近年、サイバー攻撃は「高度化している」という言葉では言い尽くせない段階に入っています。AIの実戦投入により、攻撃は人の手を離れ、自律的かつ継続的に実行されるものへと変化しました。

フィッシングやランサムウェアはもはや一部の専門犯罪者だけのものではなく、サービスとして流通し、誰でも利用できる“産業”になりつつあります。その結果、被害のスピードと規模は防御側の想定を大きく上回るようになりました。

さらに、クラウド活用やハイブリッドワークの定着により、社内外の境界は消失し、IDそのものが最大の攻撃対象となっています。日本でも、製造業や流通業、公共分野を巻き込むサプライチェーン被害が相次ぎ、事業停止という現実的なリスクが顕在化しました。

本記事では、AI時代のサイバー脅威の全体像を俯瞰しつつ、日本企業が直面する具体的なリスクと、これから取るべき次世代セキュリティの考え方を整理します。最新事例や制度動向を踏まえ、実務に生かせる視点を得たい方にとって、最後まで読む価値のある内容をお届けします。

AIによって加速するサイバー犯罪の産業化

2026年現在、サイバー犯罪はもはや一部の熟練ハッカーによる職人的行為ではなく、AIによって高度に自動化された「産業」として再定義されつつあります。トレンドマイクロやZscalerといった主要セキュリティベンダーが指摘する最大の変化は、生成AIの活用段階を超え、エージェント型AIが攻撃活動そのものを自律的に遂行している点です。

従来は人間が担っていた偵察、脆弱性探索、侵入、横展開、ランサムウェア実行といった一連の工程が、AIによって24時間休みなく実行されます。その結果、攻撃のスピードと同時並行性は飛躍的に高まり、防御側が人手で対応できる限界を明確に超え始めています

特に注目すべきは、攻撃の「品質管理」と「改善サイクル」までが自動化されている点です。AIはEDRやXDRの挙動を観測し、検知された場合にはマルウェアの通信パターンやコード構造を即座に変化させます。これは製造業におけるPDCAを高速で回すのと同じ構造であり、サイバー犯罪が完全にビジネスモデル化していることを示しています。

観点 従来型攻撃 AI主導型攻撃
実行主体 人間中心 エージェント型AI
攻撃速度 断続的 常時・高速
スキル要件 高度な専門知識 ツール購入で参入可能

この産業化をさらに加速させているのが、RaaSやPhaaSといった「◯◯ as a Service」型の犯罪エコシステムです。Barracudaの分析によれば、2025年から2026年にかけて、AIを組み込んだフィッシングキットが流通し、多要素認証を回避する機能まで標準搭載される例が確認されています。これにより、技術力の低い攻撃者でも高度な攻撃キャンペーンを短期間で展開できるようになりました。

また、Zscalerはディープフェイク技術の成熟が、サイバー犯罪の産業化に「人間攻略」という新たな生産ラインを追加したと指摘しています。音声や文章の不自然さを見抜く従来の教育はほぼ無効化され、人の判断力そのものが攻撃対象となっています。これは単なる技術問題ではなく、組織全体の意思決定プロセスを揺さぶる経営リスクです。

国家レベルでもこの変化は認識されています。複数の公的レポートが示すように、AIによるマルウェア生成の自動化は亜種の爆発的増加を招き、従来のブラックリスト型防御を陳腐化させました。サイバー犯罪の産業化とは、攻撃者が効率、再現性、拡張性を手に入れたことを意味します。この構造変化を正しく理解することが、2026年のセキュリティ戦略を考える出発点となります。

エージェント型AIが変えた攻撃ライフサイクル

エージェント型AIが変えた攻撃ライフサイクル のイメージ

エージェント型AIの実戦投入によって、サイバー攻撃のライフサイクルそのものが根本から書き換えられています。従来は偵察、侵入、横展開、実行という各工程に人間の判断と手作業が介在していましたが、2026年現在ではその大部分が自律的に連続実行されるようになりました。**攻撃は「点」ではなく「常時稼働するプロセス」へと変質しています。**

