近年、「技術流出」という言葉の重みが、ビジネスの現場で大きく変わりつつあります。かつては一部の不正行為や情報漏洩事故として捉えられていた問題が、いまや企業の存続や成長、さらには国家の競争力そのものを左右する経営課題となっています。
2026年現在、日本では経済安全保障を軸とした法制度の整備が急速に進み、企業や研究機関に求められる責任と対応水準はかつてないほど高度化しています。セキュリティ・クリアランス制度の本格運用、営業秘密保護の強化、大学における研究インテグリティの厳格化など、現場は大きな転換点に立たされています。
一方で、内部不正や転職に伴う情報の持ち出し、クラウドや生成AIの利用拡大など、技術流出の経路は複雑化しています。自社は本当に守れているのか、どこから手を付けるべきなのか、不安や疑問を抱える方も多いのではないでしょうか。
本記事では、2026年時点の最新動向と具体的な事例をもとに、技術流出防止がなぜ「経営戦略」そのものになったのかを整理します。さらに、企業・研究機関が実務で押さえるべきポイントと、これからの時代に求められる知財・情報管理の考え方を分かりやすく解説します。
経済安全保障が経営の中核に位置づけられた背景
2024年から2026年にかけて、経済安全保障が企業経営の中核に位置づけられるようになった背景には、単なる規制強化では説明しきれない構造的変化があります。最大の転換点は、技術やデータが「企業の競争力の源泉」であると同時に、「国家の戦略資産」として扱われ始めた点にあります。内閣府や経済産業省が繰り返し示している通り、先端技術の流出は個社の損失にとどまらず、国全体の産業基盤や安全保障に直結する問題として再定義されました。
この認識転換を決定づけたのが、地政学リスクの急激な高まりです。米中対立の長期化、ロシアによるウクライナ侵攻以降の国際秩序の変動を受け、G7各国はサプライチェーンと技術覇権を重視する政策へと大きく舵を切りました。世界経済フォーラムやOECDの分析でも、半導体、AI、量子技術などの分野では「市場原理だけに委ねた効率性」が国家リスクを高めると指摘されています。日本企業も例外ではなく、経営判断が国際政治と切り離せない局面に入っています。
もう一つの重要な背景が、内部不正と人材流動化の常態化です。終身雇用を前提とした管理モデルが崩れ、転職や副業が一般化する中で、営業秘密や研究データが「個人の成果」と誤認され持ち出される事例が相次ぎました。情報処理推進機構が公表した情報セキュリティ10大脅威でも、内部不正は依然として上位に位置し、経営リスクとして定量的に認識されています。経済安全保障は、もはや特殊な防衛産業だけの話ではなく、一般企業の人事・評価制度とも深く結びついています。
さらに、アカデミアを含む官民連携の変質も見逃せません。文部科学省が主導する研究インテグリティ強化の流れにより、大学や研究機関でも資金や人の流れの透明性が強く求められるようになりました。産学共同研究を行う企業にとって、研究先のガバナンス体制は自社の経営リスクに直結します。経営層が経済安全保障を理解しないまま研究開発投資を行うこと自体が、重大なリスクとなりつつあります。
| 従来の位置づけ | 2026年時点の位置づけ |
|---|---|
| コンプライアンス・法務課題 | 経営戦略・事業継続の中核 |
| 一部先端産業の問題 | 全産業共通の経営課題 |
| 情報漏えい対策 | 国際信頼と競争力の基盤 |
経済安全保障が経営の中心に据えられた本質的理由は、「守らなければ失う」のではなく、「守れなければ選ばれない」時代に入ったことにあります。政府調達、国際共同研究、グローバルサプライチェーンへの参画条件として、情報管理体制そのものが企業価値を測る指標になりました。この不可逆的な変化こそが、経済安全保障を経営の周縁から中核へと押し上げた最大の背景です。
2024〜2026年に起きた法制度の大転換とは何か

2024年から2026年にかけて、日本の法制度は「技術流出対策」という限定的なテーマを超え、経済安全保障を軸とする国家戦略へと質的転換を遂げました。最大の特徴は、従来は企業の自主的対応に委ねられてきた知的財産や研究情報の管理が、**法的義務として強制力を伴う領域に引き上げられた**点にあります。これは過去の部分的な法改正とは異なり、企業活動そのものの前提条件を塗り替える変化でした。
