近年、日本企業を取り巻く経営環境は、長らく続いた停滞局面から明確に転換しつつあります。市場では賃上げ、物価上昇、ガバナンス改革が同時進行し、企業経営の前提条件そのものが変わり始めました。こうした変化を象徴するのが、日本のM&A市場の急拡大です。
M&Aは一部の大企業や投資ファンドだけの話題ではなく、今やあらゆる業界・企業規模にとって無視できない経営テーマとなっています。なぜこれほどまでにM&Aが活発化しているのか、その背景には資本市場からの圧力、政策・税制の後押し、そして人材や技術を巡る競争があります。
本記事では、日本のM&A市場が20兆円規模へと到達した意味を起点に、象徴的な大型案件、業界別の再編動向、政策・税制の影響、さらには海外M&Aの潮流までを俯瞰します。ニュースの断片では見えにくい「構造変化の本質」を整理することで、読者の皆さまが今後の経営判断やビジネス戦略を考えるための視座を提供します。
日本M&A市場が示す20兆円規模のインパクト
2026年の日本M&A市場を語るうえで、「20兆円」という数字は象徴的な意味を持っています。株式会社ストライクやレコフデータの集計によれば、2025年に日本企業が関与したM&Aの取引総額は20兆円を突破し、7年ぶりに過去最高水準を更新しました。これは単なる市場拡大ではなく、**日本企業の行動原理そのものが転換点を迎えたことを示す構造的シグナル**です。
まず注目すべきは、この規模が一過性の大型案件だけで説明できない点です。2025年のM&A件数は1,344件と過去最多を記録しており、10月単月でも117件という異例の水準に達しました。件数と金額が同時に膨らんでいることは、**中小の事業承継型M&Aと、数百億円から兆円規模の再編型M&Aが並走している**ことを意味します。
この20兆円は、日本企業が長年積み上げてきた内部留保が、初めて本格的に市場へ放出された結果とも言えます。財務省統計でも、非金融法人の現預金残高は高止まりしたままでしたが、経済産業省や東京証券取引所による資本効率改善の要請を背景に、**資金を寝かせる経営から、時間と成長を買う経営へと舵が切られました**。
| 指標 | 2025年実績 | 示唆される意味 |
|---|---|---|
| M&A件数 | 1,344件 | 事業承継から業界再編まで裾野が拡大 |
| 取引総額 | 20兆円超 | 大型・戦略型M&Aの本格化 |
| 単月最多件数 | 117件 | 構造変化が加速局面に入った証拠 |
金額面での膨張を支えたのは、1件あたりの取引規模の明確な大型化です。従来中心だった数億円規模の案件に加え、クロスボーダーM&Aや業界再編を伴う数百億円規模の統合案件が急増しました。PwCの分析でも、日本企業は規模の拡大だけでなく、競争力の源泉となる技術や市場を短期間で獲得する手段としてM&Aを位置づけ始めたと指摘されています。
この結果、20兆円市場は実体経済に直接的なインパクトを与えています。売却側では創業家やオーナー経営者の資産が次世代投資や消費に回り、買収側ではDXやGX、人材投資への再配分が進みます。**M&Aが企業間取引にとどまらず、日本経済全体の資金循環を押し上げる装置になりつつある**点こそが、20兆円規模の本質的な意味だと言えるでしょう。
2026年時点で重要なのは、この水準が天井ではなく「新しい平常」になりつつあることです。市場参加者の意識が変わり、M&Aは特別な選択肢ではなく、成長と撤退を判断するための標準的な経営手段になりました。**20兆円という数字は、日本産業が静かに、しかし不可逆的に動き始めた証拠**として記憶されるはずです。
敵対的買収が当たり前になる資本市場の変化

2026年の日本資本市場で起きている最も本質的な変化の一つが、敵対的買収、いわゆる合意なき買収が特別な事象ではなくなった点です。かつては経営文化や慣行を理由に忌避されてきましたが、現在では株主価値を最大化するための正当な選択肢として、市場参加者に広く受け入れられています。
この転換を後押ししたのが、経済産業省による企業買収における行動指針と、東京証券取引所によるPBR1倍割れ企業への是正要請です。経営陣の同意を前提としない提案であっても、経済合理性と企業価値向上の説明が十分であれば、機関投資家を中心とする株主が支持する土壌が整いました。防衛策ありきの姿勢は、むしろガバナンス不全の象徴として評価を下げる要因になりつつあります。