トレンドマイクロの2026年予測によれば、エージェント型AIはインターネット全体を継続的に監視し、設定ミスや未修正の脆弱性を検知すると、即座に次の工程へ移行します。人間が調査会議を開いている間に、AIは侵入、権限昇格、データ探索まで完了してしまう速度感です。この結果、防御側の初動対応が追いつかないケースが急増しています。

攻撃工程 従来型 エージェント型AI時代
偵察 断続的な手動スキャン 常時・自律スキャン
侵入判断 人間の経験依存 検知回避を考慮した自動判断
攻撃継続 手動操作が中心 防御反応に応じて自己変異

Zscalerの分析では、EDRやXDRの挙動を学習し、通信頻度やコード構造をリアルタイムで変化させる攻撃が確認されています。これは単なるマルウェアの高度化ではなく、**防御側との相互作用を前提にした「適応型ライフサイクル」**の出現を意味します。検知されなかった手法が次の標準動作として即座に再利用される点が特徴です。

さらに深刻なのは、ランサムウェア工程の完全自動化です。初期侵入後、どのサーバーが事業停止に最も影響するかをAIが判断し、優先順位を付けて暗号化やデータ窃取を進めます。Barracudaが指摘するように、この自律化は攻撃成功率を高めるだけでなく、攻撃者側の参入障壁を劇的に下げました。

結果として、防御側が「侵入を検知してから対応する」従来モデルは機能不全に陥りつつあります。**エージェント型AIが変えた本質は、攻撃の速さではなく、人間の意思決定が介在する余地を奪った点にあります。**この構造変化を理解しない限り、最新ツールを導入しても攻撃ライフサイクルには追いつけません。

ディープフェイクと次世代フィッシングの現実

ディープフェイクと次世代フィッシングは、2026年のサイバー脅威を象徴する存在となっています。従来のフィッシングが「不特定多数に怪しい文面を送る手法」だったのに対し、現在はAIが個人ごとに最適化した完全に自然な詐欺コミュニケーションへと進化しています。

Zscalerの2026年脅威予測によれば、生成AIとディープフェイク技術の融合により、音声・動画・テキストを組み合わせた多層的ななりすましが現実的な攻撃手段になりつつあります。特に問題なのは、人間が「疑うための違和感」をほぼ見つけられなくなっている点です。

具体例として急増しているのが、コンテキスト認識型フィッシングです。攻撃者はSNS投稿、過去に漏洩したメール、企業のプレスリリースなどをAIで解析し、対象者の職務内容や人間関係を正確に把握します。その上で、実在する上司や取引先の口調を再現したメールやチャットを自動生成します。

手法 従来型 次世代型
文面生成 定型文・翻訳調 個人最適化・自然言語
なりすまし テキストのみ 音声・動画・画像を併用
検知難易度 比較的容易 人間の目視では困難

日本国内で特に深刻化しているのが、ボイスフィッシングです。2025年以降、上司や経営者の声をAIで模倣し、「至急の送金」や「認証情報の共有」を求める詐欺が確認されています。音声は数十秒のサンプルがあれば再現可能とされ、電話という信頼性の高いチャネルが逆に弱点となっています。

さらに懸念されるのが、生体認証の突破です。顔認証や声紋認証は安全性が高いと考えられてきましたが、ディープフェイク映像やリアルタイム音声合成を入力することで、本人確認プロセスを通過しようとする試みが報告されています。Barracuda Networksも、eKYCを狙ったフィッシングの高度化を指摘しています。

この変化が示す本質的な問題は、「人間の判断力を前提としたセキュリティ教育が限界に近づいている」という点です。もはや「注意深く確認する」だけでは防ぎきれず、技術的対策と業務プロセスの再設計が不可欠なフェーズに入っています。

