、単にESG施策を実施しているかどうかではなく、**社会課題や構造変化をどのように経営上のリスクと機会として再定義し、資本配分に反映しているか**が問われていることを意味します。

特に注目すべきは、PBRを巡る評価ロジックの変化です。SX銘柄2026では、PBR1倍割れは「改善余地のある状態」ではなく、将来価値創出に対する市場からの否定的シグナルとして明確に位置付けられています。東京証券取引所が強調する資本コスト経営の文脈とも重なり、**資本コストを上回るリターンを恒常的に生み出せないビジネスモデルは、それ自体が重大な経営リスクと見なされるようになっています。**

評価観点 従来型の市場評価 SX銘柄2026の評価軸
時間軸 短中期(四半期・年度) 長期(10年超の持続性)
重視指標 売上・利益成長 価値創造ストーリーと再現性
リスクの扱い 回避・最小化 戦略的に選別し活用
PBRの意味 結果指標 経営の質を映す総合指標

この新しい評価軸の本質は、リスクマネジメントの位置付けにも表れています。SX銘柄では、リスクを「想定外の損失要因」としてではなく、**将来の競争優位を左右する不確実性としてどう引き受け、どう制御するか**が評価対象となります。気候変動、人的資本、サプライチェーンといったテーマは、対応の有無ではなく、経営戦略にどの程度組み込まれているかが問われています。

実際、機関投資家の間では、SX銘柄の選定企業について「中期経営計画の数値よりも、その前提となるリスク認識やシナリオ分析の質が投資判断に影響する」という見方が広がっています。日本取引所グループや海外の年金基金関係者のコメントでも、**定性的なガバナンス情報が企業価値評価に与える影響は年々高まっている**と指摘されています。

つまりSX銘柄2026は、単なる認定制度ではなく、市場参加者全体に対する評価基準のアップデート宣言です。企業は「何をどれだけ稼いだか」だけでなく、**どのようなリスクを引き受け、どの社会的価値を通じて将来の収益を構想しているのか**を説明できなければ、適正な評価を得られない時代に入っています。この評価軸の転換こそが、2026年の市場が最も重視している変化だと言えます。

PBRと資本コストから読み解く経営リスクの再定義

PBRと資本コストから読み解く経営リスクの再定義 のイメージ

2026年の資本市場において、PBRと資本コストは単なる財務指標ではなく、経営リスクそのものを映し出すレンズとして機能しています。**PBRが1倍を下回る状態は、もはや「割安」ではなく、資本を適切に活用できていないという構造的リスクのシグナル**として受け止められるようになりました。東京証券取引所や金融庁が繰り返し強調しているのは、企業が自らの資本コストを明確に認識し、それを上回るリターンを恒常的に創出できているかという一点です。

資本コストは、株主が企業に求める最低限の期待収益率を意味します。多くの機関投資家は日本企業の株主資本コストを8〜10%程度と見積もっており、ROEやROICがこれを下回る状態が続くことは、**静かに価値が毀損し続ける「見えにくい経営リスク」**と評価されます。日本銀行や主要年金基金の運用方針に詳しい専門家の分析でも、低収益体質が長期化する企業ほど、株価の下振れ耐性が弱く、外部環境変化に脆弱である傾向が示されています。

この文脈で重要なのは、PBR改善策の中身です。自社株買いや資産売却による一時的な数値改善は、短期的にはPBRを押し上げますが、**成長投資や事業変革を伴わない場合、中長期的なリスクをむしろ増幅させる**ことになります。経済産業省のSX関連資料でも、資本効率の改善と同時に、社会課題解決を通じた成長戦略を描けているかが、企業価値評価の分水嶺になると指摘されています。

視点 短期的対応 中長期的なリスク評価
PBR対策 自社株買い・配当増 成長余地の枯渇、将来キャッシュフロー不安
資本配分 現状維持・内部留保 資本コスト未達による評価低迷
成長投資 人的資本・SX投資 不確実性は高いが価値創造余地が拡大

2026年のガバナンス議論では、**「現状維持は低リスク」という前提そのものが否定**されています。市場から見れば、資本コストを下回る経営を続けることは、緩慢な価値破壊を放置する行為であり、取締役会が監督すべき重大なリスクです。コーポレートガバナンス・コードの再改訂議論でも、資本コストと収益性のギャップをどう認識し、どのリスクを取って埋めるのかという説明責任が、取締役会の中核的な役割として位置付けられています。

