テレワークは一時的な対応に過ぎなかったのか、それとも働き方の標準として根付いたのか。多くの企業やビジネスパーソンが、今なおこの問いに向き合っています。

出社回帰を強める企業がある一方で、柔軟な働き方を前提とした制度設計やオフィス投資を進める企業も増えています。その背景には、統計データ、科学的エビデンス、そして法制度の大きな変化があります。

最新の調査では、テレワーク実施率は全体として横ばいで推移しながらも、企業規模や業種、地域によって大きな差が生まれていることが明らかになっています。また、海外の大規模実証研究は、ハイブリッドワークが離職率を大きく下げつつ、生産性を損なわない可能性を示しました。

さらに、日本では育児・介護休業法の改正をはじめ、企業に「柔軟性」を求める法的要請が強まっています。オフィスの役割やマネジメントのあり方も、従来の前提が通用しなくなりつつあります。

本記事では、最新データ、研究結果、法制度、先進企業の事例をつなぎ合わせながら、ハイブリッドワークの現在地と、これから企業が向き合うべき本質的な課題を整理します。読み終える頃には、自社や自身の働き方を考えるための確かな視点が得られるはずです。

ハイブリッドワークが迎えた転換点

2025年から2026年にかけて、ハイブリッドワークは「続けるか、やめるか」という議論の段階を完全に通過し、いかに経営と組織に組み込むかという次元へ移行しました。パンデミック期の緊急対応として導入されたテレワークは、もはや例外的な施策ではなく、企業活動の前提条件として再定義されつつあります。この変化は緩やかに見えて、実は構造的で不可逆な転換点です。

その背景を示す象徴的なデータが、パーソル総合研究所の2025年調査です。正社員のテレワーク実施率は22.5%と高止まりし、急激な出社回帰は起きていません。一方で、従業員1万人以上の大手企業では実施率が前年比で低下しており、全体の安定と内部の揺り戻しが同時に進行するという複雑な局面に入っています。

区分 テレワーク実施率 読み取れる意味
全国・正社員 22.5% 恒常的に定着した層の存在
大手企業(1万人以上) 34.6% 経営判断としての出社回帰
東京都内企業 54.6% 都市型インフラとしての定着

重要なのは、この数字が示しているのが「失敗」ではなく質的転換だという点です。かつてのテレワークは、出社を代替するためのコスト削減策や感染症対策でした。しかし現在は、対面と非対面を意図的に使い分け、生産性や人材定着を最適化するための経営装置へと変わっています。スタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授らがNature誌で示した、ハイブリッド勤務による離職率約33%低下という結果は、この方向性を科学的に裏付けました。

さらに日本では、2025年施行の改正育児・介護休業法が転換を加速させています。テレワークは福利厚生ではなく、育児期の従業員に対する制度として用意すべき選択肢として法的に位置付けられました。これにより、導入の有無ではなく、制度設計の完成度が企業評価を左右する段階に入ったと言えます。

ハイブリッドワークの転換点とは、働く「場所」の問題が、企業の競争力と組織文化を左右する「戦略課題」へ昇格した瞬間です。

実施率が横ばいであるにもかかわらず、継続希望が過去最高水準に達しているという事実も見逃せません。従業員側はすでに柔軟な働き方を前提としてキャリアを考え始めています。つまり、ハイブリッドワークは試験運用のフェーズを終え、選ばれる企業かどうかを分ける基準として静かに、しかし確実に機能し始めているのです。

最新統計に見るテレワーク実施率の実態

最新統計に見るテレワーク実施率の実態 のイメージ

2026年時点でテレワークの実施率を正確に把握するには、単一の数字を見るだけでは不十分です。最新統計が示しているのは、表面的には「横ばい」、内側では「構造的な差」が広がる実態です。パーソル総合研究所が2025年に公表した全国調査によれば、正社員におけるテレワーク実施率は22.5%と、前年から大きな変動は見られませんでした。これは、約5人に1人が恒常的にテレワークを行う状態が、日本社会に定着したことを意味します。

一方で、この平均値は企業規模や地域による差を覆い隠しています。特に注目すべきは、大企業における「揺り戻し」です。従業員1万人以上の企業では、テレワーク実施率が前年比で低下し、34.6%となりました。経営資源に余裕のある大企業ほど出社を重視する判断が強まり、組織文化や対面コミュニケーションの再評価が数字に反映されています。