この変化を最も端的に示しているのが、TOBにおける買収プレミアムの異常なまでの高騰です。従来30〜40%が目安とされてきた上乗せ幅は、2025年以降、常識の枠を完全に超えました。
| 対象企業 | 提示プレミアム | 市場が示した評価 |
|---|---|---|
| 中央紙器工業 | +280.5% | 資産価値に対する過小評価の是正圧力が極限に達している |
| ナカヨ | +131.61% | 中堅企業の技術力・顧客基盤が再評価されている |
これらの事例が示すのは、市場が経営陣の意向よりも株主にとっての回収価値を優先する段階に入ったという事実です。PBR1倍割れのまま是正策を示せない企業は、内部留保や不動産、技術といった眠れる価値を狙われ、常に買収の射程に入ります。
特にアクティビスト投資家の存在感は無視できません。海外年金基金や運用会社は、企業価値向上に結びつく提案であれば敵対的であること自体を問題視しません。むしろ、経営陣が株主との対話を拒み続ける姿勢こそが、ガバナンス上のリスクとして判断されます。大手運用会社の議決権行使方針でも、買収提案の是非は価格と戦略合理性で判断する姿勢が明確になっています。
結果として2026年の資本市場では、敵対的買収は異端ではなく、経営に緊張感を与える制度的装置として機能し始めています。経営陣にとって重要なのは、防ぐことではなく、なぜ自社が買われるのかを説明できる企業価値戦略を持つことです。その説明責任を果たせない企業ほど、次の標的になりやすいという現実が、今の市場の冷徹な論理です。
PBR是正圧力と買収プレミアム高騰の実態
2025年から2026年にかけての日本株式市場で、M&Aの力学を根底から変えたのがPBR是正圧力の本格化です。東京証券取引所がPBR1倍割れ企業に対し、資本コストや事業ポートフォリオを意識した改善策の開示を強く求めたことで、株式市場は「低評価を放置する経営」を許容しなくなりました。
この変化は、単なるガバナンス改革にとどまりません。PBR1倍割れは、潜在的な買収対象であることを自ら市場に示している状態と認識されるようになり、アクティビストや事業会社、PEファンドが一斉に注目する構図が生まれています。経済産業省の企業買収行動指針も相まって、経営陣の同意を前提としない提案が正当な選択肢として定着しました。
その帰結が、TOBにおける買収プレミアムの異常な高騰です。従来30〜40%が相場とされてきた上乗せ率は、2025年に明確な断絶を迎えました。市場データを集計しているM&A Onlineによれば、特定の案件では100%を大きく超える水準が提示されています。
| 対象企業 | プレミアム率 | 市場が示した評価 |
|---|---|---|
| 中央紙器工業 | +280.5% | 資産価値に対する過小評価の極端さが一気に是正 |
| ナカヨ | +131.61% | 中堅企業でも技術・顧客基盤に高い戦略価値 |
これらの水準は、買い手が非合理な高値を許容しているわけではありません。市場価格そのものが、長年にわたり歪められてきたという認識が共有され、是正コストとしてのプレミアムが上積みされているのです。株主側から見れば、PBR1倍割れの放置よりも、極端に高いTOB価格の方が合理的な選択となります。
結果として2026年現在、経営陣にとって最大のリスクは敵対的買収そのものではなく、企業価値向上に向けた説明責任を果たせないことに移行しました。PBR是正圧力は、買収プレミアムを押し上げる装置として機能し続けており、日本のM&A市場は「割安のままではいられない」時代に完全に突入しています。
事業売却とカーブアウトが加速する理由

事業売却やカーブアウトが加速している最大の理由は、企業経営における「守り」と「攻め」の判断基準が、2025年以降に明確に変わったことにあります。かつては不採算事業を抱え続けることも選択肢でしたが、2026年現在では、資本効率を改善できない事業を保有し続けること自体が経営リスクと認識されるようになっています。