言い換えれば、PBRと資本コストは「結果指標」であると同時に、「意思決定の質」を測る指標でもあります。**将来の不確実性を理由に投資を先送りする姿勢こそが、最大の経営リスク**になりつつあるのです。投資家が注視しているのは、数値そのものよりも、経営陣がどのリスクを認識し、どのリスクを引き受けて価値創造に挑もうとしているかという一貫したストーリーです。2026年の資本市場では、その説明ができない企業ほど、静かに、しかし確実に評価を失っていきます。

内部統制報告制度の厳格化が企業に与える影響

内部統制報告制度の厳格化は、企業に対して単なる手続き負荷の増加ではなく、経営の透明性と説明責任を根本から問い直す変化をもたらしています。2026年に適用される改訂では、経営者評価を前提とする従来の枠組みから一歩踏み込み、監査人が主体的に評価範囲の妥当性へ関与する設計へと転換しました。

金融庁および企業会計審議会の実施基準改訂によれば、監査人は財務諸表監査の過程で識別した重要な誤謬や不備が、内部統制評価の対象外から生じていた場合、その拠点や業務プロセスを評価範囲に含めるよう経営者と協議する責任を負います。金額的重要性だけでは切り捨てられない「質的リスク」が、制度上も明確に位置付けられた点が最大の特徴です。

観点 従来の実務 2026年以降
評価範囲の決定 経営者主導 監査人が妥当性を検証
重要性判断 金額基準中心 不正・不備の質を重視
評価対象外拠点 追認されやすい 追加評価を要請され得る

この変更は、特に多拠点展開企業や金融機関に大きな影響を与えています。2025年から2026年にかけて表面化した長期横領や不正会計事案では、問題の温床となった支店や業務が長年評価対象外であったケースが多く、金融庁関係者も「形式的な内部統制が不正を見逃してきた」と指摘しています。評価対象外であること自体がリスクと見なされる時代に入ったと言えます。

企業側にとっての実務的インパクトは大きく、監査対応の後追いでは不十分です。監査法人からの指摘を待つのではなく、自社で不正リスクが高いプロセスや属人化した業務を洗い出し、評価範囲へ自律的に組み込む姿勢が求められます。これは内部監査部門やリスク管理部門の役割拡張を意味し、経営と現場をつなぐガバナンス機能の強化につながります。

一方で、厳格化はコスト増だけをもたらすものではありません。日本公認会計士協会の議論でも、内部統制の実効性向上は財務報告の信頼性を高め、結果として資本市場での評価安定に寄与するとされています。内部統制の不備が原因で決算修正や開示遅延が生じれば、株価や信用力への影響は計り知れません。

2026年の内部統制報告制度は、守りの仕組みであると同時に、企業価値を毀損しないための戦略的インフラへと進化しました。制度対応を「監査対応業務」と矮小化せず、経営リスクの早期発見装置として再定義できるかどうかが、企業間で明確な差を生み始めています。

人的資本開示の拡充と労働リスクの可視化

2026年において人的資本開示は、単なる情報公開の枠を超え、労働リスクをどこまで可視化し、経営として管理できているかを測る指標へと進化しています。金融庁の方針により、2026年3月期から有価証券報告書での人的資本開示は質・量ともに拡充され、投資家や金融機関は人材に関する不確実性を「測定可能なリスク」として評価する姿勢を明確にしています。

特に注目されているのが、採用と離職を軸とした人材の流動性です。従来は総離職率のみが開示されるケースが大半でしたが、2026年以降は自発的離職と非自発的離職の区分が重要視されます。自発的離職率の上昇は、エンゲージメント低下やキャリア停滞の兆候として、人材流出リスクを早期に示すシグナルと捉えられます。

この背景には、人的資本を企業価値の源泉と位置付ける国際的な潮流があります。OECDやIFRS財団が示すサステナビリティ開示の考え方によれば、人材に関する不透明性は将来キャッシュフローの不確実性を高め、結果として資本コストを押し上げる要因になるとされています。

