サイバー攻撃のニュースを目にするたびに、「次は自社かもしれない」と感じたことはないでしょうか。近年、従来のセキュリティ対策では防ぎきれないゼロデイ脆弱性を突いた攻撃が、企業規模や業種を問わず現実の脅威となっています。

かつては国家レベルの高度な攻撃に限られていたゼロデイ攻撃は、今やVPNやファイアウォールなど、企業活動の基盤そのものを狙う一般的な侵入手段へと変化しました。さらに、攻撃のスピードは人間の判断を待たず、数分、時には数十秒で被害が拡大します。

本記事では、最新の統計データや国内外の具体的事例をもとに、ゼロデイ脆弱性を取り巻く構造的な変化を整理します。AIが攻撃と防御の両面で果たす役割、サプライチェーン全体に波及するリスク、そして企業経営に直結する法規制の動向までを俯瞰的に解説します。

読み終える頃には、ゼロデイ脅威を「技術者だけの問題」ではなく、事業継続と競争力を左右する経営課題として捉え、自社で何を優先すべきかが明確になるはずです。

ゼロデイ脆弱性とは何か:基本概念と攻撃サイクル

ゼロデイ脆弱性とは、**ソフトウェアやハードウェアに存在する欠陥のうち、開発元がまだ認識しておらず、修正パッチも提供されていない状態の脆弱性**を指します。「対策までの猶予がゼロ日」という意味合いから名付けられ、攻撃者にとっては防御をすり抜ける理想的な侵入口となります。Google Threat IntelligenceやMandiantの分析によれば、2024年には世界で75件のゼロデイ脆弱性が実環境で実際に悪用されており、高止まりの状況が続いています。

かつてゼロデイ攻撃は、国家レベルの諜報活動など一部の高度な攻撃者に限られた手法でした。しかし2026年現在では、**企業ネットワークへの侵入における主要な初期手段**へと変化しています。その背景には、脆弱性が公開されてから悪用コードが完成するまでの時間が急激に短縮している現実があります。DeepStrikeの統計では、2025年時点でその平均期間はわずか5日間とされ、従来の月次パッチ運用が追いつかない構造的問題が浮き彫りになっています。

ゼロデイを正確に理解するには、「脆弱性」「エクスプロイト」「攻撃」を区別する視点が欠かせません。これらは同一視されがちですが、本質的には異なる段階を示します。

用語 定義 意味合い
ゼロデイ脆弱性 ベンダー未把握の欠陥 潜在的な弱点(静的)
ゼロデイ・エクスプロイト 欠陥を突く悪用コード 武器化された手段
ゼロデイ攻撃 実際の侵害行為 被害が発生する事象

攻撃者の視点で見ると、ゼロデイ攻撃は明確なサイクルを描いて進行します。最初にリバースエンジニアリングやファジングによって欠陥を発見し、次にそれを突くエクスプロイトを開発します。研究によれば、この武器化工程には平均22日を要するとされています。その後、フィッシングやネットワーク経由で標的環境に展開され、コードが実行された時点で被害はすでに現実のものとなります。

重要なのは、**攻撃が成功してからベンダーや利用者が異変に気付くまでに大きな時間差が生じる点**です。パッチが提供されるまでの「可視性の欠如」の期間こそが、被害拡大の最大要因だと専門家は指摘しています。ゼロデイ脆弱性とは単なる技術用語ではなく、攻撃と防御の時間軸そのものをずらす構造的リスクである点を理解することが、2026年の議論の出発点になります。

ゼロデイ攻撃が常態化した背景とパラダイムシフト

ゼロデイ攻撃が常態化した背景とパラダイムシフト のイメージ

ゼロデイ攻撃が常態化した最大の背景は、攻撃の希少性が失われ、再現性の高いビジネスプロセスへと変質した点にあります。かつてゼロデイは国家主導の諜報活動など、極めて限定的な文脈で使われていました。しかし2026年現在、Google Threat IntelligenceやMandiantの分析によれば、実環境で悪用されたゼロデイ脆弱性は高水準で推移し、2024年には75件が確認されています。**特筆すべきは、攻撃の44%がVPNやファイアウォールなど企業インフラを直接狙っている**点で、これは「侵入は例外」という前提が完全に崩れたことを示しています。

