2026年の幕開けとともに、銅市場は歴史的な転換点を迎えています。ロンドン金属取引所での価格は史上初めて1トン13,000ドルを突破し、日本国内でも電気銅建値が過去最高水準に達しました。こうした価格高騰は、単なる市況の波ではなく、私たちの社会構造そのものの変化を映し出しています。
生成AIの急拡大、データセンター投資の爆発、EVや再生可能エネルギーの普及など、デジタル化と脱炭素化は同時進行で進んでいます。その基盤となる素材こそが銅ですが、供給は想定以上に追いついていません。主要鉱山の操業トラブルや鉱石品位の低下、新規開発に要する長い年月が、需給の歪みを一層深刻化させています。
本記事では、2026年に顕在化した銅供給不足の構造を多角的に整理し、価格高騰の背景、AI・脱炭素社会との関係、地政学や日本企業への影響までを俯瞰します。銅を取り巻く現実を知ることは、エネルギー、製造業、テクノロジーの未来を読み解く手がかりになるはずです。
2026年1月に起きた銅価格の歴史的高騰とは何か
2026年1月、世界の銅市場は歴史的な転換点を迎えました。ロンドン金属取引所(LME)における銅現物価格は、1月5日に1トンあたり13,000ドルを史上初めて突破し、翌6日には13,300ドルに迫る水準まで急伸しました。これは過去数十年にわたり心理的上限とされてきた価格帯を明確に超える出来事であり、市場参加者に強い衝撃を与えました。
この高騰は、短期的な投機資金の流入だけで説明できるものではありません。国際銅研究会(ICSG)や主要投資銀行が同時期に示していた見解によれば、背景には供給制約が常態化するという構造的な不安がありました。特にAIデータセンターや電化投資を中心とした需要拡大が、想定以上の速度で進んでいることが、価格形成の前提条件を変えたと分析されています。
1月中旬に入ると、13,000ドルという水準が事実上の「トリガープライス」として機能し、スクラップ銅の回収増加や一部需要の先送りを背景に、相場は一時12,800〜12,900ドル台へと調整しました。しかし、この下落局面でも現物市場の逼迫感は解消されず、LME在庫の低水準を意識した買い戻しが入り、ボラティリティの高い展開が定着しました。
| 日付(2026年) | LME銅価格(USD/t) | 市場の象徴的出来事 |
|---|---|---|
| 1月5日 | 13,000超 | 史上初の大台突破 |
| 1月6日 | 13,139 | 過去最高値圏を記録 |
| 1月19日 | 12,894 | 利益確定による調整 |
日本市場への影響も極めて大きく、為替の円安基調が重なった結果、国内電気銅建値は1月初頭に1kgあたり2,150円という過去最高水準に到達しました。JX金属が公表するこの建値は、製造業にとって実取引価格の基準となるため、電線、自動車部品、建設資材といった幅広い分野でコスト上昇圧力が一気に顕在化しました。
多くの専門家が共通して指摘しているのは、2026年1月の価格急騰が「一過性の異常値」ではなく、銅が戦略資源として再評価される局面の始まりを象徴している点です。IEAやICSGによる需給見通しが示す通り、供給余力が乏しい中で需要の基盤が変質したことが、市場心理を恒常的に押し上げました。こうして2026年1月の銅価格高騰は、単なる記録更新ではなく、新しい価格帯への移行を告げる歴史的イベントとして位置付けられています。
LMEと日本国内建値に見る価格形成メカニズム

国際銅価格の代表指標であるLMEと、日本国内で取引の基準となる電気銅建値は、同じ銅価格でありながら形成プロセスと役割が大きく異なります。**LMEは世界の需給と投機資金を即時に反映する「発見価格」**である一方、**国内建値はLME価格を実需向けに翻訳した「調達価格」**として機能しています。
2026年1月、LME銅現物価格は史上初めて1トン13,000ドルを突破しました。ロンドン金属取引所の価格は、ICSGが警告する15万トン規模の供給不足や、AIデータセンター向け需要の急増といった構造要因を背景に、短期売買を行うファンドの資金流入も重なり、高いボラティリティを伴いながら上昇しました。LMEはグローバルな在庫状況や裁定取引の動きを即座に織り込むため、価格変動のスピードが極めて速い点が特徴です。
