人的資本経営やジョブ型雇用、リスキリングといった言葉が定着する一方で、現場では「結局、何をどう変えればいいのか分からない」と感じている方も多いのではないでしょうか。制度は導入したものの、人材が育たない、流動化が進まない、管理職が疲弊している――そんな声が、企業規模や業界を問わず聞こえてきます。

いま日本の人材戦略は、法改正による外圧、生成AIの急速な進化、そして労働市場の構造変化という三重の変化に直面しています。これらは個別に対応しても効果が薄く、相互にどう連動させるかが企業価値を大きく左右します。人的資本情報の開示も、単なる数値の羅列では評価されない時代に入りました。

本記事では、最新の制度動向やデータ、先進企業の成功と失敗事例を踏まえながら、人的資本経営と人材流動化がどのように再定義されつつあるのかを整理します。人事・経営の意思決定にどんな視点が求められるのか、そして個人はどのようにキャリアを描くべきか。その全体像をつかみたい方にとって、実務に直結する示唆を得られる内容です。

人材戦略の前提が変わるマクロ環境と法制度の動き

2026年の人材戦略を考える上で、最初に直視すべきなのは、企業の裁量だけではコントロールできないマクロ環境と法制度の変化です。**働き方は「選択肢」ではなく「前提条件」として再定義されつつあり、人事戦略は法改正への適応速度そのものが競争力を左右する局面に入っています。**

特に注目されるのが、労働基準法を中心とした改正議論です。厚生労働省の審議会資料などで示されている方向性は、ハイブリッドワークを例外ではなく標準と捉え、管理コストと個人負荷の双方を下げる制度設計へと舵を切っています。テレワーク実施日に限定したフレックスタイムの柔軟化や、過度なログ監視を前提としないみなし労働時間制の整理は、**時間管理を厳格化する発想から、成果と健康を両立させる発想への転換**を象徴しています。

あわせて、勤務間インターバル制度の位置づけも大きく変わっています。日本では導入率が長らく一桁台にとどまってきましたが、欧州労働安全衛生機関の研究では、休息時間の確保が生産性低下やメンタル不調リスクを有意に抑制することが示されています。2026年に向けた議論では、これを努力義務の域に留めず、企業の安全配慮義務の中核として扱う流れが強まっています。

論点 従来の位置づけ 2026年の方向性
テレワーク管理 時間・接続の厳格管理 成果重視と健康配慮
勤務間インターバル 努力義務 実効性のある規制
柔軟な始終業 例外的措置 制度としての標準化

税制面では、「年収の壁」の実質的な緩和が労働供給構造に与える影響が無視できません。基礎控除の引き上げにより、就業調整をしてきた層が労働時間を延ばす余地が広がります。パーソル総合研究所の推計では、働き控え層は約540万人規模にのぼり、**制度変更は人手不足の量的解消だけでなく、非正規人材の役割再定義を企業に迫る契機**となります。

さらに、2026年4月施行の改正労働施策総合推進法により、治療と仕事の両立支援が事業主の努力義務として明確化されます。がんや慢性疾患を抱えながら働く人は増加しており、産業医や現場管理職を含む組織的対応が求められます。厚生労働省が示すガイドラインは、単なる福祉対応ではなく、**熟練人材の離職を防ぐ経営課題**としてこの問題を位置づけています。

これらの動きに共通するのは、法制度が企業に「柔軟であること」を強制し始めている点です。2026年のマクロ環境において、人材戦略は理念やスローガンではなく、法制度を読み解き、先回りして組織設計に落とし込めるかどうかが問われています。

労働基準法改正がもたらす働き方と人材配置の再設計

労働基準法改正がもたらす働き方と人材配置の再設計 のイメージ

2026年に向けて議論・実装が進む労働基準法改正は、単なる労務管理ルールの変更にとどまらず、企業の働き方と人材配置の設計思想そのものを刷新する契機となっています。特にハイブリッドワークの制度化、テレワークにおける労働時間管理の見直し、勤務間インターバルの規制強化は、**「誰を、どこに、どのように配置するか」**という経営判断に直接影響を及ぼします。