調査主体 対象 テレワーク実施率 読み取れる特徴
パーソル総合研究所 全国・正社員 22.5% 全体は高止まり、定着フェーズ
東京都調査 都内企業(30人以上) 54.6% 都市部では過半数が実施
日本生産性本部 全国・就業者 14.6% 中小・地方を含むと低水準

地域差も極めて鮮明です。東京都が実施した2025年の調査では、都内企業のテレワーク実施率は54.6%と全国平均を30ポイント以上上回りました。通勤時間の長さや知識集約型産業の集中といった都市特有の条件が、テレワークを「選択肢」ではなく「生活インフラ」に押し上げています。

業種別に見ると、情報通信業は56.3%と突出して高く、場所に依存しない業務特性が実施率を強く後押ししています。その一方で、宿泊業や飲食サービス業など現場型産業では実施率が伸び悩み、産業構造による働き方の分断が固定化しつつあります。

さらに見逃せないのが、日本生産性本部による調査結果です。全国の就業者を対象とした同調査では、テレワーク実施率が14.6%と過去最低水準を記録しました。これは中小企業や地方企業を含めた裾野では、依然として原則出社が支配的であることを示しています。

これらの統計から読み取れる本質は、テレワークが衰退しているのではなく、「実施できる企業・地域・業種」と「そうでない層」との差が拡大している点です。テレワーク実施率は、もはや一律の流行指標ではなく、企業の構造や戦略を映す鏡となっています。数字の背後にある前提条件を読み解くことが、2026年以降の働き方を理解する鍵になります。

企業規模・業種・地域による定着度の違い

ハイブリッドワークの定着度は、日本全体で均質に進んでいるわけではありません。企業規模、業種、地域という三つの軸で見ると、その差はむしろ拡大しており、ここに2025年時点の本質があります。表面的な平均値では見えない構造的な違いを理解することが、実務や戦略設計において極めて重要です。

まず企業規模別に見ると、大手企業ほど揺り戻しが顕在化しています。パーソル総合研究所の2025年調査によれば、正社員全体のテレワーク実施率は22.5%と横ばいである一方、従業員1万人以上の超大手企業では前年比3.6ポイント減の34.6%となりました。制度やIT基盤が整っているはずの大企業で実施率が下がっている背景には、経営トップ主導のオフィス回帰や、企業文化・統制を重視する判断があります。規模が大きいほど対面による一体感を重視しやすく、結果として出社要請が強まる傾向が見て取れます。

一方で中小企業では、そもそも制度が整備されていないケースが多く、実施率は低位にとどまっています。同調査で「テレワーク制度が整備されていない」ことを理由に挙げる企業が増加している点は象徴的で、実施できない理由が業務特性から経営判断・人事体制の問題へと移行していることを示しています。

区分 定着度の傾向 主な背景
超大手企業 高水準だが減少傾向 文化継承・統制重視、トップダウンの出社方針
中小企業 低水準で停滞 制度未整備、人事・IT投資余力の不足

業種別の差はさらに明確です。情報通信業ではテレワーク実施率が56.3%に達しており、場所に依存しない業務特性からハイブリッドワークが事実上の標準となっています。開発、運用、企画といった知識集約型業務では、成果評価と働く場所の切り離しが比較的容易だからです。

これに対し、宿泊業や飲食サービス業などの現場型産業では実施率が低く、低下傾向すら見られます。物理的なプレゼンスが価値創出の前提である業種では、ハイブリッドワークが構造的に適用しにくく、産業構造そのものが働き方の格差を固定化している状況です。

地域差も無視できません。東京都の調査では、都内企業(従業員30人以上)のテレワーク実施率は54.6%と、全国平均を30ポイント以上上回っています。満員電車による通勤負荷、知識集約産業の集中、労働市場の流動性の高さといった都市特有の条件が、ハイブリッドワークを生活インフラとして定着させています。

一方、地方では日本生産性本部の調査が示す14.6%という低水準が現実です。地方企業では「原則出社」が依然として規範であり、人材確保よりも既存の業務慣行が優先されやすい傾向があります。結果として、都市部では選ばれる条件、地方では例外的制度という位置づけの違いが鮮明になっています。