この変化を決定づけたのが、脆弱性の武器化スピードの加速です。公開情報を基にした2025年の統計では、脆弱性が発見されてから実用的な悪用コードが完成するまでの平均期間は約5日とされています。従来の月次パッチ運用では、この速度に対応できません。CrowdStrikeが指摘する平均48分というブレイクアウト・タイムは、侵入後の被害拡大が人間の判断速度を超えている現実を突きつけています。**ゼロデイは「事前に防ぐ対象」から「発生を前提に管理するリスク」へと位置づけが変わりました。**

攻撃対象の変化もパラダイムシフトを象徴しています。エンドポイントやブラウザ中心だった標的は、2020年代半ばから境界デバイスや管理ツールへと移行しました。これらはパッチ適用が遅れやすく、単一の侵害で全社に影響が及びます。Mandiantの侵害分析では、脆弱性悪用が5年連続で侵害原因の最多を占め、全体の33%に達しています。**ゼロデイは高度化したというより、企業構造の急所に最適化されたのです。**

観点 従来 2026年の状況
主な攻撃者 国家・高度APT 国家・犯罪組織・一般攻撃者
武器化までの時間 数週間〜数か月 平均5日
主標的 PC・ブラウザ VPN・FW・管理基盤

さらに市場構造の変化も無視できません。ZerodiumやCrowdfenseが示す取引価格から分かるように、ゼロデイは高騰する戦略資源となり、国家が将来利用するために「備蓄」する時代に入りました。これにより脆弱性は修正されないまま温存され、突如として大規模攻撃に投入されます。**ゼロデイは偶発的な事故ではなく、計画的に流通・保管される経済財へと変貌した**のです。

この常態化が意味する本質的な転換は、防御思想そのものにあります。もはや完全防御を目指す発想は現実的ではありません。専門家が指摘するように、ゼロデイは自然災害に近い不確実性を持ちます。重要なのは発生確率をゼロにすることではなく、露出を最小化し、被害を限定し、迅速に回復できる設計です。**ゼロデイ攻撃の常態化は、セキュリティを技術論から経営と設計の問題へと引き上げる決定的なパラダイムシフトをもたらしました。**

統計データから見るゼロデイ攻撃の最新傾向

統計データから見ると、2026年時点のゼロデイ攻撃は「件数の多寡」よりも「質と速度の変化」に本質があります。Google Threat IntelligenceやMandiantによれば、実環境で悪用が確認されたゼロデイ脆弱性は2021年に106件とピークを迎えた後も高水準で推移し、2024年には75件が確認されています。特筆すべきは、**企業向けインフラ製品を狙う割合が急増している点**です。

2024年のデータでは、VPNゲートウェイやファイアウォール、管理ツールなどエンタープライズ製品が全体の44%を占めました。これは2023年の37%からさらに上昇しており、攻撃者が「境界」を突破口として組織全体を制圧する戦略を強めていることを示しています。従来のエンドポイント中心の防御では、統計的にも対応しきれない局面に入っています。

確認されたゼロデイ悪用数 特徴的な傾向
2021年 106件 観測史上最多水準
2023年 97件 企業向け製品への集中
2024年 75件 エンタープライズ製品が44%

もう一つの決定的な変化が、攻撃のスピードです。2025年時点の統計では、脆弱性が公表されてから悪用コードが完成するまでの平均期間は約5日まで短縮されています。さらにCrowdStrikeの分析によれば、侵入後に攻撃者がネットワーク内で横展開を開始するまでの平均時間は48分、最速事例では51秒でした。**人手による検知や初動対応が間に合わないことが、数字として裏付けられています。**

侵害ベクターの内訳を見ると、Mandiantの調査で脆弱性悪用が全侵害事例の33%を占め、5年連続で最大要因となっています。特にクラウド環境では、2025年上半期の侵害件数が前年同期比136%増と急拡大しました。オンプレミスとクラウドを横断する構成が、ゼロデイ攻撃の影響範囲を統計的に増幅させています。

**統計が示しているのは、ゼロデイ攻撃が「例外的事象」ではなく、常態化した経営リスクになったという事実です。件数が多少減少しても、標的の重要性と攻撃速度は年々悪化しています。**

専門家の間では、これらの数値は偶発的な増減ではなく、攻撃の産業化と自動化の結果だと解釈されています。GoogleやCrowdStrikeが公開する年次レポートはいずれも、ゼロデイを起点とする侵害が今後も減少しにくい構造にあると指摘しています。統計データは、2026年が「予測不能な脅威」ではなく「予測可能だが防ぎ切れない脅威」と向き合う段階に入ったことを明確に物語っています。

