テンセントという企業をご存知ない方もいるかもしれません。しかし、日常スマホゲームやPCゲームを楽しんでいる方で知らない人はいないほど著名な企業です。
テンセントは2022年末、ゲームではなく近年企業が続々と参入しているメタバースに関する事業戦略の発表やイベントを開催しその存在感を大きくしました。
メタバース事業でもっとも具体的な事業成果をあげているリーディングカンパニーと言っても過言ではありません。しかし、テンセントとメタバースが繋がらない、ピンとこないという方もいることでしょう。
そこで当記事では、テンセントがメタバース事業にどのような戦略で存在感を示しており、具体的にどのような事業成果をあげているのかについて、現状をレポートします。
参考にしていただけましたら幸いです。
テンセントとは?
GAFAの中国版BAT「百度(バイドゥ)、アリババ集団、テンセント」に含まれる企業で、現在もクラウドゲーム会社です。クラウドゲーミングのプラットフォームサービスを提供しており世界2位の規模を誇ります。
また、中国の企業でありながら、大ヒットPC、スマホゲームの「フォートナイト」を開発したEPIC Gamesの大株主(40%)でもあるグローバル企業です。
同社は、ゲームプログラムはクラウド側で実行しユーザーのスマホやタブレットに画面や音声といったゲームに必要なデータだけを転送するクラウドゲーミングを開発してきました。それと同時に、クラウドゲーミングのプラットフォームサービスでソリューションを他社に提供し支援してきた実績があります。
メタバースのソリューションはこれの進化型です。つまり、もっとも進んだメタバースソリューションを構築している企業と言えるでしょう。テンセントジャパンの基本情報は下の表のとおりです。
テンセントジャパン基本情報 | |
会社名 | Tencent Japan合同会社 |
代表者 | Juno Shin |
設立 | 2011年11月8日 |
事業内容 | ゲーム、クラウドサービス、ウィーチャット関連 |
所在地 | 〒105-6329東京都港区虎ノ門1-23-1 虎ノ門ヒルズ森タワー 29階 |
関連会社 | Supercell、ライアットゲームズ、Shanda Games、Epic Games、CJ Games、ネットマーブルゲームス、Garena、Glu Mobile |
公式サイトURL | https://tencentjapan.com/ |
▼関連記事▼
バーチャルイベントのサービスプラットフォーム「随幻科技(MR Stage)」、アリババやテンセントからも資金調達
テンセントのメタバース技術の現状
BATの一社であるテンセントがもつ技術であり、サードパーティーに提供されている技術は以下のとおりです。
- IaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス):
仮想空間の作成技術・オーディオ作成技術・ユーザーインターフェース技術などを総称したサービス。 - PaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス):
データベース(DB)、AI、ビッグデータ分析技術などを総称したサービス。
テンセントはこれらすべての高レベルな技術とリソースを保有し他社に提供することで事業化しています。例えば、AWSのAmazon Auroraに相当する独自開発の分散RDB(リレーショナルDB)サービスはテンセントを含めたBAT3社すべてが提供し事業化しているのです。
テンセントは、これらのメタバースソリューション提供支援サービスを、昨年イベントを開催して公開しました。
「Tencent Cloud Day 2023」を開催
テンセントは2022年12月15日、リアル、オンライン同時で「Tencent Cloud Day 2023」し、同社のメタバース事業戦略について次のように発表しました。
- メタバース事業やWeb3へのシフトに向けた日本企業を支援する事業に軸足を置く
- 最先端技術を駆使したデジタル経済とリアルな世界のより深い融合を目指していく
続いて、テンセントクラウド(IaaS、PaaS)の中身を次々に紹介し、具体的かつ他にはないメタバース支援サービスの充実ぶりに来場者を驚かせました。
Metaの一歩先を行くテンセントクラウドとは?