このように、企業規模・業種・地域による定着度の違いは偶然ではなく、日本の産業構造と経営慣行を反映した必然です。ハイブリッドワークを一律の成功・失敗で語るのではなく、自社がどのポジションに属しているのかを冷静に見極めることが、次の一手を考える出発点になります。

なぜテレワークは進まないのか:制度とマネジメントの壁

なぜテレワークは進まないのか:制度とマネジメントの壁 のイメージ

テレワークが社会的に認知されてから5年以上が経過したにもかかわらず、日本企業で十分に進まない最大の理由は、テクノロジー不足ではありません。制度設計の遅れとマネジメントの意識転換が追いついていないことが、本質的なボトルネックになっています。

パーソル総合研究所の2025年調査によれば、テレワークを実施していない理由として「テレワーク制度が整備されていない」と回答した企業の割合が年々上昇し、「業務上不可能」という理由を上回りました。これは、物理的・技術的には可能であるにもかかわらず、就業規則や評価制度、セキュリティ規程を更新していない企業が増えている現実を示しています。

特に日本企業では、出社を前提とした制度が長年“暗黙のインフラ”として機能してきました。その結果、在宅勤務時の労働時間管理、交通費精算、労災適用範囲といった論点が整理されないまま放置され、「ルールが曖昧だから認められない」という判断が常態化しています。

壁の種類 具体的な内容 現場への影響
制度の壁 評価制度・就業規則が出社前提 成果より在席時間が重視される
管理の壁 進捗把握を対面に依存 過剰な報告や監視が発生
意識の壁 顔を合わせないと不安 出社強制による不満増大

さらに深刻なのがマネジメントの問題です。パーソル総合研究所は、テレワーク定着を阻む要因として「マネジメントの壁」を明確に指摘しています。部下の姿が見えないと仕事をしていないのではないかという不安が、管理職層に根強く残っているのです。

しかし、スタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授らの研究が示すように、ハイブリッドワークは生産性を下げないどころか、離職率を約33%低下させる効果があります。科学的エビデンスが存在するにもかかわらず、それが現場のマネジメントに反映されていない点が、日本企業の構造的課題と言えます。

背景には、成果基準ではなくプロセスや態度を重視してきた評価文化があります。テレワーク環境では、目に見える努力ではなく、アウトプットの質とスピードが問われます。その転換に対応できていない管理職ほど、出社回帰を選びがちです。

テレワークが進まない理由は、社員の問題ではなく、制度とマネジメントがアップデートされていない組織側の問題です。この認識を持てるかどうかが、2026年以降の人材確保と競争力を大きく左右します。

科学的研究が示す生産性と離職率への影響

ハイブリッドワークが生産性や離職率にどのような影響を与えるのかについては、長らく感覚論が先行してきました。しかし2024年以降、世界最高水準の学術研究がこの問いに明確な答えを示しています。特に注目すべきなのが、スタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授らによる実証研究です。

同研究は、科学誌Natureに掲載されたランダム化比較試験という極めて厳密な手法を用いています。対象となったのはグローバル企業Trip.comの従業員約1,600人で、週3日出社・週2日在宅のハイブリッド勤務と、完全出社を半年間比較しました。その結果は、多くの経営者の直感を覆すものでした。

最大の成果は、離職率が約33%低下した点です。これは福利厚生の改善や賃上げに匹敵、あるいはそれ以上のインパクトを持つ数値です。特に通勤時間が長い従業員や女性、非管理職層で効果が顕著であり、ハイブリッドワークが特定層の定着装置として機能することが裏付けられました。

指標 ハイブリッド勤務 完全出社
離職率 約33%低い 基準値
生産性 有意差なし 有意差なし
昇進率 差なし 差なし

重要なのは、生産性が一切低下しなかった点です。コード品質や業務成果など複数の指標を用いて検証した結果、両者に統計的な差は確認されませんでした。「在宅だとサボる」「成果が見えない」という懸念は、少なくともこの条件下では科学的に否定されたと言えます。