企業インフラが主戦場になる理由

企業インフラが主戦場になる理由 のイメージ

2026年においてゼロデイ攻撃の主戦場が企業インフラに集中している最大の理由は、一度の侵害で得られる影響範囲とリターンが、個別端末とは比較にならないほど大きいためです。
近年、攻撃者の標的はPCやブラウザといった末端から、VPNゲートウェイ、ファイアウォール、認証基盤、資産管理サーバーなど、組織全体を束ねる中枢インフラへと明確に移行しています。
Google Threat IntelligenceやMandiantの分析でも、2024年に実環境で悪用されたゼロデイの44%がエンタープライズ製品だったと報告されています。

企業インフラは外部公開されている一方で、停止=事業停止に直結するため、パッチ適用や構成変更を即断できないという構造的弱点を抱えています。
特にVPNやリモート管理系製品は「常時稼働」「境界に位置する」「高権限で動作する」という三条件を満たし、攻撃者にとって理想的な侵入口になります。
武器化まで平均5日という現在のスピード環境では、月次パッチ前提の運用は実質的に無防備に近い状態です。

標的 侵害時の影響 攻撃者側の利点
VPNゲートウェイ 全社ネットワークへの足がかり 認証回避・横展開が容易
ファイアウォール 通信制御の無力化 検知を回避したC2通信
管理サーバー 全端末の一括制御 SYSTEM権限の大量取得

日本国内の事例も、この傾向を裏付けています。
2025年に確認された資産管理ソフトへのゼロデイ攻撃では、正規の管理機能そのものが武器として転用され、侵害が長期間検知されませんでした。
これはマルウェアの巧妙化というより、信頼される企業インフラが攻撃経路になるという前提の転換を示しています。

さらに、企業インフラはサプライチェーンと密接に結びついています。
一社のVPNや管理基盤が突破されるだけで、委託先、取引先、顧客環境へと被害が連鎖的に波及します。
経済産業省が2026年度からセキュリティ対策を取引条件として可視化する制度を開始する背景にも、インフラ侵害が企業単体の問題では済まなくなったという現実があります。

攻撃者にとって企業インフラは、最小のコストで最大の支配力を得られる戦略拠点です。
だからこそ2026年のゼロデイ攻撃は、個々の脆弱性ではなく、組織の中枢をいかに短時間で掌握するかを競う局面に入っています。
企業インフラが主戦場になるのは偶然ではなく、現在の技術・運用・経済合理性が必然的に導いた結果なのです。

日本企業を襲った重大インシデントと教訓

2025年から2026年にかけて、日本企業はゼロデイ脆弱性や高度なランサムウェア攻撃による現実的な被害を相次いで経験しました。これらは単なるIT部門の失敗ではなく、事業継続、ブランド信頼、経営判断そのものを揺るがす重大インシデントとして位置づける必要があります。

象徴的な事例が、2025年9月に発生したアサヒグループホールディングスへの攻撃です。複数の専門家や海外セキュリティ機関の分析によれば、VPN機器を起点とした侵入後、ランサムウェアが展開され、国内全工場の操業停止にまで至りました。約27GBのデータが窃取され、191万人超の個人情報流出の可能性が指摘されています。復旧には約5か月を要し、ビール供給の停滞は外食・小売市場全体に波及しました。

企業名 主因 事業影響 得られた教訓
アサヒGHD VPN経由侵入 全工場停止・供給混乱 BCPと境界機器対策
アスクル MFA未設定 受注・出荷停止 侵入前提の備え
国内多数 資産管理ソフトのゼロデイ 内部侵害の長期化 日本特有製品のリスク認識

アサヒの対応で注目すべきは、身代金を支払わず自力復旧を選択し、経営トップ自らが説明責任を果たした点です。これは短期的な損失よりも、長期的な信頼と統治を優先する経営判断として、国内外で評価されました。同時に、紙や手作業に切り替える原始的な業務継続策が最後の支えとなった事実は、デジタル依存の危うさを浮き彫りにしています。