背景にあるのが、東京証券取引所によるPBR1倍割れ是正要請と、それを後押しする機関投資家・アクティビストの存在です。低収益事業を含む複雑な事業構成は「コングロマリット・ディスカウント」を招き、株価の恒常的な割安状態を生みます。PwCが指摘するように、近年のM&Aは単なる規模拡大ではなく、ポートフォリオの再設計そのものが目的となっており、売却は価値創造のための前向きな戦略に位置づけられています。
特に象徴的なのが、大企業だけでなく中堅上場企業にまで広がるカーブアウトの波です。2025年上期には、上場企業による子会社・事業売却の件数と金額が過去10年で最多を記録しました。これは景気後退への備えではなく、成長投資に資本を再配分するための意図的な選択です。売却によって得た資金は、DXやGX、AI関連投資、人材獲得といった将来収益を生む領域へと振り向けられています。
| 加速要因 | 企業側の判断軸 | 結果として起きている変化 |
|---|---|---|
| PBR是正圧力 | 資本効率・ROIC重視 | 低収益事業の切り離し |
| 成長投資競争 | 限られた経営資源の集中 | 売却資金の再投資 |
| ガバナンス改革 | 説明責任と透明性 | 親子上場の解消 |
また、カーブアウト市場の成熟も重要な要因です。PEファンドや事業会社の間で、切り出された事業を単体で成長させるノウハウが蓄積され、売り手にとっても「適正な価格での売却」が現実的になりました。経済産業省のガバナンス改革の流れも相まって、事業売却は後ろ向きな撤退ではなく、企業価値を高めるための構造転換手段として定着しつつあります。
さらに、令和8年度税制改正で示された投資促進税制や研究開発税制は、M&A後の再投資を強く後押しします。これは裏を返せば、成長が見込めない事業を抱え続ける合理性が、税務面からも薄れてきたことを意味します。事業売却とカーブアウトが加速するのは偶然ではなく、市場・政策・投資家の三方向から同時に促された必然的な結果なのです。
日本製鉄・東芝・フジテックに見る象徴的ディール
2025年から2026年にかけて成立・進行した日本製鉄、東芝、フジテックのディールは、日本型資本主義が質的転換を遂げたことを象徴しています。これらは単なる大型買収ではなく、**経営の主語が「組織防衛」から「資本効率と長期価値創出」へ移行した決定的証拠**と位置づけられます。
まず日本製鉄によるUSスチール買収は、買収額2兆円超という規模以上に、経済安全保障と企業戦略が不可分になった点で画期的です。日本製鉄は内需縮小という構造制約を正面から認め、最大市場である米国に生産基盤そのものを移しました。米国の有力シンクタンクや経済紙が指摘するように、鉄鋼は脱炭素と安全保障の交差点にあり、**技術力と拠点を同時に確保するM&Aでなければ競争優位は築けない**という判断が背景にあります。
東芝の非公開化は、ガバナンス改革の文脈で語られるべき事例です。JIP連合による約2兆円の買収は、上場維持が必ずしも企業価値最大化につながらないことを示しました。金融庁や経済産業省の議論でも指摘されてきた通り、複雑化した事業ポートフォリオと短期志向の株主圧力は、構造改革を阻害します。非公開化によって東芝は、インフラサービスやデータ活用といった成長領域に経営資源を再配分する時間を獲得しました。
フジテックに対するEQTのTOBは、PEファンドの役割進化を象徴しています。創業家とアクティビストの対立が長期化し、企業価値が毀損していた同社に対し、EQTは約4,000億円規模で介入しました。これは敵対と友好的の二分法では説明できない案件です。**第三者資本がガバナンスの再設計者として機能する**という新しいエコシステムが、日本でも定着しつつあることを示しています。
| 企業 | ディールの本質 | 象徴する構造変化 |
|---|---|---|
| 日本製鉄 | USスチール買収 | 内需依存から地政学対応型グローバル経営へ |
| 東芝 | 非公開化 | 上場至上主義の終焉と長期改革志向 |
| フジテック | EQTによるTOB | PEファンドによるガバナンス再構築 |
