顧客体験(CX)が重要だと言われて久しいものの、「結局どこから手をつければ成果につながるのか分からない」と感じている方は多いのではないでしょうか。価格競争が限界を迎え、人手不足や市場成熟が進む日本では、CXはもはや付加価値ではなく、企業の存続を左右する経営基盤になりつつあります。

一方で、生成AIやDX投資、オムニチャネル、EX(従業員体験)といったキーワードが氾濫し、情報の取捨選択が難しくなっているのも事実です。最新テクノロジーを導入しても、顧客の不満が減らない、現場が疲弊する、といった声も少なくありません。

本記事では、日本市場におけるCXの進化を、経済環境、消費者心理、テクノロジー、そして業界別の具体事例を軸に整理します。なぜCXが経営の中枢になったのか、成果を出す企業は何が違うのかを立体的に理解できるため、自社のCX戦略を見直すヒントが得られるはずです。

CXが「顧客満足」から経営基盤へと変わった背景

CXが単なる顧客満足の指標から、企業経営の基盤へと位置づけを変えた背景には、2020年代を通じて積み重なった複数の構造変化があります。最大の転換点は、日本市場が本格的な人口減少フェーズに入り、新規顧客の獲得だけでは成長が成立しなくなったことです。市場が縮小する中で、企業は一人ひとりの顧客との関係性をいかに深め、長期的な価値を生み出すかを問われるようになりました。

この文脈でCXは、接客品質や満足度調査といった局所最適の概念では不十分になりました。Bain & CompanyやNielsenIQが示すように、成熟市場ではLTVの最大化が競争力を左右します。そのためCXは、購買前後の体験だけでなく、価格設定、物流、サポート、データ活用といった経営全体を貫く設計思想として再定義されたのです。**CXは成果を生む経営レバーとして扱われるようになりました。**

もう一つの背景が、インフレ常態化による消費者心理の変化です。Qualtricsの調査では、顧客の92%が価格よりも優れた顧客サービスが満足度を高めると回答しています。価格競争が限界を迎える中で、体験の質が選ばれる理由となり、CX投資はコストではなく、価格決定力を支える戦略投資へと意味合いを変えました。

従来の位置づけ 2026年時点の位置づけ
顧客満足度向上施策 収益性と持続性を左右する経営基盤
マーケティング部門の管轄 全社横断の経営アジェンダ
定点調査と改善活動 リアルタイムで感知・診断・行動する仕組み

さらに見逃せないのが、デジタル投資の質的転換です。経済産業省が警告してきた「2025年の崖」を越え、レガシー刷新に成功した企業では、顧客データが分断なく統合され、CXが経営判断に直結するようになりました。Medalliaが指摘するように、CXをビジネスのOSとして捉える企業は、市場変化を感知し即座に打ち手を講じることが可能です。**CXは意思決定のスピードと精度を高める中枢神経系として機能しています。**

最後に、労働力不足という日本特有の制約もCXの意味を変えました。人が不足する環境では、従業員体験の劣化がそのまま顧客体験の低下につながります。そのためCXは、EXと不可分な経営課題として扱われ、組織文化や人材投資と結びつくことで、初めて持続可能な競争優位を生み出す概念へと進化したのです。

日本のマクロ経済と消費者意識がCXに与える影響

日本のマクロ経済と消費者意識がCXに与える影響 のイメージ

2026年の日本においてCXを考える際、マクロ経済と消費者意識の変化は避けて通れない前提条件になっています。経済全体は急成長ではないものの、政府の経済対策や企業投資に支えられ、個人消費は底堅く推移しています。CBREの市場見通しによれば、金融機関の緩和的な融資姿勢が続き、企業は設備投資を抑制するよりも、将来価値を生む領域への投資を選択しています。ここで重要なのは、投資の中心が生産量拡大ではなく、体験品質を左右するインフラへと移行している点です。

具体的には、オフィス環境や物流網への投資が拡大しています。オフィス賃料の上昇は、単なるコスト増ではなく、従業員の働きやすさを通じてサービス品質を高めるための先行投資と捉えられます。また、物流施設への積極投資は、EC利用が常態化した消費者に対し、配送の確実性とスピードというCXの基盤を守る意味を持ちます。**マクロ経済の安定は、企業に「体験価値へ投資する余地」を与えている**と言えます。