一方、2025年10月のアスクルの事例は、ゼロデイのような高度技術ではなく、委託先アカウントの多要素認証未設定という運用上の小さな穴が致命傷となりました。トレンドマイクロなどの分析によれば、オンラインバックアップまで暗号化されたことで復旧は約1.5か月に及び、「侵入を防ぐ」発想だけでは不十分であることが明確になりました。

さらに、日本企業特有の構造的リスクを示したのが、資産管理ソフトLANSCOPEのゼロデイを突いた国家支援型攻撃です。SophosやJPCERT/CCが警告したように、日本で広く使われる国産・準国産ソフトは海外では研究対象になりにくく、攻撃者にとって非対称な優位性を生みやすい状況にあります。

これらのインシデントが示す最大の教訓は、サイバー攻撃を「例外的事件」と捉える時代は終わったという点です。専門家の間では、自然災害と同様に「必ず起きる前提」で備えるべきだという認識が共有されています。日本企業に求められるのは完璧な防御ではなく、侵害後も事業を立て直せるレジリエンスを経営レベルで設計する姿勢です。

サプライチェーンを起点とするリスクの拡大

2026年におけるゼロデイ脆弱性リスクの中でも、特に深刻さを増しているのがサプライチェーンを起点とする攻撃です。これは自社ではなく、取引先や委託先、ソフトウェア部品といった外部要因を踏み台に侵入される形態であり、**従来の境界防御では可視化も制御も困難**という特徴があります。

Google Threat IntelligenceやMandiantの分析によれば、2024年に実環境で悪用されたゼロデイのうち44%がVPNや管理ツールなど企業インフラ製品を標的としていました。これらは多くの場合、サプライチェーン上の共通部品として複数企業に同時に導入されており、**一つの脆弱性が連鎖的な被害拡大を招く構造**を内包しています。

特に問題となるのは、攻撃の初動が「正規の取引関係」や「信頼された更新経路」を装って行われる点です。SophosやJPCERT/CCが警告するように、管理ソフトや委託先アカウントは高権限で運用されることが多く、ゼロデイと組み合わさることで検知前に深部まで侵入されやすくなります。

起点 攻撃者の狙い 企業側の盲点
委託先アカウント 正規アクセスによる侵入 認証設定や権限管理の形骸化
管理ソフトウェア 一斉展開による横断侵害 国内特化製品への過信
OSS部品 広範囲への同時影響 SBOM未整備による把握遅延

国内事例として象徴的なのが、2025年のアスクルの被害です。侵入の起点は未知のマルウェアではなく、委託先アカウントにおける多要素認証未設定という運用上の隙でした。トレンドマイクロの分析では、**技術的に高度でなくとも、サプライチェーン上の弱点を突けば事業停止に直結する**ことが明確になったと指摘されています。

また、中国系国家支援型グループBronze Butlerが日本企業向け資産管理ソフトのゼロデイを狙った事例は、サプライチェーンリスクが地政学リスクとも結びついている現実を示しています。過去の攻撃履歴を踏まえ、日本固有の業務ソフトを継続的に研究していた点は、偶発的ではなく戦略的な選定であったと評価されています。

サプライチェーン攻撃の本質的な脅威は、「自社がどれだけ対策していても、他社の脆弱性で被害を受ける」点にあります。

この構造的リスクに対し、経済産業省が2026年度から本格運用するセキュリティ対策評価制度は重要な転換点です。取引先のセキュリティ水準が可視化され、★3未満では取引継続が難しくなる可能性があるとされています。これはセキュリティがコストではなく、**取引参加の前提条件**へと変わったことを意味します。

サプライチェーンを起点とするリスクは、もはやIT部門だけで完結する問題ではありません。調達、法務、経営判断が連動しなければ、ゼロデイという予測不能な脅威に対して組織全体が脆弱なままとなります。2026年現在、信頼できるサプライチェーンを設計・維持できるかどうかが、企業の競争力そのものを左右しています。

AIが変える攻撃手法と防御技術の最前線

2026年現在、AIはゼロデイ攻撃の「効率」と「速度」を根本から変えています。特に生成AIとエージェント型AIの進化により、脆弱性の探索から侵入後の横展開までが人手を介さず自律的に進行する段階に入りました。CrowdStrikeの分析によれば、国家支援型グループを含む攻撃者は、LLMを用いて標的企業の構成情報や公開文書を解析し、最適な侵入経路を短時間で導き出しています。