象徴的なのが、2025年5月に施行された重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律です。内閣府の制度設計資料によれば、本法は漏えい時に国家安全保障へ重大な影響を及ぼす情報を「重要経済安保情報」として指定し、その取扱者を国が適性評価した者に限定します。**誰がどの情報に触れてよいかを国家が線引きする仕組み**が、日本で初めて本格稼働したことになります。
この転換は、既存法制の位置づけも大きく変えました。2025年に経済産業省が改訂した営業秘密管理指針では、不正競争防止法における「有用性」要件の解釈が拡張され、失敗データやAI学習用の中間データも、事業で利用されていれば保護対象となると明示されています。最高裁判例の流れを踏まえたこの改訂は、**データの価値判断を侵害者目線から保有者目線へと転換した**点で画期的でした。
| 期間 | 制度的変化 | 実務への影響 |
|---|---|---|
| 2024年 | フリーランス取引適正化法施行 | 外部委託先の秘密情報管理が法的義務化 |
| 2025年 | 重要経済安保情報保護活用法施行 | 適性評価なしでは情報アクセス不可 |
| 2025年 | 営業秘密管理指針改訂 | ビジネスデータ全般が保護対象に拡張 |
さらに見逃せないのが、これらの法制度が相互に連動している点です。フリーランス保護新法の施行により、企業は委託先とのNDAや情報範囲の特定を怠れば、営業秘密侵害のリスクを自ら高める構造になりました。デロイト トーマツの解説によれば、サプライチェーン全体での情報管理体制が整っていなければ、法的保護そのものが否定されかねないとされています。
結果として2026年時点の日本では、技術やデータを持つこと自体が競争優位であると同時に、**適切に管理できなければ事業参入資格を失う時代**に入りました。この2年間の法制度の大転換は、規制強化ではなく、信頼を前提とした市場参加ルールの再定義だったと言えます。
セキュリティ・クリアランス制度が企業活動に与える影響
セキュリティ・クリアランス制度の本格運用は、企業活動の前提条件そのものを大きく変えつつあります。特に重要なのは、この制度が単なる法令対応ではなく、事業機会の可否を左右する経営インフラとして機能し始めている点です。
2025年5月に施行された重要経済安保情報保護活用法により、国が指定する重要経済安保情報にアクセスできるのは、適性評価を経た人材に限定されました。内閣府資料によれば、同盟国との共同研究や政府調達案件では、クリアランス保有者の関与が事実上の参加条件となるケースが増えています。
この結果、企業は研究開発力や価格競争力に加え、人的・組織的な信頼性を市場から評価されるようになりました。特にAI、半導体、量子、サイバー分野では、クリアランス未対応を理由に国際コンソーシアムから除外される事例も専門家の間で指摘されています。
| 影響領域 | 企業活動への具体的影響 | 経営上の意味合い |
|---|---|---|
| 人材管理 | 特定業務に従事できる人材が限定される | 配置・採用戦略の再設計が必要 |
| 研究開発 | アクセス権限に応じた情報分離が必須 | 開発スピードと統制の両立が課題 |
| 取引・提携 | SC対応状況が審査項目化 | 信頼性が競争優位に直結 |
社内運営にも影響は及びます。クリアランス保有者のみが入室・閲覧できる物理空間や情報区画の整備が進み、企業内部でアクセス権の階層化が常態化しました。これは公平性の問題をはらむ一方、情報管理を前提とした評価・報酬制度への転換を促しています。
日本経済団体連合会の有識者コメントでは、SC制度対応は短期的にはコスト増要因だが、中長期的には国際標準への適合を通じた取引信用の向上につながるとされています。実際、欧米ではクリアランス体制を整えた企業ほど政府・防衛関連案件への参入余地が広がっています。
つまりセキュリティ・クリアランス制度は、企業に制約を課す制度であると同時に、信頼を可視化し、選ばれる企業になるための装置でもあります。この認識を持てるかどうかが、2026年以降の企業競争力を静かに分け始めています。
営業秘密管理の再定義と不正競争防止法の実務的ポイント

2026年時点での営業秘密管理は、単なる情報管理ルールではなく、経営リスクを左右する実務領域として再定義されています。その中心にあるのが、不正競争防止法と、2025年3月に経済産業省が改訂した営業秘密管理指針です。この改訂により、企業が保有する情報の多くが、適切な管理を前提に法的保護を受け得ることが明確になりました。
