ここ数年、「体験価値」という言葉はビジネスの現場で当たり前のように使われてきました。しかし最近、体験型であれば売れる、話題になれば成功する、という単純な時代が終わりつつあると感じている方も多いのではないでしょうか。

エンターテインメント施設の撤退と新拠点の台頭、インバウンド市場の成熟、生成AIの急速な普及、そして生活者の強まる節約意識と推し活熱。この一見バラバラに見える現象は、実はすべて「体験価値の構造変化」という一本の線でつながっています。

本記事では、エンタメ、観光、リテール、テクノロジー、消費者心理といった複数の領域を横断しながら、いま体験価値がどのように再定義されているのかを整理します。表面的なトレンド紹介ではなく、なぜその変化が起きているのか、企業やブランドはどこに投資すべきなのかを具体例とともに読み解きます。

体験を商品にしている方はもちろん、マーケティング、事業開発、店舗戦略に関わる方にとっても、次の一手を考えるヒントが得られる内容です。複雑化する市場の中で、選ばれる体験とは何かを一緒に考えていきましょう。

体験経済は転換点に入ったのか

2026年の体験経済は、拡大期から成熟期への移行を明確に示す転換点に入っています。パンデミック後に噴出したリベンジ消費が完全に一巡し、「体験であれば売れる」という前提はすでに崩れています。現在の市場を動かしているのは、体験の量ではなく質であり、**どれだけ深く、個人の文脈に刺さるか**が価値を左右しています。

この変化を象徴するのが、没入型体験を巡る評価の二極化です。市場調査や業界分析でも、参加者の満足度を左右する最大要因は「当事者性」と「意味づけ」であると指摘されています。ハーバード・ビジネス・レビューによれば、体験価値は記憶への定着度が高いほど価格弾力性が低下し、単なる娯楽では代替されにくくなるとされています。

一方で、没入をうたう大型施設が必ずしも成功していない現実もあります。大規模・同時体験型のモデルは運営効率では優れるものの、体験の深度が浅くなりやすく、熱量の高い顧客ほど物足りなさを感じやすい構造を抱えています。**体験は本質的にパーソナルである**という点が、2026年に入って改めて突きつけられました。

比較軸 拡大期(〜2023年) 成熟期(2026年)
評価基準 新規性・話題性 深度・文脈適合
顧客行動 広く浅く体験 選別して集中
価格感度 比較的高い 低下傾向

さらに注目すべきは、インフレ環境下で進む消費者の厳格な選別です。博報堂生活総合研究所の調査では、将来不安を背景に「無駄な支出は避けるが、意味のある体験には払う」という意識が顕著になっています。これは体験経済の縮小ではなく、**失敗が許されない市場への進化**と捉えるべきでしょう。

総じて、体験経済は終焉ではなく再定義の局面にあります。受動的に与えられる体験から、参加者自身が意味を見出す体験へ。その転換を読み違えた企業は淘汰され、的確に捉えた企業だけが高いロイヤルティを獲得する時代に入っています。

没入型エンターテインメントが直面した現実

没入型エンターテインメントが直面した現実 のイメージ

没入型エンターテインメントは2026年に入り、理想と現実のギャップを突きつけられる局面に直面しています。象徴的なのが、2024年に世界初のイマーシブ・テーマパークとして開業したイマーシブ・フォート東京が、わずか2年で閉館を決断した事実です。この出来事は、単なる一施設の失敗ではなく、没入型体験ビジネス全体が抱える構造的課題を浮き彫りにしました。

運営側が当初想定していたのは、多人数を効率的に回転させるマス向けモデルでした。旧ヴィーナスフォート跡地という約3万平方メートルの巨大空間を活用し、比較的ライトな没入体験を広く提供する設計です。しかし実際の来場者が強く評価したのは、演者との一対一の対話や、自身の選択が物語に影響するような、極めて個人的で濃密な体験でした。

ここに「没入の深度」と「事業規模」の致命的な矛盾が存在していました。体験を深くすればするほど、同時に受け入れられる人数は減り、運営コストとのバランスが崩れます。結果として、ディープ体験への転換は顧客満足度を高めた一方で、広大な施設を維持するビジネスモデルとしては成立しにくくなりました。

観点 当初の想定 市場の実際の反応
没入の形 大人数・ライトな体験 少人数・高密度な体験
収益モデル 回転率重視 高単価・低回転
施設規模との相性 良好と想定 維持コストが過大