象徴的な事例として、北朝鮮系グループ「Famous Chollima」は、生成AIで作成した架空のIT人材プロフィールを用い、320社以上に内部者として潜入しました。これはフィッシングやマルウェア以前に、人間の信頼関係そのものをAIで攻略する攻撃が現実化したことを示しています。さらに2026年には、脆弱性スキャン、環境把握、攻撃手法の選択を自己最適化するエージェント型AIが、ランサムウェア運用に本格導入されるとトレンドマイクロは指摘しています。

観点 攻撃側AIの進化 防御側AIの進化
主な役割 脆弱性発見・自動悪用・侵入後行動の最適化 未知の挙動検知・脆弱性予測・自動修正
特徴 高速・低コスト・継続的攻撃が可能 人間の対応速度を超えるリアルタイム防御
代表例 自律型ランサムウェアエージェント GoogleのBig Sleep、PatchIsland

一方、防御側でもAIは決定的な役割を果たし始めています。GoogleはAIエージェント「Big Sleep」により、ChromeのV8におけるメモリ安全性の欠陥を、実環境で悪用される前に発見しました。これは従来のシグネチャ型検知では不可能だった成果であり、攻撃発生前にゼロデイを潰すという新しい防御モデルを示しています。

研究分野でも進展は顕著です。2026年1月に発表されたPatchIslandの論文では、継続的ファジングとLLMエージェントを組み合わせることで、43件中31件、約72%の脆弱性を自動修正できたと報告されています。ただし、arXivの最新研究が示すように、複数コンポーネントが絡む複雑なサービス設計では、AI単独での完全対応は依然として難しいのが現実です。

このため2026年の最前線では、AIが検知・修正・ノイズ削減を担い、人間が判断と設計を行う協調型防御が主流になりつつあります。Google Threat IntelligenceやMandiantも、AIによる自動化と人間の脅威ハンティングを組み合わせる運用こそが、エージェント化した攻撃に対抗する現実解であると指摘しています。

ゼロデイ・エクスプロイト市場の経済構造

ゼロデイ・エクスプロイト市場は、2026年現在、通常のソフトウェア産業とは全く異なる経済原理で動いています。最大の特徴は、「希少性」「非対称性」「時間価値」が価格を決定づける点です。ゼロデイ脆弱性は一度公表されれば価値を失うため、取引は極めて閉鎖的で、かつ短期的な投機性を帯びています。

DeepStrikeやPacketlabsの分析によれば、2025年から2026年にかけて、モバイルOSや暗号化メッセージング分野のゼロデイ価格は年率約44%で上昇しました。これは単なる需要増ではなく、OSのセキュリティ強化により「発見コスト」が急騰しているためです。ファジングやリバースエンジニアリングには高度な専門家と計算資源が必要となり、供給が構造的に制限されています。

標的製品 攻撃条件 最大報酬額
iOS(iPhone) Zero Click フルチェーン 500万〜700万ドル
Android Zero Click フルチェーン 約500万ドル
Google Chrome One Click フルチェーン 200万〜300万ドル
Windows RCE 約100万ドル

この市場は大きくホワイト、グレー、ブラックの三層に分かれています。GoogleやMicrosoftのバグバウンティは防御を目的としたホワイト市場ですが、報酬額は数万〜数十万ドル規模にとどまります。一方、ZerodiumやCrowdfenseに代表されるグレー市場では、国家機関向けの排他的利用権が付与されることで価格が跳ね上がります。

ゼロデイは「消費財」ではなく「備蓄資産」として扱われ、国家安全保障の一部に組み込まれています。

とりわけ注目すべきは、国家主導の買い手が将来の紛争や諜報活動に備え、脆弱性を長期保有する点です。AteraやGoogle Threat Intelligenceの指摘によれば、実際に悪用されず「温存」されているゼロデイは、観測されている数の何倍にも及ぶとされています。この不可視の在庫が、市場価格をさらに押し上げています。

一方でブラック市場は、価格こそグレー市場より低い場合があるものの、再販やリークのリスクが高く、結果として寿命が短い傾向があります。経済的に見ると、高価格・低流動性・高秘匿性を特徴とするグレー市場こそが、2026年のゼロデイ経済の中心です。