テンセントクラウドとは、2013年9月にリリースされた「パブリッククラウドサービスプロバイダー」のことです。
具体的には、スマホゲームやPCゲームの開発支援ソリューションで、世界中に拠点を設けたグローバルデータセンターによるデータの配信サービスなども含まれます。
テンセントクラウドは年々更新されており、2023年からはゲーム開発支援に加え、企業のメタバース構築とWeb3へのシフトを支援するソリューションが追加されたのです。
これらテンセントクラウドが提供するソリューションをMetaやMicrosoftは、メタバース参入予定企業には未だ公開できていません。具体的な提供項目は以下のとおりです。
<AWSやMicrosoft Azureが持たない新機能サービス>
- 仮想世界ソリューションに、アバターの開発キットを追加
- アバター画像は写真から自動的に生成可能
- テンセントが独自開発した軽量のCGレンダリングエンジンがあるため、ユーザーはUnityやUnreal Engineなど外部のツールを使った開発不要
- ボイスチャット、ビデオチャット向けのプラットフォームサービスには美顔機能を搭載
- 想定アプリケーションは、アバターを使ったカラオケアプリや、仮想世界を使った展示会アプリその他
テンセントは、これらすべての機能をもつ仮想世界ソリューションを「PaaS」として提供しています。
参画し採用した企業は、メタバースのコミュニケーションアプリの構築が直ぐに可能となる利点があり、テンセントクラウド内ですべて完結できるため、サポートも充実しやすい環境と言えるでしょう。
Metaのモデルは、Facebookの延長でBtoCに重点をおいていると思われるのに対し、テンセントはBtoBでまず仮想世界を構築する多くの企業に技術支援することに重きをおいた戦略で具体性があります。
▼関連記事▼
2022年最終四半期、Web3スタートアップへの資金調達は74%減少
Googleのメタバースは覇権を握れるのか?GAFAMの動向から解説
テンセントのメタバース事業の現状
ここでは「企業のメタバース展開とWeb3へのシフトを支援する」事業に軸足をおいたテンセントのメタバース事業の戦略を理解し、採用した企業の事例を見てみましょう。
テンセントクラウド採用国内企業の事例
まずは、数ある中から日本国内の3社を抜粋してみました。
monoAI technology
同社が運営するサービスXR CLOUDは、「大規模なVR空間共有技術」に基づくバーチャルイベントプラットフォームを提供する企業です。
<テンセントクラウド採用前の課題>
- PC及び携帯に対応したアプリを事前にインストールする必要がありユーザビリティを改善したい
- 顧客のオフィス環境での使用、および一般ユーザーの簡易なアクセス実現のため、アプリケーションをWebページで操作できるようにしたい
<テンセントクラウド採用後>
- テンセントクラウドと協力して、クラウドゲームGSソリューションをインポートし、既存のバーチャルイベントプラットフォームXR CLOUDアプリをクラウド化
- 一般ユーザーが簡単かつ迅速にアクセスできるようにし、顧客体験価値を向上できた
Education First
同社は、50 の国と地域で 600 を超える英語学校を運営する語学研修、教育旅行、学位プログラム、文化交流を専門とする国際的な教育会社です。
<テンセントクラウド採用前の課題>
需要が増して同社は急速に成長しているため、増大する需要に対応できる柔軟性と拡張性を備えた IT インフラストラクチャが必要。
<テンセントクラウド採用後>
テンセントクラウドの「Smart Classroom ソリューション(AI、音声処理、画像認識、およびビデオ処理技術)」を採用し、中国のいくつかの学校をアップグレード、生徒の学習成果を改善できた。
bravesoft
同社はスマートフォン向けアプリケーション開発企業です。これまでに「ボケて」「TVer」「総理府」「31アイスクリーム」など800本以上のアプリを開発、累計ダウンロード数は1億回を突破するなど高い実績があります。