さらに、在宅勤務が評価や昇進で不利になる、いわゆる在宅ペナルティも観測されませんでした。成果基準で評価される環境下では、働く場所そのものがキャリアに影響しないことが示されています。これは、ジョブ型雇用や成果主義を志向する企業にとって重要な示唆です。

ブルーム教授は、この結果を企業・従業員・社会の三者に利益をもたらすWin-Win-Winモデルと表現しています。企業は離職コストを削減でき、従業員は通勤負担の軽減によって生活満足度が向上し、社会全体では混雑や環境負荷が緩和されます。

人材流動性が高まり、採用難が常態化する2026年の労働市場において、生産性を維持したまま離職率を3分の1削減できる施策は極めて稀少です。科学的研究が示すこの事実は、ハイブリッドワークを単なる働き方改革ではなく、経営戦略そのものとして再評価する必要性を強く示しています。

日本企業に突きつけられる人材戦略上の示唆

ハイブリッドワークの定着が進む中で、日本企業の人材戦略は明確な転換点を迎えています。もはや働き方の柔軟性は福利厚生ではなく、**人材獲得・定着・育成の成否を左右する競争条件**になりつつあります。特に2025年以降のデータと研究は、「制度を持つか否か」そのものが企業価値に直結する段階に入ったことを示しています。

スタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授らの研究が示した「離職率33%減」という結果は、日本企業にとって極めて重い意味を持ちます。労働人口が急減する日本では、採用強化よりも**既存人材をいかに流出させないか**が経営課題の中心です。特に女性、非管理職、通勤時間の長い層で効果が大きい点は、これまで日本企業が取りこぼしてきた人材層と重なります。

一方で、パーソル総合研究所の調査が示すように、「テレワーク制度が整備されていない」こと自体が実施しない理由の上位に浮上しています。これは、能力や意欲の問題ではなく、**企業側の制度設計の遅れが人材活用を制限している**ことを意味します。柔軟な働き方を提供できない企業は、無意識のうちに採用市場での母集団を狭めているのです。

人材戦略上、重要なのは出社か在宅かという二元論ではありません。問われているのは、「どの人材に、どの局面で、どの程度の柔軟性を提供できるか」という設計力です。例えば育児・介護期の社員、専門性の高いエンジニア、地方在住の即戦力人材では、求める柔軟性の質が異なります。ハイブリッドワークは、こうした多様な人材ニーズを**一つの制度で包摂できる数少ない手段**です。

観点 従来型人材戦略 ハイブリッド前提の人材戦略
採用対象 通勤可能圏内が前提 居住地に依存しない
定着施策 給与・役職中心 柔軟性と裁量を重視
評価軸 時間・態度 成果・貢献度

さらに見逃せないのが、法制度との連動です。改正育児・介護休業法により、柔軟な働き方は一部で義務化されました。これは単なるコンプライアンス対応ではなく、**法に対応できる企業だけが人材市場で信頼を得られる**時代に入ったことを意味します。厚生労働省のガイドライン改定も、制度を理由に柔軟性を拒む余地を狭めています。

結果として日本企業に突きつけられているのは、「人を選ぶ企業」から「人に選ばれる企業」への転換です。ハイブリッドワークを軸に、人材の多様性を前提とした制度設計とマネジメントへ進化できるかどうかが、2026年以降の競争力を決定づけます。**柔軟性を戦略として扱える企業だけが、限られた人材を持続的に確保できる**という現実が、すでに数字とエビデンスによって示されています。

育児・介護休業法改正が企業に求める対応

育児・介護休業法の改正は、企業に対して「制度を用意していれば足りる」という段階を明確に超えた対応を求めています。2025年から2026年にかけて段階施行されている改正内容の本質は、柔軟な働き方を実際に選択・利用できる状態を企業が構築する責任にあります。

特に実務上のインパクトが大きいのが、3歳から小学校就学前の子を養育する労働者に対する措置です。企業は複数の選択肢を制度として整備し、労働者が主体的に選べるようにしなければなりません。厚生労働省の解説資料でも、形式的な制度整備ではなく「利用実態」が重視される姿勢が示されています。

対応領域 企業に求められる具体対応 実務上の注意点
制度設計 複数の柔軟な働き方を就業規則に明記 名目だけでなく運用可能性が問われる
テレワーク 月10日以上利用可能な仕組みを用意 対象外業務の合理的説明が必要
説明義務 個別周知と意向確認の実施 記録保存が監督指導で重要視される