一方、日本の国内建値は、LME価格を起点にしつつも、為替、輸送コスト、プレミアム、国内需給を加味して、JX金属が月次または臨時で発表します。**そのため、LMEが日々変動しても、建値は段階的に調整され、企業の原価管理を支える緩衝材の役割**を果たしています。
| 項目 | LME銅価格 | 日本国内建値 |
|---|---|---|
| 価格決定の頻度 | リアルタイム | 月次・臨時 |
| 主な反映要因 | 世界需給・投機・在庫 | LME価格+為替+国内事情 |
| 主な役割 | 国際指標・価格発見 | 実需向け調達基準 |
2026年1月初頭、LME価格の急騰と1ドル156円前後の円安が重なり、国内建値は1kgあたり2,150円という歴史的高水準に設定されました。その後、LMEが12,800〜12,900ドル台へ調整すると、建値も1月19日に2,120円へ引き下げられています。この動きは、**国内建値がLMEの方向性を追随しつつも、為替の影響を強く受けること**を示す典型例です。
日本銀行と米連邦準備制度理事会の金融政策スタンスの違いによる円安基調は、LME価格が横ばいでも国内建値を押し上げる要因となっています。資源エネルギー庁や業界関係者が指摘するように、2026年は「LME高+円安」という二重の圧力が定着し、日本企業は国際市場と為替市場の双方を見据えた調達判断を迫られる局面に入っています。
世界の銅需給はなぜ一気に赤字へ転じたのか
世界の銅需給が一気に赤字へ転じた最大の理由は、需要と供給の双方で想定されていた前提条件が、2025年から2026年にかけて同時に崩れた点にあります。国際銅研究会によれば、2025年に約17万8,000トンの供給過剰だった精製銅市場は、2026年には約15万トンの供給不足へと反転すると予測されています。この変化は緩やかな循環ではなく、構造そのものの断層が表面化した結果です。
まず供給側では、銅精鉱という上流工程のボトルネックが顕在化しました。2026年の精製銅生産の伸び率は0.9%と、前年予測の3%台から急低下しています。背景には、チリやインドネシア、コンゴ民主共和国といった主要産地での操業障害や、鉱石品位の長期的な低下があります。S&Pグローバルの分析でも、世界の平均鉱石品位は1990年代比で約4割低下しており、設備投資を行っても即座に生産量を増やせない物理的制約が指摘されています。
一方で精製能力そのものは中国を中心に拡張が続いていますが、原料不足のため稼働率が上がらず、「作れるはずなのに作れない」状況が常態化しました。このミスマッチが、供給過剰を前提にしてきた市場の期待を一気に覆しています。
| 項目 | 2025年 | 2026年 |
|---|---|---|
| 精製銅生産伸び率 | 約3.4% | 約0.9% |
| 精製銅消費伸び率 | 約1.6% | 約2.1% |
| 需給バランス | 約17.8万トンの余剰 | 約15万トンの不足 |
需要側の変化も急激です。従来、中国不動産向けが銅需要の主役でしたが、2026年はAIデータセンターや電動化インフラといった新領域が需要を押し上げています。国際エネルギー機関の報告では、AI関連の電力・配線投資は従来想定を大きく上回り、データセンター1メガワットあたり数十トン規模の銅が必要とされています。JPMorganは、AI関連だけで2026年に約11万トンの追加需要が生じる可能性を示しています。
重要なのは、この新需要が価格に対して非弾力的である点です。脱炭素やデジタル投資は国家戦略や企業の競争力に直結するため、銅価格が上昇しても簡単には止まりません。結果として、供給が伸び悩む一方で需要だけが確実に積み上がり、需給バランスは短期間で赤字へと傾きました。
この急転換は、市場参加者に「銅は余る金属」という過去の認識を修正させました。世界の銅需給は、景気循環で説明できる段階を超え、供給制約が常態化する構造フェーズに入ったことが、2026年の赤字転落の本質です。
AIデータセンターが生む新たな銅需要のインパクト

AIデータセンターの急拡大は、2026年の銅需要構造を質的に変えるインパクトを持っています。生成AIの学習・推論を支えるデータセンターは、従来型施設と比べて電力密度が桁違いに高く、配線、変圧、冷却、バックアップ電源といったあらゆる工程で大量の銅を必要とします。**これは一過性のIT投資ではなく、社会インフラとしての需要である点が重要です。**