これら三つの案件に共通するのは、**M&Aが成長手段であると同時に、統治構造そのものを作り替える装置になっている**点です。日本企業はもはや「買われないための防衛」ではなく、「誰と組めば最も価値が高まるか」を基準に資本を選び始めています。この価値観の転換こそが、2026年時点で進行する産業再編の核心です。
物流業界を揺るがす規制強化と強制的な集約
物流業界では、規制強化が単なる経営負担ではなく、業界構造そのものを塗り替える強制力として機能し始めています。2024年に施行されたドライバーの時間外労働規制、いわゆる2024年問題は序章に過ぎず、2025年以降はより本質的な制度改革が現実味を帯びてきました。
中でも注目されているのが、国会で議論が進む「事業許可更新制」です。全日本トラック協会の提言を起点としたこの制度は、一定期間ごとに事業者の許可を更新する仕組みで、安全管理、コンプライアンス、財務基盤といった基準を満たさない事業者は市場から退出せざるを得なくなります。国土交通行政に詳しい有識者も、これは事実上の再規制であり、数の論理から質の論理への転換だと指摘しています。
規制緩和が進んだ1990年代以降、トラック事業者数は約6万社超にまで膨らみましたが、その75%以上は保有車両20台以下の小規模事業者です。過当競争と多重下請け構造の中で、十分な賃金や投資ができない企業が温存されてきたという側面も否定できません。
| 区分 | 規制前の状態 | 規制強化後の方向性 |
|---|---|---|
| 事業者数 | 小規模事業者が多数乱立 | 基準未達事業者の退出 |
| 競争軸 | 価格競争中心 | 安全性・持続性重視 |
| 経営戦略 | 単独存続志向 | M&A・グループ化 |
この流れを象徴するのが、日本郵便によるトナミホールディングスへのTOBです。地域に根差した中堅物流企業であっても、全国ネットワークの維持やDX投資、人材確保を単独で賄うことは困難になっています。巨大資本の傘下に入ること自体が、生き残り戦略として合理的な選択肢になりました。
物流業界のM&Aは、他業界のようなシェア拡大ではなく、ドライバーと車両というリソース確保が主目的です。労働時間規制により一人当たりの輸送能力が下がる中、既存人材を抱える企業を買収することは、時間をかけずに供給力を補う最短ルートになります。
規制は競争を抑えるためではなく、持続可能なプレーヤーだけを残すために設計されていると言えます。2026年時点で進行している集約の波は、任意の選択ではなく、制度によって方向付けられた不可逆な構造転換として、今後さらに加速していくでしょう。
建設・製造・IT業界で進む再編の方向性
建設・製造・IT業界で進む再編の方向性は、単なる規模拡大ではなく、**不足する経営資源をM&Aで補完する戦略型再編**へと明確にシフトしています。2026年時点では、人材不足、技術革新の加速、顧客ニーズの高度化が同時進行しており、単独成長の限界が各業界で共有され始めています。
建設業界では、職人の高齢化と脱炭素・データセンター需要の拡大が再編を強く押し進めています。大成建設による東洋建設の買収は、洋上風力という成長分野に不可欠な海洋土木技術を短期間で獲得する狙いがありました。資材高騰と人手不足が常態化する中、**専門技術を内製化することが競争力の源泉**になっています。
| 業界 | 再編の主目的 | 象徴的な動き |
|---|---|---|
| 建設 | 専門技術・人材の確保 | 海洋土木・設備工事の内製化 |
| 製造 | AI・自動化機能の獲得 | ロボティクス企業の買収 |
| IT | 顧客基盤と機能統合 | SaaSロールアップ |
製造業では、再編の軸が「工場の数」から「知能化の度合い」へと移りました。ソフトバンクグループによるABBロボット事業の買収は、ハードウェアにAIを組み合わせることで自律型生産を実現する狙いがあります。ニデックも工作機械メーカーを次々と傘下に収め、**モーター単体から生産システム全体へと価値提供を拡張**しています。これはPwCが指摘する機能拡張型M&Aの典型例です。
IT・SaaS業界では、乱立期を終えた後の統合フェーズが本格化しています。マネーフォワードによるスマートキャンプの子会社化は、単なる売上拡大ではなく、見込み顧客獲得というボトルネックを解消するための再編でした。専門家の間では、**PMIの巧拙が企業価値を大きく左右する段階に入った**との見方が強まっています。