一方で、消費者意識はより厳しく、成熟しています。Qualtricsの調査では、顧客の92%が価格の安さよりも優れた顧客サービスが満足度を高めると回答しています。長期化したインフレ環境の中で、消費者は単純な値下げ競争に疲れ、支払った対価に見合う安心感やストレスの少ない体験を強く求めるようになりました。これはCXがコストではなく、価格競争から脱却するための戦略資産であることを示しています。

特に注目すべきは、データ利用に対する意識の変化です。同調査によれば、86%の顧客はデータの利用目的が透明であれば、より多くの個人情報提供を受け入れるとしています。従来、パーソナライズとプライバシーは対立概念と考えられてきましたが、2026年の日本では「信頼」が両者をつなぐ媒介になっています。**誠実で説明責任のある姿勢そのものがCXの一部として評価される**時代です。

視点 2026年の傾向 CXへの影響
経済環境 緩やかな成長と投資継続 体験基盤への中長期投資が可能
消費者価値観 価格重視から価値・信頼重視へ サービス品質が選択理由になる
データ意識 透明性があれば提供に前向き 信頼設計がCX競争力を左右

さらに視野を広げると、Bain & CompanyやNielsenIQが示すように、APAC全体は将来の巨大消費市場ですが、日本は量的拡大ではなく質的深化が求められる成熟市場です。人口減少という制約の中で、企業は一人ひとりの顧客との関係を深め、LTVを最大化する必要があります。マクロ経済の安定と消費者意識の成熟が同時に進む2026年の日本では、CXは「選ばれ続ける理由」を構造的につくるための中核要素になっています。

価格より体験が選ばれる時代の顧客心理と信頼

2026年の日本市場では、顧客が購買判断において価格を最優先する時代は明確に終わりを迎えています。背景にあるのは、長期化したインフレによる価格疲れと、選択肢過多の環境で培われた「失敗したくない」という心理です。Qualtricsの調査によれば、顧客の92%が価格の安さよりも優れた顧客サービスの方が満足度を高めると回答しており、体験の質が意思決定の中心に据えられていることが示されています。

重要なのは、ここで選ばれている体験が単なる演出や感動ではない点です。**トラブルが起きない安心感、起きた際に迅速かつ誠実に対応してもらえる確信**こそが、体験価値の中核となっています。価格は購入前に比較できますが、体験の良し悪しは購入後にしか検証できません。その不確実性を埋める要素として、顧客は企業への信頼を強く求めるようになっています。

この信頼形成において、データの扱い方は決定的な役割を果たします。同調査では、86%の顧客がデータ利用の目的が透明であれば、より多くの個人情報を提供してもよいと考えていることが示されています。パーソナライズとプライバシーは対立概念ではなく、誠実な説明を前提にした交換関係へと変化しました。曖昧な同意や分かりにくい利用規約は、それだけで体験価値を毀損するリスクとなります。

**価格競争は短期的な選択理由にすぎませんが、信頼に裏打ちされた体験は継続利用と推奨行動を生みます。**

価格訴求型と体験訴求型の違いは、顧客の感情曲線に如実に表れます。前者は購入時に満足度がピークを迎える一方、後者は利用過程で評価が積み上がっていきます。特に日本市場では、解約や乗り換えの理由として「不安」「不誠実さ」が強く作用し、わずかな対応の差がLTVに大きな影響を与えます。

評価軸 価格重視の購買 体験重視の購買
購入動機 初期コストの低さ 安心感と一貫した対応
不満発生時 即座に離反しやすい 関係性を前提に再評価
長期価値 価格改定に弱い 値上げ耐性が高い

Medalliaが示すように、成熟期に入ったCXでは、顧客は体験を通じて企業の姿勢そのものを評価しています。問い合わせ対応の一貫性、説明責任の果たし方、問題発生時の初動速度といった要素は、広告よりも雄弁にブランドを語ります。これらが積み重なることで、顧客は価格差を合理化し、自ら選択した理由を肯定するようになります。

結果として、2026年の顧客心理は「安いから買う」から「この企業なら任せられるから選ぶ」へと移行しています。体験とは感情の総和であり、その根底にあるのは一貫した信頼です。価格は比較可能ですが、信頼は代替できません。この非代替性こそが、体験が価格を超えて選ばれる最大の理由となっています。