開示項目 2026年の注目点 労働リスクとの関係
離職率 自発的・非自発的の内訳 人材流出・組織劣化リスク
勤続年数 流動性とのバランス 硬直化・新陳代謝不足
サクセッション 重要ポストの後継計画 事業継続・経営空白リスク

もう一つの大きな変化が、サクセッションプランの開示です。CEOに限らず、事業部門長や専門職リーダーといった中核人材について、後継者候補の有無や育成状況を示すことが求められます。「適任者がいない」という状態そのものが、顕在化した経営リスクと見なされる時代に入っています。

労働リスクの可視化は、IPO市場でも厳格に問われています。証券審査では、未払い残業代などの表面化した問題だけでなく、過重労働を防ぐ仕組みや健康管理体制といった予防的な取り組みが、ゴーイングコンサーンの観点から評価対象となっています。法令順守だけでは不十分であり、自社基準によるリスク管理ができているかが問われています。

重要なのは、これらの開示が人事部門だけの仕事ではなく、経営戦略そのものである点です。人的資本データを通じて労働リスクを定量化し、将来の成長を阻害する要因を早期に示せる企業ほど、市場からの信頼を獲得しています。人的資本開示の拡充は、企業が人に関する不確実性と正面から向き合っているかを映す、最も率直な鏡と言えるでしょう。

サプライチェーンと人権・経済安全保障リスクの交差点

2026年におけるサプライチェーン管理の本質的な難しさは、人権リスクと経済安全保障リスクが同一の取引関係の中で同時に顕在化する点にあります。従来は、児童労働や強制労働といった人権課題はサステナビリティ部門、特定国依存や技術流出といった安全保障課題は調達・法務部門が個別に対応してきました。しかし現在、その分業モデルは限界を迎えています。

EUの企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)が示すのは、サプライチェーン上の人権侵害に対する企業の是正責任の明確化です。一方、日本の経済安全保障推進法は、特定国リスクを前提とした調達制約を企業に課しています。問題は、人権リスクが高い地域と、経済安全保障上の懸念国が重なるケースが少なくないことです。この重なり合いが、企業に極めて高度な判断を迫っています。

論点 人権デューデリジェンス 経済安全保障対応
主な目的 労働者の権利侵害防止 国家・事業の安定確保
典型的対応 是正支援・エンゲージメント 調達先変更・排除
衝突点 取引継続を前提 取引遮断を志向

東京海上ディーアールの解説によれば、CSDDD下では「問題のあるサプライヤーから撤退するだけでは責任を果たしたことにならない」と明確に示されています。これは、人権侵害が確認された場合でも、可能な限り対話と改善支援を行う義務を意味します。しかし経済安全保障の文脈では、懸念国との取引継続そのものがリスクと評価されるため、同じ行為が一方では義務、他方ではリスクとなる矛盾が生じます。

この矛盾を解く鍵は、リスクを二元論で捉えないことです。先進企業では、一次・二次サプライヤーを対象に、人権指標と安全保障指標を統合した独自のリスクスコアリングを導入しています。具体的には、強制労働リスク、政府関与度、技術機微性といった要素を横断的に評価し、是正支援が現実的か、段階的な調達転換が必要かを経営レベルで判断します。

重要なのは、サプライチェーンから「排除するか、守るか」という短絡的選択ではなく、時間軸を含めた戦略判断です。短期的には依存度を下げつつ、中長期的には人権水準の引き上げに関与する。この二層構造のアプローチこそが、2026年以降のグローバル企業に求められる現実解であり、サプライチェーンを単なるコスト構造から、持続的競争力の源泉へと転換する分水嶺になっています。

GRCとテクノロジー活用がもたらすリスク管理の高度化

GRCとテクノロジー活用は、2026年におけるリスク管理高度化の中核を成しています。法規制、地政学、サイバー、サステナビリティといったリスクが同時多発的に企業を襲う中、人手と属人的判断に依存した管理は限界を迎えています。この課題に対し、GRCソリューションは単なるコンプライアンス支援ツールから、経営判断を支えるインフラへと進化しています。

IDC JapanやITRの最新調査によれば、国内GRC関連市場は2025年から2026年にかけて堅調な成長を続けており、特に投資が集中しているのが「統合型リスク可視化」と「AIによる予兆検知」です。複数部門に分散していたリスク情報を一元管理し、財務・非財務の指標を横断的に結びつけることで、リスクが企業価値に与える影響をリアルタイムで把握できるようになっています。