この構造は防御側にも影響を及ぼします。ゼロデイが高価な戦略物資である以上、全ての攻撃者が無差別に使用するわけではありません。逆に言えば、重要インフラや高付加価値企業は「投資対象」として選別されます。ゼロデイ市場の経済構造を理解することは、単なる脅威分析ではなく、自社がどの価格帯の標的に位置付けられているのかを見極める行為に他なりません。

日本と海外で進む規制・制度の最新動向

2026年に向けて、ゼロデイ脆弱性を巡る規制と制度は、日本と海外の双方で大きな転換点を迎えています。これまでセキュリティ対策は各企業の自主性に委ねられる側面が強かったものの、現在は取引や市場参加の前提条件として制度化されつつあります。ゼロデイ対策は技術課題であると同時に、法規制対応そのものが競争力を左右する時代に入っています。

日本では、経済産業省が主導する「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度」が2026年度下半期から本格運用されます。これは企業のセキュリティ成熟度を星の数で可視化し、発注側が取引先選定に用いる仕組みです。東洋経済やMETIの公開資料によれば、最低限の基礎水準である★3を満たさない企業は、将来的に取引から外されるリスクが現実的なものになります。

評価区分 主な要件 ビジネス上の意味
★1 情報セキュリティ5か条への取り組み宣言 意識表明レベル
★3 Basic 端末防御、更新管理、バックアップ、初動対応 取引の最低条件
★4 Standard ガバナンス、多層防御、検知・対応体制 信頼性の差別化要素

この制度の本質は、ゼロデイ脆弱性そのものを防げるかではなく、「侵入を前提に、どこまで管理と回復ができているか」を第三者視点で評価する点にあります。IPAやJPCERT/CCが指摘するように、未知の脆弱性は必ず発生するという前提に立ち、組織としての備えを問う設計になっています。

一方、海外ではEUのサイバーレジリエンス法(CRA)が日本企業にとって極めて重要な意味を持ちます。EU市場で販売されるデジタル製品すべてを対象に、製品ライフサイクル全体での脆弱性管理とSBOMの維持が義務化されました。欧州委員会の解説によれば、2026年9月以降は深刻な脆弱性やインシデントの迅速な当局報告も必須となります。

特に製造業やソフトウェアを組み込んだ製品を輸出する日本企業にとって、CRAは単なる海外法規ではありません。設計段階から規制要件を満たさない場合、CEマークを取得できず、市場参入そのものが不可能になります。ゼロデイ脆弱性への対応力は、品質や安全性と同列の製品要件へと格上げされたのです。

日本の評価制度とEUのCRAに共通するのは、サプライチェーン全体を対象とし、透明性と説明責任を重視している点です。GoogleやFOSSAなど国際的な専門機関も、SBOMを中心とした可視化が規制対応と実務効率を両立させる鍵になると指摘しています。2026年は、ゼロデイ脅威への技術的対応だけでなく、制度を理解し先回りで適応できる企業だけが信頼と市場を獲得できる年になるでしょう。

実務で求められる防御フレームワークと考え方

実務の現場でゼロデイ脆弱性に向き合う際、最も重要なのは「完璧に防ぐ」という発想を捨て、被害を前提にどう制御し、どう立て直すかという考え方に移行することです。2026年時点では、武器化まで平均5日、横展開まで最短51秒という現実が示す通り、人手中心の判断や月次パッチ運用では間に合いません。防御フレームワークは、スピードと継続性を軸に再設計される必要があります。

その中核となるのが、Gartnerが提唱したCTEM(継続的脅威エクスポージャー管理)です。CTEMは単なる脆弱性管理ではなく、攻撃者の視点で「今この瞬間に侵入可能な露出」を把握し続ける運用モデルです。Google Threat IntelligenceやMandiantの分析でも、実際に悪用されるのはCVSSの高さよりも「外部から到達可能か」「境界装置か」という条件が強く影響すると指摘されています。

CTEMを実務に落とし込む際は、以下のような思考の転換が求められます。資産を守るのではなく、侵入口を減らす全脆弱性を直すのではなく、今悪用され得るものに集中するという優先順位付けです。ASMによるVPNや管理サーバーの棚卸しが重視されるのはこのためで、2024年にエンタープライズ製品がゼロデイの44%を占めた事実とも一致します。