一部報道では累積赤字が60億円規模に達したとも伝えられていますが、重要なのは金額そのものではありません。森岡毅氏率いる運営側も示唆している通り、この撤退は「没入体験は本質的にパーソナルである」という市場の答えを、実証データとして突きつけた結果だと捉えるべきです。

ハーバード・ビジネス・スクールの体験経済に関する研究でも、感情的エンゲージメントが高い体験ほどスケールしにくい傾向が指摘されています。2026年の没入型エンターテインメントが直面した現実とは、技術や演出の限界ではなく、人間の没入には適正な距離と規模が存在するという、極めて人間的な制約だったのです。

プラットフォーム型施設という新しい解答

プラットフォーム型施設とは、完成された世界観を固定的に提供する従来型テーマパークとは異なり、高品質な体験コンテンツを柔軟に受け入れ、更新し続けるための「器」そのものを価値の中核に据えた施設モデルです。2026年に開業するTOKYO DREAM PARKは、その代表例として業界の注目を集めています。

このモデルが生まれた背景には、没入体験の「深度」と「事業規模」が構造的に両立しにくいという、2020年代前半に顕在化した課題があります。株式会社刀が手掛けたイマーシブ・フォート東京の検証結果が示したように、来場者が強く価値を感じる体験ほど少人数・高密度になり、巨大施設との相性は悪化します。プラットフォーム型施設は、この矛盾をコンテンツの入れ替えと多層化によって解消しようとしています。

観点 従来型大型施設 プラットフォーム型施設
体験設計 世界観・物語が固定 コンテンツごとに可変
収益構造 来場者数依存 IP・公演・展示のポートフォリオ型
リスク 単一コンセプト依存 分散・入替による低減

TOKYO DREAM PARKでは、最大5,000人規模の音楽ライブから、1,500席規模の演劇、さらには没入型デジタルアートやIP展示まで、性質の異なる体験が同時並行で成立します。テレビ朝日が掲げるメディアシティ戦略の中核として、施設自体が「体験流通のハブ」として設計されている点が特徴です。

特に注目すべきは、ハードウェア投資の方向性です。世界最高峰クラスのイマーシブ・オーディオシステムを常設するなど、体験内容を規定するのではなく、どのコンテンツでも最高品質を引き出せる基盤性能に資本を集中させています。音響に強いこだわりを持つアーティストや演出家にとって、このような施設は創作意欲を刺激する存在になります。

文化政策や都市開発を研究する東京大学の都市工学分野でも、近年は「用途可変型文化施設」が都市のレジリエンスを高めると指摘されています。需要変動の激しい体験経済において、プラットフォーム型施設は、一過性のブームに左右されない持続可能な解答として、2026年以降さらに広がっていくと見られています。

リアルとバーチャルが共存する体験設計

リアルとバーチャルが共存する体験設計 のイメージ

2026年における体験設計の核心は、リアルかバーチャルかという二者択一ではなく、両者を前提とした役割分担の最適化にあります。消費者はもはや「代替」ではなく、「使い分け」を無意識に行っており、体験の価値はその設計思想の精度によって大きく左右されます。

象徴的な事例が、リアル施設とバーチャル空間を並行展開するサンリオの取り組みです。2026年2月から開催されるSanrio Virtual Festivalでは、VRChat上のVirtual Sanrio Purolandに世界中の参加者が集い、アバターとしてパレードやライブに参加します。ここで提供されるのは、重力や物理制約から解放された「変身」と「交流」の体験であり、現実空間では不可能な自己表現が可能になります。

一方で、リアルのテーマパークやライブ会場が担うのは、身体性を伴う没入です。音圧、空間のスケール、周囲の観客との同時的な感情共有といった要素は、依然として物理空間でしか成立しません。認知科学や行動経済学の分野でも、身体感覚を伴う体験の方が記憶定着率や感情強度が高いことが示されており、スタンフォード大学のVR研究でも、身体同期が感情移入を強めると報告されています。

設計軸 リアル体験 バーチャル体験
主な価値 身体的没入・臨場感 変身・拡張された自己表現
強み 音圧、触覚、空間共有 距離ゼロ、物理制約なし
参加障壁 移動・時間・コスト 低コスト・即時参加

重要なのは、これらを単に併設するのではなく、体験の連続性をどう設計するかです。リアルで得た感情的ピークを、バーチャル空間での継続的な交流やファン活動につなげる。あるいは、バーチャルで熱量を高めた参加者を、リアルイベントへと自然に誘導する。この循環が成立したとき、体験は一過性の消費ではなく、関係性を育てるプラットフォームへと昇華します。