国際エネルギー機関によれば、AIの普及を背景にデータセンター関連投資は2025年時点で5,800億ドルに達し、エネルギー供給インフラへの投資規模と並ぶ水準に到達しています。この流れは2026年も加速しており、電力網そのものの更新需要を同時に生み出しています。データセンターは単体で完結せず、周辺地域の送配電設備強化を不可避にするため、銅需要は施設外にも波及します。
特に注目されているのが、能力1メガワットあたりの銅使用量です。JPMorganやICSG関連分析では、AI対応データセンターでは1MWあたり30〜47トンの銅が必要と試算されています。これは一般的な商業施設や工場を大きく上回る水準であり、**デジタル化が進むほど金属集約度が高まる逆説的な構造**を示しています。
| 項目 | 数値・内容 | 市場への意味合い |
|---|---|---|
| AIデータセンターの銅使用量 | 30〜47トン/MW | 需要が設備投資と比例して拡大 |
| 2026年の追加銅需要 | 約11万トン(推定) | 世界的供給不足の大部分を占有 |
| 電力消費の将来予測 | 2035年までに約3倍 | 送配電網向け銅需要が長期化 |
2026年にAIデータセンターだけで発生する追加的な銅需要は約11万トンと見積もられており、ICSGが予測する同年の世界供給不足15万トンの大半を占めます。**つまり、AI投資が止まらない限り、需給逼迫は構造的に解消されにくい**ということです。価格上昇局面でも需要が減少しにくい点で、この需要は非弾力的です。
さらに重要なのは、AIデータセンター需要が地域的に集中する点です。北米や欧州、日本、シンガポールなど先進国・都市部に立地するため、短期間で大量の銅を調達する必要が生じ、現物市場の逼迫を増幅させます。IEAの分析でも、データセンター需要はエネルギーと素材の両面で既存インフラの制約に直面すると指摘されています。
このように、AIデータセンターは単なる新用途ではなく、銅市場の需給バランスを根底から押し上げる存在です。**デジタル経済の成長が、そのまま銅という物理資源の制約に突き当たる**という現実が、2026年の市場で明確になりつつあります。
EV・再生可能エネルギーがもたらす非弾力的需要
EVと再生可能エネルギーが銅市場にもたらしている最大の特徴は、価格変動に左右されにくい非弾力的需要が急速に拡大している点です。これらの分野は単なる民間投資ではなく、各国の脱炭素政策やエネルギー安全保障と直結しており、銅価格が歴史的高値圏にあっても計画の中断や縮小が起きにくい構造を持っています。
電気自動車はその代表例です。国際的な自動車技術評価やICSG関連データによれば、EV1台あたりに使用される銅は80〜100kgとされ、内燃機関車の3〜4倍に達します。これはモーター、インバーター、高電圧配線、充電システムに不可欠であり、設計段階で削減余地が極めて小さい部位です。各国が2030年代の販売規制や補助金制度をすでに制度化している以上、銅価格の上昇が需要抑制に直結しにくいのが現実です。
| 分野 | 銅使用量の目安 | 需要特性 |
|---|---|---|
| 電気自動車 | 80〜100kg/台 | 規制主導で減少しにくい |
| 太陽光発電 | 約5,000kg/MW | 導入目標に連動 |
| 洋上風力 | 最大9,500t/GW | 代替困難な大量需要 |
再生可能エネルギーも同様です。IEAのWorld Energy Outlookでは、太陽光や風力は化石燃料発電と比べて圧倒的に銅集約度が高いと指摘されています。特に洋上風力では、発電設備そのものに加え、海底ケーブルや変電設備に大量の銅が使われます。これらは安全性や耐久性の観点から代替素材への置き換えが難しく、コスト上昇よりも導入目標の達成が優先される分野です。
さらに重要なのは、EVと再エネが単体で終わらず、送配電網の更新需要を同時に生み出している点です。IEAは、電化と分散電源の拡大により電力グリッド投資が長期的に増加すると分析しています。送電線や変圧器は社会インフラであり、価格高騰を理由に更新を先送りすれば停電リスクが高まります。そのため、銅価格が上がるほど、むしろ需要の硬直性が際立つという逆説的な状況が生まれています。