注目されているのが、特定日に限定して柔軟な始業・終業を認める新しいフレックスタイムの考え方です。厚生労働省の検討資料によれば、テレワーク実施日などに限定してコアタイムを撤廃することで、育児や介護を担う人材の就業継続率を高める狙いがあります。これにより、これまで時間制約を理由に補助的業務にとどまっていた人材を、より中核的な業務へ再配置する余地が広がります。

同時に、テレワークへのみなし労働時間制の適用拡大も、人材配置を再設計する上で重要です。常時ログ監視を前提とした管理は、メンタルヘルス悪化や生産性低下を招きやすいことが、産業医や労働経済学の研究でも指摘されています。**成果ベースでの評価と配置**へと舵を切ることで、場所に縛られない専門人材の活用が現実解となります。

改正論点 従来の前提 2026年以降の再設計ポイント
フレックスタイム 月単位・全日適用 特定日限定で柔軟化し多様人材を配置
テレワーク管理 実労働時間の厳密把握 みなし労働で成果重視の配置へ
勤務間インターバル 努力義務 休息前提で業務設計・人員配置を調整

勤務間インターバル制度の強化は、配置転換の考え方にも変化を迫ります。これまで長時間労働を前提に成立していた属人的ポジションは維持が難しくなり、業務の分解や複数人配置が不可欠になります。パーソル総合研究所は、休息時間を確保した職場の方が中長期的な生産性と定着率が高いと分析しており、**配置の見直しはコストではなく投資**として捉える必要があります。

さらに、治療と仕事の両立支援が努力義務化されることで、配置は一時的・固定的なものではなくなります。通院や治療状況に応じて役割や業務量を調整し、回復後に再び戦力化する循環型の配置モデルが求められます。厚生労働省のガイドラインでも、産業医と連携した柔軟な配置転換が、熟練人材の離職防止に有効だと示されています。

労働基準法改正が突きつけている本質は、**時間管理中心の人事から、能力とコンディションを前提にした人材配置への転換**です。法改正を受け身で捉える企業と、配置再設計の起点として活用する企業との間で、2026年以降、人材の質と量の両面で決定的な差が生まれていきます。

年収の壁見直しが人材供給とキャリア形成に与える影響

年収の壁見直しは、単なる就業時間の増加策ではなく、人材供給の質とキャリア形成の構造そのものに影響を及ぼします。2026年に向けて議論が進む基礎控除の引き上げにより、非課税枠が約160万円まで拡大する方向性は、労働参加を抑制してきた制度的ブレーキを大きく緩めるものです。これまで就業調整を行ってきた層が、労働市場に「戻る」だけでなく、「深く関与する」転換点になります。

パーソル総合研究所の推計では、働き控えをしているパートタイマーは約540万人に上り、その多くが女性です。年収の壁が実質的に後退すれば、小売・サービス業を中心に慢性化していた人手不足の2〜3割が解消され得るとされています。量的供給の回復は短期的には即効性がありますが、2026年の本質的論点はその先にあります。

観点 従来(壁あり) 見直し後(2026年想定)
就業行動 時間抑制・補助業務中心 時間拡大・基幹業務参画
企業の人材活用 短期的労働力補填 育成・戦力化対象
個人のキャリア 断続的・停滞 連続的・選択肢拡大

問題は、労働時間が伸びた非正規人材を、企業がどのようなキャリア前提で扱うかです。これまで扶養内を前提に設計されてきた職務や評価制度のままでは、業務負荷と処遇の不均衡が生じ、早期離脱を招きかねません。年収の壁の後退は、「キャリアの壁」を放置できなくする圧力として機能します。

専門家の間では、正規・非正規という二分法そのものが実態に合わなくなる点が指摘されています。厚生労働省の有識者会議でも、職務内容とスキルに基づく処遇設計、いわゆるジョブベースの等級整理が、短時間・中時間労働者にも適用可能であるとの議論が進んでいます。これにより、時間ではなく役割を基準にしたキャリア形成が現実味を帯びます。

個人側の視点でも変化は顕著です。扶養内に留まる前提が薄れることで、資格取得やOJTへの投資回収期間が延び、学習意欲が高まりやすくなります。実際、同研究所の調査では、就業時間を制約していない層ほど中長期のキャリア展望を描いている割合が高いとされています。制度改正は、人材供給量の増加と同時に、キャリアの連続性を回復させる効果を持つのです。