ここで多くの企業が直面するのが、「制度はあるが使われない」リスクです。法改正では、妊娠・出産や介護の申出があった際に、個別に制度内容を説明し、本人の意向を確認することが求められています。これは人事部門だけで完結しない業務であり、現場管理職の理解と関与が不可欠です。

実際、労務分野の研究者や社会保険労務士の分析によれば、制度利用を阻害する最大の要因は「上司の無言の圧力」だと指摘されています。厚生労働省もガイドラインの中で、利用をためらわせる言動や評価上の不利益取扱いを明確に問題視しています。

また、介護分野では対応の遅れがより深刻な経営リスクにつながります。介護は突発的に始まるケースが多く、初動対応を誤ると優秀な中高年人材の離職を招きます。経済産業省の関連調査でも、介護離職による企業の損失は一人当たり数百万円規模に及ぶとされています。

そのため先進的な企業では、育児・介護を「特別対応」ではなく通常の人材マネジメントに組み込む動きが進んでいます。具体的には、テレワークやフレックスタイムを平時から全社員に開放し、ライフイベント発生時にも運用を変えずに済む設計です。これにより、法対応と人材定着を同時に実現しています。

育児・介護休業法改正への対応は、単なるコンプライアンス課題ではありません。企業が人材を長期的に活かし続けられるかどうかを測る試金石であり、制度設計力、現場運用力、そして企業文化そのものが問われる領域に入っています。

オフィスは何のための場所になるのか

ハイブリッドワークが定着した2025年以降、オフィスは「日常的に仕事をする場所」ではなくなりつつあります。**では、わざわざ時間とコストをかけて人が集まるオフィスは、何のための場所になるのでしょうか。**その答えは、個人作業の効率化ではなく、組織としての価値を最大化する機能に集約されていきます。

ザイマックス総研の大都市圏オフィス需要調査2025春によれば、オフィスを拡張した企業は縮小した企業を上回りましたが、重視されているのは座席数ではありません。**生産性向上、従業員満足度、ワーク・エンゲイジメントといった「人の状態」を高める目的が前面に出ています。**これは、集中作業は自宅やサテライトで十分であり、オフィスには別の役割が求められていることを示しています。

その役割を整理すると、オフィスは主に三つの機能へと収斂します。一つ目は、対話の質を高める場です。オンライン会議では目的達成型の会話が中心になり、偶発的な問いや視点のずれは生まれにくくなります。対面での議論は、沈黙や間、表情といった非言語情報を共有でき、複雑な意思決定や創造的な議論に適しています。

二つ目は、組織文化を体感する場です。スタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授らが指摘するように、ハイブリッドワークでは出社日が「文化に触れる日」として機能します。オフィスの空間設計、振る舞いの暗黙知、他者の仕事への向き合い方を五感で感じることが、帰属意識や価値観の共有につながります。

三つ目は、人を育てる場です。特に若手や異動直後の社員にとって、隣で働く先輩の判断プロセスや仕事の進め方を観察できることは重要です。**学習やメンタリングは、完全オンラインでは代替しきれない要素を含んでいます。**この点で、オフィスは教育インフラとしての意味を取り戻しています。

観点 従来のオフィス ハイブリッド時代のオフィス
主目的 日常業務の遂行 共創・対話・文化形成
価値の源泉 常時在席 集まる理由の明確さ
成果指標 稼働率 エンゲイジメント・学習効果

コクヨやイトーキが示す最新オフィス事例でも、この思想は明確です。コクヨのTHE CAMPUSでは「ともに、つくる」を掲げ、部署間の交差や感情の共有を促す空間が設計されています。イトーキもまた、人の感覚や関係性を起点にしたデザインを打ち出しています。**オフィスは成果を生む前提条件としての「関係性」を育てる装置になっています。**

重要なのは、出社を目的化しないことです。出社日が単なるオンライン会議の集合体であれば、オフィスの存在意義は失われます。**何のために集まるのかを設計し、その目的に最適化された場としてオフィスを使うこと。**これこそが、ハイブリッドワーク時代におけるオフィスの本質的な役割です。