生成AIとデータ活用が変えるCXの実装レベル

生成AIとデータ活用が変えるCXの実装レベル のイメージ

2026年の日本市場において、生成AIとデータ活用はCXを語る上での前提条件となりつつあります。重要なのは「導入しているかどうか」ではなく、どの業務プロセスに、どの深さで組み込まれているかという実装レベルの差です。実装が浅い企業では、生成AIはFAQの自動生成や問い合わせ要約といった補助的用途に留まりますが、成熟企業ではCXの意思決定そのものを駆動するエンジンとして機能しています。

Qualtricsの2026年CXトレンドレポートによれば、顧客の73%が日常的に生成AIを利用している一方、企業の顧客接点でAIエージェントと自然な対話を経験している顧客は20%に満たないとされています。このギャップは、技術力ではなく実装設計の問題を示しています。顧客はすでに高水準の対話体験を知っており、断片的なAI活用では期待に応えられません。

実装レベルの高い企業では、生成AIは単独で存在せず、CRMや行動データ、在庫、契約情報とリアルタイムに連携しています。例えば富士通がサポートデスクに導入したAIエージェントは、Salesforce上の顧客履歴と社内ナレッジを横断的に参照し、問い合わせの約15%を人手を介さず完結させています。ここで価値を生んでいるのはAIそのものではなく、データが分断されていない基盤設計です。

観点 実装レベルが低い場合 実装レベルが高い場合
データ連携 部門別に分断、バッチ更新 顧客データを統合しリアルタイム反映
生成AIの役割 回答補助・要約中心 判断・提案・次アクション提示まで自律
CXへの影響 効率化止まり 解決速度と満足度の同時向上

この差を生む最大の要因が、2025年の崖を越えたかどうかです。経済産業省の問題提起以降、レガシーシステム刷新に成功した企業では、生成AIを「後付けツール」ではなく、業務フローに内在化させることが可能になりました。Fortienceの分析が指摘するように、モダナイズされた基幹システムはCX高度化の隠れた前提条件となっています。

また、データ活用の成熟度はパーソナライゼーションの質に直結します。Qualtricsによれば、86%の顧客はデータ利用の透明性が担保されていれば、より多くの個人情報提供に前向きです。実装レベルの高い企業は、生成AIによる提案理由を明示し、なぜその案内が表示されたのかを説明します。これにより、便利さと信頼を同時に成立させるCXが実現しています。

2026年時点での結論は明確です。生成AIとデータ活用はCXの差別化要因ではなく、最低限の競争要件になりました。その中で成果を分けるのは、AIを「使っているか」ではなく、「顧客体験の意思決定ループにどこまで組み込めているか」という実装の深さです。CXの実装レベルは、もはやIT部門の課題ではなく、経営そのものの成熟度を映す指標になっています。

レガシー刷新とDX投資がCX成果を左右する理由

2026年の日本市場において、CXの成果を決定的に分けている要因が、レガシーシステム刷新の成否とDX投資の質です。表面的なデジタル施策を重ねても、基幹システムが旧態依然のままであれば、顧客体験は必ず分断されます。経済産業省が警鐘を鳴らしてきた「2025年の崖」を越えた企業と、先送りした企業の差は、この年に入って不可逆なものになりました。

レガシー環境の最大の問題は、顧客データが部門やシステムごとに分断され、リアルタイム性を失う点にあります。Fortienceの分析が示すように、在庫・受注・サポート履歴が統合されていない企業では、注文後の欠品連絡や、問い合わせ時に履歴が共有されないといったCXの致命傷が頻発します。顧客から見れば、デジタル以前の不親切さが温存されている状態です。

2026年におけるCXの前提条件は、フロントエンドの華やかさではなく、バックエンドの近代化です。

一方、レガシーモダナイゼーションを完了した企業では、DX投資が明確にCX成果へ転化しています。クラウドベースの基幹システムに移行し、顧客データを一元管理することで、購買・問い合わせ・配送といった接点が連続した体験として設計可能になります。Medalliaが指摘する「Sense・Diagnose・Act」の循環は、こうした基盤なしには成立しません。

観点 刷新未対応企業 刷新完了企業
顧客データ 部門別に分断 全社で統合・リアルタイム
CX施策 部分最適で一貫性欠如 オムニチャネルで連続
DX投資余力 保守費用に圧迫 攻めのCX投資が可能