2026年の企業に求められるのは、壁見直しを一時的な人手確保策で終わらせない視点です。時間拡大を起点に、役割設計、評価、登用機会をどう接続するか。その設計次第で、年収の壁見直しは単なる労働参加促進策にも、持続的な人的資本形成のレバーにもなります。

治療と仕事の両立支援が企業の競争力になる理由

治療と仕事の両立支援が企業の競争力になる理由 のイメージ

治療と仕事の両立支援は、もはや企業の善意や福利厚生の一環ではなく、競争力を左右する経営課題として位置づけられています。2026年4月に施行される改正労働施策総合推進法により、疾病を抱える従業員への就業上の配慮が事業主の努力義務として法制化されました。これは単なる規制強化ではなく、人材確保が困難な時代において、企業が選ばれる存在になるための明確なシグナルだといえます。

厚生労働省によれば、がんや糖尿病、心疾患などの慢性疾患を抱えながら働く人は年々増加しています。特に40代後半以降の中核人材・管理職層では、治療と就労の両立がキャリア継続の前提条件になりつつあります。ここで支援体制が不十分な企業は、経験・ノウハウ・顧客関係といった暗黙知を持つ人材を失うリスクを抱えることになります。

治療と仕事の両立支援は「離職防止策」ではなく「知的資本の保全策」です。

実際、産業医・人事・現場マネージャーが連携し、短時間勤務や通院配慮、段階的な職務調整を制度として整備している企業では、治療を理由とした離職率が大きく低下しています。日本産業衛生学会の議論でも、就業継続が可能な環境は、従業員の心理的安全性を高め、結果として生産性の維持につながると指摘されています。

また、この取り組みは人的資本経営の文脈でも重要です。投資家や求職者は、企業がどのように人材リスクをマネジメントしているかを注視しています。治療と仕事の両立支援は、人的資本への投資姿勢を示す具体的なエビデンスとなり、採用市場における信頼性向上にも直結します。

観点 支援がない場合 支援がある場合
熟練人材の定着 治療を機に離職 就業継続・知見継承
組織の生産性 突発的欠員で低下 業務調整で安定
企業評価 人材軽視と受け取られる 人的資本経営の実践として評価

さらに重要なのは、両立支援が特定の疾病を持つ人だけの制度ではない点です。制度が整っている企業ほど、全従業員が「将来何があっても働き続けられる」という安心感を持ちやすく、エンゲージメントが高まります。これは、パーソル総合研究所が示すように、働き続けられる環境が人材の流動化時代における定着力の源泉になるという分析とも整合します。

治療と仕事の両立支援を経営戦略として捉え、制度・運用・マネジメント教育まで一体で設計できるかどうか。その差が、2026年以降の人材獲得力と企業価値に静かに、しかし決定的な差を生み出していきます。

人的資本経営は開示フェーズから成果検証フェーズへ

2026年現在、人的資本経営は明確に次の段階へと移行しています。統合報告書や有価証券報告書での開示が一巡した今、投資家や経営層が問うているのは、人的資本への投資が実際にどのような成果を生み出したのかという検証の視点です。単なる指標の羅列ではなく、**人材投資と企業価値の因果関係を説明できるかどうか**が、企業の評価を左右する局面に入っています。

この変化を象徴するのが、ISO 30414の議論の深化や、ISSBによる人的資本に関する研究の進展です。これらの国際的な潮流は、研修時間や離職率といったアウトプット指標だけでなく、それが生産性、収益性、持続的成長にどう結びついたのかというアウトカムの説明を企業に求めています。慶應義塾大学の岩本隆氏も、人的資本情報は戦略との連動性を語れて初めて意味を持つと指摘しており、説明責任の質そのものが問われています。

成果検証フェーズでは、KPI設計の考え方も変わります。従来は人事部門内で完結する指標が中心でしたが、現在は事業KPIや財務指標との接続が不可欠です。例えば、リスキリング投資が新規事業の立ち上げスピードにどう影響したのか、エンゲージメント向上が顧客満足度や解約率にどの程度寄与したのかといった視点が重視されています。

観点 開示フェーズ 成果検証フェーズ
主な関心 情報を出しているか 価値を生んでいるか
指標の性質 人事KPI中心 事業・財務KPIと連動
説明の軸 数値の網羅性 因果関係と再現性