先進企業に学ぶハイブリッドワーク運用事例

先進企業のハイブリッドワーク運用事例を俯瞰すると、共通して見えてくるのは「出社か在宅か」という二択ではなく、目的に応じて働く場を設計する発想です。制度の柔軟性と組織文化を同時に設計している点が、成果の差を生んでいます。

その象徴的な事例が、2025年に制度改定を行ったLINEヤフーです。同社は原則フルリモートから、週1回または月1回の出社を組み合わせる形へと移行しました。狙いは管理強化ではなく、対面による関係性の再構築です。弁護士ドットコムニュースによれば、出社頻度を最小限に抑えつつも、チーム単位でのリアルな接点を意図的に残すことで、帰属意識の低下を防ぐ判断だとされています。

一方、日立製作所はハイブリッドワークをジョブ型雇用と一体で運用しています。成果基準の評価制度と場所の自由度を組み合わせることで、時間や出社日数の管理からマネジメントを解放しました。同社のサステナビリティレポートでも、働く場所の選択が学習機会とキャリア自律を促進している点が強調されています。

企業名 主な運用方針 特徴的な狙い
LINEヤフー 原則週1回または月1回出社 つながりと柔軟性の両立
日立製作所 ジョブ型雇用と組み合わせ 成果重視と人材定着
日本情報通信 全国どこでも勤務可能 エンゲージメント最大化

さらに、日本情報通信の事例は、ハイブリッドワークが制度だけでは機能しないことを示しています。同社は「どこでもOffice」に加え、対面イベントやパルスサーベイを組み合わせ、社員の心理状態を継続的に把握しています。総務省の事例集でも、テレワーク下での雑談や偶発的交流を意図的に設計している点が評価されています。

これらの事例から学べるのは、先進企業ほど出社日数をKPIにしていないという事実です。代わりに、離職率、エンゲージメント、学習速度といった指標を重視しています。スタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授の研究が示すように、ハイブリッドワークは適切に運用すれば生産性を損なわず、定着率を高めます。先進企業はそのエビデンスを前提に、自社の戦略に合う運用モデルを精緻化しているのです。

これからのマネジメントと組織文化の再設計

ハイブリッドワークが標準化した現在、マネジメントと組織文化は「物理的に集める」前提からの再設計が不可避になっています。管理の軸は勤怠やプロセスではなく、成果と信頼、そして学習の循環へと移行しています。この転換に失敗すると、制度だけが先行し、現場の納得感が失われます。

スタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授らが2024年にNature誌で発表した研究によれば、週2日在宅を含むハイブリッド勤務は生産性を損なうことなく、離職率を約33%低下させました。重要なのは、この成果が制度そのものではなく、成果基準の評価と心理的安全性を前提としたマネジメントによって支えられていた点です。

従来型の日本企業では、「見えていること」が管理の前提でした。しかしハイブリッド環境では、見えないことを前提に信じ、支援する姿勢がマネジャーに求められます。日立製作所が推進するジョブ型雇用はその象徴で、職務定義と期待成果を明確にすることで、場所に依存しない評価と対話を可能にしています。

従来型マネジメント 再設計後のマネジメント
出社・滞在時間の管理 成果と価値創出の合意
暗黙知・属人的判断 言語化された期待と役割
上司による一方向統制 対話とフィードバックの循環

組織文化の観点では、「偶発性」をどう再構築するかが鍵になります。オフィスで自然発生していた雑談や相談は、放置すれば消失します。そのため先進企業では、1on1の定期化、オンライン上での雑談チャンネル、会議内容の公開など、意図的に文化を設計しています。これは管理強化ではなく、文化のインフラ整備です。

さらに2025年改正の育児・介護休業法により、テレワークは「配慮」ではなく制度対応が求められる領域になりました。柔軟な働き方を受け止める文化がなければ、法令対応は形骸化します。制度と文化、マネジメントは三位一体で設計されなければ機能しません

これからのマネジメントとは、人を監督する技術ではなく、離れていても成果が出る関係性と意味づけを育てる技術です。ハイブリッドワークは、その成熟度を企業に問い続けるリトマス試験紙になっています。

参考文献

Reinforz Insight
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