さらに重要なのは、DX投資の方向性です。富士キメラ総研の調査によれば、国内DX投資は2030年に向けて拡大を続けていますが、2026年時点では業務効率化中心の守りのDXから、顧客体験を直接変革する攻めのDXへと重心が移っています。物流や小売、医療といった現場産業での投資増加は、CXが収益に直結する段階に入った証左です。

レガシー刷新はコストではなく、CX創出のための戦略投資です。古いシステムを抱えたままでは、生成AIや高度なCRMを導入しても真価を発揮しません。逆に基盤を整えた企業は、DX投資を通じて体験価値を継続的に進化させ、価格競争から脱却しています。2026年のCX成果は、過去の技術的負債にどう向き合ったかという、経営判断の積み重ねの結果として現れています。

コンタクトセンターに見るAI×人のCX最前線

2026年の日本において、コンタクトセンターはAIと人が協働するCX変革の最前線となっています。人口減少による慢性的な人手不足と、顧客の期待値の高度化が同時に進む中で、従来型の電話中心・人海戦術モデルは限界を迎えました。その代替として定着しつつあるのが、生成AIを中核に据えたハイブリッド型CXです。

Qualtricsの調査によれば、顧客の約7割が日常的にAIを利用している一方、企業のサポートで高度なAI対応を経験している割合は2割程度にとどまっています。このギャップこそが、2026年の競争余地です。先進企業では、LLMを搭載したAIエージェントが一次対応を担い、問い合わせ全体の10〜20%を自律的に完結させています。これにより待ち時間が短縮され、顧客は「すぐ解決する体験」を得られるようになりました。

一方で、すべてをAIに任せる発想は主流ではありません。**複雑で感情を伴う問い合わせほど、人が対応する方が満足度が高い**ことは、MedalliaのCX分析でも一貫して示されています。そこで重要になるのが、AIによるオペレーター支援です。通話内容をリアルタイムで解析し、最適な回答案や過去履歴を提示することで、経験の浅い担当者でも熟練者と同等の品質を提供できます。

観点 従来型 2026年型ハイブリッド
一次対応 IVRや定型ボット LLM搭載AIエージェント
人の役割 全件対応 判断・共感が必要な案件に集中
後処理 手入力・要約 AIによる自動要約とCRM連携

さらに注目すべきは、CXとEXを同時に高める取り組みです。ソフトバンクの事例では、顧客の音声トーンをAIが解析し、攻撃的な表現を緩和してオペレーターに伝える技術が導入されました。これは単なる効率化ではなく、**カスタマーハラスメントから従業員を守るためのCX設計**です。結果として離職率の低下と応対品質の安定が確認され、顧客満足度も維持されています。

矢野経済研究所が指摘するように、今後のコンタクトセンター市場は「規模」ではなく「設計力」が価値を左右します。AIに任せる部分と人が担う部分を戦略的に切り分け、両者をリアルタイムデータで接続することが不可欠です。2026年のCX最前線では、テクノロジーは主役ではなく、人の価値を最大化するための舞台装置として機能しています。

物流・小売・金融に広がる業界別CX成功パターン

物流・小売・金融という一見異なる業界では、2026年時点で共通するCX成功パターンが明確になっています。それは自社都合の効率化ではなく、顧客の生活文脈や業務文脈に踏み込んだ体験設計へと軸足を移した企業が成果を上げている点です。各業界は固有の制約を抱えつつも、CXを価値創出の中核に据えることで競争優位を確立しています。

物流業界では、2024年問題を契機にCXの再定義が進みました。SGホールディングスの取り組みが象徴的で、配送の速さや正確性といった従来指標に加え、荷主企業の経営効率やエンドユーザーの受け取り体験まで含めた価値提供を行っています。AIによる配送ルート最適化や在庫配置提案により、再配達率の低減や納期予測精度の向上を実現し、結果として顧客企業のLTV向上に寄与しています。CBREの分析が示すように、物流投資がCX基盤として位置づけられている点もこの流れを後押ししています。

小売分野では、オムニチャネルの完成度がCX成果を左右しています。Qualtricsの調査によれば、顧客の多くは価格よりも一貫したサービス体験を重視しており、2026年の日本市場ではECと実店舗の体験断絶が致命的な離反要因となります。LIXILのオンラインショールームのように、3Dシミュレーションと専門スタッフの遠隔接客を組み合わせることで、来店前から購入後までの不安を解消し、契約率向上につなげています。購入前後の心理的摩擦を減らす設計が、リピートと推奨を生み出しています。