サプライチェーンを含めた防御では、SBOMの運用活用が不可欠です。EUのサイバーレジリエンス法や日本のセキュリティ対策評価制度が示す通り、SBOMは提出書類ではなく、新たな脆弱性が公表された瞬間に影響範囲を特定するためのリアルタイム台帳として使われます。EclypsiumやOpenSSFの報告でも、SBOMをCI/CDと連動させている組織ほど、初動対応が数時間単位で短縮されているとされています。

観点 従来型アプローチ 2026年型アプローチ
脆弱性管理 定期診断と一括修正 CTEMによる常時可視化と優先対応
サプライチェーン 契約時の確認のみ SBOMを用いた継続的検証
侵害時対応 封じ込め重視 レジリエンスと早期復旧重視

さらに重要なのが、ゼロトラストとレジリエンスを組み合わせた設計思想です。ブラウザ隔離やマイクロセグメンテーションは、ゼロデイそのものを防ぐ技術ではありませんが、侵害が起きても業務停止に直結させないための被害制御装置として機能します。アサヒグループの事例で注目された手作業による業務継続も、技術的レジリエンスの一部と捉えるべきです。

専門家の間では、サイバー攻撃を地震などの自然災害と同様に扱う視点が広がっています。Gehirnの石森氏らが指摘するように、ハザード自体は制御できませんが、露出と脆弱性は設計で減らせます。実務で求められる防御フレームワークとは、最新技術の寄せ集めではなく、不確実性を前提に回り続ける運用の仕組みであり、それを経営と現場の共通言語にすることが、2026年の最大の要件と言えます。

専門家が語るこれからのセキュリティ戦略

専門家の多くが口をそろえて指摘するのは、2026年以降のセキュリティ戦略は「防御技術の高度化」ではなく、意思決定のスピードと前提条件の転換に軸足を移す必要があるという点です。CrowdStrikeが報告した平均ブレイクアウト・タイム48分という数字は、人手中心の対応がもはや現実的でないことを示しています。

GartnerやGoogle Threat Intelligenceの分析によれば、今後の戦略の中心は「侵入を防ぐ」から「侵入後の被害を最小化する」モデルへの明確な移行です。ゼロデイ攻撃は完全な予測や遮断が不可能である以上、組織の設計思想そのものを変えなければなりません。

特に注目されているのが、AIと人間の役割分担を前提とした運用モデルです。GoogleのAIエージェントBig Sleepが、Chromeの未悪用脆弱性を事前に発見した事例は象徴的で、AIは検知と分析の初動を担い、人間は判断と優先順位付けに集中する体制が現実解とされています。

戦略領域 従来モデル 2026年型モデル
検知 SIEM中心の事後検知 AIによる常時挙動分析
対応 担当者判断による手動対応 自動隔離+人間の承認
前提 侵入は例外 侵入は必ず起きる

また、Mandiantやトレンドマイクロが強調するのが、サプライチェーン全体を一つの攻撃面として捉える視点です。アスクルの事例が示すように、攻撃の起点は高度なゼロデイではなく、委託先アカウントのMFA未設定という運用上の盲点でした。技術対策と同じ重みで、取引先管理や契約条件の見直しが戦略に組み込まれています。

さらに専門家の間では、サイバー攻撃を「災害」として扱う考え方が定着しつつあります。Gehirnの石森大貴氏が指摘するように、地震と同様、発生時期を制御できない以上、被害規模を左右するのは事前の設計です。この発想は、ゼロトラストとレジリエンスを融合させる戦略へと直結します。

経営層が果たす役割も決定的に変わっています。経済産業省のセキュリティ対策評価制度やEUのサイバーレジリエンス法により、セキュリティはIT部門の努力目標ではなく、取引と市場参入の前提条件となりました。専門家は、2026年を「技術・人材・法規制を統合的にプロデュースできる企業だけが生き残る分岐点」と位置付けています。

これからのセキュリティ戦略とは、最新ツールの導入競争ではありません。不確実性を前提に、どれだけ速く立ち直れる組織構造を設計できるか。その設計力こそが、専門家が語る2026年以降の本質的な競争力です。

参考文献

Reinforz Insight
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