<テンセントクラウド採用前の課題>
ライブ ストリーミング サービスには
- ライブ配信にはプロ仕様の機器と専用パソコンが必要
- OBS等のライブ配信ソフトが使いづらい
- 高速、安全、安定したライブ配信にはCDNサービスが必要
<テンセントクラウド採用後>
テンセント クラウドのTRTC を使用するとリアルタイムのプッシュとライブ ストリーミングが実装でき、課題をほぼ解決できた。
テンセントクラウド採用海外企業の事例
海外企業がテンセントクラウドを採用した事例も見てみましょう。
一汽VW(中国)
同社は、中国第一汽車集団と独自動車大手フォルクスワーゲン(VW)が合弁し、新ブランド一汽-大衆汽車(一汽VW)が誕生しました。上の画像はこれに伴い、新車「攬巡(Tavendor)」の発表会を開催した際の宣伝ポスターです。
テンセントのCGアニメレベルのメタバース技術が活用され、消費者は自身のアバターを作成してメタバース空間に入り、乗車体験ができる発表会としました。
一汽VWは、ターゲット層のニーズに基づき、テンセントと連携してバーチャルマーケティングを率先して取り入れていくようです。このプロジェクトを、テンセント広告とテンセントビデオがバックアップし、彼らが持つコンテンツを存分に活用して「メタバースマーケティング」の実現を目指しました。
ユーザーは、中国のSNSアプリ「ウィーチャット」内で開ける専用アプリで、アバターを制作し、仮想空間で作られた発表会場内を自由に移動し次の体験ができます。
- 空間内で新車を運転し、市街地、砂漠や森林、降雪地帯を疾走
- 新車のリアルな鑑賞体験
- 新車鑑賞後、空間内に用意された発表エリアで価格と関連情報の閲覧
一汽VWは、ユーザーが仮想空間内で体験したストーリーに基づいて、それぞれのユーザー個別の価格を提示するという仕組みです。
この新車鑑賞体験を、ユーザーは何度も楽しめるため、提示される価格も都度変わるというゲーム性もあり好評でした。
Ookbee(タイ)
同社は、2012 年に事業をスタート、現在東南アジア全域で eBook ストアの開発に注力した企業です。タイ、ベトナム、フィリピン、マレーシアに拠点を置き、この地域に 1,000 万人以上の顧客を抱えています。
<テンセントクラウド採用前の課題>
- より多くのユーザーを引き付けるため、新たな実績のあるテクノロジープラットフォームが必要
- ストアアプリ内にユーザーと関わるためのコミュニケーションツールが必要
- 1,000 万人を超えるユーザーのユーザーエクスペリエンスを維持するため、安定したクラウドプラットフォームが必要
<テンセントクラウド採用後>
- テンセントクラウドのオーディオ/ビデオ ソリューションを利用してユーザーと関わり、インタラクティブコミュニケーションがとれるようになり解決
- さらに、TRTC および GME ソリューションの活用により、ユーザーがコミュニケーションするための楽しめる方法が構築でき、ユーザーが Ookbee のアプリでより多くのコンテンツを生成できるようにするのに役立った
- 同社は、東南アジア全体で共通の関心を持つ人々のグループのプラットフォームとしての地位を固め、電子書籍ストアと UGC プラットフォームの急速な成長を維持するのに役立った。
Blue(香港)
2018 年 9 月に設立された同社は、中国の香港で初のデジタル生命保険会社です。貯蓄、生命、重大な病気、事故、医療、およびマイクロ保険のあらゆる保険プランを提供し、顧客の多様なニーズに対応しています。
<テンセントクラウド採用前の課題>
- 面倒な保険手続きや過剰な事務処理など、従来の保険市場の課題に正確に対応する必要がある
- シームレスなオンライン保険体験と、プランの購入から支払い、請求までのワンストップ デジタル保険サービスを提供したい
<テンセントクラウド採用後>
- 2019 年 11 月以来、テンセントクラウド を自社のコア システムに統合。
- スケーラビリティとスピードが向上し、年間保険料額は 1,500% 以上も急増