先進企業では、こうした検証を可能にするために、人的資本データをリアルタイムで把握し、経営判断に組み込む動きが進んでいます。パーソルグループが示した人的資本インパクトパスはその代表例で、人材投資が生産性や人員構成を通じて事業成長に至る道筋を可視化しました。これは、人的資本を費用ではなく、リターンを伴う投資として扱う姿勢を明確に示しています。

一方で、成果検証フェーズへの移行は、人事部門にとって厳しい現実も突きつけます。成果が出ていない施策は、たとえ理念的に正しくても見直しや撤退の対象になります。**やったかどうかではなく、効いたかどうか**が問われるため、人事施策にも仮説検証と改善のサイクルが求められます。

このフェーズにおける本質的な価値は、数字そのものよりも、数字を通じて語れるストーリーにあります。なぜこの人材投資を行い、どのような成果が出て、次に何を変えるのか。その一貫した説明ができる企業ほど、投資家からの信頼を獲得しやすくなります。人的資本経営は、開示の競争から、成果を証明し続ける経営能力の競争へと、静かにしかし確実に進化しています。

AIエージェント時代の組織開発と人事の役割変化

AIエージェントが業務の前提となった2026年、組織開発と人事の役割は質的な転換点を迎えています。生成AIはもはや効率化ツールではなく、業務設計そのものに組み込まれた「同僚」として振る舞い始めています。この変化により、組織は人間だけで完結する設計から、人とAIが混在する前提で再構築される必要に迫られています。

特に顕著なのが、意思決定プロセスの変化です。調査・分析・選択肢提示といった工程の多くをAIエージェントが担うことで、人間のマネージャーは判断のスピードを上げる一方、**その判断が妥当である理由を説明する責任**をより強く負うようになっています。MITスローン経営大学院の研究でも、AI活用が進んだ組織ほど「説明可能性」と「意思決定の透明性」がエンゲージメントに直結することが示されています。

この環境下で、人事部門に求められる役割も大きく変わります。従来の制度運用や人員管理の中心から、AIを前提とした組織能力の設計者へとシフトしています。AIがスキル可視化や配置案を自動生成する一方で、その前提条件やバイアスを点検し、最終判断を担保するのが人事の新たな価値となります。

領域 従来の人事 AIエージェント時代の人事
配置・異動 人手による調整 AI提案の監督と説明
育成 一律研修設計 個別最適化された学習設計
評価 年次中心 継続的フィードバック設計

組織開発の観点では、AI導入そのものよりも「人がどう適応するか」が成果を左右します。本田技研工業の自律型コミュニティの事例が示すように、AIを介して人と人が学び合う構造を意図的に設計した企業ほど、変化への適応速度が高まっています。**AIは知を提供し、組織は意味と動機を提供する**という役割分担が、実務レベルで明確になりつつあります。

また、AIエージェントの普及は管理職像も変えています。指示や進捗管理の多くはAIが代替するため、管理職には心理的安全性の確保や判断の背景説明といった、人間にしか担えない役割が集中します。デロイトのグローバルHR調査でも、AI活用が進む企業ほど「コーチ型マネジメント」への転換が進んでいると報告されています。

結果として、AIエージェント時代の組織開発とは、テクノロジー導入ではなく関係性の再設計です。人事は制度の番人ではなく、AIと人間の協働が機能する前提条件を整えるアーキテクトとして位置づけ直されます。この役割を担えるかどうかが、2026年以降の組織競争力を静かに分けていきます。

ジョブ型雇用の理想と現実、日本企業が選ぶ修正解

ジョブ型雇用は、本来「職務内容と責任が明確で、成果に応じて公正に評価される」という合理性を備えた制度です。欧米では専門性の高い人材流動化を支える基盤として機能してきましたが、日本企業が2020年代に本格導入を進める中で、その理想と現実の乖離が顕在化しました。2026年時点では、単純な制度輸入が通用しないことが、実務レベルではほぼ共通認識となっています。

象徴的なのが、先行導入企業で起きた評価混乱です。富士通や日立製作所の事例分析によれば、ジョブディスクリプション自体は整備されたものの、成果指標が抽象的なまま運用され、特に研究開発職やITエンジニアで不満が噴出しました。職務は定義されたが、報われ方が見えないという状態は、専門性を高めるインセンティブを弱め、逆に優秀層の離職リスクを高めたのです。