ディープフェイクと次世代フィッシングは、単なる詐欺手法の進化ではありません。人とデジタルの信頼関係そのものを揺るがす構造的なリスクとして、企業と個人の双方に現実的な対応を迫っています。

ランサムウェアはどこまでビジネス化したのか

ランサムウェアはどこまでビジネス化したのか のイメージ

2026年時点でのランサムウェアは、もはや単なるサイバー犯罪ではなく、高度に最適化されたビジネスモデルとして成立しています。象徴的なのがRaaS(Ransomware-as-a-Service)の定着です。トレンドマイクロやZscalerの分析によれば、現在の主要ランサムウェアグループは、開発者、初期侵入専門のブローカー、交渉担当、資金洗浄担当といった役割分業を明確にし、収益をシェアする形で運営されています。

この構造により、攻撃の参入障壁は劇的に下がりました。高度なマルウェアを自作できなくても、ダークウェブ上でRaaSキットを契約すれば、サポート付きで即座に攻撃を開始できます。Barracuda Networksの調査では、近年のRaaS提供者の多くが「成功報酬型」を採用し、身代金の20〜30%を手数料として徴収していると指摘しています。これはSaaS型ビジネスと酷似した収益設計です。

さらに注目すべきは、価格設定の高度化です。攻撃者は事前に企業の売上規模、上場有無、サイバー保険加入状況を分析し、支払い可能性が最大化される金額を算出します。Zscalerによれば、2025年から2026年にかけて、データ公開を伴う恐喝の件数は前年比70%増となっており、情報漏洩リスクを交渉材料として用いる手法が標準化しています。

要素 従来型 2026年型
攻撃体制 少人数・属人的 分業制・組織化
ツール 自作マルウェア RaaS・AI自動化
収益モデル 単発収入 成功報酬・継続収益

日本国内の事例も、このビジネス化を裏付けています。2025年のアサヒビールのインシデントでは、製造停止という物理的損失が発生しましたが、攻撃者側は事業継続への影響を熟知した上で圧力をかけています。専門家の間では、これは「IT侵害」ではなく「経営リスクを商品化した恐喝」と評価されています。

加えて、AIの導入が利益率をさらに押し上げています。交渉文面の自動生成、被害企業ごとの最適な脅迫シナリオ設計、支払い遅延時の追加圧力までが自律化され、人件費は最小限に抑えられています。結果として、ランサムウェアは低コスト・高回転の違法ビジネスとして完成度を高めているのが現実です。

日本で相次ぐ重大インシデントが示す教訓

2025年から2026年にかけて日本で相次いだ重大インシデントは、サイバー攻撃がもはや情報漏えいにとどまらず、事業そのものを停止させる経営リスクに直結している現実を突きつけました。

特に象徴的なのが、アサヒビールの工場停止事案と、アクリーティブ社を起点とするサプライチェーンインシデントです。前者では受注・出荷システムの停止が製造現場に波及し、後者では委託先の設定ミスが、委託元企業にまで連鎖的な影響を及ぼしました。

これらの事例に共通するのは、「高度なゼロデイ攻撃」ではなく、設定ミス、移行作業中の露出、委託管理の甘さといった、日常業務の延長線上にある弱点が突かれている点です。

事例 直接原因 経営への影響
アサヒビール 不正アクセスによる基幹システム停止 工場稼働停止、物流停滞、信頼低下
アクリーティブ FW設定ミス 委託元を含む業務停止と情報影響

IPAやトレンドマイクロが指摘するように、AIによる常時スキャンが一般化した現在では、数時間から1日程度の“一時的な穴”でも即座に攻撃対象となります。社会福祉法人のサーバー移行中に発生した侵害は、そのスピード感を如実に示しています。

さらに深刻なのは、被害企業自身が直接侵害されていなくても、委託先の事故により説明責任や謝罪対応を迫られる点です。PPIHのように、自社外のインシデントがブランド価値を毀損する構造が明確になりました。