実務上、最も重要な変化は「有用性」要件の解釈です。従来は、売上や競争優位に直結する情報でなければ営業秘密と認められにくい場面がありました。しかし改訂指針では、事業活動に利用されている情報であれば、成功・失敗を問わず有用性が肯定されると整理されています。経済産業省の見解によれば、失敗した研究データや試行錯誤の履歴、AI学習用の中間データも、企業にとって再利用可能である限り保護対象となります。
この再定義は、近年の裁判例とも整合しています。東京地裁や大阪地裁では、侵害者側が情報を十分活用できなかった場合でも、保有者側に利用価値があれば有用性を認める判断が積み重なっています。知財高裁の判例動向を分析した複数の法律事務所も、営業秘密の保護範囲は「企業の日常業務データ全般に広がっている」と評価しています。
| 観点 | 従来の実務理解 | 2026年の実務理解 |
|---|---|---|
| 有用性 | 直接的な利益や成功データが中心 | 失敗データや中間成果も含む |
| 管理対象 | 研究成果・設計図など限定的 | 顧客情報、業務ログ、AI用データまで拡張 |
| 争点 | 情報の価値そのもの | 秘密管理性の実効性 |
一方で、保護範囲の拡大は企業に新たな責任を課します。秘密管理性が形式的に存在するだけでは足りず、誰が、いつ、どの範囲でアクセスできるのかを説明できる状態が求められます。TDKや東芝系列の摘発事例が示すように、個人メールへの送信やクラウド経由の持ち出しは、管理の甘さが即座に刑事リスクへ転化します。
さらに重要なのが、フリーランス保護新法との連動です。外部委託先との取引において、秘密情報の範囲や取扱方法を明示しないまま業務を依頼すると、不正競争防止法上の保護が否定されるリスクがあります。改訂指針では、委託先に対する教育や監督も秘密管理性を構成する要素とされており、サプライチェーン全体での管理が前提条件になっています。
実務家の間では、営業秘密管理はもはや法務部門だけの仕事ではなく、人事、IT、現場部門を横断するガバナンス課題だと認識されています。不正競争防止法は「侵害された後に使う法律」ではなく、「侵害を防ぐ体制を説明するための法律」へと性格を変えつつあります。この認識転換こそが、2026年における最大の実務ポイントです。
大学・研究機関に求められる研究インテグリティの新常識
2026年現在、大学や公的研究機関に求められる研究インテグリティは、もはや研究者個人の倫理意識に委ねられるものではなく、**組織ガバナンスそのものの成熟度を示す指標**として扱われています。文部科学省と内閣府が示す各種施策によれば、研究インテグリティとは研究不正防止にとどまらず、外国勢力からの不当な影響排除、資金や人的関係の透明化、そして技術流出防止までを包含する概念です。
特に重視されているのが、**研究者の兼業・所属・資金の「全開示」**です。科研費などの公的資金申請時には、国内外の全ての雇用関係、名誉職、アドバイザー契約、外国人材プログラムへの参加状況、さらに外国政府や企業からの資金提供や現物支援まで報告対象となっています。文部科学省の資料によれば、この仕組みは過去に国際的に問題となったシャドーラボや二重利益取得の再発防止を主目的としています。
| 管理対象 | 2026年の要求水準 | 背景リスク |
|---|---|---|
| 兼業・所属 | 国内外を問わず全件申告 | 責務相反・二重雇用 |
| 研究資金 | 現金・現物を含め全面開示 | 外国からの不当影響 |
| 国際共同研究 | 契約内容と相手先精査 | 技術流出・みなし輸出 |
この流れを象徴する具体例として、法政大学の取り組みが専門家の間で注目されています。同大学は2025年に国際化リスクマネジメント専門委員会を設置し、全専任教員を対象に年1回のモニタリングを実施しています。利益相反の定義には、金銭的利害だけでなく**「外国等からの不当な影響や技術流出リスク」**が明記され、研究契約の事前相談体制も整備されました。
研究インテグリティの本質は、研究の自由を制限することではなく、研究成果が国際的に信頼され、安心して共有できる環境を整える点にあります。
さらに、外為法に基づくみなし輸出管理の厳格化により、留学生や外国人研究者への技術提供も制度的管理の対象となっています。研究室単位での判断は許されず、大学全体として特定類型該当性の確認や誓約書取得を行う体制が一般化しました。現場の事務負担は増していますが、内閣府関係者は「これは国際標準への適合コストであり、避けて通れない」と指摘しています。
このように、2026年の大学・研究機関における新常識は、**研究インテグリティを“守り”ではなく“競争力の源泉”として位置付けること**です。透明性と説明責任を前提とした研究体制を構築できるかどうかが、国際共同研究への参加資格や資金獲得力を左右する時代に入っています。