PwCの消費者意識調査でも、デジタル体験において「現実とつながっている感覚」が信頼と満足度を高めると指摘されています。2026年の体験設計とは、最新技術を誇示することではなく、人がどの瞬間にリアルを求め、どの瞬間にバーチャルを求めるのかを深く理解することに他なりません。

リアルとバーチャルが共存する時代において、価値を生むのは空間そのものではなく、その往復運動を前提にした設計思想です。この視点を持てるかどうかが、体験ビジネスの明暗を分けています。

インバウンド市場に起きている質的変化

2026年のインバウンド市場で最も本質的な変化は、訪日客数の増減ではなく、**「誰が、何を目的に、どのようにお金を使うのか」という消費の質が完全に書き換わった点**にあります。JTBの予測によれば、2026年の訪日外国人旅行者数は約4,140万人と高水準を維持する一方で、訪日消費額は9.64兆円と前年を上回る見込みです。人数が横ばいでも市場が拡大している事実は、一人当たり消費額の上昇、すなわち価値密度の上昇を明確に示しています。

この背景には、いわゆる「観光地巡り」への飽和があります。有名スポットを効率的に回る行動は、SNS時代において既に事前体験済みとなり、現地での驚きや感動が希薄化しました。その結果、2026年のインバウンド客が求めているのは、写真映えではなく、**自分だけが参加できたという当事者性と、物語として語れる体験**です。メディア各社の報道でも、一般家庭での料理体験や、地元の飲食店での交流といった「観光ではない日常」への評価が突出して高まっています。

象徴的なのが、体験単価の上昇です。体験料14万円規模の超高付加価値ツアーが成立している事例は、価格弾力性が完全に変化したことを意味します。これは富裕層だけの話ではありません。限られた滞在日数の中で、数を絞り、その分だけ深く体験するという選択が、幅広い層で一般化しています。**「たくさん見る」から「深く関わる」へのシフト**が、インバウンド行動の前提条件になりました。

項目 量的拡大期 2026年の質的成熟期
消費判断軸 価格・有名度 文脈・真正性
体験内容 標準化された観光 少人数・非公開性
満足の源泉 視覚的刺激 参加と対話

さらに重要なのは、この変化が「日本らしさ」の再定義を伴っている点です。相撲ショーレストランのように、伝統文化をエンターテインメントとして再編集し、言語や知識の壁を取り払う試みが成功しているのは偶然ではありません。文化を保存するのではなく、**体験可能な形に翻訳すること**が、2026年のインバウンド市場における競争力となっています。

専門家の間では、この動きを「真正性の市場化」と表現する声もあります。本物であること自体よりも、本物にアクセスできたという感覚が価値になるという指摘です。インバウンド市場はもはやボリュームを追うフェーズではなく、**限られた体験枠を誰に提供するのかを設計するフェーズ**に入っています。この質的変化を理解できるかどうかが、2026年以降の観光ビジネスの明暗を分ける決定的な分岐点となっています。

観光におけるディープ体験と真正性の価値

2026年の観光において最も価値を高めているのが、表層的な名所巡りではなく、土地の文脈に深く入り込むディープ体験と真正性です。訪日客数が横ばいで推移する一方、消費額が増加しているというJTBの予測が示す通り、旅行者は量よりも質を厳しく選別しています。**その質を決める軸が「どれだけ本物に触れたと感じられるか」**なのです。

象徴的なのが、観光地ではない場所への高い評価です。名古屋のスナックで地元客と肩を並べて芋焼酎を飲む体験や、一般家庭でのラーメン・餃子作りといった事例は、メディアでも報じられています。これらは派手な演出がない代わりに、生活の温度感や人間関係の距離の近さが強い記憶として残ります。文化人類学の視点では、こうした体験は「観察者」から「一時的な当事者」へと立場が移行する点に価値があるとされています。

ディープ体験が評価される理由

観点 従来型観光 ディープ体験
関与度 受動的 能動的・参加型
記憶定着 写真中心 感情・対話中心
価格許容度 低〜中 高単価でも成立

実際、1回14万円規模のプライベート体験ツアーが成立している背景には、希少性だけでなく「演出されていない本物」に触れられるという確信があります。観光学者ディーン・マッカネルが指摘した真正性の概念になぞらえれば、旅行者はもはや舞台裏を“見せられる”ことでは満足せず、**舞台裏の論理そのものに参加する感覚**を求めていると言えます。

和食エンターテインメントの分野でも同様です。銀座の相撲ショーレストランは、元力士という実在の身体性を伴う存在がいることで、単なる演目ではなく文化への入口として機能しています。ここで重要なのは完璧な多言語説明ではなく、迫力や所作といった非言語情報です。ユネスコが無形文化遺産で重視する「継承される身体知」への接触が、真正性の感覚を補強しています。