専門家の間では、これらの教訓は「防御を完璧にする」発想の限界を示していると受け止められています。重要なのは、侵入を前提に、業務停止を最小化し、迅速に復旧できる体制をどこまで現実的に整えているかです。

日本で起きた一連の重大インシデントは、サイバーセキュリティをIT部門の課題から、経営と事業継続の中核テーマへ引き上げる転換点となったと言えます。

サプライチェーン攻撃と委託先管理の限界

サプライチェーン攻撃が深刻化する背景には、委託先管理の構造的な限界があります。2026年時点では、自社のセキュリティ対策が一定水準に達していても、**外部に業務やシステムを委ねた瞬間にリスクが指数関数的に拡大する**状況が常態化しています。IPAが指摘するように、サプライチェーンや委託先を狙った攻撃は、単独の脅威ではなく、ランサムウェアやID悪用と連動して被害を増幅させる起点になっています。

特に象徴的なのが、2025年に発生したアクリーティブ社のインシデントです。この事例では、委託先企業自身ではなく、そのシステムベンダーによるファイアウォール設定ミスが侵入のきっかけとなりました。**高度なゼロデイ攻撃ではなく、数時間単位の設定不備をAIが即座に検知し侵入する**という点が、2026年型サプライチェーン攻撃の本質を示しています。

この事件により、委託元である小売・流通大手は、自社システムが無傷であっても顧客情報への影響可能性を公表し、事業・ブランドの両面で打撃を受けました。経済的損失だけでなく、説明責任や信頼回復に要するコストが長期化する点も、サプライチェーン攻撃特有の問題です。

観点 従来の想定 2026年の現実
攻撃起点 自社システムの脆弱性 委託先・再委託先の設定ミス
検知速度 人の気付きに依存 AIによる常時自動スキャン
被害範囲 単一組織内 複数企業に連鎖

委託先管理が難しい最大の理由は、**多重委託構造のブラックボックス化**にあります。委託元から見れば、実際に作業を行う再委託先、さらにその下請けまで把握することは現実的ではありません。契約上は監督責任を負っていても、日々の設定変更や運用手順まで直接確認することは不可能に近いのが実情です。

また、トレンドマイクロなどが指摘するように、攻撃者側はAIを用いて「一時的に露出したシステム」や「作業中の環境」を重点的に狙っています。サーバー移行や機器更改といった非定常作業は、委託先に任せきりになりやすく、**その数時間の隙が致命傷になる**ケースが増えています。

結果として、委託先管理はチェックリスト型の監査や年1回の評価では機能しなくなっています。専門家の間では、**完全なリスク排除ではなく、侵害が起きる前提での影響限定と迅速な切り離し**が現実的な対応だという認識が共有されつつあります。サプライチェーン攻撃は、もはや例外的な事故ではなく、管理モデルそのものの限界を突きつける存在になっています。

境界が消えた時代のID中心セキュリティ

2026年のセキュリティ戦略において、最も重要な変化は境界という概念そのものが実質的に意味を失い、IDが唯一の防衛線になった点です。クラウドサービスとリモートワークが常態化した結果、社内ネットワークの内外を分ける明確な線は消え、攻撃者は突破ではなく正規ユーザーとしてログインする道を選び始めています。

クラウドストライクの分析によれば、近年の侵害事案の多くはマルウェア感染よりも認証情報の悪用から始まっています。**フィッシングや認証情報の再利用によって奪われたIDが、侵入経路として最も成功率が高い手段になっている**という指摘は、境界防御モデルの限界を如実に示しています。

この状況下で注目されるのが、IDを中心に据えたゼロトラストの実装です。すべてのアクセスを信頼せず、ユーザー、端末、状況を継続的に検証する考え方は、もはや理論ではなく実務の前提条件になっています。特にハイブリッド環境では、オンプレミスのActive DirectoryとクラウドID基盤の連携部分が攻撃者に狙われやすく、ここを起点に横展開される事例が相次いでいます。