加えて、日本企業特有のチーム志向との摩擦も無視できません。ジョブ型を厳格に適用すると、職務境界が壁となり、協働を前提とした現場運営が停滞します。長年、暗黙知や相互補完で回ってきた職場では、「それは私の職務外です」という言葉が生産性を下げるケースも確認されました。これは制度の失敗というより、文化適合を考慮しなかった設計の問題です。

観点 理想のジョブ型 日本で生じた現実
評価 成果と責任が明確 基準が曖昧で納得感不足
働き方 職務境界が明確 協働が阻害されやすい
人材流動 専門性で流動化 優秀層の流出リスク

こうした反省を踏まえ、2026年に日本企業が選び始めているのが「修正型ジョブ雇用」です。具体的には、職務等級で専門性と市場価値を担保しつつ、評価項目にチーム貢献や柔軟な役割対応を組み込みます。慶應義塾大学の岩本隆氏も、人的資本経営の文脈で「職務とポテンシャルを二項対立で捉えない設計」が重要だと指摘しています。

この修正解の本質は、制度の折衷ではありません。人材流動化を促しながら、組織学習を止めないという経営判断です。完全なメンバーシップ型に戻ることも、欧米型を模倣し続けることも選ばず、日本企業は自社の戦略と文化に即したジョブ型を再定義し始めています。ジョブ型雇用はゴールではなく、人的資本を活かし切るための進化途中の手段として位置づけられつつあります。

社内人材流動化を促すFA制度・公募制の実像

社内人材流動化を本気で進める企業にとって、FA制度と公募制はもはや象徴的な施策ではなく、内部労働市場を機能させるための実務インフラとなっています。2026年時点では、単に「手を挙げれば異動できる制度」を用意するだけでは不十分で、制度設計の巧拙が組織パフォーマンスを大きく左右しています。

代表例として頻繁に参照されるのが、ソフトバンクのFA制度です。同社の統合報告書によれば、一定の評価・スキル要件を満たした社員は、上長の承認を経ずに異動意思を表明でき、受け入れ側部署が判断主体となります。この仕組みは、異動を「人事や上司から与えられるもの」から「社員と事業のマッチングプロセス」へと再定義しました。

重要なのは、FA制度が離職を促すどころか、優秀層の社内定着に寄与している点です。人的資本経営の研究で知られる慶應義塾大学の岩本隆氏も、キャリア選択の裁量が高いほど、外部転職ではなく社内で挑戦機会を探す傾向が強まると指摘しています。

制度 主な特徴 組織にもたらす効果
FA制度 社員主導で異動を宣言 キャリア自律とエンゲージメント向上
社内公募制 ポスト・案件単位で募集 成長分野への人材最適配置

一方、公募制はより広範な企業で導入が進み、2026年には大企業の多くで恒常運用されています。新規事業やDX案件、海外プロジェクトなどを対象に公募をかけることで、人材の偏在や属人化を解消する手段として機能しています。人事部門にとっては、外部採用に頼らずとも、社内の潜在スキルを可視化できる点が大きなメリットです。

ただし、制度がうまく回るほど副作用も顕在化します。人気部署への応募集中や、慢性的に人が抜ける部署の固定化です。実務上は、これを「制度の失敗」と捉える企業は減っています。むしろ、人が集まらない部署はマネジメントや業務設計に課題があるという、組織からのシグナルとして扱われるようになりました。

成功企業に共通するのは、FAや公募を単体で終わらせず、評価制度や育成と連動させている点です。応募時に求められるスキル要件や期待成果を明確にし、挑戦した結果が次の評価や報酬にどう反映されるのかを可視化しています。この納得感こそが、社内人材流動化を一過性のブームで終わらせない最大の要因です。

2026年のFA制度・公募制の実像は、「自由な異動」を掲げる理想論ではありません。人が動くことで、組織の歪みと可能性が同時に可視化される、極めて戦略的な経営ツールとして位置づけられています。

管理職の罰ゲーム化がリスキリングを阻む構造

管理職の罰ゲーム化は、個人の意欲の問題ではなく、組織構造そのものがリスキリングを阻害している現象です。2026年時点で多くの企業が直面しているのは、学び直しを推進すべき立場にある管理職自身が、学習どころか現状維持に追い込まれているという逆説です。