この非弾力的需要の存在が、2026年の供給不足局面において価格の下値を強固に支えています。EVと再生可能エネルギーは景気循環型の需要ではなく、政策とインフラに組み込まれた構造需要であり、銅市場を長期的に高価格帯へ押し上げる決定的な要因となっています。
主要鉱山トラブルが供給網に与えた打撃
2026年の銅供給網を直撃した最大の要因の一つが、主要鉱山で相次いだ操業トラブルです。これらは単発の事故ではなく、世界の銅精鉱供給を数%単位で削る構造的ショックとして機能し、精製段階や最終需要地にまで波及しています。国際銅研究会(ICSG)や主要鉱山企業の開示情報によれば、供給網は想定以上に脆弱であることが改めて露呈しました。
象徴的なのが、インドネシアのグラスベルグ鉱山です。2025年後半に発生した大規模な泥流事故により、主力のブロックケービング区域が長期停止に追い込まれました。2026年初頭には一部再開したものの、完全復旧は2027年以降とされ、世界の銅精鉱供給の約3〜5%が事実上失われた状態が続いています。これは単一鉱山としては市場全体を揺るがす規模です。
アフリカでも深刻な影響が出ました。コンゴ民主共和国のカモア・カクラ鉱山では、地下浸水による操業停止後、備蓄鉱石で供給をつないできましたが、その在庫が2026年第1四半期に枯渇する見通しとなりました。Ivanhoe Mines社は生産見通しを大幅に引き下げており、中国向け精鉱フローの不安定化がアジア全体の精製計画に影響しています。
| 鉱山名 | 国・地域 | 主なトラブル | 供給網への影響 |
|---|---|---|---|
| グラスベルグ | インドネシア | 泥流事故による長期停止 | 世界供給の3〜5%減少 |
| カモア・カクラ | DRコンゴ | 地下浸水・在庫枯渇 | アジア向け精鉱供給の不安定化 |
| コブレ・パナマ | パナマ | 政治・司法判断による停止 | 中南米供給の回復遅延 |
さらにパナマのコブレ・パナマ鉱山では、政治的・法的対立が長期化しています。再開の可否が2026年内に判断される見通しとされていますが、仮に合意に至っても、実際に市場へ銅が供給されるまでには数カ月から1年の時間差が生じます。この不確実性が、トレーダーや精錬業者に保守的な在庫行動を取らせ、需給のタイト感を増幅させています。
重要なのは、これらのトラブルが精製能力不足ではなく「原料不足」を引き起こしている点です。中国を中心に精錬所の能力拡張は進んでいますが、精鉱が届かないため稼働率を引き上げられません。S&Pグローバルが指摘するように、新規鉱山の開発には平均17年を要するため、短期的にこの供給網の傷が癒える可能性は低いのが実情です。
結果として、主要鉱山の操業障害は価格高騰を招いただけでなく、長距離輸送・在庫・精製という一連のサプライチェーン全体に緊張を走らせました。2026年の銅市場は、「一部の鉱山が止まるだけで世界が揺れる」段階に入ったことを、これ以上ない形で示しています。
鉱石品位低下と新規鉱山開発の時間的制約
銅供給の構造的制約を語る上で避けて通れないのが、鉱石品位の低下と新規鉱山開発に要する時間の長期化です。これは一時的な操業トラブルとは異なり、鉱業そのものが抱える不可逆的な物理制約として、2026年時点で市場に重くのしかかっています。
国際エネルギー機関やS&Pグローバルの分析によれば、世界の銅鉱石の平均品位は1990年代初頭と比べて約40%低下しています。品位低下とは、同じ1トンの銅を得るために、より多くの岩石を掘削・粉砕・処理しなければならないことを意味します。結果として、エネルギー消費量、水使用量、廃滓処理コストが増大し、生産量を維持するだけでも資本集約度が急上昇しています。
| 指標 | 1990年代 | 2020年代半ば |
|---|---|---|
| 世界平均銅品位 | 約1.2% | 約0.7% |
| 同量の銅に必要な処理鉱石量 | 基準 | 約1.7倍 |
この品位低下は、既存鉱山の生産拡大余地を狭めるだけでなく、新規鉱山開発のハードルも引き上げています。S&Pグローバルの調査では、銅鉱床が発見されてから商業生産に至るまでの平均期間は約17年に達しており、環境審査の厳格化や地域社会との合意形成を含めると、20年超となるケースも珍しくありません。2026年の需給逼迫に対し、新規鉱山で即応することは時間軸的に不可能なのです。