観点 従来型境界防御 ID中心セキュリティ
守る対象 ネットワーク境界 ユーザーと認証情報
主な脅威 外部からの侵入 正規IDの悪用
対策の軸 FW・VPN MFA・リスク評価

実務では、多要素認証の導入だけでは不十分です。Zscalerが示すように、2026年にはMFAを回避するフィッシングや中間者攻撃が一般化しています。そのため、ログイン時の場所、端末の健全性、行動パターンを加味するリスクベース認証が重要になります。**同じIDであっても、状況が変われば権限やアクセス可否を即座に変える設計が求められています**。

さらに、ブラウザやSaaSを管理ポイントとする発想も広がっています。Googleが提唱するブラウザ中心のアプローチでは、ユーザーがどのクラウドサービスにアクセスしても、データ持ち出しや不審操作をリアルタイムに制御できます。境界が存在しない以上、ユーザーの操作そのものを可視化し続けることが、防御の現実解になりつつあります。

ID中心セキュリティは単なる技術導入ではなく、組織の働き方そのものを前提に再設計する取り組みです。境界が消えた時代において、**誰が、いつ、どの条件でアクセスしているのかを問い続ける姿勢こそが、最も強固なセキュリティになります**。

ゼロトラストとSASEが担う次世代防御

ゼロトラストとSASEは、2026年のサイバー防御において中核を担う考え方として定着しつつあります。境界防御が前提としていた「社内は安全、社外は危険」というモデルは、クラウド利用とハイブリッドワークの常態化により完全に崩れました。すべてのアクセスを信用せず、常に検証するというゼロトラストの思想は、もはや選択肢ではなく前提条件になっています。

特に注目すべきは、攻撃の主戦場がネットワークではなくIDに移行した点です。クラウドストライクやトレンドマイクロの分析によれば、近年の侵害の多くは脆弱性の突破ではなく、盗まれた認証情報による正規ログインから始まっています。つまり、防御の要は通信経路よりも「誰が・どの条件で・何にアクセスするか」をリアルタイムで判断する仕組みへと移っています。

この文脈でSASEは、ゼロトラストを実装する現実的なアーキテクチャとして評価されています。SASEはネットワーク機能とセキュリティ機能をクラウド上で統合し、利用者の場所や端末に依存しない一貫したポリシー適用を可能にします。SCSKの2025年度調査でも、国内企業の多くがSASEを「ゼロトラスト実現の具体解」と位置付けていることが示されています。

観点 従来型防御 ゼロトラスト+SASE
信頼の前提 社内ネットワークを信頼 常に検証し信頼しない
制御単位 IP・ネットワーク ID・端末・状況
運用モデル 拠点中心 クラウド中心

重要なのは、SASEが単なる製品群ではなく運用思想の転換を伴う点です。例えば、ブラウザをセキュリティの制御点とするアプローチは、Googleなどが提唱しており、SaaS利用時のデータ持ち出しや不審操作を即座に検知できます。アプリやデータの近くで制御するという発想は、境界が消えた時代に極めて合理的です。

また、AIによる攻撃の高速化に対抗するため、ゼロトラスト環境ではリスクベース認証や振る舞い分析が不可欠になります。アクセスのたびにユーザーの場所、端末状態、過去の行動履歴を評価し、条件が変われば即座に再認証や遮断を行う仕組みは、人手ではなく自動化によって初めて成立します。

結果として、ゼロトラストとSASEは「侵入を防ぐ壁」ではなく、侵入を前提に被害拡大を防ぐ制御層として機能します。これは防御からレジリエンスへと重心が移る2026年の潮流とも一致しています。守る対象はネットワークではなく、ビジネスそのものであるという認識が、次世代防御の本質です。