パーソル総合研究所の分析によれば、管理職への昇進を望まない社員は年々増加しており、その主因は業務量と責任の肥大化に対して処遇や裁量が見合っていない点にあります。ハラスメント対応、メンタルケア、1on1によるキャリア支援、ダイバーシティ配慮など、管理職に求められる役割は高度化する一方です。

その結果、管理職は自ら学ぶ時間を失い、部下のリスキリングを支援する余力も奪われています。**学習を促進するハブであるはずの管理職が、組織内で最も学べない存在になっている**ことが、構造的なボトルネックです。

項目 一般社員 管理職
残業規制 法令・制度で厳格 実質的に対象外
業務内容 職務限定・定型化 調整・感情労働が中心
学習時間の確保 制度化されつつある 業務に吸収されがち

さらに問題なのは、この状態が次世代に再生産される点です。疲弊した管理職はロールモデルにならず、部下は「昇進=損」という学習をしてしまいます。その結果、専門職志向が強まる一方で、組織全体を横断してスキル転換を促す推進役が不在になります。

経済産業省のリスキリング政策や企業のeラーニング投資が期待通りの成果を上げていない背景には、この断絶があります。**管理職が学び、変化する姿を見せられない組織では、リスキリングは掛け声倒れに終わります。**

管理職の負荷軽減と学習支援を同時に設計しなければ、全社的なリスキリングは機能しません。

解決の方向性は、管理職個人の努力に依存しないことです。AIによる業務支援や意思決定補助、管理職以外の専門職キャリアの明確化、そして管理職自身をリスキリングの対象として位置づける制度設計が不可欠です。管理職の罰ゲーム化を放置する限り、組織の学習能力は確実に低下していきます。

採用市場で差がつく人的資本開示と採用ブランディング

採用市場が完全な売り手優位に移行した2026年、人的資本開示は投資家対応のための報告義務ではなく、採用競争力を左右する中核的なブランディング手段として再定義されています。特に即戦力人材や次世代リーダー層ほど、企業の求人票よりも、有価証券報告書や統合報告書に記載された人的資本データを精査する傾向が顕著です。

背景には、Z世代・ミレニアル世代の価値観の変化があります。彼らは報酬水準だけでなく、「この企業で成長できるのか」「公正に評価されるのか」「長期的に働き続けられるのか」を重視します。ISSBやISO 30414の議論が示すように、人的資本情報は定性的メッセージではなく、比較可能な数値と一貫したストーリーとして提示されることが求められています。

実際、慶應義塾大学の岩本隆氏が指摘するように、採用市場において評価されるのは「良い数字」そのものではなく、数字の背景にある経営判断と改善の軌跡です。たとえば離職率が一時的に悪化していても、その要因分析と具体的な是正施策が開示されていれば、候補者は企業の誠実さとマネジメント力を評価します。

開示項目 候補者が読み取るシグナル 採用ブランディングへの影響
一人当たり研修投資額 人材をコストではなく資産と捉えているか 成長機会を重視する層の応募増
女性管理職比率 昇進の公平性と意思決定の多様性 優秀な若手・女性人材の安心感
エンゲージメントスコア 現場の実態と組織文化の健全性 入社後ギャップの低減

パーソルグループの人的資本レポートが好例ですが、人的資本投資と事業成果を結びつける「インパクトの道筋」を示すことで、候補者は自らの貢献がどこに位置づくのかを具体的に想像できます。これは単なる企業説明ではなく、候補者に対するキャリア提案そのものです。

重要なのは、不都合な情報を隠さない姿勢です。育成が追いついていない領域や、人材ポートフォリオの課題をあえて開示し、「だからこそ今、こういう人材を求めている」と語れる企業は、採用において強い共感を獲得します。透明性はリスクではなく、信頼を生む資産として機能します。

2026年の採用ブランディングにおいて、人的資本開示は企業からの一方的な情報発信ではありません。候補者との価値観のすり合わせを行う対話の起点です。数字とストーリーの両輪で語られた人的資本情報こそが、入社後のエンゲージメントまでを見据えた、最も費用対効果の高い採用投資となっています。

参考文献

Reinforz Insight
ニュースレター登録フォーム

ビジネスパーソン必読。ビジネスからテクノロジーまで最先端の"面白い"情報やインサイトをお届け。詳しくはこちら

プライバシーポリシーに同意のうえ