3業界に共通するのは、再編が防衛的ではなく攻めの経営判断になっている点です。経済産業省が示すガバナンス改革やPBR改善要請も背景となり、資本効率を高められない事業は切り離され、成長領域には大胆な投資が行われています。2026年の再編は、企業の将来像を明確に描けるかどうかを厳しく問う局面に入っています。
調剤薬局・ヘルスケア分野で広がるM&A
調剤薬局・ヘルスケア分野では、2026年に向けてM&Aが構造的に拡大しています。その最大の要因は、2024年以降の調剤報酬改定によって、従来型のビジネスモデルが成立しにくくなった点にあります。厚生労働省の方針に基づき、門前薬局や規模依存の評価は相対的に引き下げられ、服薬指導や在宅医療などの対人業務が重視される設計へと移行しました。
この変化は、資本力や人材投資に乏しい小規模薬局にとって、単独存続の難易度を一気に高めています。実際、業界関係者の間では「報酬改定は緩やかな規制ではなく、集約を前提とした制度設計だ」という認識が共有されています。後継者不在や経営者の高齢化も重なり、事業承継型M&Aが急増しています。
| 観点 | 小規模薬局 | 大手・中堅チェーン |
|---|---|---|
| 報酬改定への耐性 | 低い | 高い |
| 対人業務体制 | 人材確保が課題 | 教育投資が可能 |
| M&Aでの立場 | 売り手 | 買い手 |
買い手側にとっての狙いは、単なる店舗数拡大ではありません。地域包括ケアの中核として、医療機関や介護事業者との連携を強化できる拠点を押さえることが重要です。PwCなどの分析でも、ヘルスケア分野ではスケールメリットと同時にオペレーション標準化の価値が高まっていると指摘されています。
また、調剤薬局はM&A後のPMIが比較的読みやすい点も特徴です。業務プロセスが制度で規定されているため、IT統合や人員配置の最適化による収益改善が短期間で可視化しやすいのです。M&A総合研究所など仲介会社の成約件数が伸びている背景には、この再現性の高さがあります。
さらに広義のヘルスケア分野では、医療機器や介護関連企業の非公開化も進んでいます。パラマウントベッドホールディングスのMBOは、短期的な市場評価から距離を取り、長期的な医療需要に応える体制構築を目的とした象徴的事例です。調剤薬局の集約と周辺ヘルスケア事業の再編は連動しており、2026年以降もこの分野のM&Aは持続的に拡大していくと見られています。
税制改正がM&Aと設備投資に与える影響
2026年の税制改正は、M&Aと設備投資を切り離して考える従来の発想を根底から覆しました。とりわけ令和8年度税制改正大綱で示された一連の投資促進策は、M&Aを起点とした企業再編を前提に設計されており、税制が経営戦略そのものを方向付ける局面に入ったと評価できます。
最大のポイントは、「特定生産性向上設備等投資促進税制」の創設です。経済産業省の資料によれば、一定規模以上の設備投資に対して最大7%の税額控除、もしくは即時償却を認めるこの制度は、過去の投資減税と比べても突出したインセンティブを持ちます。**M&A後の統合投資、いわゆるPMIコストを正面から支援する設計になっている点が決定的に重要です。**
| 項目 | 内容 | M&Aとの関係 |
|---|---|---|
| 投資規模要件 | 35億円以上(中小企業は5億円以上) | 買収後の大規模統合投資を想定 |
| 税制優遇 | 最大7%税額控除または即時償却 | PMIのROIを大幅に改善 |
| 対象資産 | 機械・建物・ソフトウェア | 工場刷新や基幹システム統合に有効 |
例えば、製造業が競合企業を買収し、老朽化した工場設備を一気に刷新するケースでは、従来は初期投資負担がネックとなり統合効果が出るまでに時間を要しました。しかし即時償却が可能になることで、初年度から税負担を圧縮でき、キャッシュフロー面の不安が大きく軽減されます。**この変化は、買収判断のスピードそのものを引き上げています。**