機能領域 従来型管理 GRC×テクノロジー活用
リスク把握 定期的な手作業評価 データ連携による常時モニタリング
規制対応 改正後の事後対応 AIによる法規制変更の自動検知
経営報告 部門別・断片的 経営ダッシュボードで統合表示

特に注目されるのが、AIを活用したリーガル・リスクおよびサプライチェーン・リスクの検知です。法令改正や制裁リストの更新、地政学的イベントと自社取引先データを突合し、影響度の高いリスクを自動でアラートする仕組みは、対応の初動を大幅に短縮します。デロイトなどの専門家は、初動の数日差が数十億円規模の損失差につながると指摘しています。

一方で、テクノロジー導入そのものが新たなリスクを生む点にも注意が必要です。ブラックボックス化したAI判断を無批判に受け入れれば、説明責任を果たせなくなる恐れがあります。そのため先進企業では、GRCツールを「判断の代替」ではなく「判断の補助」と位置付け、最終的な意思決定は人が行うガバナンス設計を重視しています。

GRCとテクノロジーの本質的価値は、リスクを自動的に排除することではなく、経営がより早く、より正確に意思決定できる状態をつくる点にあります。

2026年のリスクマネジメントにおいて問われるのは、ツール導入の有無ではありません。自社のリスク許容度や戦略とGRCデータをどう結びつけ、経営判断に落とし込めているかが、企業価値を分ける決定的な差となっています。

サイバーセキュリティとBCPが経営課題になる理由

2026年においてサイバーセキュリティとBCPが経営課題として扱われる最大の理由は、被害の性質がITトラブルから企業価値の毀損へと不可逆的に変化した点にあります。ランサムウェアやサプライチェーン攻撃はもはや例外的事象ではなく、業種や規模を問わず発生する前提リスクとなりました。

IDC Japanの調査によれば、日本企業が認識する中期的な成長阻害要因としてサイバーリスクは常に上位に位置しており、特に2025年以降は「事業停止リスク」としての重みが急速に増しています。攻撃そのものよりも、復旧の遅れや判断ミスが売上喪失、顧客離反、株価下落に直結する構造が明確になったためです。

この変化を象徴するのが、NISTが公表したサイバーセキュリティフレームワーク2.0です。従来の技術管理中心の枠組みに、ガバナンスが正式に組み込まれ、経営層が説明責任を負う領域として位置付けられました。サイバー対応はIT部門の最適化問題ではなく、経営判断の質が問われるテーマへと昇格しています。

観点 従来の位置付け 2026年の位置付け
サイバー攻撃 情報漏えい対策 事業継続・企業価値リスク
BCP 自然災害対応 サイバー含む全社危機対応
判断主体 IT・総務部門 経営層・取締役会

実務面でも、身代金支払いの可否、全システム停止の判断、顧客や市場への開示タイミングなど、経営として即断を迫られる局面が常態化しています。専門家の間では「技術的正解よりも経営としての納得解が問われる」との認識が共有されつつあります。

また、クラウド利用や外部委託の拡大により、被害範囲が自社単体にとどまらない点も重要です。サプライヤーや業務委託先でのインシデントが自社の操業停止に直結するケースが増え、BCPは単なる社内計画では機能しなくなっています。

こうした背景から、サイバーセキュリティとBCPはコストではなく、企業のレジリエンスを測る経営指標として投資家や取引先から評価される対象になりました。備えの有無そのものが、企業の持続可能性を左右する時代に入っています。

自然災害・不祥事対応に学ぶクライシスマネジメントの実像

自然災害と企業不祥事は性質こそ異なりますが、危機発生時に組織の真価が問われるという点では共通しています。2026年時点の最新事例を分析すると、被害の大小を分けた決定的な要因は、事前の想定精度よりも初動対応のスピードと意思決定の一貫性にあることが明確になっています。クライシスマネジメントは計画書の完成度ではなく、現場と経営がどれだけ即応できるかの実践知です。