- クラウドベースのビッグデータ分析を通じて、COVID-19 が蔓延し始めた 2020 年 1 月から 4 月にかけ、申し込みが 170% 以上増加
- 市場と顧客のニーズに迅速かつ柔軟に対応できるようになり、2020 年の第 2 四半期に新しい定期保険商品を発売できた
テンセントのメタバース | テンセントクラウドの新ソリューション
テンセントクラウドでは、2023年より以下の新しいソリューションを追加しましたので、見てみましょう。
GMEフルボディモーションキャプチャーソリューション
テンセントクラウドでは、2023年からゲームなどエンターテイメント分野で重要な「フルボディーモーションキャプチャー」を提供しています。
この技術が標準化される前は、ゲームキャラクターに動きをつけたり、アニメーションを制作するために、多くの時間とコストがかかりました。
そこで、テンセントはスマホのカメラまたはPCのカメラでリアルな人の動作をキャプチャーすれば、そのデータを制作したキャラクターに転送するシステムを開発。これが、「GMEフルボディモーションキャプチャーソリューション」です。
このソリューションは、GMEの人体分析技術をベースに人体の位置や姿勢をリアルタイムで追跡し、人体にある24個の関節点の動作を認識しデータ化します。体型を骨格レベルまで正確に描写しデータを転送するため、さまざまな制作物に応用が効くのです。
もちろん、メタバースアプリのアバターの動きに追加することにも応用できるため、メタバースの品質向上に大いに役立つでしょう。
バーチャルワールド開発用スイート
もう一つ追加されたのが、「バーチャルワールド開発用スイート(Virtual World Developer Suite)」です。
このソリューションには、以下の機能が含まれています。
- アバター開発用SDK
- クラウドレンダリング
- クラウドライブストリーミング・ビデオ通話・インスタントメッセンジャー
これらは、メタバースのアプリケーションをよりスピーディーに構築するための一連のオーディオ関連プロダクトになります。
加えてこれらの機能をアバターのカスタマイズ機能と組み合わせることで、ソーシャルエンターテイメントやオンライン教育などにも活用することが可能です。
テンセントクラウドのソリューションは、想定されるメタバースの仮想世界を構築するため必要なソリューションが整っており、テンセント1社で完結します。つまり、技術分野ごとに個別のベンダーとやり取りする手間もかからないということです。
Meta ザッカーバーグ氏の焦り
メタバースが市場を変えると、社名までMeta Platformsに変更した、マーク・ザッカーバーグ氏。これには、株主からも批判があったと言います。
しかし、2013年から当初はゲームの分野であったものの、テンセントが提供してきたソリューションをみて次のように感じた筈です。
「メタバース市場を構築するのにもっとも近いのは、Facebook(当時)ではない」と。
テンセントには、仮想空間作成技術、ネットワーク技術、ユーザーインターフェース技術に至るまで備わっており、ゲーム開発で培ったリソースが豊富にあります。
テンセントがMeta社のお手本になっているとまで言われているのは、そのためでしょう。
▼関連記事▼
Meta(旧Facebook)が目指すメタバースの未来とは?【徹底解説】
まとめ | テンセントのメタバース事業
テンセントのメタバース事業について、その戦略と提供される技術内容などについて解説しました。
いつの時代も、面白いコンテンツが人々の興味を引き、理解を得られて普及していくという順序は不変です。増してや、メタバースは日常生活になくてはならないものとなることを目指しているのですから、相当な高いコンテンツ力が求められます。
現状のところ、コンテンツ制作に集中しやすいテンセントの環境にインセンティブを感じてしまうのは、筆者だけではないかもしれません。
▼関連記事▼
メタバースのビジネスモデルとは|事例と収益化のポイントを徹底解説
日本と海外のメタバース企業一覧|参入の価値は十分あり?将来性も解説