内部不正と地政学リスクが結びつく最新脅威の実態
2026年時点で顕在化している最大の特徴は、**内部不正が単独の不祥事ではなく、地政学リスクと結びついた複合脅威へと変質している点**です。情報処理推進機構が公表した「情報セキュリティ10大脅威2025」では、「内部不正による情報漏えい」が依然として上位に位置する一方で、「地政学的リスクに起因するサイバー攻撃」が初めてランクインしました。
これは、国家間の緊張や外交摩擦が高まる局面で、企業内部の人材や権限が“突破口”として利用される現実を示しています。経済産業省や内閣府の議論でも、技術流出はもはや企業の損失にとどまらず、国家の競争力を左右する安全保障課題として扱われています。
特に問題となっているのが、**正規のアクセス権限を持つ内部者が、外国勢力の利益と結果的に連動してしまうケース**です。金銭的動機、転職時のキャリア不安、研究資金への依存といった個人的要因が、地政学的に不利な技術移転へとつながる構造が浮かび上がっています。
| 観点 | 従来型の内部不正 | 2026年型の複合脅威 |
|---|---|---|
| 主な動機 | 金銭目的・私的利用 | 転職・研究資金・国家的利害 |
| 影響範囲 | 企業単体 | 産業・国家レベル |
| 外部要因 | 限定的 | 国際情勢・外交関係 |
SentinelOneの2025年統計によれば、データ侵害の82%がクラウド環境に関連し、その多くが設定ミスや権限管理の不備に起因しています。こうした環境では、内部者が意図せず、あるいは意図的に大量の機微情報へアクセスできる状況が生まれやすくなります。
専門家の間では、**内部不正対策と地政学リスク対策を切り離して考えること自体が危険**だと指摘されています。NISTやOECDの議論でも、インサイダーリスクは国家背景を持つアクターの戦略の一部として位置づけられつつあります。
企業にとって重要なのは、内部不正を「起こり得る例外」ではなく、「国際情勢と連動して必然的に発生し得るリスク」と再定義することです。その認識転換こそが、2026年以降の実効性ある技術防衛の出発点になります。
実際に起きた技術流出事件から読み解く共通パターン
実際に起きた技術流出事件を横断的に分析すると、業種や技術分野が異なっていても、驚くほど共通したパターンが浮かび上がります。重要なのは、これらが特別なハッカーやスパイだけによるものではなく、ごく普通の業務プロセスの延長線上で発生しているという点です。
警察庁や経済産業省の公開資料、また不正競争防止法違反事件の判決文を参照すると、流出の多くは「高度な攻撃」ではなく、「想定不足の隙」を突かれています。TDKや東芝系列の事件でも、犯行に使われたのは私用メールや通常の社内システムであり、特別なツールは確認されていません。
最大の共通点は、正規のアクセス権を持つ内部者による行為であることです。IPAが指摘するように、内部不正は外部攻撃と異なり、アクセス自体は正当であるため、従来型の境界防御では検知が困難です。NTT西日本子会社の事例では、10年間にわたり同一人物が特権IDを保持し続けたことが被害の拡大につながりました。
| 観点 | 多くの事件に共通する特徴 | 示唆される脆弱性 |
|---|---|---|
| 加害者 | 現職または退職予定の社員 | 人事イベントと連動した管理不足 |
| 手段 | メール、クラウド、USB | 日常業務ツールの統制不全 |
| 動機 | 転職、金銭、評価不満 | 心理的・組織的リスク管理不足 |
次に注目すべきは、転職・再雇用・委託といった雇用形態の変化が流出リスクを跳ね上げている点です。TDKの事件では再雇用期間中、ヤマト運輸では退職後に不正利用が行われました。経済産業省も、営業秘密管理指針の改訂で「退職前後」を最重要管理フェーズとして明示しています。
さらに近年顕著なのが、技術データそのものではなく、周辺データの価値が高まっていることです。失敗実験データ、顧客リスト、製造ノウハウの断片などは、単体では価値が低く見えても、競合企業にとっては時間とコストを大幅に短縮する武器になります。裁判所も近年の判決で、有用性を広く認める傾向を強めています。
最後に見逃せないのが、発覚の契機は「偶然」ではなく「ログと違和感」である点です。TDK事件ではログ監視、東芝系列では通信履歴が端緒となりました。裏を返せば、ログを見ていなければ、多くの事件は今も気づかれないままだった可能性があります。専門家の間では「内部不正は必ず痕跡を残す」という認識が共有されており、問題は技術よりも運用にあると指摘されています。