**2026年の観光価値は、効率的に多くを見ることではなく、限られた時間でどれだけ深く関われたかで測られます。** ディープ体験と真正性は贅沢品ではなく、成熟市場における必然的な進化形であり、旅行者自身のアイデンティティ確認の場として、今後さらに重要性を増していくでしょう。

店舗は売り場からメディアへ進化する

2026年のリテールにおいて、店舗はもはや「売り場」ではなく、生活者とブランドが継続的に関係を結ぶメディアそのものへと進化しています。背景にあるのは、デジタル広告の効率低下と、リアル接点の再評価です。生成AIやECが高度化するほど、逆説的に「人が集まる物理空間」の価値が浮き彫りになっています。

象徴的な事例が、ファミリーマートのリテールメディア事業です。国内約16,000店舗、1日約1,500万人が訪れるリアル店舗を広告媒体と捉え、デジタルサイネージやアプリ購買データを組み合わせることで、将来的に1,000億円規模の収益を見据えています。経済産業省や日経BPが指摘するように、購買直前という文脈を持つ接点は、従来のマス広告よりも高い態度変容を生みやすいとされています。

この変化は「広告を流す場所が増えた」という単純な話ではありません。店舗空間そのものが編集され、ブランドの世界観や価値観を伝えるコンテンツ装置として設計されています。商品棚、照明、香り、スタッフの言葉遣いまでがメディア要素となり、体験全体が一つのストーリーとして記憶に残ります。

観点 従来の売り場 メディア化した店舗
主目的 商品販売 関係構築・理解促進
価値の源泉 価格・立地 体験文脈・データ
評価指標 売上・回転率 滞在時間・再訪・LTV

百貨店やフラッグシップストアでも同様の進化が進んでいます。渋谷パルコが展開する限定イベントやVIP向け体験は、「買えるかどうか」よりも「そこに居合わせたかどうか」が価値になります。これは博報堂生活総合研究所が述べる、消費の判断軸がモノから意味へ移行しているという分析とも一致します。

重要なのは、メディア化した店舗が一方通行の発信では成立しない点です。来店者の行動データや反応が即座に次の編集方針へ反映され、店舗は常にアップデートされ続けます。2026年の店舗とは、完成形を持たないライブメディアであり、ここに投資できる企業だけが、価格競争を超えた選ばれる存在になっています。

生成AIが高める人間的接触の重要性

生成AIの社会実装が急速に進んだ2026年、効率化や自動化が当たり前になる一方で、人間的接触の価値はむしろ希少性を帯びて高まっています。多くの業務がAIで代替可能になったからこそ、対面での一言や表情、間の取り方といった非言語的な要素が、体験全体の印象を大きく左右するようになりました。

NECが実施したAI利用者調査によれば、利用者の8割以上が「不誠実さ」や「配慮不足」を感じた瞬間に、そのサービスから離脱する傾向を示しています。これは技術性能の問題ではなく、人として尊重されていると感じられるかどうかが評価軸になっていることを示唆します。PwCの消費者意識調査でも、フリクションレスな体験を求めつつ、最終的な信頼形成には人の関与が不可欠だと指摘されています。

この流れは接客やマーケティングの現場で顕著です。定型説明や初期対応はAIが担い、感情の揺らぎや価値判断を伴う局面では人が前面に出る。こうしたハイブリッド設計により、顧客は「効率」と「共感」を同時に享受できます。人が介在するラストワンマイルこそが、体験価値の差別化ポイントになっています。

観点 生成AI 人間的接触
強み 即時性・一貫性・大量処理 共感・文脈理解・信頼形成
弱点 感情理解の限界 スケールしにくい
価値が最大化する場面 定型案内・事前比較 意思決定・不安解消

重要なのは、人間的接触を単なる「アナログ回帰」と捉えないことです。生成AIが前提となった環境下で、あえて人が関わる体験は、儀式性や特別感を帯びます。対面での短い対話や、専門家の一言が記憶に残る理由は、効率では代替できない納得感を生むからです。

2026年の体験設計では、どこまでをAIに任せ、どこに人を配置するかが戦略そのものになります。人間的接触はコストではなく投資です。人の存在が意味を持つ瞬間を意図的に設計できる企業だけが、成熟市場で選ばれ続けます