実際、現在開発パイプラインにある大型プロジェクトの多くは、2030年前後の立ち上がりを想定しています。しかも、低品位鉱床が中心であるため、過去のメガマインと同等の供給インパクトを生む保証はありません。ゴールドマン・サックスも、価格上昇が投資意欲を刺激する一方で、地質的制約と開発期間の長さが供給反応を鈍らせると指摘しています。
この時間的制約は、市場心理にも影響を与えています。短期的な価格調整局面があっても、「数年以内に十分な新規供給は出てこない」という認識が共有されることで、下値が限定されやすくなっています。鉱石品位の低下と開発リードタイムの長期化は、2026年の銅市場を特徴づける静かな前提条件であり、供給不足が一過性ではないことを裏付ける核心要因となっています。
地政学・通商政策が銅市場を分断する理由
2026年の銅市場を語るうえで避けて通れないのが、地政学と通商政策による市場の分断です。銅はもはや単なる工業金属ではなく、エネルギー転換とAIインフラを支える戦略物資として各国の政策判断に直接組み込まれています。その結果、価格形成や物流が地域ごとに歪み、単一のグローバル市場という前提が崩れつつあります。
象徴的なのが米国の通商政策です。2026年初頭、市場では米国が精製銅に対して10〜25%程度の関税を導入する可能性が織り込まれました。これを受け、米国内向けの現物確保が加速し、COMEX価格がLME価格を上回る状態が常態化しました。Benchmark Mineral Intelligenceなどが指摘するように、この動きは実需主導であり、単なる投機ではありません。
| 市場 | 価格水準の特徴 | 背景要因 |
|---|---|---|
| COMEX(米国) | LME比で上乗せ | 関税懸念による在庫囲い込み |
| LME(国際) | 相対的に抑制 | 米国向け物流偏重と在庫低下 |
この価格差は2025年に最大400ドル程度まで拡大し、2026年1月時点では100〜150ドルに縮小したものの、物流の向きが米国に固定される構造は変わっていません。その結果、LME倉庫在庫は歴史的低水準に張り付き、欧州やアジアの現物調達リスクを高めています。
一方、中国では別の形で市場分断が進行しています。中国は世界の銅消費の約58%を占めますが、不動産向け需要が低迷する一方で、EVやデジタルインフラ向け需要が拡大しています。加えて、中国政府は次期五カ年計画で銅精錬能力の抑制を示唆しており、供給国としての中国の役割が縮小する可能性が意識されています。これは国際市場への供給余力を低下させ、地域ごとの逼迫感を強めます。
さらに、資源ナショナリズムの台頭も無視できません。チリやインドネシア、DRコンゴといった主要産出国では、税制や規制を通じて自国利益を最大化する動きが続いています。国際銅研究会(ICSG)も、こうした政策リスクが供給の柔軟性を奪い、価格の地域差とボラティリティを拡大させると警告しています。
このように2026年の銅市場は、需給のタイト化に加えて、地政学と通商政策が価格と流通を分断する段階に入りました。グローバルな最適配分ではなく、国家単位の確保競争が前面に出ることで、同じ銅でも「どこで使われるか」によって価値が変わる時代が到来しています。
日本の資源安全保障と企業の対応戦略
銅の構造的供給不足が現実化する中、日本では資源を安定的に確保できるかどうかが企業競争力そのものを左右する局面に入っています。**日本は銅資源のほぼ全量を輸入に依存しており、価格高騰と供給途絶の同時リスクに常時さらされる立場**にあります。そのため、資源安全保障は国家戦略であると同時に、企業経営の中核課題として再定義されつつあります。
経済産業省は2026年度予算案で鉱物資源関連に295億円を計上し、JOGMECを通じた海外鉱山への出融資や権益取得支援を拡充しています。さらに、重要鉱物を政府が一定価格で買い上げて備蓄する制度を2026年後半から運用開始予定とし、短期的な市場混乱に対する緩衝材を整備しています。IEAやICSGが示す長期的な需給逼迫見通しを踏まえた政策対応といえます。