さらに研究開発税制の「戦略技術領域型」拡充も見逃せません。AIや半導体、バイオ分野においては、技術獲得型M&A後の研究開発費が別枠で手厚く控除されるため、スタートアップ買収の実質コストが下がります。EYの税制分析でも、これにより国内企業のオープンイノベーション型M&Aが加速する可能性が指摘されています。
一方で、賃上げ促進税制の大企業向け措置が終了したことは、企業に対し別のメッセージを突きつけています。**低収益事業を抱えたまま賃上げと投資を両立することは難しく、事業売却やカーブアウトを通じた資源再配分が合理的選択になりました。**税制は単なる優遇策ではなく、構造改革を迫る圧力としても機能しています。
総じて2026年の税制改正は、「設備投資をする企業を支援する」段階から、「M&Aを通じて変革する企業だけを強く後押しする」段階へと進化しました。税制を読み解けるかどうかが、M&Aの成否と投資回収スピードを左右する時代に入っています。
クロスボーダーM&Aが担う成長とリスク分散
クロスボーダーM&Aは、2026年時点で日本企業の成長戦略とリスク管理を同時に成立させる中核的な手段として位置付けられています。国内市場の成熟、人口減少、自然災害リスクの常態化といった構造要因により、**単一国・単一市場への依存は企業価値の変動幅を拡大させる要因**となっています。その結果、海外M&Aは売上拡大のための攻めの施策であると同時に、経営の安定性を高める守りの施策として再評価されています。
特に顕著なのが、収益構造の相関を下げる目的での地域分散です。SOMPOホールディングスが米国のアスペン・インシュアランスを約5000億円で買収した事例は、国内の巨大地震や台風といったカタストロフィリスクと相関しにくい収益源を確保する狙いが明確でした。金融庁や国際決済銀行が指摘する通り、リスクの地理的分散は資本効率と財務健全性の両立に寄与します。
製造業においても、海外M&Aは単なる販路拡大ではなく、サプライチェーン全体の耐性強化という意味合いを持ちます。地政学リスクの高まりを受け、原材料調達や生産拠点を複数国に分散させる動きが加速しています。経済協力開発機構によれば、複数地域に生産・販売拠点を持つ企業ほど、外部ショック時の業績回復が早い傾向があります。
| 目的 | クロスボーダーM&Aの役割 | 期待される効果 |
|---|---|---|
| 成長確保 | 高成長市場への即時参入 | 売上・顧客基盤の拡大 |
| リスク分散 | 地域・通貨・規制の分散 | 業績変動の抑制 |
| 競争力強化 | 技術・人材の獲得 | 中長期的な付加価値向上 |
一方で、クロスボーダーM&Aは国内案件に比べて失敗リスクも高いとされています。PwCの分析では、文化摩擦やガバナンスの不整合、想定外の規制対応がPMIの成否を左右するとされています。**成長とリスク分散を同時に実現するためには、買収前の戦略的整合性と、買収後の統合能力が不可欠**です。
近年は、円相場が極端な円安局面を脱しつつあることも追い風となり、中堅企業による数十億〜数百億円規模の海外M&Aが再び増えています。東南アジアやインドといった成長市場における現地企業の買収は、単独進出に比べて時間と不確実性を大幅に削減します。これは、限られた経営資源を持つ企業にとって合理的な選択です。
総じて、2026年のクロスボーダーM&Aは「拡大か撤退か」という二項対立ではなく、**不確実性の時代における経営の安定装置**としての性格を強めています。成長機会を取り込みながら、同時にリスクの振れ幅を抑える。この両立を実現できる企業こそが、次の景気循環局面でも持続的な競争優位を確立していきます。
参考文献
- PR TIMES:【2025年M&Aサマリー】過去最多の1344件、金額は20兆円超えで7年ぶりに歴代最高値を更新
- M&A Online:【2025年M&Aサマリー】件数は過去最多の1344件、金額は20兆円超えで歴代最高値を更新(暫定値)
- M&A Online:2025年のプレミアムランキング
- PwC Japanグループ:産業・サービス分野における世界のM&A動向:2025年の見通し
- fundbook:【2025年版】M&A事例と動向
- スピカコンサルティング:2025年総まとめ、物流業界の主要M&Aを振り返る
- 税務研究会:令和8年度税制改正大綱が決定へ