インフレ時代のメリハリ消費と推し活経済

2026年の日本では、インフレが常態化する中で消費者の支出行動がより戦略的になり、「メリハリ消費」という言葉が実感を伴って語られています。博報堂生活総合研究所の調査によれば、来年の景気が悪化すると予想する人は45%を超え、生活者の基調は明確な防衛モードにあります。一方で、消費そのものが冷え込んでいるわけではなく、削る支出と、あえて守り抜く支出の線引きが極端に進んでいるのが特徴です。

日常では価格感度がかつてなく高まり、PB商品やサブスクの見直し、外食回数の抑制が進んでいます。その反面、心の満足や自己肯定感に直結する分野には、驚くほど迷いなくお金が使われます。その代表例が「推し活」です。矢野経済研究所によるオタク市場調査でも、不況局面においても関連市場は底堅く、体験型支出が拡大していると指摘されています。

消費領域 行動傾向 背景にある心理
日用品・食料 価格重視・節約 生活防衛・固定費圧縮
推し活 選択的に高額支出 情緒的充足・自己投資
旅行・イベント 回数は減らし質を重視 記憶に残る体験志向

推し活経済の本質は、単なる娯楽消費ではありません。ライブ参戦、舞台鑑賞、コラボカフェや聖地巡礼といった行動は、推しを軸にした社会的つながりや自己物語を再確認する儀式として機能しています。モデルプレスのヒット予測が示すように、若手俳優やアイドルへの支持は、SNSでの共感共有とリアル体験を往復することで、消費を伴うコミュニティ活動へと進化しています。

注目すべきは、推し活においても無制限な浪費は起きていない点です。ファンはすべてに課金するのではなく、「この公演だけ」「この限定体験だけ」と明確に優先順位をつけています。限られた可処分所得を一点突破で投下する姿勢こそが、インフレ時代の推し活のリアルです。企業側から見ると、量よりも熱量の高い体験設計が不可欠になります。

この構造は、推し活が景気後退に強い理由も説明します。生活を切り詰めるほど、心の支えとなる存在への依存度は高まります。心理学や消費行動論の分野でも、自己同一性を補強する対象への支出は削減されにくいとされており、推し活はまさにその典型です。2026年のメリハリ消費とは、我慢と解放を同時に成立させる高度な選別行動であり、推し活経済はその象徴的な受け皿となっています。

これからの体験価値戦略に求められる視点

2026年以降の体験価値戦略において最も重要な視点は、体験を単なる付加価値ではなく、事業そのものを規定する中核資産として再定義することです。パンデミック後の反動需要が完全に収束した現在、消費者は「新しい」「派手」といった表層的な刺激では動かなくなっています。代わりに重視されているのは、その体験が自分にとってどんな意味を持ち、どんな文脈で記憶に残るのかという点です。

この変化を理解する鍵が、体験の深度と文脈の設計です。経済学者ジョセフ・パインらが提唱した体験経済論では、体験はコモディティ化するとされていますが、2026年の日本市場ではさらに一歩進み、体験同士の間でも明確な優劣が生まれています。JTBや博報堂生活総合研究所の調査が示すように、消費者は支出を厳選する一方で、納得できる体験には高い対価を支払う姿勢を崩していません。

ここで企業に求められるのは、万人向けの平均点を狙うことではなく、特定の誰かに深く刺さる体験を意図的に設計することです。これは市場を狭める行為ではなく、むしろ熱量の高い支持層を生み、長期的なLTVを高める戦略です。PwCの消費者意識調査によれば、体験に一貫性と誠実さを感じたブランドに対して、消費者は価格以上の価値を認める傾向が強まっています。

従来型の体験設計 これから求められる体験設計
多人数・標準化 少人数・高度に文脈化
一過性の満足 記憶と語りを伴う余韻
効率と回転率重視 関与度と関係性重視

さらに見逃せないのが、テクノロジーと人間性の役割分担です。生成AIや自動化技術は、体験の入口や裏側を滑らかにするために不可欠ですが、感動の核心部分まで置き換えるものではありません。NECの調査が示すように、消費者の多くはAIの利便性を評価する一方で、不誠実さや透明性の欠如には極めて敏感です。だからこそ、効率化する領域と、人が介在すべき領域を意図的に分ける設計思想が戦略の質を左右します。

体験価値戦略の最終的なゴールは、消費の瞬間ではなく、その後の日常にまで影響を及ぼすことです。体験が自己理解や他者との関係性を深める「小さな儀式」として機能したとき、ブランドやサービスは単なる選択肢を超え、生活の一部として定着します。2026年以降、競争優位を生むのは規模でも話題性でもなく、人の感情と時間にどこまで誠実に向き合えるかという一点に集約されていきます。

参考文献

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