自然災害対応では、南海トラフ巨大地震の新被害想定が象徴的です。政府の検討会によれば、被害は地域ごとに極端な偏りが生じるとされ、従来の一律型BCPでは対応できないリスクが浮き彫りになりました。実際、2025年に公表された損保業界の調査では、被災企業の半数以上が「想定外の事態で意思決定が止まった」と回答しており、マニュアル依存の限界が示されています。

観点 自然災害対応 不祥事対応
初動の焦点 人命・事業継続の即時判断 情報開示と謝罪のスピード
失敗要因 想定の固定化 事実確認の遅延
評価軸 復旧までの時間 信頼回復までの期間

一方、不祥事対応で注目されたのが外食産業の異物混入事案です。宣伝会議などの分析によれば、消費者評価を大きく下げた要因は事案そのものよりも、公式説明まで約2か月を要した点でした。SNS時代においては、完全な事実確認を待つ姿勢が、結果的に「隠している」という印象を強めてしまいます。

金融機関で相次いだ内部不正も同様です。金融庁や監査基準の専門家が指摘するように、問題は個人の犯罪性ではなく、兆候を把握しながら是正できなかった組織の判断遅延にありました。内部通報や顧客相談窓口が機能していれば、被害は限定的であった可能性が高いと評価されています。

危機時に重要なのは「正しい判断」よりも「止まらない判断」です。判断を誤れば修正できますが、沈黙は信頼を急速に毀損します。

自然災害と不祥事の双方から導かれる教訓は、クライシスマネジメントを現場任せにしないことです。経営層が判断基準を平時から共有し、情報が不完全でも動ける権限委譲を行う企業ほど、回復が早い傾向があります。2026年の実像は、危機対応がガバナンスそのものであることを示しています。

2026年以降に求められるリスクマネジメント人材像

2026年以降に企業から求められるリスクマネジメント人材は、従来の「規程を守らせる専門家」ではなく、経営の意思決定に直接影響を与える戦略人材へと明確に進化しています。経済産業省や金融庁が示す各種ガイドラインや市場規律が共通して求めているのは、リスクを単独で管理する能力ではなく、財務・非財務を横断して価値創造につなげる統合力です。

特にSX銘柄やコーポレートガバナンス・コード改訂の文脈では、リスクマネジメント担当者が資本コスト、成長投資、サステナビリティ課題を一体として説明できるかどうかが、投資家評価を左右します。デロイトなどの国際的プロフェッショナルファームの調査でも、投資家は「リスクの有無」よりも「リスクをどう収益機会に変換するか」という説明力を重視する傾向が強まっていると指摘されています。

その結果、2026年以降に評価される人材像は、専門知識の深さよりも、複数領域を翻訳し意思決定につなぐ能力に軸足が移っています。

求められる能力 具体的な行動 経営への貢献
統合的思考力 財務指標と人的資本・ESGリスクを同時に分析する 資本配分の質を高めPBR向上に寄与
ストーリーテリング力 リスク情報を中期経営計画や開示資料に落とし込む 投資家・取締役会の理解促進
判断支援力 不確実な状況で複数シナリオを提示する 迅速で説明可能な経営判断を実現

また、人的資本開示の厳格化により、リスクマネジメント人材自身にも人と組織への理解が不可欠となっています。離職率やサクセッションプランといった指標は、単なる人事データではなく、事業継続性そのものを示すリスク指標として扱われます。金融庁の開示方針に沿えば、これらを読めないリスク担当者は経営議論の俎上に上がれません。

さらに重要なのが、有事における「判断の質」です。NIST CSF 2.0がガバナンスを中核に据えたように、サイバー攻撃や不祥事対応では、正解が存在しない中でトレードオフを選ぶ力が問われます。専門家任せにせず、経営層と共通言語で議論し、決断を支える役割こそが中核業務になります。

2026年以降のリスクマネジメント人材とは、リスクを恐れる管理者ではなく、不確実性を前提に企業価値を設計できる意思決定の伴走者です。この役割を担えるかどうかが、企業の持続的成長を左右する分水嶺になっています。

参考文献

Reinforz Insight
ニュースレター登録フォーム

ビジネスパーソン必読。ビジネスからテクノロジーまで最先端の"面白い"情報やインサイトをお届け。詳しくはこちら

プライバシーポリシーに同意のうえ