重要インフラを巡る法規制と企業への影響

重要インフラを巡る法規制は、2026年時点で「努力義務」から「事業継続に直結する実質的義務」へと質的に変化しています。中心となるのが、経済安全保障推進法に基づく基幹インフラ制度の本格運用です。この制度は、サイバー攻撃や不正な機器・ソフトウェアの混入によって社会機能が停止する事態を未然に防ぐことを目的としています。

対象となるのは、電気、ガス、水道、鉄道、航空、金融など14分野の特定社会基盤事業者です。これらの事業者は、重要設備の導入や保守・運用を外部に委託する際、事前に国へ届出を行い、リスク審査を受けることが求められます。内閣府の制度解説によれば、サプライチェーンを通じたバックドア混入や遠隔操作リスクを制度的に排除する点が最大の狙いです。

企業にとって重要なのは、この制度がIT部門だけで完結しない点です。調達、法務、経営企画を含む全社横断の対応が不可欠になっています。

特に影響が大きいのが、調達プロセスの変化です。従来は価格や納期が重視されてきましたが、2026年以降はベンダーのセキュリティ体制、開発拠点、再委託構造までが評価対象になります。2025年のアクリーティブ事件のように、委託先の設定ミスが連鎖的に大手企業へ波及した事例は、制度設計の背景として政府資料でも言及されています。

観点 従来 2026年以降
委託先選定 価格・実績重視 セキュリティ体制・再委託管理を重視
責任範囲 契約上あいまい 事業者の説明責任が明確化
経営関与 IT部門主導 経営層の関与が前提

さらに見逃せないのが、アクティブ・サイバー・ディフェンス(ACD)を巡る政策動向です。国家サイバー統括室の年次報告では、通信事業者との連携による悪性通信の遮断や、脆弱性情報の共有を通じて、被害を未然に抑止する枠組みが検討されています。これは、重要インフラ事業者に対して「侵害されない努力」だけでなく、「侵害の兆候を即座に検知し対応する能力」を求める流れだと解釈できます。

企業側の実務負担も確実に増しています。届出資料の作成、委託先へのヒアリング、契約条項の見直しなど、対応コストは短期的に上昇します。一方で、専門家の間では「制度対応を通じてサプライチェーン全体の可視化が進み、結果的に大規模インシデントの発生確率を下げる」という評価もあります。IPAやNISCの有識者会合でも、レジリエンス向上への波及効果が指摘されています。

重要インフラを巡る法規制は、単なるコンプライアンス対応ではなく、企業価値そのものに影響を与える経営課題へと進化しています。2026年時点では、制度を「守りの負担」と捉えるか、「事業継続力を高める投資」と捉えるかが、企業間で明確な差を生み始めています。

人材不足とAI活用が同時に突きつける課題

2026年のサイバーセキュリティ現場では、慢性的な人材不足とAI活用の急速な進展が、同時に重い課題として突きつけられています。人が足りないからAIを使うという単純な構図ではなく、AIを使いこなせる人材がさらに不足するという二重構造が、企業の現実となりつつあります。

ISC2の2025年調査によれば、日本企業の42%が「必要なセキュリティ人材を確保できていない」と回答しています。これは世界平均を大きく上回る水準であり、運用監視やインシデント対応を属人化したまま耐えてきた体制が、AIによる攻撃自動化の前で限界を迎えていることを示しています。

一方、防御側でもAIや自動化技術の導入は不可逆な流れです。EDRやXDR、SOARなどは、アラートの相関分析や初動対応を高速化し、少人数でも広範な環境を守るための前提条件になりました。しかし現場では、AIを導入したものの、チューニングや判断が追いつかないという声が多く聞かれます。

観点 人手依存の運用 AI活用前提の運用
検知速度 担当者の経験と稼働に依存 24時間・リアルタイムで分析
対応品質 個人差が大きい 一定水準を維持しやすい
新たな課題 人材の疲弊・退職 AI設定・判断力の不足