企業側の対応は、単なる調達多角化にとどまりません。住友金属鉱山は資源・製錬・材料を一体で展開し、原料制約下でも高付加価値材料で収益を確保する戦略を強めています。三菱商事は既存鉱山権益の維持に加え、新規案件への選択的投資を継続し、供給源の長期確保を重視しています。**価格変動を前提とした事業ポートフォリオ構築が、日本企業の共通テーマ**になっています。
| 主体 | 主な対応 | 狙い |
|---|---|---|
| 日本政府 | 権益取得支援・戦略備蓄 | 供給途絶リスクの低減 |
| 製錬・素材企業 | リサイクル比率向上 | 原料制約下での安定操業 |
| 自動車・電機 | アルミ代替・省銅設計 | コスト耐性の強化 |
特に重要なのが技術的対応です。ICSGによれば、2026年の二次精錬銅生産は前年比6%増と見込まれており、日本でも都市鉱山の活用が急速に進んでいます。JX金属をはじめとする製錬各社では、廃家電や電子基板からの回収効率が収益を左右する段階に入りました。また、矢崎総業が進めるアルミワイヤーハーネスの採用拡大は、銅価格高止まりを前提とした現実的な適応策です。
**日本の資源安全保障は、国家の支援と企業の自律的戦略が噛み合うかどうかにかかっています。**銅を安定的に確保できる企業だけが、AI・脱炭素時代の成長機会を持続的に取り込める状況が、2026年には明確になっています。
2030年・2040年を見据えた銅市場の長期展望
2030年・2040年を見据えた銅市場の長期展望を考える上で最大の論点は、需要の成長速度が供給能力の拡張を恒常的に上回る構造が定着するかどうかです。S&Pグローバルによれば、世界の銅需要は2040年に約4,200万トンへ拡大する一方、既存および計画中の鉱山開発を前提としても、約1,000万トン規模の供給ギャップが生じる可能性が指摘されています。これは短期的な循環ではなく、物理的制約に基づく長期問題と位置付けられています。
この背景には、AI・電化・再生可能エネルギーという三つの需要エンジンが、2030年以降も減速しにくい点があります。国際エネルギー機関は、データセンターを含む電力需要が2035年までに現在の約3倍に拡大すると予測しており、その送配電網更新だけでも大量の銅が不可欠としています。価格が上昇しても需要が減りにくい非弾力的市場へ移行している点が、過去の資源ブームと決定的に異なります。
| 年次 | 世界銅需要見通し | 市場構造の特徴 |
|---|---|---|
| 2030年 | 約3,500万トン | 供給逼迫が常態化、価格高止まり |
| 2040年 | 約4,200万トン | 構造的供給不足が顕在化 |
一方で供給側は、鉱石品位の低下と新規鉱山の開発期間長期化という二重の制約を抱えています。S&Pグローバルは、鉱山発見から生産開始まで平均17年を要すると分析しており、2030年に向けた需要増に対して即応できる余地は限定的です。このため2030年代は、新規投資が追いついても需給が均衡しにくい「慢性的タイト市場」になる可能性が高いとみられます。
こうした環境下で、ゴールドマン・サックスは2035年に銅価格が1トン15,000ドル水準に達する可能性を示しています。これは単なる価格予測ではなく、社会インフラ全体のコスト構造が上方修正されることを意味します。2030年・2040年の銅市場は、景気循環に左右される商品市場ではなく、高度文明を支える戦略的資源市場として再定義される局面に入ると考えられます。
参考文献
- Benchmark Mineral Intelligence:Copper price hits record $13,000/t as rally continues
- International Copper Study Group:ICSG warns of 150,000t refined copper deficit in 2026
- IEA:World Energy Outlook 2025 – Executive Summary
- Nasdaq / Investing News Network:Copper Price Forecast: Top Trends for Copper in 2026
- 日刊鉄鋼新聞:26年度政府予算案、鉱物資源関連は295億円
- Goldman Sachs:Copper Prices Forecast to Decline Somewhat from Record Highs in 2026