これらの共通パターンが示すのは、技術流出が偶発的な事故ではなく、組織構造・人事制度・日常業務の延長で必然的に起こり得る現象だという現実です。この構造を正しく理解することが、次の一手を考える出発点になります。
多層防御で考える2026年版・技術流出防止の実践策
2026年時点で技術流出を防ぐための現実解は、単一対策ではなく多層防御として設計された実践策にあります。背景には、内部不正と地政学リスクが結びつき、従来の境界型セキュリティが機能しなくなったという構造変化があります。情報処理推進機構が示すように、内部不正は依然として経営インパクトの大きい脅威であり、信頼できる社員であっても常に検証される前提が必要です。
多層防御の第一の要諦は、組織と人に起因するリスクを最初から織り込む点にあります。**技術流出の多くは不満や将来不安といった心理的要因から始まる**と、国内外の内部不正研究で繰り返し指摘されています。エンゲージメント調査や1on1を単なる人事施策ではなく、セキュリティ施策の一部として運用する企業が増えています。
第二に重要なのが、法務・人事プロセスを防御層として組み込む考え方です。経済産業省が2025年に改訂した営業秘密管理指針では、データの有用性解釈が拡張され、失敗データや中間成果も保護対象になりました。これにより、**契約と運用が曖昧なままでは守るべき情報自体が不明確になる**という課題が顕在化しています。
| 防御層 | 主な対策 | 2026年の実務ポイント |
|---|---|---|
| 組織・文化 | インテグリティ教育 | 経済安全保障の視点を研修に組み込む |
| 法務・人事 | 退職・委託管理 | 退職予定者の権限縮小と記録強化 |
| 技術 | 監視・制御 | 行動分析による異常検知の自動化 |
第三の層である技術的対策では、ゼロトラストを前提とした可視化が中核になります。NTT西日本の事例が示すように、正規権限を持つ利用者の行動を前提とした監視がなければ、長期の不正は見逃されます。**ユーザー行動分析を用いた異常検知は、犯行を未然に止める数少ない手段**として、国内企業でも導入が進んでいます。
クラウド環境についても注意が必要です。海外調査では、データ侵害の大半が設定ミスに起因するとされています。開発と運用を分断せず、設定不備を継続的に検出する仕組みを持たなければ、技術的防御は形骸化します。専門家の間では、設定監査を人手に頼る運用は2026年以降持続不可能との見方が一般的です。
最後の層が、有事対応と証拠保全です。警察捜査や裁判では操作ログが決定的な証拠となるため、**長期かつ改ざん耐性のあるログ保存は保険と同等の価値を持ちます**。近年は営業秘密漏えいを補償対象に含めるサイバー保険も拡充しており、リスクを財務的に移転する選択肢として現実味を帯びています。
多層防御の本質は、どこか一つが破られても即座に全体崩壊しない設計にあります。技術、契約、組織文化を独立した防波堤として重ねることで、技術流出は偶発的な事故ではなく、管理可能な経営リスクへと変わります。
生成AI時代における情報管理とガバナンスの課題
生成AIの急速な業務浸透は、情報管理とガバナンスの前提を根本から変えつつあります。従来は「社内に留めるか、外に出さないか」という境界管理が中心でしたが、2026年現在では、**人が入力した瞬間に情報が外部システムへ移転し得る**という新たなリスクが顕在化しています。生成AIは単なるITツールではなく、情報流通構造そのものを変える存在として扱う必要があります。
特に問題となっているのが、業務データのプロンプト入力です。契約書案、設計メモ、顧客対応履歴などを利便性のために入力した結果、AI事業者側の学習やログ保存により、情報管理主体が曖昧になるケースが指摘されています。内閣府や総務省の議論でも、**「入力データは提供と同義になり得る」**という整理が共有され、企業側の自己責任がより強く問われる方向に進んでいます。
こうした背景を受け、先進企業ではAI利用を野放図に許可するのではなく、情報の性質ごとに統制レベルを分けるガバナンス設計が進んでいます。例えば、営業秘密や重要経済安保情報に該当し得るデータは、生成AIへの入力自体を禁止し、社内限定のAI環境でのみ扱うといった運用です。経済産業省の営業秘密管理指針改訂でも、**AI学習用の中間データや失敗データも管理対象になり得る**点が明確化されています。