特に問題となるのが、AIの判断結果を正しく評価し、最終意思決定を下せる人材の不足です。ガートナーや主要ベンダーの分析でも、AIは意思決定を代替するのではなく、人の判断を加速・補強する存在であると繰り返し指摘されています。誤検知や過検知を放置すれば、現場はかえって疲弊します。

AI導入の成否を分けるのはツールの性能ではなく、AIを監督し、学習させ、使い続ける人材の存在です。

日本企業に特有の課題として、AI活用を「高度で専門的なもの」と捉えすぎる傾向も見逃せません。実際には、全員がAI専門家になる必要はなく、どの業務をAIに任せ、どこを人が担うのかを設計できる人材が求められています。この役割は従来の運用担当や管理職の延長線上にあります。

人材不足とAI活用は対立関係ではなく、相互に依存する関係です。AIは人手不足を補う一方で、新たなスキル要求を生み出します。この現実を直視し、採用だけでなく既存人材のリスキリングや役割再設計に投資できるかどうかが、2026年以降の企業レジリエンスを左右します。

レジリエンスを軸にしたセキュリティ戦略への転換

2026年の脅威環境において、セキュリティ戦略の重心は「侵入を防ぐこと」から「侵入後も事業を止めないこと」へと明確に移行しています。エージェント型AIによる攻撃自動化により、**侵入そのものを完全に防ぐ前提はもはや現実的ではありません**。そのため、被害を最小化し、迅速に復旧するレジリエンスを軸とした設計が経営課題として浮上しています。

実際、Zscalerやトレンドマイクロの分析では、攻撃の初期侵入からランサムウェア実行までの時間が大幅に短縮しており、人手による検知や初動対応が追いつかないケースが常態化していると指摘されています。こうした状況下では、侵害を前提にしたバックアップ戦略、復旧計画、意思決定プロセスの整備が防御技術と同等、あるいはそれ以上に重要になります。

観点 従来型セキュリティ レジリエンス重視型
基本思想 侵入阻止が目的 被害最小化と早期復旧
評価指標 侵害件数 停止時間・復旧時間
投資対象 境界防御中心 検知・対応・復旧

日本国内の事例も、この転換の必然性を裏付けています。2025年のアサヒビールのインシデントでは、情報漏洩リスクだけでなく工場停止という物理的な事業中断が発生しました。このケースで問われたのは、侵入経路の巧妙さ以上に、**システム停止時にどれだけ早く代替手段へ切り替えられるか**というレジリエンスの成熟度でした。

レジリエンスを高める具体策として、権威あるNISTやENISAも、技術と運用の両輪を強調しています。技術面では、オンラインバックアップだけでなく、攻撃者から隔離されたイミュータブルバックアップの採用が推奨されています。運用面では、年に一度の計画策定では不十分で、**実際の攻撃シナリオを想定した復旧訓練を繰り返すこと**が重要だとされています。

レジリエンスとは可用性の確保だけではなく、判断の速さと組織連携の強さを含む概念です。

さらに、AIは攻撃側だけでなく防御側のレジリエンス強化にも活用され始めています。JALグループの事例では、AIによるアラート統合と自動トリアージにより、限られた人員でもインシデント対応を継続できる体制を構築しました。これは、人材不足が深刻な日本企業にとって、現実的かつ再現性の高いアプローチといえます。

2026年のセキュリティ戦略において重要なのは、最新ツールの導入そのものではありません。**攻撃を受けても立ち直れる設計になっているか**という問いを、IT部門だけでなく経営層が共有できているかどうかが、組織の真の防御力を左右します。

参考文献

Reinforz Insight
ニュースレター登録フォーム

ビジネスパーソン必読。ビジネスからテクノロジーまで最先端の"面白い"情報やインサイトをお届け。詳しくはこちら

プライバシーポリシーに同意のうえ