業界 CX成功の主軸 具体的価値
物流 可視化と予測 再配達削減、納期信頼性向上
小売 チャネル統合 購買不安の低減、回遊率向上
金融 関係性設計 継続利用、スイッチング抑制

金融業界では、機能差が縮小する中で情緒的CXが成否を分けています。三井住友カードの家族ポイントは、個人ではなく世帯単位での体験価値を設計することで、解約リスクを下げています。Bain & Companyが指摘するAPAC成熟市場の特徴であるLTV最大化戦略とも整合しており、決済データを通じて生活シーンに溶け込むことで、金融サービスを日常インフラへと昇華させています。

これら三業界に共通するのは、CXを単なる顧客接点の改善ではなく、データ・オペレーション・人材を横断した経営アーキテクチャとして扱っている点です。Medalliaが述べるように、CXをビジネスOSとして実装できた企業だけが、人口減少下でも持続的成長を実現しています。業界特性を超えて、顧客の時間と心理的負担をいかに減らせるかが、2026年のCX成功を決定づけています。

行政サービスにおけるCX改善と社会的インパクト

行政サービスにおけるCX改善は、2026年時点で単なる業務効率化を超え、社会的信頼と参加意識を再構築する基盤になっています。デジタル庁の主導のもと、多くの自治体が「住民を管理対象として扱う行政」から「生活者の体験を支える行政」へと転換を進めています。この変化の本質は、手続きのデジタル化ではなく、住民の行動や感情を起点にサービスを設計する点にあります。

代表的な動きが、窓口改革です。全国で進む「書かせない、待たせない、行かせない」施策では、事前入力、本人確認の自動化、オンライン完結型申請が組み合わされ、来庁回数と滞在時間が大幅に削減されています。デジタル庁が共有する自治体DX事例によれば、手続き時間の短縮は職員の負担軽減にも直結し、結果として応対品質の安定化につながっています。CXとEXが同時に改善される構造が、行政領域でも可視化されたと言えます。

特に注目されるのは、住民の日常に寄り添う「マイクロCX」の積み重ねです。東京都調布市のごみ分別AIは、巨大な基幹刷新ではなく、日々の小さな疑問を即時に解消する設計で高い評価を得ました。こうした取り組みは、利用頻度が高く、失敗体験が不満に直結しやすい領域ほど効果を発揮します。Qualtricsが示す「優れたサービス体験が満足度を最も高める」という知見は、行政分野にも当てはまります。

また、CX改善は経済的・社会的インパクトも生み出しています。千葉県市原市の「どこでも納税」は、ふるさと納税を余暇体験に組み込むことで心理的ハードルを下げ、地域との関係性を強化しました。これは、制度利用率の向上だけでなく、自治体ブランドへの好意形成という長期的価値をもたらしています。行政CXは、財源確保と地域エンゲージメントを同時に高めるレバーとして機能し始めています。

取り組み領域 CX上の工夫 社会的インパクト
窓口手続き オンライン完結と事前入力 待ち時間削減と職員負荷低減
生活支援 AIによる即時回答 住民満足度と信頼の向上
税・寄付 体験と制度の融合 利用率向上と地域関係強化

さらに、高齢化社会への対応として、川崎市の自動運転バス実証のように、移動体験そのものを行政CXとして捉える動きも進んでいます。これは単なる交通施策ではなく、外出機会の確保や孤立防止といった社会課題への介入です。CX改善が社会包摂を促進する手段になる点は、民間にはない行政特有の価値創出と言えます。

2026年の行政サービスにおけるCXは、「便利になったか」ではなく「信頼できる存在になったか」が評価軸になっています。住民の時間と感情を尊重する設計は、結果として行政への参加意欲を高め、持続可能な公共サービスの土台を形成します。CX改善はコストではなく、社会全体への投資として位置づけられつつあります。

EXとCXの融合が競争優位を生む組織の条件

2026年の日本市場において、EXとCXの融合は理念ではなく、競争優位を左右する明確な経営条件になっています。人口減少と人材不足が常態化する中で、**顧客体験の質は、現場で働く従業員の体験の総和としてしか成立しない**という認識が、先進企業では完全に共有されています。

Medalliaが提唱するCX成熟モデルによれば、高業績企業に共通する特徴は、顧客満足度スコアそのものではなく、EXとCXを同一の経営システムとして設計している点にあります。顧客の声と従業員の声を別々のサーベイで管理するのではなく、同一データ基盤で因果関係を分析し、改善アクションまでを一気通貫で回しているのです。