| 生成AI利用シーン | 主なリスク | ガバナンス上の対応 |
|---|---|---|
| 業務文書の要約・校正 | 非公開情報の外部送信 | 入力可能データの分類と制限 |
| コード生成・レビュー | 知財帰属の不明確化 | 利用規約の精査と記録保存 |
| 顧客対応の自動化 | 個人情報・機微情報の混入 | 匿名化・マスキングの義務化 |
また、ガバナンスの観点で重要なのは「使わせない」ことではなく、「誰が、どの責任で使うのか」を明確にする点です。Deloitteが紹介するAI規制対応エージェントのように、各国・各業界の規制情報を自動的に整理し、自社のAI利用方針へ反映する取り組みも始まっています。**人手による規程整備だけでは追いつかない**という認識が、経営層レベルで共有されつつあります。
さらに、生成AIは内部不正対策とも密接に関係します。退職予定者がAIを介して情報を再構成・要約し、持ち出すといった新しい手口も想定されています。このため、ログ管理やUEBAと生成AI利用ログを連携させ、**「誰が、どの情報を、どのAIに使ったか」**を後追いで検証できる体制が、実効的ガバナンスの要件になりつつあります。
生成AI時代の情報管理とは、利便性と統制の二者択一ではありません。情報を活用しながらも、組織として説明責任を果たせる状態を保つことが本質です。AIを使う自由度が高まるほど、ガバナンスの質が企業価値そのものを左右する時代に入っています。
2027年以降を見据えた知的財産戦略と企業の生存条件
2027年以降を見据えると、知的財産戦略はもはや法務部門だけのテーマではなく、企業の生存条件そのものになりつつあります。**特許や営業秘密をどれだけ保有しているかではなく、それらを国家・市場・パートナーから信頼される形で管理・活用できるか**が、企業価値を左右する時代に入っています。
経済産業省や内閣府が示す近年の政策動向によれば、先端技術を有する企業は「技術力」と同時に「管理能力」を評価される傾向が強まっています。とりわけセキュリティ・クリアランス制度の本格運用以降、知的財産は単なる競争資源ではなく、**適切に統制された戦略資産であること**が前提条件となりました。
この変化は、取引や提携の場面で顕著です。国際共同研究や政府調達では、技術内容以前に情報管理体制の成熟度が審査されるケースが増えています。世界知的所有権機関が示す近年の議論でも、知財ガバナンスはイノベーションの信頼性を担保する基盤と位置付けられています。
| 観点 | 従来型の知財戦略 | 2027年以降の知財戦略 |
|---|---|---|
| 主目的 | 独占と防御 | 信頼と参加資格の確保 |
| 評価軸 | 特許件数・権利範囲 | 管理体制・透明性・説明責任 |
| 経営との関係 | 専門部門中心 | 経営戦略と一体化 |
また、人材流動化が前提となる社会では、知的財産を「人に依存させない」設計が不可欠です。近年の裁判例や摘発事例が示す通り、個人の記憶や善意に依存した管理は限界を迎えています。**誰が、いつ、どの情報にアクセスし、どのように利用したのかを説明できる状態**を維持できなければ、企業は守るべき知財を守れません。
さらに重要なのは、知的財産を閉じるだけでは成長できないという現実です。信頼性の高い管理体制を構築した企業ほど、安心して技術を外部と共有でき、結果としてエコシステムの中核に位置付けられます。これは欧州委員会やOECDが提唱する「トラステッド・イノベーション」の考え方とも一致しています。
2027年以降、知的財産戦略の本質は「守ること」ではなく、「守れる企業であると証明し続けること」にあります。
この証明に失敗した企業は、法令違反がなくとも取引先や国家プロジェクトから静かに排除されていきます。逆に言えば、知的財産を経営レベルで再定義し、ガバナンス・技術・人材を統合した企業だけが、不確実性の高い時代において持続的に生き残る条件を手にするのです。
参考文献
- e-Gov 法令検索:重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律
- 内閣府:重要経済安保情報に係る通報窓口一覧
- デロイト トーマツ グループ:営業秘密管理指針の改訂版の公表
- 文部科学省:大学等の研究セキュリティ確保に向けた施策について
- IPA(情報処理推進機構):情報セキュリティ10大脅威 2025
- SentinelOne:2025年クラウドセキュリティ統計
- 法政大学:研究インテグリティの確保に関する本学の対応について