観点 EXとCXが分断された組織 EXとCXが融合した組織
データ活用 顧客満足度と従業員満足度を別々に分析 顧客体験と従業員体験の相関を統合分析
改善施策 現場負荷を考慮しないCX施策が増える 従業員負荷を下げる施策がCX向上に直結
成果 一時的な満足度向上に留まる LTVと定着率が同時に改善

この融合を実現するうえで重要なのは、EXを福利厚生や働きやすさの文脈だけで捉えないことです。**EXはCXを生み出すための生産インフラ**であり、業務プロセス、ツール、評価制度まで含めた設計対象です。Qualtricsの調査でも、従業員が業務に必要な情報や権限を即座に得られる環境にある場合、顧客対応の一次解決率が大幅に高まる傾向が示されています。

象徴的なのが、生成AIの位置づけです。2026年の先進企業では、AIは顧客向けの自動応答ツールであると同時に、従業員の意思決定を支援する「EX拡張装置」として導入されています。問い合わせ要約、次善対応の提示、感情トーンの補正といった機能は、従業員の認知負荷と心理的ストレスを下げ、その余力を共感や判断といった人間固有の価値創出に振り向けます。その結果としてCXが向上するという順序が明確です。

また、EXとCXの融合は組織構造にも影響を与えています。人事、IT、CX部門が個別最適で動く組織ではなく、顧客接点の体験価値を共通KPIとして持つ横断型ガバナンスが主流になりつつあります。**評価指標が分断されたままでは、融合は起こらない**という点は、多くの実証事例が示しています。

最終的に競争優位を生むのは、「従業員を大切にしている」というメッセージそのものではありません。従業員が迷わず、疲弊せず、判断できる構造を企業がどこまで本気で設計しているかです。その構造の完成度が、そのまま顧客が感じる体験の一貫性と信頼性として表出します。2026年のCX競争において、EXとCXの融合は差別化要因ではなく、生き残りの前提条件になっています。

CXを機能させるための部門横断オーケストレーション

CXを実際に機能させる最大の鍵は、個別最適に陥りがちな組織を横断し、体験全体を一つの意思で動かすオーケストレーションにあります。2026年の先進企業では、CXは施策や部門の集合体ではなく、経営システムとして統合的に設計・運用されています。

背景にあるのは、顧客体験の断絶がほぼ例外なく部門間の分断から生じているという現実です。マーケティングは獲得効率を、営業は成約率を、サポートは処理時間を最適化していても、それらが連動しなければ顧客から見た体験価値は向上しません。**CXオーケストレーションとは、各部門のKPIを顧客価値という共通目的に再編成する営み**です。

Medalliaの2026年予測によれば、成果を出している企業のCX組織は、単なるVOC分析部門ではなく、財務・人事・ITを巻き込んだ意思決定ハブとして機能しています。具体的には、CX責任者が経営会議に常席し、顧客データに基づく優先順位付けを全社に指示できる権限を持っています。

観点 従来型 2026年型オーケストレーション
組織構造 部門ごとにCX施策を実施 全社横断のCX統括機能を設置
KPI 部門別効率指標 LTV・継続率など共通指標
データ 部門サイロ化 顧客データを一元管理

この仕組みを支えるのが、CRMやCXプラットフォームを中核としたデータ統合です。Spherical Insightsが示すように、日本のCRM分析市場が長期成長を続けているのは、単なる分析需要ではなく、部門横断の意思決定基盤としての役割が拡大しているためです。**誰がどの顧客に、どのタイミングで介入すべきかを全社で共有できる状態**が、CXの再現性を高めます。

また、オーケストレーションは人の評価制度とも連動します。EXとCXが融合する2026年においては、顧客満足度や解約率の改善が、間接部門を含む評価指標に組み込まれ始めています。これにより、バックオフィスも含めた全員が顧客体験の当事者となり、改善のスピードが加速します。

重要なのは、完璧な統合を最初から目指さないことです。Qualtricsが指摘するように、成果を上げる企業は小さな顧客ジャーニー単位で部門連携を設計し、成功体験を横展開しています。**CXオーケストレーションは一度きりの改革ではなく、組織の学習プロセスそのもの**として継続的に磨き込まれているのです。

参考文献

Reinforz Insight
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